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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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Ⅲ195.団長は出会い、


クリストファー・コクラン。

先祖代々続くケルメシアナサーカス団を次ぐべくして生まれた私の名だ。


始めた当初こそ〝動物と人間の見世物小屋〟と呼ばれ名の通りのものだったが、時代の流れと共に我々も進化した。

私が幼い頃には既にサーカスは団員による芸術と奇跡を届けるものへとなっていた。私も父と同じくサーカス団で育ち、将来ケルメシアナサーカスを更なる飛躍と昇華させるべく日々研鑽を絶やさなかった。今思い返しても変わらない素晴らしき良き日々だったと言える。他の誰もが経験できないような貴重で特別な誇るべき人生だ。

常に過去最高のサーカス団をと努めてきた私だが、やはり幼少の頃の感動は一生ものだ。なかなか上回るものなど見つかるものではない。


十代になって過去を超える感動を与えてくれた唯一は、まだ私が下働きだった頃。……どのような演目を試みても私自身は及第点にはいけず、父を落胆させることに打ち拉がれていた頃に現れた、一人の猛獣使いだった。

美しい女性だった。まだ未熟な十代の私には魅惑的に写った大人の女性だ。

とある地で公演後の夜、父に直接売り込んできた彼女は「私ならもっと上手く稼げます」と我がサーカス団所有の猛獣達を差し、言い放った。

父が買い付けた珍しい猛獣は当時はライオン一匹だった。もともと見世物小屋の名残として、猛獣をその日だけ檻からお披露目していただけだった。

しかしテントの前に檻を置くだけで客は物珍しさに集まり、そのまま集客にも繋がる。我がサーカス団では欠かせぬ存在だ。


しかしあくまで見せるだけだった猛獣をまさか従え芸をさせるなど、当時の私達には衝撃だった。それまで我がサーカス団には猛獣使いは一人として居らず、そして猛獣を相手に芸を仕込むなど長期間で命がけの演目に挑もうとする者もいなかった。

提示した期間内にライオンを手懐けることができたら雇えと交渉した彼女は、自信に満ちあふれていた。まだ前座芸すらまともに習得できなかった私には眩しい存在だ。


彼女は、宣言通り猛獣達を手懐けた。鞭の響きと共に猛獣達を意のままに扱う彼女に当時のサーカス団員は皆騒然としたものだ。彼女はケルメシアナサーカス団に所属し、猛獣使いとして大勢の観客の心を奪った。勿論この私も例外ではない。

美しく、そして猛獣使いとしての手腕を持つ彼女の虜になった。私は父に頼み、猛獣達の世話役を担わせて貰った。少しでも自信溢れる彼女に近付きたかった。

若すぎる私の恋心など当時の彼女にはとうに見透かされていたが、当然相手にはされなかった。どうやれば私が彼女の心を得られるのかと、口説いたことも数知れない。

彼女は猛獣使いとしてサーカス団の花そのものだった。ケルメシアナサーカスに多大な貢献を残し、父は彼女の功績に比例しその度に猛獣も買い与えた。


『十年後に考えるわ。おばさんで良ければね』


何度も何度もはぐらかされたが、それでも猛獣達を通して彼女と語り合える時間は幸福そのものだった。

彼女からすれば若者の気の迷いとでも思ったのだろう。私は十年後に同じ言葉を彼女に告げるどころか、十年間毎日告げることにした。十年後には本気を見せてやろうと意気込んでいたところもある。


しかし、十年経つ前に終止符は打たれた。

サーカス団が彼女の故郷に公演で偶然立ち寄った際、病でもう長くはないと知った両親の為に彼女は夢に区切りを付けることを決してしまった。

もうサーカスでやりたいことは全てやった。あとは親に恩返しする時だと笑って彼女は去った。

故郷に戻り、親の望んだ男と結婚し、血を次代に繋ぐ子どもを得ることが両親の望むの恩返しだと告げる彼女の意志は固く、団員の誰もが引き留めることができなかった。

「もっと良い人が見つかるわ」と、そんな簡単な言葉で私もまた……彼女の心には届かなかった。二十始めになった私も、彼女には若過ぎた。しかし、生涯彼女ほど理想的な女性など現れることがないだろう。


主力であった猛獣使いを失い、猛獣達は再び元の檻での立場へ戻った。

彼女を誰よりも傍で見つめ続けてきた私も見様見真似で挑んだが、彼女のように思い通りにはならなかった。ある程度言うことを聞いてくれたこともあったが、それも私が長らく世話係をしていた恩恵でしかない。

知識や技術こそ彼女との思い出と共に携えていようとも、才能が足りなかった。動物を引きつけ愛される才能だ。

その間団員の入れ替わりが激しいサーカス団で猛獣使いが現れることはなく、そして猛獣もそれ以上補充されることはなかった。彼女の為に買った猛獣だけで充分客寄せにもなり、何より餌代もかかった。


死に際の父から正式にケルメシアナサーカス団を引き継いでから一年はただただサーカス団を大きくすることを考え続けた。

毎年一度は必ず彼女の故郷へ公演に訪れては、その面影を探した。正体を扮して彼女を捜し回ったこともある。しかし彼女の元の家は既に両親も亡くなり、夫の家に嫁いだままの彼女がどこに住んでいるかもわからなかった。それでも未だに彼女の故郷で奇跡的な再会を期待することは変わらなかった。奪うつもりなどない、ただ初恋の君に男として認められたいと思った。


あの頃の輝かしいサーカス団をもう一度取り戻したいという夢もあった。団員には猛獣を売れ処分しろと何度も資金繰りで怒られたが、なんとかその分興行収入を盛り上げることで帳尻を合わせた。

興行先に着いては毎晩のようにその街の酒場へと通った。団長としての衣装も帽子も脱ぎ、煌びやかな衣装とは正反対の雑踏に紛れるボロを着てはサーカス団の前評判と後評判を照らし合わせた。

あくまでサーカス関係者としてではない立場で陽気にサーカスを持ち上げる噂を流せば、開演で客が訪れる。正体を隠し酒場で聞き耳を立てれば、観客の求めているものも不満も評判もわかる。観客が何を求めているか、団員には秘密で酒場に通ってはそこで得られた情報をあたかも思いつきのように団員に語り取りかかった。

幹部達よりも若かった私がサーカス団団長として手腕を認められるきっかけとなったその習慣は今でも続いている。

サーカス団の評判を聞ければ聞けるほどにどのようなみずぼらしい格好をしていても酒は美味くなった。


しかし年を重ねれば重ねるほどに、……団長の責任として別の問題が生じてきた。後継者だ。

代々団長の子どもに引き継がせてきたケルメシアナサーカス団を私の代で途絶えさせるわけにはいかず、何より当時いた古株の幹部団員達は私の子以外を認めない。しかし、彼女以外の女性などあり得ない私にはどうしても今更子どもの為だけに女性を探す気にはなれなかった。

子どもどころか夜な夜なこっそりテントを抜け出している私に幹部達の風当たりと不信感も強くなり、……とうとう私は最後の手段に出た。



子ども〝だけ〟を得ると決めた。



彼女との最後の思い出の地に訪れた時、それを実行した。

団員達には小旅行と告げ、条件に合う子どもを探しに出た。もともとケルメシアナサーカス団は居場所のなかった過去を捨てた者達が集う場所だ。血など繋がらずとも、私の魂を引き継いだ子どもであれば問題などない。

しかし私がいくらそう語ろうと、サーカスの伝統に固執する頭の硬い古株達は血の繋がり無しでは認めはしない。血の繋がりのない子どもを後継者に選べば私にも、そして罪もない子どもにまでケチがつき、必要のない重荷を背負わせることになる。


団員達には真実がバレないように、馬車に乗ってテントからは遠く離れた地を選んだ。ちょうど夜な夜な遊んでいると思われているのもまさに都合が良い。その時の子だと誰もが勝手に信じてくれる。

子どもであれば誰でも良かったと言えば嘘ではない。条件はもちろんあったがその辺にいる浮浪児でも、奴隷でも構わなかった。もともと団員達の過去を知る身として奴隷にも浮浪者にも偏見など有りはしない。

しかしその地はちょうど奴隷生産国で、身よりのない子どもを見つけるのに一番効率が良いのが奴隷だった。浮浪児を勝手に拾い、その子を探しに戻って来た親を泣かせては不幸だ。


早速私はその街で大手の奴隷店に三軒も足を運んだ。私の隠し子と言っても信じられる、しかし意思疎通はできる年齢。これからサーカス団団長の後継者として一から育てる為にも、若い子どもが良い。

高級奴隷は私には買えない。なるべく値段の抑えられた安い奴隷の中から子どもを探していた私は、……そこで運命の出会いを得た。

値段の範囲が掲げられた札の檻で、ひときわ輝く人材を見つけたのだ。奴隷という立場でありながら体つきはしっかりし、顔も整っている少年だ。間違い無くこれから成長すれば背も伸び立派な美男子になると確信した。何よりも奴隷の中で彼だけが強い眼差しをしていた。何人も輝く演者を見てきた私だからこそ、彼が逸材であるという自信があった。

しかも年齢を聞いてみればそれまでも理想的。言葉遣いにも知性が感じられた。彼ならば将来大勢の目を引きつける団長となるだろうと目にも浮かんだ。あとは彼の合意さえ得られれば、決まりだった。


『どうだい?私の息子にならないか』

奴隷として買った後では、彼に選択肢もない。これだけの逸材が売れないのも単に子どもだからなだけだろう。あと数年経てば誰もが欲しがる青年に成長する。それこそ奴隷になどしておくのが勿体ない原石だ。

しかしサーカス団も団長も、決して楽な道ではない。私の子となり、そして後継者になるという選択は本人に決めさせたかった。それほど険しい道であることは私自身が誰よりもわかっている。

奴隷といっても、私達と同じ血と心のある人間だ。彼を一人の交渉相手として私は筆舌の限りを尽くしサーカスの魅力を語り口説いた。

少なくとも奴隷という立場よりは遙かに夢も未来もある仕事だという自負もあった分、勝利を確信していた。……しかし。


『……ラルクを、買って下さい…………』


幼い少年は、乞い願った。

これが逆の言い分であれば私も己を律して聞かなかったことにできただろう。自分を買って欲しい自分を助けて欲しいと、そう言う奴隷は星の数よりも多い。

奴隷という立場を理解している少年の、他者を救って欲しいという望みだなど想像もしなかった。さっきまでは陰りもなかった真っ直ぐな黄の瞳が「ラルク」を語り初めてからみるみるうちに陰り出した。

ここでもし私が聞かなかったことにして買ったところで、彼の目は一生そのままだろうと確信めいたものまで覚えた。


友人ではないと言いながら自分の命よりも遙かに尊ぶ少年の願いを無碍にすることなど、私にはできなかった。


本当なら全財産擲ってでも二人を買い取れれば良かったが、その処分前の〝ラルク〟はともかくその少年は安売りとはいえ経理奴隷だった。彼一人を買うので精一杯だった私に、二人買うことはできない。

逸材の原石を諦めてでも、彼の覚悟と願いに応えてやらなければならないと思った。きっとその〝ラルク〟が救われなければ彼の魂もまた一生救われない。サーカス団員として引き入れても絶望のまま地に伏せ続け死を選んだ者も何人も見てきたからわかる。

彼がせめてその美しい目から光を失うことがないように。奴隷である彼に私がしてやれることはそれ以上存在しなかった。

彼の覚悟と信じられないほどの優しさに敬意を示す、私は〝ラルク〟を買い取ることを決めた。彼と年の近い少年であれば、条件には合った。


処分前奴隷の檻は、一律の値段の札を見ればあの少年の三分の一以下の文字通り捨て値だった。

檻を覗き込んでも最初はどの子かわからなかった。ただでさえ処分前の扱いの悪い奴隷は痩せ細り体格と年齢も釣り合わない。女か男かもわからない奴隷の中、しかし「ラルク」とその名を呼んだ時……すぐに彼だとわかった。

その名を聞いてどの奴隷も無反応かわからないように私を見つめる中、檻の奥で蹲っていた少年だけが瞬きの一つもせず涙を溢れさせていた。頬が痩け、薄紫の絡まった髪に色白で、か細い少年は……残念ながら〝原石〟とはほど遠かった。むしろ正反対だったとも言える。簡単に折れてしまいほうな貧弱な手足に、骸骨と見間違えそうな顔だ。



しかし、とても綺麗な涙を流す子だった。



才能があるかもわからない。しかし、もう私は托された。このような奴隷生産国の街の奴隷店で一生出会えないであろう原石の少年に。

この手を伸ばした以上、どのような少年であろうとも私の人生をかけて我が子として育てると決めた。

店主と手続きを行い、連れ帰った。自分の身代わりになった少年のことなど言えるわけもなく、そして奴隷として生きていくことになった少年に合わせる顔もない私は振り返りはしなかった。ただ、彼の見える位置でひたすらに買い取った少年へ愛情を示して見せた。


〝大丈夫〟〝彼を大事に人として育てる〟と薄っぺらい言葉よりも態度で示した。


Ⅲ184

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