そして過ぎる。
「アンジェリカに男がデキたって噂も回ってたが、二部じゃあその男ちゃっかり別の女と踊っててよぉ。ありゃあ間違い無く女タラシだな」
違う!!!!!
今度こそ叫び出しそうになりながら奥歯にぐぐぐと力を込める。カラム隊長まさかの風評被害!!
商人が「わりと高そうな顔してた」と商品目線でカラム隊長を褒めるのを腹立たしく聞きながら、これには私も発言は我慢しても首をブンブン横に振らずにはいられない。……前を見ると、アーサーも無言で銀髪が乱れる勢いで首を横に振っていた。動作が完璧に揃ってしまってちょっぴり恥ずかしい。それだけカラム隊長への誤解に不満という気持ちは同じなのだろう。
続けて商人が「サーカス団の女全員ときっと」と全く根拠のない噂を口にするから、間に入ってしまいたくなる。カラム隊長は女タラシどころか誠実でものすごく紳士な騎士様なのに!!!!
敢えて言うならば女タラシではなく人タラシと言って欲しい。ギラリと蒼の眼光を鋭くし始めたアーサーを見ればそう思う。本当、カラム隊長も舞台では偽名と仮面で良かった。
単純に男女で組むだけでそんな邪推されるなんてサーカスで働く人達も大変なんだなと切実に思う。……そう考えると、演者が基本的にサーカスの敷地外に出ないのもそういう自衛があるのかしら。てっきり特殊能力者のアレスや他にも人身売買から身を守る為だと思ったけれど、危ないファンに背後からグサリとかもあり得る。アンジェリカさんなんて人気特に高かったもの。
「で、魔術師が今回結構な曲者で一体どうやったんだかわかんねぇが、突然地面を動かしちまうのよ」
「ハァ?どっちの魔術師だ?氷の?それとも箱から脱出した方か??」
実際はそのどっちでもない。
あの時のヴァルのフォローはステイルが自分の仕業という演出にしてくれたと今思い出す。ヴァルは舞台に出るどころか演者じゃないし、それが一番安全で良い。
ちらりとヴァルへ振りかえれば、もう本人は興味も遠いように首を掻いたままレオンの方に目を向けていた。多分「そんなこともあったな」くらいの感覚なのだろう。私は本当に助かったけれども。
団長もあの地面が動くのは大喜びで、またやりたいと話していたくらいだった。ステイルが「今回限りです」と断ってくれているから良いけれど、もしかして今頃もねだられていないだろうかと心配になる。
そういえばまだちゃんと言葉で直接お礼は言ってないだろうか。
この場で言いたくなったけれど、もし聞かれたらと思い、口を意識的に閉じる。耳打ちをしてもヴァルの動作一つで商人達の目につくかもしれないし、ここは一旦場所を移してからお礼を言うべきだろう。けど、今言わないとまた機会を失うかもしれない。
つんつんと、しがみ付いたままのヴァルの裾を摘まみ引っ張る。ほんのちょっとの刺激だっただろうけれど、流石セフェクとケメトに慣れているからかすぐにこちらに目を向けてくれた。
商人達にも聞こえないように細心の注意を払い、手招きで顔を近付けて欲しいと締めれば怪訝な顔でこちらへ屈むようにして顔を寄せてくれた。意図もしっかり通じたのか耳を向けてくれる彼に、私からもそっと口元に手を添える。
「……あの時はありがとうございました。本当に助かりました」
具体的なことは言えないけれど、商人達の話題からもこれで伝わるだろうと必要最低限の気持ちだけ伝えれば一瞬だけヴァルの目が丸みを帯びた。またぐっと眉間に力を寄せるようにいつもの表情になったけれど、それからすぐに今度はヴァルの方が私に顔正面を向けてきた。
同じく小声で話そうとするのか、顔を近付けてくる彼に今度は私が耳を向ける。口元に手は添えず、そのまま息に近い音で私へ前のめる。
私の視線自体は身体の正面を向けば、アーサーが最初に目に入った。私達が何の話しをしているのか気になったのか、アーサーも目が零れそうなほど大きく開いてこちらを見ている。
大した話じゃないのよ、と伝わるように声の変わりに軽く手を振って見せようとした瞬間。
「礼ならベッドの上で良いぜ?窓でも開けてりゃあ今夜でも」
もう!!こ!の!!!人!は!!!!!!
まさかの予想だにしなかったからかい文句と楽しげな低い声に、一気に背筋が反ってしまう。
あまりの発言に鼻がぶつかるかもしれない勢いで振りかえれば、ニヤァと悪い笑みが視界いっぱいに収まった。さっきの眉間の皺はどこにいったの!!
本当に感謝してお礼を言ったのに、どうしてそうからかってくるのか!!この場で怒りたい気持ちに駆られもともと目つきの悪い自分の目を思い切り吊り上げれば、ヴァルが至近距離の私にしか見えない位置で商人の方向を左右に指してきた。「目立つぞ」とにやにや笑いのまま言われ、完全に封殺される。声を上げることも今は許されない。
ここで「そんなことするわけないでしょう!」と叫びたいのに叫べないのが歯がゆくて、唇を絞るのにも顎まで力が入る。
それでも我慢できず頬を膨らませて睨み付ければ、そこでヴァルが姿勢を前のめりから戻した。まったくにやにや笑いが消えないから、文句を言えない分、しがみつく腕に思いっきり力を込めてみたけれど「誘ってんのか?」と煽られる。……残念ながら非力な私ではダメージどころかただ彼のニヤニヤ笑いを増長させるだけだ。
むしろハリソン副隊長が懐からナイフを取り出していて、こっちの方が問題になる。
フン!とこうなったら私からもヴァルから顔をもとの正面に向けて逸らす。これ以上この人と沈黙勝負をしてても不毛なだけだと商人達の話にもう一度集中することにする。
今年の新入りは凄い、特殊能力者も今度こそ混じってるんじゃないか、とうとう団長が手に入れたんじゃないかと彼らなりの推測が交わる。
「その二部の踊ってた女と一部のトランポリン女ってどんなだった?女増えたのは良いことだがよ」
「いやそれが噂じゃあ同一人物らしいぜ。だからトランポリン壊したのも演出だっつってんのよ。俺としちゃあ結構良い女だとみたぜ。宣伝回りもしてたらしいが、まぁ顔なんざ二の次だ。それよりも胸がこう……」
ぐいっ、と。
突如、腕が引っ張られ足が前に出る。直後には背中もドンと押されて、どっちから見れば良いかわからなくなる。
私の開いている方の手を取って一方向へ歩き出すアーサーに続き、私から腕を抜く形でほどいたヴァルに背中を片手で押されてしまう。ハリソン副隊長も私の隣に並んで守ってくれる中、アーサーの手を握り返しながら視線を回す。エリック副隊長かレオンが呼んでたのかと思ったけれど、二人ともまだ交渉中だ。
それでも取る手こそ優しいままに歩みだけはぐいぐいと手を引かれ、瞬きを繰り返す。
向かう先はどちらでもない、通りを隔てた向かいの店の隅に移動するだけだ。やっぱり私達の噂ばかり話す相手に挟まれるのは流石に正体バレる緊張感が過ぎるか。ネイトの発明があって良かったと安堵するばかりでそのまま立ち聞きに入ってしまったけれど、確かに移動した方が安全ではある。
アーサー?と尋ねてみたけれど、声が小さすぎたのか返事はない。顔の角度を変えてみるけれど、俯きがちなまま前進するアーサーの顔は覗けない。首から耳までがいつもよりほんのり赤い気がするくらいだ。ずっと正体バレないか緊張していたのだろうか。
ヴァルに振りかえっても、面倒そうな顔で睨み返してくるだけで私の背を押すのも変わらない。まるで列を急かすように片手でぐいぐい押してくる。
反対側に移動したところで足は止まったアーサーだけど、振り向かない。調子でも悪いのだろうか。進行した方向に顔を向けたまま固まるアーサーが、取ってくれている手を通してぷるっぷるっ震えているのがわかった。
「……~~す……ません……っ。……なんか、こう…………~~っ……」
消え入りそうな声で、うっすらと謝罪が聞こえた。
私の手を取っていない方で今度は頭を抱えるように押さえた。やっぱり引っ張ったことを気にしてくれている。私ではなく安全確認だろうか周囲に顔を向けているアーサーに、取られた手をこっちからクイクイと引いてみた。無抵抗にアーサーの腕が伸びるだけで反応はない。
ハリソン副隊長に振り返れば、ハリソン副隊長はハリソン副隊長で今はアーサーよりもヴァルの手を真っ直ぐ睨みつけたまま剣を構えていた。私の背中を押していた手を今にも切り落とそうとしているのではないかと眼光を光らせる彼に、私も心臓がひっくり返る。
今はもう下ろされた手なのに、それでも王女を押しやるのが許さないと顔に書いている。いやヴァルもまさか嫌がらせで私の背中をドンドン押したわけではなく、正体バレないように避難しろという意味だったのだと思うのだけれども……!
「う゛ぁ、ヴァル!背中を押したのはどうしてかしら?」
アーサーの手を握ったまま、背中を丸くした彼を隠すように身体ごと背後へ振りかえる。
とりあえずまだ顔も向けてくれないアーサーよりも先にヴァルとハリソン副隊長の衝突を止めるべく、抑えた声で誤解を解けるように投げ掛ける。うっかり慌て過ぎて質問口調にしてしまった私に、ヴァルは一瞬不快そうに顔を顰めてから契約通りに返答をしてくれた。褐色の指でアーサーを示しながら。
「……。あー?そっちのガキの駄々に付き合ってやっただけだ」
そっち、という先はもちろん指の示すアーサーだ。
駄々に……ってどういう意味だろう。アーサーが駄々こねる、というのもしっくりこないし、よりにもよってヴァルが急にアーサーを阿吽の呼吸で付き合うとも思えない。ステイルならまだしも、ヴァルがそんなことをするとは失礼ながら想像できない。共通の敵でもいないと不可能だろう。
ヴァルからの発言に余計肩をピクピクさせるアーサーはまだこちらに振りかえらない。ハリソン副隊長も今アーサーに気付いたのが、躊躇いなく歩み寄ると束ねた銀髪をぐいっと引っ張った。「護衛中だ」と、周囲の安全確認よりこっち見ろの注意に、アーサーも大きく後頭部を背後に倒してから振りかえる。
すみません、とまた泡のように心許ない声で呟くアーサーは、真っ赤な顔のまままた頭を下げた。
どうしたのかわからず首を傾ける私に、一瞬だけ目を向けてくれた後アーサーは自分で顔を覆いかけ、寸前で止める。あくまで護衛対象を視界から消さないようにしながらも、また唇が震わされた。
「……殺……抑えたンすけど……聞かせたままにあんま、してらンなくなって。…………勝手に、すみませんでした……」
「良いのよ。確かにあの場にずっといるのは得策じゃなかったもの」
まるですごい悪いことをした後みたいに肩を落とすアーサーに、私からも問題ないことを示す。
むしろ移動権利のある私から言い出すべきだった。ついついネイトのゴーグルに安心して噂話を聞きたい欲に踊らされてしまったと反省する。アーサーもずっと避難したいのに我慢していたのだろう。
私の言葉に「はい……」とまた叱られた後のような声を漏らすアーサーは、手の甲で額の汗を拭うとまた大きく深呼吸した。
「ああいうンは……駄目です。なんか……、……良くねぇと、思います……」
「?そうね」
本当にどうしたのかしら。
しゅんと萎れたまま独り言のように呟くアーサーに、取り敢えず今後はゴーグル付きでも行動を気をつけようと思い直した。




