Ⅲ187.担われし者は見失い、
「おいラルク!団長のあの悪癖いい加減止めてくれ!!」
「なんで僕に言うんだディルギア。お前の方が古株で付き合いも長いだろ」
三日前に公演全期間を終え撤収と出発の準備を進める僕に怒鳴り込んでくるディルギアに、こっちの方からも睨み返す。
猛獣使いになってから三年、最近は一年ぶりの公演でも猛獣芸目当てに足を運ぶという評判を聞くようになった。各地を回るケルメシアナサーカス団は時には国境も越えるけど、どこでも訪れれば歓迎される程度には名高くなった。前宣伝しなくても僕らのサーカス団名を呼んでくれる人間もいる。
未だに四十六番は、手がかりすら掴めない。
三年前の約束から、団長は僕に欲しいものを尋ねなくなった。それよりも僕の一番の願いを叶える為にと無駄遣いも格段に減らしてくれたと思う。
もともと新天地開拓が好きだった人なのに、新たな地開拓よりも前宣伝が最小限で済む過去の巡回地を定期的に巡るようになった。あれだけ派手に宣伝のチラシや看板、張り紙が好きだった人が、最小限の費用で止めるようになった。
直接演者を連れて人の多い場所を見つけては、自ら声とそして演者の見世物で宣伝を行い、チラシを飛ばして前売り券を売ることが主軸になった。
今まで男性の団員が多かったのが、この三年で女性や子どもの団員も増えた。殆どが演者ではなく下働きだが、食べる量も少ない彼らは食費もかからないと料理長が言っていた。医者を探すよりもいっそサーカス団で雇い入れる方が安く済むという判断も正解だった。
公演の数も一日に昼と夜の二部行い、時には金持ち相手に個人的な公演も行うことも成功した。大きな都市部に行くと、公演よりも金持ちからの依頼の方で忙しくなる時もある。
お陰で今、ケルメシアナサーカス団は最盛期に並ぶ団員の在籍数と財政を誇っている。僕よりも前から所属しているディルギアは、幹部の中でも古株だ。団長がケルメシアナサーカス団を引き継いだ年から入団したという彼は、三年前よりも今の方がさらに偉そうだ。そしてちょっと鬱陶しい。
「団長が俺の言うこと聞いたことがあるか??お前から言ってくれよ。金が集まったのは良いが団員ももう溢れかえってるんだからこれ以上演者にもならねぇ奴を無駄に増やさないでくれって!!」
「団長が決めたなら仕方ない。一介の猛獣使いの僕に決定権なんかない。大体、少し前までは女が欲しい女が欲しいとあれほど言っていたのはお前だろ」
「俺が欲しかったのは演者の女だ!!下働きに増やしても意味ねぇんだよ!!」
ついでにうるさいし下働きを見下すところもあるが、悪い奴じゃない。
当時は僕が団長の隠し子だと噂をしていた一人だが、僕も団長も口を噤んでからは新しい団員にまで悪戯に広めたりはしない。けれどこうやって団長相手の切り札に僕に頼ろうとするところは昔から変わらないから、彼の中では僕は団長の息子で確定しているんだろう。……そして、確定した上で黙ってくれている。
ディルギアだけじゃない、僕が入団してから所属している団員が僕を団長の息子と思いながら言及しない。ここ三年でも僕に直接問い詰めてきた奴なんてアンジェリカくらいだ。
「ちょっとぉ~!ディルギアさ~ん!私はちゃんと演者ですけどぉ?!ついでにディルギアさんより拍手貰ってま~~す!」
いつから聞いていたのか、荷車の影からひょこりとアンジェリカが顔を出した。
眉間に皺を寄せて睨んでくる彼女は、相変わらず身嗜みに余念がない。自分より二回り以上身体が大きいディルギアにも胸を突き出して睨む彼女は、腰に両手に僕らの間に割って入った。
僕がサーカスに入団してから二か月くらい後、団長がまた新たに勧誘したという彼女は珍しく即戦力として演者になった。
客からの反応も良く、今ではどこに回ってもアンジェリカ目当ての客が一定数いる。ただそれは、最初からアンジェリカのダンスが天才的に……というわけではなかったと、皆口にはしないけど知っている。
才能はあると思う。師もいないのに遠目で見ただけで覚えたという彼女は、見様見真似だけで難しいダンスを踊っていたから。
けど最初の公演は、僕の時よりもなかなか酷かった。
それでも人気が高いのは、単に彼女の容姿とそしてまだ子どもだからというのが僕よりも更に効果的に働いたのだろうと思う。団長も、それを全部計算済みでまだ小さかった少女だった彼女を舞台にすぐ立たせた。「若者の成長というのも一種の奇跡だ」と言っていたけれど、つまりは下手から上手くなっていくのを客に見せて応援させる。その成長ぶりを見る為に客は金を払うと、団長の読みは見事に的中した。
今のアンジェリカは名実ともに実力者だ。……ちゃんと、努力しているのも知っている。
『なぁ、お前ってマジで団長の隠し子なのか?』
入団して半年くらいだった頃の彼女を思い出す。
どこで噂を聞いたのか入団して間もなく僕に言及してきて最初は少し嫌だった。もともと女性はそんな得意じゃない。苦手というほどじゃないけど、怒った顔が継母を思い出すから。
出会った頃のアンジェリカは裸か衣装を着てないと男にしか見えなかったし僕より年下だからむしろ平気だったのに、まだ話したことも殆どない時にずけずけ言われたから腹が立った。ちょうどようやく人にも話せるようになったばかりだった僕は、少し刺刺しく返してしまった。
でも、本当ならどうすると質問に質問で返してやった僕に、……「自分より若い母親って嫌かなって」と相談してきた時は笑いすぎて本当に数年ぶりに腹がよじれた。
お陰で今の女過ぎるアンジェリカのことも嫌いじゃないし、団員の中でもわりと好きな方だ。団長の期待に応えようと、女性として見てもらおうとダンスも言動も直し努力する彼女は純粋に尊敬する。
「いやアンジェリカお前は別だ別。そうじゃなくてな、他にもいるだろ女子どもの下働きが……」
「はぁ~!?レラちゃん達の方が毎日ディルギアさんより働いてますしぃ?!下働きのが仕事多いんだから人多い分良いじゃん!団長の為にレラちゃん達の分は私が稼ぎますぅ~!!」
あと、色々強い。
実際アンジェリカはディルギアよりも人気も高いし今ではもう僕の猛獣芸と同じくらいに客が沸く。半年ほど前に入団したレラも、最近は仕事もできるようになったのにそれでも人が嫌がる仕事を率先してやってくれる。腰が低いのは相変わらずだが「娼館の頃と比べたら」と言う口癖も最近はなくなった。……だからって年長者相手にここまで声を張って堂々とできるアンジェリカは、僕より男らしいと羨ましくすら思う。
わかったわかったと後ずさりするディルギアは、そこで荷運びに戻ると言って逃げ腰のまま本当に逃げた。上下関係にはうるさいが、男女の差別はしないところは偉いと僕は思う。下働きには女性を見下す奴らも何人かいる。
僕は未だに相手が女というだけで団員相手でもなかなか気を張ることは多い。アンジェリカはさておきレラやリディアとはまともに話せたことはない。
「ラルクさん!聞いてもいいですか?!」
「……。なんだ」
気が済んだアンジェリカがフンと鼻を鳴らしてその場を去ってから、今度は新入りに話しかけられた。
今まで話しかけてこなかったのに、僕がアンジェリカとディルギアのやり取りを見てたから暇していると思われたのかもしれない。現状で最年少の新入りは、つい先週団長が連れてきたばかりの少年だ。……まだ名前を覚られていない。ここ三年で脱退する団員は少し減ったけど、お陰で数が増えすぎて全員は顔を覚えるのも苦労する。
下働きの少年も僕が覚えてないのは察しが付いたのか「クリフです」と言うと、そこで一度頭を下げてから僕に再び目を合わせた。
最初に語られたのは、初めて目にしたサーカスの公演についての感想だ。感動した、猛獣芸のラルクさんは別人のようで、あんな大きい猛獣や象までと。褒めてくれる彼の話を聞きながら、最近の新入りはわりとこういう普通の人も増えたなと思う。途中からは僕とは関係ないアンガスの空中ブランコの話について熱弁する彼に、本題はまだかなと考えながら言い終わるのを待った。




