そしてジョッキに手を掛ける。
「本当あそこで動けたアラン隊長はすげぇです……」
トランポリン破壊によるプライドの舞台上の危機に、まさかの配達人が手を貸したことも未だに驚きだが、横でレオンが何かしら吹き込んでいたと証言を聞けば「レオン王子なら」と少しは納得できた。
レオンがヴァルと親しげなきっかけを知らないジェイル達には妙な組み合わせだったが、近衛騎士からすればあのレオン王子ならヴァルを動かすくらいはできるのだろうと考える。そして実際、防衛戦でも奪還戦でも二人が行動を共にしていたことは騎士団でも知ってる者が多い。
その予想外の介入にたたみかけるようにサーカス団員として飛びだしたアランの行動は、潜入護衛としては正しい。
しかし、単純に助けに向かうではなく演目として誤魔化しつつ手を貸すのはサーカス団に潜入して一日二日では本職騎士にも難しい。それをすぐに動けるのはアランだったからだと全員が思う。
同じ空中ブランコの演目だったのに、全く動けなかったアーサーの言葉は特に重い。
途端にアランが「お前もアレスとっ捕まえたじゃん」と笑いながらその丸い背中を叩いた。プライドの護衛としてが第一だが、自分がせっかくだしやりたかったというのも隠す気はない。今はもう危機を乗り越えたよりも良い思い出が勝っている。しかし続けてマートから「寧ろ勢いだけの行動はあれ以上まずいだろ」と言われ、最後はアーサーの肩が丸くなる。
「潜入本当にお疲れ様でした。ハリソン副隊長もご活躍されましたし、自分は今回何もできず申し訳ないです」
「!いえエリック副隊長が居られたお陰で、セドリック王弟も本当に喜んでおられました。我々では接点も少なく、あそこまで親しげにお返しすることもできませんでした」
自分だけは今回近衛としては何もできなかったと正直に眉を垂らして潜入組を労うエリックに、ジェイルが待ったをかける。
確かにプライドに直接関わることは少なかったが、セドリックの相手をしてくれただけでも同じ護衛として助かった。王族の護衛というだけでも責任は重大だが、その上でセドリックは騎士である自分達に親しげに話しかけてくることも多いのが、余計に彼らには緊張感が張り詰めた。経験の長いマートもこれには同意の声を続ける。
騎士二人からの応援に、エリックもいやいやと手を振りながら笑って配慮だけは受け取った。自分はあくまでプライドの近衛騎士としてセドリックのことや人柄を他の騎士より把握しているだけだ。
謙遜するエリックと、心からエリックが同じ護衛で良かったと思うと同時に……明日からは自分達だけでセドリックの相手だと緊張も残すジェイルとマートに、カラム達は改めてセドリックを思い出す。自分達にとっては、フリージア王国の騎士相手に誰よりも腰の低い王族だ。しかもティアラとの恋煩いに重ねて、プライドに叱られたりステイルに遊ばれたりヴァルに舌打ちをされたりと、王族にしては親しみやすい一面もある。
だが、それを知らないジェイルやマート、他の騎士にとっては防衛戦でも自国の為に剣を取り気球を落とし、奪還戦では騎士相手に勝ち抜き逃亡し、そして今ではフリージア王国に根を下ろした若き王弟だ。
「防衛戦での俺達のことを覚えておられたのも驚いたが、セドリック王弟は何故近衛騎士でもない俺達にもあんな腰低いんだ?近衛騎士相手でも腰を低くする必要はないが……」
「あぁ……それは、……。……なんと申しますか、防衛戦のことを今でも感謝して下さっている証もあるかと……」
「恐らく今は防衛戦と、そして奪還戦でも我々騎士団を振り払った時のことを気にされているのもあるだろう」
マートへ言い淀むエリックに、カラムからも助け船で補足する。
実際はセドリックが防衛戦前から騎士にもプライドにも信じられない行いを晒した上で、それでも防衛戦で自国を守ってくれた騎士への敬意も含まれていることはアランもアーサーも理解した上で口を噤む。過去のセドリックの黒歴史などそれこそジェイルもマートも酒の席の冗談としか思わないに決まっている。
「勿論エリックの人徳もある」とエリックの肩にカラムが手を置けば、エリックも今度は謙遜せずにはにかんだ。ここで自分が否定をすれば、余計にセドリックの謎を深掘りする方向に話が進んでしまう。
「明日からはジェイルとマート二人だけで護衛を任せることになるが、オリウィエルの問題も一応は解決したとはいえ気を引き締めて頼む」
はい、わかってる。ジェイルとマートそれぞれがカルムの言葉に背筋を僅かに伸ばした。そう、明日からはその仲介役だったエリックもプライドの護衛だ。
護衛中に少なからずエリックを通して関わった彼らだが、エリックのように親しげになれる気にはなれない。護衛は必ずやり遂げる気構えだが、王族相手に会話の方が覚悟が必要だと今から喉を鳴らした。セドリックの気の良さはもうわかっているが、だからといって易々軽んじて良い立場の相手ではない。
今からでもエリック達にセドリックへの扱いの助言を得るべきかと、真面目にマートは思考した。
「まさかオリウィエルがあのままサーカス団残ることになるとは思いませんでした……。あの団長色々すげぇですね。サーカス追われて殺されかけたくらいなのに」
「まだ夕食会では全然打ち解けてはなかったが、まぁあのサーカス団ならば大丈夫なのだろう」
「盗賊が配達人やるのと比べたらなんとかなるんじゃねぇ?」
アーサーの言葉に、カラムもアランも比較軽い調子で返した。
オリウィエルの着地地点は騎士として思うところもある。何より、彼女が本当に本性を隠し持っていないかの疑いが強い。立場が悪くなればいくらでも弱者や善良な人間の振りをする罪人を、騎士達は嫌でも知っている。しかし被害者本人が事件性を求めず、しかも自分達はこの国の騎士でもない。むしろ被害者の団長本人が彼女の更生と能力に付き合うと言うのならば、それが結果として最も被害者が少ない。ここでサーカス団から抜けても、彼女が意識的か無意識にか同じような悲劇を引き起こす可能性は高い。
フリージアの民であることを考えれば、ラジヤであるこの国から自国に奴隷被害者として強制的に連れ帰ることも可能ではある。罪人であれば、連れ帰りフリージアの法で改めて裁くのも可能だ。しかし、自分の特殊能力を制御できない彼女に困難がつきまとうことは変わらない。
彼女自身も被害者もそこで生きることを最良と決めたのならば、自分達が横から口出しするものではない。
少なくとも団長と彼が率いる団員がアレスやオリウィエルを今後も奴隷として扱うような人間ではないという点においては信用できた。
「奴隷被害者と特殊能力の暴走ならいくらか国からの補助も受けられはするが、あの能力じゃあっちの補助が受けれるかも怪しいしな……」
「そうだな。王族の方々の口添えがあれば別かもしれないが、特例過ぎる」
マートが眉を寄せながら溜息交じりになれば、カラムもそれには正直に答えた。
フリージア王国で法の下に彼女に職場斡旋を含めていくらかしてやれることもあるが、それも限られる。彼女に同情すべき点が多くあるとしても、それがそのまま王族が「知り合った」というだけで力添えして良い領域はまた別ものだ。特殊能力者の国としても、民全員に等しく救う為には限度もある。
自国であれば彼女がどのように処されていたかも、いくらかは騎士達には予想もできた。あくまで自分達のすることは捕らえるか粛正するかだが、それが罪になるかどうか程度は判断できるように知識はある。
そしてオリウィエルのやったことは、本人の主張通りであるならばあくまで能力の暴走だ。ただし意図的であれば軽い罪でもない。裁判に掛けられれば場合によっては今後の人生が大きく変わる。
全員の酒の手が一度止まったところで、ジェイルは小さな声で意見を述べる。同じ特殊能力者として、彼女に同情しない点が全くないわけではない。自分は運良く平和な能力を持っただけだ。
「不幸中の幸いは、彼女が特殊能力者であることが奴隷でいる間は発覚しなかったことですね……」
「あーー確かに。それこそプライド様が明日から調査する奴隷被害者もどっかに隠されてる可能性高いよなぁ…………」
ジェイルにアランも苦々しげに頬杖をつく。
明日から調査する自国の奴隷被害者。サーカスにもいないということは、他の場所で今も繋がれている可能性は高い。
予知した奴隷被害者がどういう人間かは予知したプライドも見ないと思い出せないというのだから、彼女の予知と目に頼るほか無い。特殊能力者と名札をつけられて売られていればわかりやすいが、フリージア王国の人間である彼らにも自国の民だと顔つきでわかる範囲にも当然限界はある。特に今はラジヤでも正式に規制が掛かっている以上、おおっぴらに違法な商品を出すとも考えにくい。
実際、奴隷市場を調査したレオン達もフリージアの奴隷は一人も見つけられていなかった。本当にいるならばそれだけ見つけにくいということだ。居ないに越したことはないが、ラジヤの一角でありフリージアにも近い国だという事実は生々しく信憑性を高めている。
「奴隷となると、売り場だけじゃなく奴隷収容所とか他にも色々ありますよね?」
「せめてケルメシアナサーカスが永住型であればこの街に絞れたのだがな……移動型サーカスだと的も絞りにくい」
明日には団長に他の興業先も聞く予定だが、過去の経由地でない可能性もある。ただでさえあの思いつきの団長だと、この場の全員が思考だけで意見を合わす。
しかし宿に帰還後に報告をした騎士団長であるロデリックからの言葉を思い返せば、それだけでもいくらか肩の荷は下りた。
『予知した奴隷被害者が全員見つからなければ、ケルメシアナサーカスの各経由地に騎士を派遣する許可を陛下に私からも願い出よう』
もともと短期間での極秘訪問。騎士団長として、プライドの予知をそこで諦められるわけもない。予知した民がどのような人間かわからずとも、ケルメシアナサーカスの経由地というだけでも手がかりになる。奴隷被害に遭った民を救い出すのも騎士の役目だ。
現在は特にフリージアの騎士として介入できる国も増えている。調査し、国によっては報告するまでもなくそのまま被害者を連れ帰ることも可能だ。時間は掛かるが、取り返した被害者を自国でプライドに確認して貰う分は彼女にも危険はない。
騎士団長らしいその判断は騎士達にとっても安心できる答えだった。いくら時間と労力がかかろうとも、民を救うことが最優先なのが騎士団だ。ケルメシアナサーカスという的が絞れたのならば、あとはそこをしらみつぶしにするだけだ。
隊で動かせずとも、騎士数人の班に散らせば一度に全て派遣も可能だ。
「あ…………ですが、仰っていたアレだけはちょっと心配ですね。その…………派遣される騎士の、心持ちといいますか……」
苦みをもった控えめなエリックの含みに、その場の報告した全員も同じ表情になっていく。「あーーーーーーーーーーーーー……」と細く声が漏れる者も複数出る。
当時ロデリックに続けられた時も、全員が表情に出さないように意識した。騎士団長を前に目配せなどできず、ただただ喉が干上がる感覚と戦いその時は黙って聞き届けた。
『場合によってはケルメシアナサーカスに定期的に交代で通信兵を常駐させるのも視野にいれよう』
ケルメシアナサーカスがその予知した奴隷被害者にこの先いつか会う可能性や何かしらまだ判明していない因果や繋がり、関係性があるのならば。サーカス団そのものにまだ調査の余地があるなら、行動を共に取ることこそが発見の可能性としては高い。
確かに理にかなった、冷静に考えれば最善手ともいえる手法だと全員思う。ただし、つまりは騎士が一人定期交代とはいえあのサーカス団に……あの団長の下に長期間いることになる。正直それが自分だったらと想像すれば身の毛がよだつのは仕方が無いことだった。
他の騎士でもそれは同じだろうと確信する。ただでさえ自分達は今の騎士団長と副団長の元が慣れている。その上であのハチャメチャな司令塔は騎士の身体よりも精神に響く。
「いやー流石にあの団長はきっつい。本当エリックが何度も任されてくれて助かった」
「気持ちは痛いほどわかり同情もするが失言過ぎるぞ」
カラムからの指摘にも、アランは頭を掻いたまま撤回はしない。「ありがとな」と思い出したようにアランから礼を言われ、エリックも困り笑いで返した。あのアランがここまで「きっつい」と言う片鱗を自分も実体験で学んでいる。たったの二日三日で全員が団長の難解さを一度は味わった後だ。
プライドも含めた潜入した全員が団長に目をギラつかされていたことを考えても、通信の特殊能力を持つ騎士など間違い無く団長に舞台にかり出される。そう考えれば今からその通信兵が不憫にも思った。
明らかに自分は安全圏だと笑うアランに、そこでマートは腕を組み、試しに投げ掛ける。
「……もしプライド様の使者として近衛騎士こそが順番に一人ずつ長期派遣、なんてことになったらどうするアラン?」
「…………………………………………きついなー…………」
そんなわけがない。長期報告の可能な通信兵が選ばれるのだからと、その前提を取っ払ったマートの問いかけに、珍しくアランからは軽い言葉ですら返答らしい返答がなかった。
想像するだけで汗がにじみ出て顔が引き攣るアランに、全員が本当に嫌なのだなと理解した上で深く頷いた。「本当にお疲れ様です」とエリックが言葉を掛ける。
明日から、元凶を封じた以上比較安心できた筈の調査だが、それでもやはりできる限り情報を集めなければならないと騎士達は気持ちを新たにジョッキに手をかけた。




