Ⅲ202.侵攻侍女は戸惑い、
「そうかそれはとても残念だ。君にも無限の可能性を感じられるというのに……」」
「申し訳ありませんがその可能性はアランさんの元で発揮させて頂きたいと思います……!」
お気持ちは嬉しいのですが……!と今度はエリックも少し落ち着きを取り戻した口調で重ね重ねのダメ押し返しをした。
心から残念そうに肩も眉も落としてくれる相手を前にいつもならば申し訳なさも覚えるが、団長に関してはどこまでも可能性を潰さないと食い付かれる。
アランを諦めてくれているらしい団長の様子から、自分の隊長に乗っかって諦めてもらう方向で務めた。無限の可能性とまで褒められたところで、団長の大げさな煽てを知っているエリックにはただただ危機感を覚えさせるだけだった。暴風を相対した時のように襟を立てて身構えるしかない。あのアランすらをも苦労させたという団長に、自分まで押し続けられたら身が持たない。
どこまでもサーカス団員の有力選手取得に貪欲な団長と、必死にフラグをたたき折るエリックにプライドも口の片方が変に引き上がったまま固まってしまう。
アーサーに引き寄せられたまま身体まで傾いたまま視線を逃がせば、店前で二本目の酒瓶も直接口を付けて早々に半分近く飲んでいるヴァルを見る。一度息継ぎの為にプハッと口を離したが、全く酔ってもいなければ美味そうでもなく苦々しい表情のままだ。濡れた口元を指で拭い払い、八つ当たりに瓶底を店台にダンッと叩きつける。
未だに団長に絡まれたのを根に持っているのだろうかとプライドは思いつつ、彼が全本飲み終わる前に去るべく早く全員で団長から離脱しようと考える。エリックへ肩を落とした団長に、今度こそ話題を別方向へ変えるべく頭で捻ってから「団長」と呼びかけた。
「それで今日は何故こちらに……?てっきりサーカス団でフィリップと一緒にいると思ったのですが……」
「!ああ、彼との話は終わったとも!今はオリウィエルの為にね。猛獣の代わりの動物はいないかと探しているところなんだ」
「ジャンヌ、お前まだフィリップのこと呼び捨てかよ。侍女だったんじゃねぇのか」
貴方が直せと言ったくせに!!と、団長より先にアレスに言い返したくなりながらプライドは一度ムグリと口を閉じ飲み込んだ。
もともとステイルには侍女設定で気合いを入れていたのにアレスに指摘されて戻してしまった為、感覚的に〝戻す〟とも実際は違う。「貴方達にはこちらの方が慣れたから」と言い訳をしながらぎこちない笑みで誤魔化した。
何重にも正体を偽り自分でも段々わからなくなる状況に、今も頭がこんがらがりそうになる。もうアレス達の前ではそのままで推し進めようと独断しながら、そこで団長達の外出理由へと思考を回す。オリウィエルの為に、という言葉に一瞬嫌な予感が走ったプライドだが、猛獣の代わりの動物と言われればまだ彼女はあの三匹の支配下で落ち着いているのだと安心した。
やっと団長がプライドにもエリックからも勧誘の気は落ち着いた様子に、アーサーも少しずつプライドの肩へと回した腕を緩め下ろした。
団長も「君達もみてないか」とぐるぐると市場の足下を見回し始めている。飲食物を売る市場ならば特に食べこぼしを狙って動物も徘徊しやすい。今首をぐるりと回すだけでもそれらしい野良動物は数匹も目についた。
すぐにでも捕まえる為、馬車の上ではなく直接馬を引く形で団長に付き合ったアレスと馬車で大人しくしていられない団長の珍道中だ。
手を離し下ろしても、変わらず自分に引き寄せた形のままコテンと後頭部をより掛けて団長の話を聞くプライドに、アーサーはじわじわと熱が入ってきたが口の中を噛んで堪えた。自分の傍にいてくれる方が安心なのは変わらない今、わざわざ「離れて下さい」とも言えない。
アーサーの傍が居心地が言い分、プライドも無意識に落ち着いてしまっていた。少しでもプライドの後頭部の熱から意識を逸らすべく、アーサーもまた団長の話題に思考を向かせ口を動かした。
「ど……動物って、野良犬とかっすか?」
「まぁそれでも良い!個人的にはラルクの猛獣に被らないように鳥とかはどうかと思うんだが。とにかく今は猛獣を取られてラルクの方が不機嫌で仕方が無いのだよ」
気持ちは分かる。と、さらさらと笑いながら返す団長の言葉にプライド達はそれぞれ心の中で深く頷いた。憎むべき相手に自分の大事な動物達が手中ではいい気をする人間がいるわけがない。
見つけても捕まえられますか?とエリックもそこで心配するように荷車へ目を向けた。馬が引く荷車には剥き出しの檻が三つ積まれているだけだ。罠どころか網も見当たらない。まさか手づかみで捕まえる気かと思えば、そこで荷車を引くアレスへと自然と目がいった。大分年を重ねている団長が捕まえれるとは思えなければ、やはり若手のアレスの方が実行手としては最適だ。
エリックの視線に気がついたアレスは、ジャンヌの仲間なら彼も自分の特殊能力を知っているのかと考える。最終手段としては氷で足止めも勿論考えているアレスだが、できる限りは素手で捕まえる気での同行で用具も何も考えていなかった。奴隷時代から痛覚には比較慣れている分、噛まれるくらいはなんとかなると思う。
そして今まで野良犬に荷物やゴミを漁られたことはあっても、捕まえようとしたことはなかった団長には野生動物はそこまで面倒な印象がなかった。むしろ必要無いときに気付けば寄ってくるような気安さだ。何度か骨や食べ残しを投げたら喜んで寄ってきたことも多ければ、捕まえるのもそう大変ではないと思う。
しかし、エリックと同じく捕まえる為の用具を何も用意していないことに、アーサーも気付けば自然と顔の筋肉が変に曲がった。実家の畑仕事でもたまに野生動物が悪戯に来ることはあった為、猛獣でなくてもその厄介さはある程度わかっている。追い払うならまだしも捕まえるのは楽ではない。
「せめて縄か網くらいねぇと……噛まれたり引っかかれたら化膿とかありますし」
「縄か……縄ならば確かにテントにあったな。一度引き返すか?引きつける餌ならば骨でも使えばなんとかなると思ったんだが。まぁ時間はあるし、今日は休日だ。のんびりやるさ」
うげぇ、と会話だけ耳に入れていたヴァルは一人振りかえらずに顔を歪める。
視線の先にいた店主は酒の味に文句でも言われるかと睨み返したが、ヴァルは目には映っても眼中になかった。どこまでも頭が空っぽな団長と団員に、嫌気が止まることを知らない。
アーサーとエリックの目には比較常識人に思えたアレスすら「まぁなんとかなる」という面持ちで頷いている。
彼の特殊能力を使えば不可能ではないが「貴方は能力隠しているでしょう!!」とプライドは少し叫びたくなった。ゲームでもリーダー格のある攻略対象者だっただけに、お願いだから団長をもっと止めてと思う。
これは自分達も攻略対象者捜しに平行して野良動物確保を手伝うべきかしらとこっそり考える。アレスも身体能力は高い方だが、こちらには騎士が二人いる。今は無理でもレオンとハリソンが合流したら、団長とアレスの手伝いも視野に入れようかしらとまで段取り付ける。それまでは団長とアレスに野生動物確保の苦労を身をもって学んで貰うしかない。今だってアーサーが言っても罠どころか縄を取りに戻る気も無い相手だ。それよりもと、今はもう一つ気になる話題を投げ掛ける。
「……ラルクは元気ですか。昨日の今日ですし体調以外の面でも色々と負担が大きかったと思いますが」
「ああ勿論だとも。ちゃんと良い子だ。今朝も猛獣達の世話に一生懸命だった」
昔通りだ。とそう満足そうに瞳を輝かせる団長に、ほっとプライドは息を吐きつつもだからこそラルクもオリウィエルに懐く猛獣達が腹立たしいのだろうなと思う。
団長一人ではいつもの過剰表現かとも思いアレスへも視線を向けたが、目が合った一瞬で茶髪の頭を掻きながら「まぁ」と逆に逸らされた。その顔からは力が抜けていたのを見ると、本当にラルクも元気ではあるのかなとプライドも少し胸をなで下ろす。
ラルクが完全に持ち直したとは限らないが、しかし彼の心の安寧の為にも確かに猛獣を早く取り戻してあげるのは英断だなとプライドは静かにそこで笑んだ。行動はめちゃくちゃだが、ラルクのことを思っての行動であることは変わらない。
「オリウィエルも今朝はちらっとだが外で見たな。すごいぞ?!なんと干し終えた服を運んでいた!!!」
「いやあれすげぇのオリエじゃなくてレラだろ。朝から猛獣に囲まれて怯えるわオリエにベタつかれるわ散々だぞ」
両手を天へと広げ、まるで正規の大ニュースかのように声高に叫ぶ団長にアレスの声は低い。
しかしそれにも団長は「この前まではテントに出ることもできなかった子じゃないか」と全く気にせず笑った。猛獣には未だに怯えてビクビクと身体を震わすレラだが、オリウィエル一人に対しては順調に仕事を教えながら付き添っていた。
外に出るのを相変わらず怯え嫌がるオリウィエルだが、レラにそしてサーカス団に今度こそ見放されることも怖い。
レラがかごを持ってきて「乾いた洗濯物衣装を回収しよう」と言えば、猛獣達を引き連れながらとはいえサーカス団の敷地内ならば持って歩くくらいはできた。レラの配慮と根気強さの勝利だった。レラと一緒に重い衣装を運ぶまではなんとか震えた足でできた。
アレスの説明に、これはラルクの為だけでなくレラの心の安寧の為にも早々に猛獣をオリウィエルから引き剥がすべきだと、プライドは改めて寄り道とはわかりつつも
「ジャンヌ。耳貸せ」
飲み終えた酒瓶二本をそのまま店主に押しつけたヴァルが、不意にプライドへ呼びかけた。残りの未開栓の酒瓶二本を荷袋と同じ腕に抱え、彼女へ歩み寄る。
心から気乗りしないと言わんばかりに姿勢が悪くしながらグラグラと左右に揺れて歩みよってくるヴァルにプライドは瞬きを繰り返した。アーサーも威嚇するようにただでさえ至近距離にいるプライドの元で首をぐいっとヴァルへと前のめらせたが、その途端に「テメェも貸せ」と睨むついでのように投げられればアーサーも大きく目を開いた。プライドにだけでなく自分まで投げ掛けられることんど滅多にない。
しかしプライド一人に耳貸せよりはずっと安心できる為、アーサーも口を結んで大人しくヴァルに目を合わせた。
なんですか、と短く言葉を返すプライドに、ヴァルは顰めた顔のまま丸めた背中でプライドとアーサーの間へ顔を近付ける。
「許可よこせ」
「……ですから。団長に暴力を振るうのは」
「そっちじゃねぇ」
端的に許可だけ求めようとしたヴァルに溜息を吐こうとしたのも束の間に否定される。
直後には耳の傍で舌打ちをされたが、てっきり団長が現れた時の腹立ちを発散させたいのだと思ったプライドはそうではないことに瞬きを繰り返した。じゃあ何なのですかと声を潜めつつ耳を自分からヴァルに近付ければ、そこでやっと理解まで辿り着いた。同じように耳を傾けていたアーサーも「マジか」と口の動きだけで呟いた。
ヴァルとアーサー、そしてプライド達の内密な会話にエリックも少し気になったが今はその会話に団長達を入れないことを優先して壁になり続けた。
今も「ん?どうしたどうした??」「気が変わったか?!」と無意味な期待ばかりを高める様子の団長を放っとけば、勝手に会話に無理矢理乱入してくることが目に見えている。アレスも馬車を停め、団長の横に並んではエリック越しにプライド達を訝しみ睨んだ。本音を言えばさっさと野良探しに行きたいところだったが、ジャンヌ達も相談しているのを見るとまさか自分達にまだ相談や頼みたいことでもあるのかと考える。面倒ごとは構いたくないが、ジャンヌやアーサーに関しては自分も協力してやりたい気持ちがある分ここで団長を回収して去るのも悩む。
こそこそと三人の短い会話の往来は二分もかからなかった。「わァった」と了承を溢すアーサーと、プライドの「許可します」の頷きにヴァルもゆっくりと顔を離し、丸めていた背中を伸ばす。
「あの、団長さん。少しご相談があるのですが……」
そう、少し声を潜めながら団長に一歩前へ出たプライドは僅かに苦笑いだった。
なんだなんでも言ってくれ!と目をカンカンと輝かせる団長に、アレスも首を小さく傾けながらプライドへ注視する。
……鳩二羽と野良猫一匹。その三匹を檻に入れたプライド達四人が再び団長達の元に戻ってくるのは、それから僅か二十分後のことだった。




