Ⅲ197.騎士隊長達は聴取する。
「で、なんですけど何でも良いんで、フリージア王国の人間の奴隷とかって聞いたことありません?」
「お時間を頂き申し訳ありませんが、ご協力お願い致します」
ケルメシアナサーカス団のテントへと訪れた二人を前に、団員達は挙って足を止めていた。
昨日の公演を得て今日は一日休息に集中する日に定められたこともあり、いつものように朝から夜まで練習する者はいない。昨晩から得られたご馳走で腹を満たし朝もゆっくりと睡眠を取れたこともあり、疲労も大分軽減された彼らはいつもであれば自堕落と呼べるほどに自分の為に時間を費やし続ける日だ。
しかし、脱退した昨日の今日でけろりとした顔で現れた驚異の元新人二人に、興味を持つ者は多い。昨夜の夕食会で、彼らも実はフィリップ達とも仲間であり一時的に団長と契約してサーカス団に潜り込んで〝助力〟していた身だと知らされたばかりだ。しかもアランとカラムはフィリップの護衛だと聞かされれば、あれほどの身のこなしも納得できた。まさか騎士とまでは知らずとも、雇われるような護衛であるのならばそれなりの実力を兼ね揃えているのは当然だ。
今までサーカス団を抜ける人間はいくらでもいたが、まさか敢えて潜り込んでいた人間などいなかった団員達にとってはアランとカラムの詳細な正体を知りたいと思うのは自然なことでもあった。
ただでさえこの数日で自分達もサーカス団もそして公演でもかき回してきた人物だ。団員にとってはフィリップやジャンヌが霞むほど、アランとカラムへの印象が強い。
今も当たり前のように「おはようございます」と訪れたアラン達から聞きたいことがあると尋ねられれば、足を止めそして彼らがまた現れたと様子を見に来る。
フィリップの護衛として協力する形で不当に奴隷にされているフリージア王国の人間を探していると聞いても、それだけでも情報量は多すぎた。まず、根無し草に近い生活をしている彼らにとって、フリージア王国の人間が今はラジヤ帝国内では奴隷返還が進められていること自体きちんと理解していない者も多い。
どういうことだ、そもそもなんで探しているんだと、聞く耳を持ってくれた団員達からの問い返しにアランとカラムもそれぞれ説明を返す。フリージア王国の騎士、王族の護衛、予知とそれだけは隠しつつ、フィリップが違法な奴隷がいないか探していると必要部分だけを抜粋した。
「取り敢えず今まで抜けた団員とか元奴隷とか、フリージアの人間とかどれくらい居ます?どっちかの条件はわりと過去も今もいましたよね」
「本当アランお前数日でがっつりうちの事情かっ攫ったな」
「ディルギアさん達のお陰です」
感謝してます本当!と、頭を掻きながらふざけ混じりに笑い飛ばすアランに団員幹部のディルギアも呆れ混じりにフンと鼻を鳴らした。
抜かせ、と肘でアランを突きつつそこで腕を組む。もともと絡んだのは自分の方だったと思うが、一番アランに結果として自分の方がしつこく絡まれ苦労させられた。あれも全部情報収集の為だったのかと思えば納得いく。
本来団員の中でも男らしいガタイを持つ自分に、積極的に絡んで来ようとする新人はいない。それを恐怖を覚える域で絡んできたアランが、自分の演目を下剋上することを狙っていたのではなかったことも昨日やっと知ったばかりだ。
ただただ移動型サーカスとして近隣国やラジヤ国内を回って歩いている自分達から情報を探っていたのだとわかれば納得と共に安堵した。サーカス団に潜り込む許可をする代わりに、団長に依頼されてオリウィエルとラルクの調査と解決をしたと昨晩のフィリップの説明を思い返せばいっそ最初からそう言って欲しかったとすら思う。
お陰で無駄に警戒して心臓を冷やし、ついでに下剋上の悪夢に苛まれ続けたディルギアには良い迷惑だった。
ラルクが元の団長を慕う彼に戻ったのも、オリウィエルがいい加減サーカスに貢献するようになったのも団長が戻ってきてくれたのも全て良かったが、ディルギアにとってこの数日間一番の人災はアランだ。
幹部になってから長らく味わわずに済んだ足下をすくわれる感覚を何度覚えたか数知れない。
「あっ、これお世話になったお詫びに。特にディルギアさんには本当失礼なこととか悪いこともしたなと」
「自覚あんのかよ。……いや、まぁ、抜けた後じゃもうどうでも良い」
アランがわかりやすくディルギアの目線まで掲げた酒が、そのまま謝罪として受け取られる。
騎士団長の許可を得て騎士団持参の酒から拝借した一本だ。アラン自身、ディルギアにはわざと図々しく振る舞っていた分そのお返しは流石に用意した。サーカス団では贅沢品である酒を得たディルギアも悪い気はしない。良くも悪くもアランがもう演者として戻ってこないことは変わらないのだから。
「で、どうなんです?ディルギアさんとか幹部で古いから詳しいですよね」
「フリージアの人間は記憶にあるだけでも全員で……五~人くらいか?けど、奴隷だったのはア……イツだけだだな。ああ、あとオリウィエルか?」
アレス、と。その名前をついアラン相手に普通の声で溢しかけたディルギアは慌てて言い直した。アレスが奴隷だった事情は一年近く前から団員の全員が察しているが、軽く口に出して良いことではない。
しかしさらりと具体的に情報をくれたディルギアに、アランとカラムも姿勢を真っ直ぐに正面を向けた。アレスが奴隷でフリージアの人間であることは既に把握しているアラン達だが、フリージアの割合に反し意外に少ないと考える。一人でもいることすら腹立たしい事実は違いないが、他はフリージアの人間とはいえ奴隷ではない。
カラムから出生は関係なく奴隷だった人間はと、声を潜めて質問を重ねられればこれにはディルギアも眉を寄せ天井を仰いだ。まず奴隷だったという事実自体、団員で察することはあるが隠したがる者も多い。更には大昔からケルメシアナサーカスで奴隷だった人間を採用することは珍しくない。
現団長のように経営が傾くような買い物をした者はいないが、処分前や捨てられた奴隷をサーカス団が拾い団員にするということ自体は設立当初からあったことだ。それを最近に絞ったところで、出て行った無数の元団員達全員を数えるのも難しい。
団長やサーカス団に嫌気が差して出て行った元奴隷もいれば、各地をサーカス団が経由する中で故郷に無事帰ったような団員もいる。
「ディルギアさん、良いんですかそんなポイポイ言っちゃって。結構機密事項ですよ」
「べつに良いじゃん~!団長がなんでも教えてやれって言ってたんだしぃ。アレスが奴隷とか、あの火傷見れば誰でもバレるし」
団員の私事的な情報に待ったを掛ける下働きに、アンジェリカがつまらなそうに唇を尖らせる。
昨夜の時点で団長からアラン達にはできる限り協力的になんでも答えてやってくれと頼まれた団員達は、もう隠す枷はない。なにより話す相手がもう顔見知り以上の相手である元団員だ。
しかしアンジェリカからのあまりに身も蓋もない発言には、周囲の団員だけでなくカラムとアランも表情筋が僅かに強張った。火傷……と言われれば、奴隷被害者特有のものだということは理解する。しかし、衣装や衣服で普段もしっかり隠しているアレスの努力が水の泡になる発言は聞いている側の自分達ですら流石に言葉に詰まった。互いに目配せし合い、発言を控えることしか対処できない。
「ていうかフリージア人ってどうやればわかるの??なんか特徴とかあればわかりやすいのにぃ。特殊能力だけ??」
「アンジェリカさん、まずフリージアの人間であれば全員特殊能力を持っているわけではありません。むしろ数百人に一人の割合です」
「まぁ~~顔つきとか……も見慣れればわかるんですけどね結構」
特徴といえる特徴はあまりない。肌の色や平均身長も周辺国と大差ない。髪や瞳の色にもバラつきがある彼らにとって、顔つきは殆ど感覚だ。
アンジェリカの言葉に訂正するカラムに続き、アランも本人が知らないだけで奴隷の中にフリージアの人間が紛れている可能性もあるなと考える。だからこそ奴隷の経歴を聞いたアランだが、ディルギアが思い出せないほどの数となると相当だろうと早々に見当付いた。しかしそこで諦めるわけにもいかない。
頬を指で掻きながら、覚えきれないことを前提に持参したメモとペンを衣服のポケットから取り出した。
詳しく思い出せる限り奴隷の詳細を聞けますかと、フリージアの奴隷に団員じゃなくても会ったことや見たことあれば教えて下さいと質問を変えて調書を取ることにする。
「取り敢えずここ十年の間で絞れば良いよな?」
「ああ、充分だろう。アラン、調書なら私が取る」
頼んだ、と。カラムからの提案にアランもすんなり預けた。ペンと手帳は握ったまま、カラムが同じように出すのを見届ける。立場としては同じアランとカラムだが、詳細な調書ならカラムの方が得意である。自分ではざっぱに書いて終わってしまう。
お願いしますと、真剣な眼差しと共にカラムに頭を下げられ、成り行きのままディルギアも仕方なく思い出せる限りの該当者を思い返した。
カラムが調べている間に、アランも周囲の団員にフリージア人の奴隷や売られているという店や噂は知らないか一人一人尋ねる。奴隷の団員であれば彼らも思い返せる記憶はあったが、売られているとなると思い返すのも難しい。もともと、団長が特殊能力者の演者を欲しがっているのは知っている分、特に買い出しに行くことの多い下働き達はそういう店の前を横切る度に意識して見てきたこともある。しかし、特殊能力者どころかフリージアの人間も狙って見つけるのは難しいのが現実だった。
「十年も前ならわりとフリージアの奴隷はどこでも一箇所は見たことあったけどな」
「!確かにその頃はまだ居ましたね。特殊能力者はいませんでしたけど、フリージアの人間は結構でかい看板で売られてた時期も」
「アレ絶対詐欺もいたでしょぉ?取り敢えずフリージアって書いておけば高く売れる~みたいな??」
「見なくなったのってここ六、七年のことじゃねぇか??」
団員達の文殊の知恵にアランも一音を漏らし苦笑う。
フリージア王国では過去に一度も奴隷を認めたことはない。しかし違法に奴隷狩りや人攫いは過去から横行している。宰相による大掃討が行われてからは被害報告も激減したが、本当に何も知らない彼らの目にも明らかなのだと痛感させられた。さらに今ではそのラジヤでの奴隷売買も禁じているのだから、時代は間違いなく変わっている。
「というか今更だから聞きますけどアランさん、実は貴方も特殊能力者なんじゃ?」
「いくら護衛といっても、ただの護衛じゃねぇだろあの身のこなし」
ないない、と。アランは手を振って下働きからの言及を否定する。
最初に否定したはずだが、まさか疑われていたのかと今度は心底おかしくなって笑った。騎士としては褒め言葉として受け取っておこうと思いつつ、団員からの「てっきり隠してる類かと」という言葉にまた否定を繰り返す。
それよりも当時の奴隷はどんなのがと、聴取を続ける。どこの国の、どの街のどんな店に、どんな風貌容姿かなるべく詳しく尋ねた。
次々と思い出せる限り記憶を絞り出すディルギアと違い、こちらは団員達もぽつりぽつりの分アランもメモに時間をかけやすい。中にはどこの奴隷商が特にフリージアの人間を取り扱っているかも聞けたのはアランにとっても耳寄りだった。
毎年定期的に経由している目から見ても、偏ってフリージアの人間を確保できているのはそういう人身売買組織と繋がっている可能性もある。少なくともこれは今後騎士団が派遣されるかもなと頭の隅で考える。
「ねぇカラムぅ、もう踊らないの?」
「踊りません。重ね重ねではありますが、アンジェリカさんこの度は本当にお世話になりました」
まだディルギアからの調書中にも関わらず横から入ってくるアンジェリカに、カラムも一度手を止めて向き直る。
深々と頭を下げるカラムに、ディルギアも言葉を止めた。「お前今俺が話してんだろ……」とアンジェリカに一応苦情は放ったが、今更耳に入れるアンジェリカではない。今もカラムの隣に並び立ったままぐいぐいと肩で押しやり突いたまま、カラムが自分に向き合えば今度は指先でつんつんと胸の中心を突っついた。
「まぁ苦労はしたといえばしたけどぉ?団長にご褒美貰えたしぃ、あと代わってくれたジャンヌちゃんに免じて許してあげる」
ありがとうございます、と。深々とまた頭を下げるカラムに、ぷくっと少し頬を膨らませてみる。
もうあの恐怖のパフォーマンスをしなくて良いのは嬉しいし安堵したが、ちょっぴり寂しいと言えなくもない。今までも異性も同性も基本的に誰が抜けてもあまり気にしないアンジェリカだが、仲良しの相手と一緒に演目をこなす相手は別である。寂しさついでに少しヘソを曲げてしまう。
「あ〜あ、あんなに盛り上がるなら次からも誰かとダンスしちゃおっかなぁ。団長となら最高なのにぃ」
「もうリディア戻ってきて充分だろアンジェ」
この場にいなかった新たな声に、アンジェリカは素早く顔を顰めて振り返った。




