そして詰められる。
「就寝前にも寝室で深夜まで公務を続けられているようです。先ほどローランドからの報告は後日で良いと言付けを頂いたので、また起きておられると思われます」
フリージアの城にいる時と違い、今は宿にいるだけなのに何故公務が深夜にも及んでいるのか。
単純に女王の公務が多忙で、遠方でいる方が手間取る業務が多い可能性もある。しかし、補佐であるヴェストを連れてきている上でそうなるものなのか。城には王配であるアルバートと宰相のジルベールもいる。
優秀な書記官や上層部達もいる中で、そんなことがあるのかと。考えれば考えるほど、結論は一つにしかならない。
待ってくれていた。先に就寝準備を済ませてまでして、自分の帰りを。
就寝準備が重ならないようにわざわざ早めにずらしてくれる配慮まで女王である母親が連日してくれていたのだと確信する。
わかればわかるほど申し訳なさに襲われる。城にいる間は住んでいる建物自体分かれていたから一緒に暮らすという感覚も薄かったが、こうして同室の自分に気を遣ってくれていた母親を思うと前世の母親を思い出す。ルームメイト感覚では間違っていた。
どうぞ、と。とうとうノーマンにより、扉へ促される。プライド自らノックを鳴らし声を掛ければ、すぐに返事があった。当然、起きていた。
失礼致しますと声を掛け、専属侍女のマリーとロッテそして騎士達に見送られ、プライドはノーマン達に扉を開かれ部屋の中へと踏み込んだ。一歩二歩と入ればすぐに背後の扉は音もなく閉じられた。
開いた部屋の先は暖炉も含めランプも全て明かりが灯り、就寝の気配は全く無い。そして、寝室からは。
「おかえりなさい。調査の方は滞りなく進んだようですね」
「ええ、ステイル達のお陰です。申し訳ありません、二日も部屋を空けてしまって」
しかも深夜まで!!!と心の中で叫びながらプライドは母親へと両足を揃えて頭を下げる。
既に公務は終わっていたローザはベッドに腰掛けていた。化粧も落とし、寝衣を着ていてもやはり女王としての威厳は変わりないとプライドは静かに思う。
むしろ今は優雅に微笑むその全身から異様な覇気が溢れているようにも思えた。「良いのよ」と言ってくれる母親と目が合った傍からちらりと目が背後の扉にいってしまう。間違いなく騎士達により閉じられた扉で、鍵を閉め損なっていたことを思い出す。
後戻りし、内側からしっかり鍵を掛けたところで今度は立ち止まらずローザへと歩み寄った。扉から振り返ったた時点で既にポンポンと母親が隣に座れとベッドを示すように叩いていたらもうどうしようもなかった。
ぽすんと隣に腰掛けるまで、母親の笑顔がずっと維持されているのが逆に怖い。
常に公務中は引き締まった表情、社交では優雅な笑みを絶やさない母親には慣れている。しかし今の笑みは、含みを持ったジルベールを彷彿とさせる笑みだった。
「ところで、今日。…………貴方とステイル、一緒にサーカスに?出演、した、そうね?」
こそりと、隣にいないと聞こえない声で囁かれた爆弾にプライドはヒィッと悲鳴を噛み殺した。
今までにない怪しい声で耳打ちされ、ぞわりと恐怖に肌が反応した。たった一度の囁きで心臓が急冷される感覚に、やはりこの人はラスボスプライドの母親だと思考する。
今、母親の顔を見たら自分は顔色に出るかもしれないと早くも奥歯を食い締めた。小さく区切りながら語るところがまた怖い。反射的に「申し訳ありません」も言えなかった。水浴びであんなに潤ったのに急激に喉がカサついた。
自分の行動をこと細かにローランドにより毎日報告されていることはプライドも知っている。その為に派遣された母親の近衛騎士だ。
当然、昨日参加が急遽決まったサーカスのことも耳に入っているのだろうと思う。公演中は母親の気配もその護衛の影もなかったと思うプライドだが、やはり大衆の前であんな格好で見せ物になりながら危ない真似をしたのは許されなかったかと頭の中で叫ぶ。しかしもうやってしまったものは仕方が無い。あの時はそれが最善で、その成果として予知した未来の元凶は止めることができたと押し出すしかないと素早く戦術を思索す
「何故母親であるこの私を呼んでくれなかったのかしら?????」
「…………え?」
優雅な綺麗な笑みのまま、凄まじい覇気を醸し出す母親からの言葉にプライドは数秒思考停止した。
虚を突かれたまま母親に向けた顔が笑顔を作ったまま固まり、強張る。今のは嫌味?皮肉?監視??とあまりにも理解できな過ぎて言葉の裏を取ろうとしてしまう。相手が女王兼母親でなかったら、何言ってるのこの人と思ってしまった。
顔を向けた先では金色の瞳をギラギラと輝かす母親は、ティアラというよりも今日アランを勧誘した団長に似た眼差しだった。
「どうして?」とまた、小声で囁かれる。にっこり笑顔が怖い。いつの間にか青筋まで立っているように見える母親が、怒っているらしいことはわかるが怒りの矛先がおかしいとプライドは首を傾けたくなる。段々と母親が、女王の皮が剥がれて家族にしか見せない素顔をあらわにしていく。
「貴方とステイルが、しかも演者として出演したのでしょう?期間が突然過ぎて席を埋める必要もあったのでしょう?チケットも余っていたのなら宣伝の為にも王族が訪問しても悪くなかったんじゃないかしら。ヴェストから夕食時に聞いた時には本当に本当に驚いたわ??」
「ええ……、その、席は幸い満席になりましたし、母上達をわざわざお呼び立てするような事態にはならなかったので…………」
実際、空席だったら母親に助けを求める手段も考えてはいた。しかし結果としてセドリックの計らいと元々のサーカス人気もあり、その必要はなく終わったのだと。迫る母親を必死に説得する。まさか母親も来たかったのかと、今更ながらに知る。
ローザが自分やステイルを子どもとして大事にしてくれていることは理解しているプライドだが、女王として意識の強い母親は「はしたない!」と怒る方を思ってしまった。
むしろ止められなくて良かったとさえ思っていたが、まさか観客希望だったとはと思いもしなかった。
しかしよくよく考えれば、母親が子どもの晴れ舞台を見たいと思うのは当然の感情だ。それを恥と見るか、最高の舞台と思うかは本人次第であるとプライドは考える。そして母親は圧倒的後者だった。
そして、だからこそヴェストに公演が終わるまで隠されていた。
夕食の時間を迎え、共に食事をとった席で突然前振りもなくプライドとステイルの公演が今日あったことをヴェストに明かされ、当然時既に遅かった。
護衛達の前で女王の仮面を剥がすわけにもいかず、ローザは夕食の味もわからず食事中はヴェストと言葉での冷戦状態だった。
何故今教えるの、言う機会もっと早くあったわよね?今日だけで何回貴方に会ったかしら、良いじゃない娘と息子の晴れ舞台よ!!と駄々をこねるのを必死に堪え、オブラート百枚に包んだ言葉で遠回しに異議を唱えたが、今回はヴェストに軍配も上がった。
『別に招待されたわけでもない。王族が安易に目立てばあの子達にも迷惑がかかるだろう』
ヴェストの言うことが尤もだった為、ローザも済んでしまったことをそれ以上荒立てることもできず不満ばかりが渦巻いた。敢えて護衛達の目もある食堂を選んだヴェストが優勢のまま終わった。
プライドとステイルが一般人として民衆の前に晒されると思えば、心配もあった。しかしそれ以上に二人がサーカスの煌びやかな衣装に身を包んでいるところが見たくて見たくてたまらなかった。
招待さえ、招待さえされれば見にいけたのに……!!と、ただでさえ二日連続で姿を見せない子ども達が気になった上での仕打ちだ。今日プライド達が帰ったと聞けば、たとえ深夜であろうと眠れるわけがない。
護衛も従者も侍女もいない個室で、ローザはプライドの両手をそっと手に取りながら囁く声で更に連撃を放つ。
「貴方とステイルがトランポリンと奇術だったかしら?きっととても素敵な衣装だったのでしょう??どうしてこういう時に限って教えてくれないのかしら。貴方達に危険があったのではないかと心配だったのもあるけれど、そんな素敵な事態……大変な事態なら教えてくれたら協力したのよ?本当ならアルバートと一緒に観に行きたかったくらいなのに。少なくとも私だってこの年になるまでお忍びをした経験は当然あります。貴方とステイルが民を沸かせている光景なら何度でも目に焼き付けたいと思うし王族として駄目ならお忍びでも全然言ったのよ?それに貴方達も危険が伴う演目なら騎士が十人百人いた方が心強いんじゃないかしら。それで衣装は?衣装はどういう格好をしたのかしら。王族のドレスや正装とは異なる煌びやかな格好だったのでしょう?どんなことがあったかも詳しく聞きたいわ??今夜は眠れませんよ愛しき娘」
「母上っ母上!!私明日もまだ調査に出たいので眠れないのは流石に困りますっ……!!」
完全に素に戻った母親に、プライドも同じ潜めた声で叫ぶ。
このままだと間違いなく本当に徹夜コースだと確信する。衣装が知りたいなんてお遊戯会じゃないのだから!騎士が百人も来たら流石に困る!母上までお忍びはちょっと……!と、いろいろ返したい言葉はあったが、あまりにも早口の母親に遮らずに返せるほどの隙がなかった。
取り敢えず母親が自分とステイルの公演を嫌がるどころか、ものすごく来たがってくれていたことは痛いほど理解した。しかし、今日は本当に眠い。
二日前は夜更かしをして、昨日は騎士二人に潜んで貰った上での簡易ベッドでの仮眠。その上公演二部に出て、アレスとラルク事件とドタバタだったプライドは既に脳の四分の一は睡魔に浸かられていた。
ステイル達も全員明日からの調査に協力してくれたことが嬉しかったプライドとしては、ここで寝不足になるのも明日寝坊することを絶対にしたくない。
娘の疲労と睡眠不足も察するローザも「困ります」と言われれば無理強いもできない。むぅっと、薔薇のような唇を尖らせると少女のようにプイと顔をプライドから逸らし、手を離した。
「ならば、後日に。今日は必要な報告だけで結構です。…………可愛いティアラにも帰ったら絶対報告しますからね」
「…………ティアラにも怒られろということですね……」
わかりました……。と、拗ねる母親に肩を落としながらプライドは白旗を揚げた。
帰国したら怒られるついでにいっそ家族のお茶会でも企画するべきかしら、と恐らくローザを止めてくれたのであろう叔父のことも思いつつプライドは改めて今日の報告を始めた。
予知の根本は覆すことができたという報告に、ローザの機嫌が戻ったところで揃って就寝に入った。
目の前で拗ねる母親が、妹にちょっと似て可愛かったなとこっそり思ったことは胸の内にしまった。




