そして進む。
「ジャンヌのことはアーサーに任せるよ。もう少しで奴隷市場に着くから、その時はエリックと僕で手分けして聞き込みする方向で良いかな」
なにげにハリソン副隊長とヴァルを聞き込み班に加えていないのが流石レオンわかっている。
エリック副隊長もこれには張りのある声で快諾してくれた。私はあくまで市場でレオン、もしくはエリック副隊長のどちらかにくっつきながら市場の人の話を聞くか他に気になる商人や奴隷がいないかの見る聞く専門だ。レオンのことはアネモネの騎士が守ってくれるし、エリック副隊長以外にもハリソン副隊長とアーサーが守ってくれれば私も心配はない。やっぱりレオン達と一緒の行動を選んで正解だった。
私達はレオンとヴァルが今日まで調査してきたところもいれて奴隷市場は回る予定だけど、取り敢えず一つはレオンがもう一度確認したい場所があるという奴隷市場へ一緒に向かうことにした。
その奴隷市場を確認した後は、レオンには先にまだ未開拓の奴隷市場捜索を優先してもらっての別行動も視野にいれている。私じゃないと攻略対象者はわからないけれど、それ以外のフリージア王国の民の調査ならレオンでも可能だもの。
残り時間を考えてもなるべく効率的にいかないといけない。ヴァルがどうする気かはわからないけれども。
ありがとう、と私からもレオンとエリック副隊長にお礼と共に目を合わせる。エリック副隊長と目を合わせた後その流れのままうっかりハリソン副隊長と目が合い、まさかの戦力外通告だと思われないように意識的に逸らさず見つめ合う。口の中を飲み込んでから、素早く言葉を選んだ。
「ハリソン、さんは……護衛をお願いする方向で良いかしら……?アーサーと一緒に」
「承知致しました」
やんわり伝家の宝刀アーサーも後出しで言ってみれば、こちらも即答でほっとする。
無表情のまま淡々と承諾で応じてくれたハリソン副隊長は、やはり聞き込みよりもこちらの方が良いだろう。これにはエリック副隊長とアーサーも安堵したのか、ほっと息の音がどちらからか聞こえた気がした。
アーサーが「ハリソンさん、目立つのは駄目ですからね?」と緊急時以外戦闘は基本的に避けるようにと念を押してくれる。もしうっかりハリソン副隊長が剣を抜いたらその時点で一緒にいるアーサーと私も周囲から注目されてしまうことになる。途端にネイトのゴーグルの効果もなくなって二次被害だ。
「人通りも多くなってきたから、くれぐれも守る時は平和的にね」
女性は特に、と。レオンが暗に私を円滑に守るようと周囲を見回しながら少し声を潜めた。
レオンの言うとおり人通りが増えてきたから、騎士達も私やレオンとの距離をぴったり詰めてくれる。人が多くなればなるほどすれ違って肩がぶつかる程度は容易にあることだ。そして「あっすみません」の一言で目が合うだけでも私とアーサーはアウトだったりする。
レオンが私の隣に並んでくれて、レオン側をアネモネ騎士がそして私側を騎士達が守ってくれる。あくまで私は侍女だから、ゴーグルがなかったら私は服装からしてもレオンのお付きの人に見えているだろう。うっかりレオンの靴を踏まないようにと歩幅をいつも以上に意識を向け、すれ違う人に邪魔にならないようにとレオン側に詰めれば……、今度は私がレオンに肩をぶつけた。あっごめんなさいをまさかのレオンへ最初に言うことになる。
気にせず軽い手の動作で許してくれるレオンは、むしろちょっと楽しそうに笑ってくれた。
「いっそ腕でも組んでみるかい?エスコートするよ」
そう言って軽く腕一つ分隙間を空けて見せてくれる。
まさかの市場までをエスコートして貰えるなんて。本来ならば社交界やパーティーでのことをここでと思いつつ、ちらちら注意を見回してからここはお言葉に甘えさせて貰うことにする。今は侍女だし貴族役と腕を組むのは……とも思うけど、人通りが多い中でエスコートしてもらうという意味合いなら許容範囲だろうか。あくまで格好は高級感こそ違えどお忍び服だもの。
今日はただでさえ大人数だし、なるべく小さくならないとそれだけでも邪魔と思われて目立ってしまう。今日の護衛対象は私とレオンだし、護衛側にとってもなるべく一個固まりになっているに超したことはない。
そっとレオン側の腕を伸ばし、彼の脇の下を潜らせる。途端にレオンも慣れた仕草でしっかりと腕を組み合ってくれた。色々あってまだ婚約者もいないレオンだけど、やはり女性のこういった扱いは完璧だ。
流石、と思って上目でレオンを見つめれば……返された一瞬妖艶な笑みを拾ってしまった。その途端にあまりに色香がゼロ距離で打ち込まれ、一気に顔が熱くなる。
つくづく、今はレオンも姿を別人になっていて良かったと思う。そうでなければ絶対この距離感だけで私も巻き込み事故で目立つ。今だって一瞬でもこんな香水一本分以上の色香を溢れさせるレオンに他の女性が誰も気付かないのは別人に見えているからだ。
……いや、まずレオンが本当の姿だったら仕方なくでも私と腕なんて組まないだろう。私も断るもの。事情を知っている騎士ならともかく、偶然でも私達の正体を知る人に見られたら大変なことになる。ただでさえ私とレオンは噂も立ちやすい。
顔の熱さを誤魔化すように思いっきり背けてしまった顔を反対の手でパタパタ扇ぎながら深呼吸する。傍に立ってくれているエリック副隊長が「お水飲まれますか」とこっそりと尋ねてくれて、恥ずかしながら頷いてお願いした。エリック副隊長の半分笑った顔が、確実に赤面の理由に気付いている。
だってレオンの色気すごいんだもの。
「覚えておくと良いよ。これくらいなら護衛と思われないで自然だし、警戒もされないから」
急に投げられたレオンの声に振りかえる。私に向けてかしらとも一瞬思ったけれど、声色が少し違う気がした。見れば、私と腕を組んだままの滑らかな笑みは真っ直ぐにアーサーへ向けられている。……ちょっとだけ、耳が赤いレオンを見て少し安心する。
私だけでなくレオンでも女性と実践で腕を組むのは緊張するのかしらと思う。それとも、私に親切にしてくれたもののやっぱり元婚約者同士腕を組むのはそれなりに緊張感があるのか。
そんなことを考えながら視線をアーサーへとずらせば、アーサーはアーサーで顔がほんのり染まっていた。まさかの無茶振りをレオンにいきなり投げられれば当然だ。
「はい……」と消え入りそうな声で首をすぼめ、目を伏せたてから口を開く。
「あの、何故自分にだけ仰るのでしょうか……」
「君以外は言わなくてもやってくれそうだから。ダンスと同じ感覚でやると良いよ」
ン゛゛!!と、今度はエリック副隊長から何か喉が詰まったような音がしたと思えば直後に短くむせ込んだ。まさかの被弾だ。
確かにこれくらいならエリック副隊長もハリソン副隊長も必要になったらやってくれると思う。今私はあくまで一般侍女だし、女性と自然に至近距離で歩くならこれが一番だろう。
レオンに子ども扱いされたのが少しショックだったのか、アーサーが口を一文字に結んだまま赤い顔をレオンへ正面に向けた。その反応にレオンも「ごめん」と謝ると楽しそうに肩を竦めて返した。
実際はアーサーの方が年上だし、アーサーだって学校潜入では私の手を引っ張るとか肩を組むに近いことはやってくれるのだけれど……と、思ったところで気付く。そういえば私から腕を組んだ時はすごく困らせたことがあった。
そして今は学校ではなく市場で、誤解されて困ることもないと思えば確かに腕を組むのも必要手段だ。確かにこれからのことを考えても残り日数中アーサーにも潜入に合わせて対応してもらえるとありがたい。アーサーは近衛騎士であるとだけでなく聖騎士で、私の傍をこうして一緒にいてくれることが多いから。
「ジャンヌの傍にいる権限を与えられている君がいつでもこれくらいしてくれるなら、きっと彼女はもっと安全で自由だよ」
「~~~~っっ……べ、勉強……なります……。………………」
優しい笑みで言うレオンに、アーサーの首が垂れたまま戻ってこない。さっきまでとは比べものにならない色に顔が燃えている。
凄く小さな声で「仕返……ぇた……」と呟くのが聞こえた気がした。消え入りそうな声で上手く拾えない。顔を手のひらで真正面から掴むように覆いながら顔を上げるアーサーは、歩きながらも少しふらついていた。ハリソン副隊長が「前をみろ」と低い声で言った途端、すぐに手を下ろしたけれど唇も今は結びきれないように小さく震わせていたのが横側でもわかった。
くすくす声が聞こえてレオンを見れば、口元に曲げた指関節を添えて笑っていた。
腕を組んだ私に顔を近付けると「ちょっと意地悪すぎたかな」と囁く声は、小悪魔のような音だった。目を見れば、……またさっきの妖艶な目で薄く笑っていたレオンが心の底から今上機嫌だということはよくわかった。
いつの間にかステイルとだけでなくアーサーともまた仲良くなった様子のレオンと腕を組みながら、私達は大通りからとうとう奴隷市場へと曲がった。
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