そしてリードする。
「じゃあヴァル。ジャンヌを頼むよ」
「アーサー、絶対目を離すなよ?!」
左側の店へとアネモネ騎士と共に交渉へ向かうレオンが私の腕から抜け離れ、右側の店へ単身で交渉へ向かうエリック副隊長にそれぞれ手を振る。
あとは二人から合図があった方から合流するだけだ。
エリック副隊長の〝絶対〟の言い方が私だけでなくハリソン副隊長のことも暗に示している気がしてならない。……いや、ヴァルのこともだろうか。ヴァルかハリソン副隊長どちらかだけでも、調査班の方になってもらうのも考えたけれど……こっちから何か報告があった場合を考えるとやっぱり二人残ってくれる方がありがたい。
ぽつんと市場の端に立ち止まったまま、三十秒近く四人揃って無言のままだった。
ヴァルがたまに舌打ちするくらいで、アーサーもハリソン副隊長の前だからか緊張した様子で肩が上がっているしハリソン副隊長は通常営業だ。未だに近衛の護衛中ですらなかなか自分から話してくれないハリソン副隊長が、敵地のど真ん中で私語をしろという方が難しい。
「……ど、奴隷市場全部回りきれると良いのだけれど」
「!そう、ですね。リオ殿も数日で回りきれなかったっつーくらいですし、回りきれても次は市場以外の店も確認するんですよね?」
投げ掛けるために顔を向けた拍子に肩にぶつかれば、それだけでアーサーの肩が飛び跳ねた。
なんとか話題のパスを返してくれたアーサーに感謝しつつ、私も頷く。この市場を確認したら、やっぱりレオンと二手に分かれた方が良さそうだ。後回しにしていた建物の店も一応確認しておいた方が良い。
ケルメシアナサーカス団の財政を確認してもやっぱり店に売っているような奴隷をおいそれと買えるとは思えないけれど、あのトランクに入っていた大金を思い出すと可能性もゼロではなくなってきた。ああいうへそくりを団長が持っているなら、何かをきっかけに店で売られている奴隷を団長が買う未来もあるのかもしれない。
今のところ団長が大金で買ったことのある奴隷はアレスだけらしいし、彼の場合は買った理由も理由だから同じように奴隷で大盤振る舞いを団長がするかどうかはわからない。
ヴァルにもそういった店はまだ未確認よねと念の為確認すれば肯定の後に「テメェがそうしろっつったんだろ」と切られる。あくまで探しているのはケルメシアナサーカス団にいつか入団する流れを持っていそうな奴隷だ。
ちゃんとした奴隷商の店なら、奴隷を処分することはあっても野に放つことは基本ないし入団するまでの流れはよほど突飛な場合しかなかなか想像しにくい。そもそもアレス以外の攻略対象者だって
「……ッあの、すみませんでしたジャンヌさん」
「?……どうかした??」
ふと考えようとしていたことが中断される。
私から話題を投げ掛けたのに、うっかり思考に没頭してしまっていた。私が返事したまま無言になったからアーサーを置いてけぼりにしてしまったと今気付く。
顔の中心に力を込めたような苦しそうな表情を浮かべるアーサーが、腰ごと曲げるようにして小さな動作で頭を下げてきた。もしかして私がきちんと返事をしないから気を悪くしたと誤解されたのだろうか。
瞬きが多くなってしまいながら尋ね返せば、アーサーは一度唇を強く結んだ。目も伏せてしまい、それから唱えるような小さな声で「さっき」と問いに返してくれる。さっきまでの肩がくっつくくらい隣り合っていた体勢から今は私に真正面をぴしりと向けている。
じわじわと耳までほんのり赤くなっていて、何か知らずうちに失敗したのかしらと考える。ハリソン副隊長の前で言いにくいこととすればそれくらいしか思い浮かばない。
「その、気分悪くされていたの……俺、エリックさんが気付くまで全然気付かねぇで……」
「!そんな、良いのよ。私こそ心配かけてごめんなさい。一番しっかりしなくちゃいけないのに」
まさかそっちを気にしてくれていたなんて!
あまりに予想外のことで頭を下げてくれていたアーサーに、びっくりして私も両手を左右に振ってしまう。ものすごくバツが悪そうに視線を垂らすアーサーは本気で反省している様子だったから、私の方が焦ってしまう。隣のハリソン副隊長なんて今も私より周囲の監視に注意を向けて我関せず状態なくらいなのに!!
それにアーサーはいつも私やステイルのことを気遣ってくれることの方が多いくらいだ。さっきだって一緒に歩いてはいたけれど、私と腕を組んでいたレオンの後ろの位置でエリック副隊長は斜め背後から私の顔が覗ける位置だった差もある。勿論エリック副隊長がすごく気遣ってくれる性格なのもあるけれど、だからってアーサーが配慮に欠けているというわけでは決してない。
それでも頭を下げたままのアーサーに、ハリソン副隊長が目も向けないまま頭を掴んで無理矢理上げさせた。「護衛中だ」と、慰めではなく単純に護衛対象から目を離すなという意味だろう平坦な声にアーサーも蒼色の目を大きく見開いた。「すみません!」とさっきの謝罪よりも大きな声がひっくり返り気味に出れば、今度は「目立つな」とまたハリソン副隊長に怒られる。大声で注視されたらやっぱりゴーグルの効果はなくなってしまう。
今回は幸いにもどの店とも離れた隅だから目立たなかったけれど、途端にアーサーの肩ががっくしと落ちた。反省中に踏んだり蹴ったりで怒られたら無理もない。
「あの、……それなのでもし次体調とか気分悪くされたら……、……~~っ……て……さぃ…………」
「?えっ、……と……??」
ハリソン副隊長に怒られた後で真っ直ぐ顔を上げて私に目を合わせてくれたアーサーは、両手も背後に結んだまま背筋も真っ直ぐ伸びていた。それなのに声だけが途中から急激に萎んでいく。
また聞き返すのも悪い気がして、首を傾けながら曖昧に返せば唇を絞ったアーサーの顔色がまたじんわり紅潮が強くなった。もしかして私まで怒ってると思われたのだろうか。嫌味でもなんでもなくて本当に聞こえなかっただけなのに!!
こういう時にステイルかカラム隊長がいてくれれば!!と思いながら、視線が無意識にエリック副隊長の方へ逃げてしまう。私達の為に一生懸命店の店主と交渉してくれている彼の背中しか見えない。更にこの場にいるのは基本無言のハリソン副隊長と、間に立ってくれる気配ゼロのヴァルだけだ。……むしろヴァルはアーサーを見てなんかニヤニヤ笑ってる。アーサーが困ってるのみて楽しまないで!!!
ムン!と頬を片方膨らませながら八つ当たり半分にヴァルを肘で軽く突く。するとその直後に私のものではない分厚い音でドン!!と振動音が正面から放たれた。びっくりして振りかえれば、アーサーが自分の胸を拳で叩いたところだった。真っ赤な顔のまま、眉を釣り上げるくらいに顔に力を入れて私と目を合わせてくれる。
「つっ……次、は自分も胸お貸ししますンで……!!寄りかかるなり、腕っ……腕、も……!!いっ……つでも……~~っ……!!」
目立たないように声こそ抑えていたけれど、今回は途切れ途切れでもちゃんと聞き取れた。
まるで一大決心のように言ってくれるアーサーに自分の目が丸くなるのが鏡をみなくてもわかる。なにかと思えば、体調悪くなっても身体を貸してくれると言おうとしてくれていたらしい。腕、というのはさっきのレオンとの腕組みのことだろうか。
そういえばさっきレオンに暗に腕組む形で守る方式を伝授されていた後だ。もしかしてそっちをずっと気にしてくれていたのだろうか。責任感の強いアーサーらしい。今までだって手を貸してくれたり抱き抱えてくれていたのに、きちんと言葉にしてくれるのも彼らしい優しさだ。
よく考えると確かに今はレオンがいないし、アーサーと腕を組む方が安全には違いない。もともと人混みが多いからの対処で、今はもうすれ違うほどの人混みはないから必要にも思わなかったけれど。ただ、これからまた奴隷市場行脚が続くと思うと、支えてくれる人が必要かもしれないという自覚はある。
そこまで考えれば、本当にアーサーが今だからこそ言ってくれたのも心配してくれているのだなとわかり胸が温かくなる。自然に頬が緩んで、「ありがとう」と最初に心からの笑みでアーサーにお礼を返した。途端にまたアーサーの肩が身体ごとびくりと揺れた。
「遠慮無くその時は頼るわ。アーサーも無理はしないでね。貴方もあまり気分の良いものではないのに付き合ってくれているでしょう?」
「いや自分は良いンす!!任っ……でも、被が……奴隷になってる人には会うことありますし、…………勿論慣れませんが……」
ブンブンと首をもげそうなくらい横に振るアーサーが、言葉を躊躇い選びながら額を湿らせる。最後は少し弱い声で言ってくれるアーサーが、彼らしくて今だけはなんだか少し笑んでしまう。アーサーはそれで良いと思う。
騎士としてアーサーもハリソン副隊長も、それにエリック副隊長も任務で奴隷被害者救出や人身売買組織の掃討殲滅で被害者に会う機会が多いことは知っている。私やステイルよりはずっと慣れる立場だ。それでも正直に「慣れない」と声を小さくするアーサーは、騎士として不慣れなのではなくそれだけ心を痛めてくれている証拠だ。
頭を掻きながらそこで「すみません」とまた謝ってしまうアーサーに、お陰でさっきまでの張り詰めた感覚が緩んだのがわかる。やっぱり今日一緒に行動してくれるのがアーサーで良かった。
そう思っていると、不意にズン……と肩が重くなる。さっきまで胸が軽くなったくらいだったのに急に物理的な重さにびっくりすれば、ヴァルだった。
視線を上げれば、さっきまで私の背後に立っていたヴァルが私の肩に腕を回すようにして置いていた。私よりも背が高い分、背中をわざわざ丸めながら若干よりかかってくるヴァルに流石にびっくりする。
ヴァル?!と大声になりそうなのを抑えながら呼びかける。急に私に寄りかかってくるなんて珍しい。まさかこの人も体調が悪かったのかと息を飲む……のも、一瞬だった。見れば、私に腕を回したままの顔がニヤニヤと悪そうに笑っている。
さっきからと同じ、私ではなくアーサーに向けてニヤニヤ愉快そうな笑みを広げていた。
「ヴァル!急に何するのですか。体調悪いのならば別ですが」
「あー?〝たかが〟肩組みだろ。目立ちたくねぇんじゃねぇのか?ならちょうど良いじゃねぇか。なぁ?」
「それは肩組みではなく肩を借りてるだけでしょう!」
私に一方的に重さが加わっている。完全に寄りかかっているわけでなないから潰れるほどじゃないけれど、まぁまぁ重い。
意味のわからないことを言いながら相変わらず不快に見えるようなニヤニヤ顔をアーサーに向け続けるヴァルはこっちを見ない。指摘をしたところで「じゃあテメェも腕回すか?」と誘ってくる。いきなり何故そんなに腕を組みたいのか!!
のっしりと寄りかかってくるヴァルに顔を完全に向ければ鼻先が彼の頬にうっかりぶつかった。それでも気にせずアーサーににやにや顔を向け続ける彼の視線に添えば、……アーサーの顔が塗りつぶしたようになっていた。
ぷるぷると若干震えながら目が零れそうなほど見開いてヴァルを見つめ返している。更にはハリソン副隊長まで流石にこっちに紫色の眼光をズッパシと向けていた。見開いているのにこっちはナイフのように鋭く光ってる。まずい、流石にこれはハリソン副隊長の目には不敬過ぎた。
ヴァルには不敬を許してると伝えた後だから睨むだけで済んでるけど、今までの彼の基準なら間違い無くナイフが飛んでくる案件だ。しかも相手は水と油のヴァル。いつの間にか腰の剣に手をかけて構えているハリソン副隊長に、私も声より先に手でパシパシと自分の肩に垂らされた褐色の手を叩く。どかさないとヴァルが斬られる!!
「……御命令とあらば始末します」
「!!いいえ!!大丈夫です!……こっ、この人のこれは気になさらないでください……!」
ほら来たもう!!!
うっかり私が今度は大きな声を出しかけて飲み込む。ハリソン副隊長から発言と同時にあふれ出す殺気に、ヴァルもやっと気付いてはくれたけれどそれでも「アァ?」と唸るだけで腕をどかさない。ここは多少強引でも命令すべきか、いやでもこの程度のことで命令するのもと考える。
ペシペシペシペシペシ!!と遺憾の意にヴァルの手を叩く数だけ早めつつ、首を振って断れば一応ハリソン副隊長も剣は抜かないでくれた。……それでも変わらず手は柄に添えたままだけども。
ハリソン副隊長の殺気に押されてか、そこでやっとアーサーもハッと我に返った様子で動いてくれた。指先まで火照った手を伸ばし、強制的にヴァルの腕を掴み上げてどかしてくれる。
「テ、メェ!いきなり何してやがる?!」
「なんだァ?羨みか⁇たかが肩組みだろ。そういうつもりでできねぇのはテメェも知ってる筈だぜ。」
ガキがこの程度で上がるんじゃあねぇよ、と。掴み上げられた手をそのままにケラケラとアーサーを小馬鹿にするように笑うヴァルは未だ上機嫌のままだ。さっき最後尾の不機嫌が嘘のようだ。
完全に万引き犯逮捕みたいな図になっているのに本人は全く気にしない。というかお願い目立たないで!!!
アーサーは目立たなくても揉め合いしてる二人として目立ったら当然アーサーにも目がいく。ここは私からもヴァルを掴み上げるアーサーの手に触れ、降ろさせる。
「目立っちゃうわ」と言葉を添えれば、吊り上がっていたアーサーの目も大きな瞬きの後に降りてくれた。ヴァルも離された手をすぐにアーサーから引っ込め、……また私の肩に置いてきた。
「ッヴァル!貴方もその辺にするべきじゃありませんか?!」
もう!!と、今度は私からもきちんと腕をぐるりと回して振り払う。もう完全に王族への不敬でアーサーとハリソン副隊長を挑発する為にやってる。
私が振り払ったところでやっと今度こそ引っ込めてくれたけど、ニヤニヤとした愉快犯の笑みでわざと両手のひらを見せてきた。
ハリソン副隊長だけでなくアーサーまで拳構え出すから本当にゴングが鳴りそうな勢いだ。本当にこの人は!
こんなところでも人をおちょくるのは変わらないヴァルに私まで鼻の穴を膨らませそうになれば、私達の空気に気付いてかエリック副隊長から「ハリソンさん!」と指名が叫ばれた。
サーカス面々の私達ではない使命に振り返れば、ハリソン副隊長にだけではなく私達全体に向け手招きしてくれている。
このままストリートバトルになる前にと、急ぎここは場所を変えるのが得策だ。
「ッ行きますよヴァル!今日の聞き込み中は喧嘩を売らないでください」
主に騎士達に!!と心の中で叫びながらヴァルの腕を掴み、今度は私から腕を組む形で引っ張る。
ジャンヌ?!とアーサーから声が上がったけれど、ここは喧嘩中断を優先し先に進んだ。




