Ⅲ181.侵攻侍女は指針を伝え、
「どうしようかしら……なんだか既にもう落ち着くわ」
「大丈夫です俺もです……」
ハァ……と、私に返事をくれるステイルに続いて全員から息を吐く音がそれぞれ聞こえた気がした。
今、私達がいるのはサーカス団ではない。中継地点用に借りた宿屋の前だ。まだ部屋にどころか宿の中にも入っていないのに、外装を見ただけで帰ってきた感がしてしまう。気付いていない内に大分気が張っていたのだなと我ながら思う。
公演大成功に加えてオリウィエルとラルクについての説明会を兼ねた食事会も、カラム隊長アラン隊長を加えた私達の離脱も含めた説明もステイルが担ってくれた。
団長はなかなか離脱は嫌がっていたけれど、その後のステイルの提案のお陰で機嫌を有頂天に持ち上げてくれたし結果としては良かったと思う。
もともと元サーカス団のリディアさん達の代理である私とステイル、アーサーはともかく驚異の新人であるカラム隊長とアラン隊長の離脱は団長以外の団員さん達にも質問攻めだった。
上機嫌になった団長からの口裏合わせもあり、アラン隊長とカラム隊長も実は私達と同じアンガスさん達に頼まれてサーカス団の様子見で潜入してくれた二人ということで通した。それからまさかの…………いや本当にまさかの、団長がすぐに戻ってきてくれたから秘密裏に団長にも事情を話して、開演したい為に人の手が欲しい団長に忙しいアンガスさん達の代わりに私達も派遣されてきた、と。上手く嘘じゃない部分もいれて、事情をつなぎ合わせてくれた。
ステイルの提案について団長からもまた詳しく話したいと言ってもらえ、明日からもサーカス団の出入りは許してもらえることになった。……ただし、寝泊まりは流石に宿に戻ることにした。
サーカスの盛況っぷりは想定以上の大評判で、こんな夜でも余韻の影響か宿の周りに人通りが多くなっていた。
もともとサーカス団に近い宿のだったからだけど、ここまで来るのにも道の途中で何人かには振り返られた。舞台中は仮面つけてたのに、目敏い人はいる。
完全に気付かれないうちにと早々に宿に入り、すぐに私達が取っている部屋のいつもの一番大きい部屋に全員で集まった。
扉の見張りを抜いても、なかなかの大所帯だとソファー代わりのベッドに腰を下ろして思う。
「では、一時解散の前に確認させて頂きますジャンヌ。……今後はどうされるお考えでしょうか?」
別のベッドに腰を卸すステイルからの確認に、私も背筋を伸ばす。
ステイルだけじゃない、聞いている部屋の全員が気になるように視線を私に向けている。一人床に座っているヴァルだって、頭を重そうに壁に寄りかけながら鋭い眼光はこちらに向いていた。若干眠いのか、いつもよりも眉間に皺が寄っているように見える。セフェクもケメトも帰ったし、その上で宴会場にも参加した後だから無理もない。
彼らの疑問ももっともだ。私が〝予知〟したのはサーカス団で我が国の民が隠れて奴隷にされているという予知。その黒幕がオリウィエルになる筈だった。
そして今、彼女は一応更生の方向でサーカス団でも再度受け入れられ、離脱した団長も無事戻ってきた。ステイルが手を打ってくれた案も入れて、彼女とサーカス団にゲームのような未来は訪れないと思っていいだろう。
そして〝奴隷にされる民〟も現時点ではいなかった。いや、正確にはアレスとラルクも含まれているけれど、今のサーカス団では奴隷のような扱いをされるような様子はない。現団員も隠している様子はなく、全員がそれぞれ個性はあっても自然体で団員として過ごせていた。
前世の記憶がある私からすれば、ゲーム開始前にラスボスの闇落ちと悲劇は防げた。そして〝予知〟という形で言えば。
「件の黒幕になったであろうオリウィエルの暴走は止め、現時点で奴隷扱いされている民はサーカス団にいません。そうですね?カラムさん、アランさん」
「はい。現サーカス団にも、過去に奴隷であった経歴の者はフリージア出身者以外にも少なくありませんでしたが、現時点でそういう扱いを受けている者は皆無でした」
「俺らもアレスさんに案内されたりしてサーカス団の中は一通り確認しましたけど、捕らえられていたり隠されている痕跡もありませんでした」
ステイルからの確認に、カラム隊長とアラン隊長の潜入報告が加えられる。二人とも私達よりも一足先に潜入して、早々に内側にまで入り込んでくれたお陰で実情にも詳しい。これも二人の対人能力と、そしてジルベール宰相の助言のお陰だ。入団して早速公演準備でてんやわんやだった私達とは大違いだ。
そう、予知という目でみれば私の予知は現時点では実現していないということになる。
予知だし、未来の話だからそれについては問題ない。オリウィエルとラルクの〝未来を〟覆せただけで充分だ。
私から肯定を一言返せば、今度はレオンが挙手をした。「それで言うと」と、滑らかに笑みながら全員の呼吸に合わせて続けてくれる。
「本来であればオリウィエルが特殊能力でラルクに尽くさせるままに、〝先〟でサーカス団を悪化させてフリージアの民を含めた奴隷で団員を補っていたというところかな。〝例の件〟がその末路だったと言えば納得できるね」
「同感です。実際にサーカス団は団長不在のまま経営も酷く傾き、アンガスを含む逃げ出した団員達も出ていたほどです。あの団長への支持の高さから見ても、不在が続けば更に他の団員も去るのは時間の問題だったかと」
レオンの推測に、セドリックも頷いて続く。本当に頭の良い人が多いとゲームの知識がなくてもすいすい話が事実へ進んでいく。
実際に、ゲームもそうだったに違いない。あれだけ無理を通しても許しちゃうくらい団長を慕っている団員なら、団長が殺されれば一気にサーカスを去る人も多かったのだろう。未だ掴めない団長だけど、団員からの人望だけは間違い無い。少なくともアレスとラルクにとっては大事な人だ。奴隷だった自分達を買い取って人として扱ってくれた人なのだから。
つまりはゲームで言えば〝ラスボス〟が止まったから、ゲーム開始時のような悲劇はない。そして〝予知〟で言えば〝未来の黒幕〟の暴走を止めたから、予知した未来はこない。という形で片付いた。…………けれど。
「残り二日……、まだできる限り調査を継続したいと思っています」
今日を入れて三日、明日と明後日もまだこの属州に滞在の時間はある。
強張った私の声に、全員から驚きの反応はなかった。むしろ予想していたように表情は変わらない。真剣な眼差しで続きを待ってくれている。
両手を膝に置きながら、気付けばぎゅっと拳を握っていた。肩が上がっているのが自分でもわかる。
オリウィエルを止められた以上、ゲームの展開は防げたことは変わりない。一安心だ。…………けれど、それで第四作目の全員が全員悲劇全てを回避したとは限らない。
予知した人が今もどこかで奴隷になっている可能性は変わらない。
レオンの言うとおり、人員補充の為にオリウィエルかラルクが奴隷を買う未来があるというのならば、今その彼らはサーカス団にいない代わりに奴隷としてどこかにいる。私が前世を思い出しても攻略対象者にゲームの強制力通りの出来事が起きたように、まだ彼らの悲劇全てが止まったとは限らない。
「アレス以外にも我が国の民が例の件の奴隷に含まれている可能性は多いに残っていますし、……まだサーカス団に合流していないというのならば余計に奴隷市場もしっかりと調査したいと思います」
今はあくまで〝含まれる可能性〟の方を提示する。
攻略対象者をまだ全員思い出せていない私にとって、本当にどちらの可能性も均等だ。残り二日もあるなら、やっぱりそれまでは彼らを一人も諦められない。……それに、判明したこともある。第四作目のゲーム、恐らくその攻略対象者の人数は
五人だ。
「最悪の事態は免れたとはいえ、ほんの僅かな可能性も捨て置けません」
第一作目と同じ、隠しキャラをいれての恐らく五人。今まで思い出せなかったキャラクター人数に確信が持てたのは、オリウィエルの特殊能力を知ってから。
アレスルート。そこで仲間が次々とラスボスの支配下に落ちてとうとうアレスが殺されかけた時にラルクが主人公とアレスを助けた。ゲームプレイ時は単なるご都合展開だと思ったけれど、三人までがオリウィエルの限界だったからだと考えれば納得できる。最後に支配下に置かれたのが四人目だったから最初に操られていたラルクの呪縛が解けた。
アレスとラルク以外に恋をしなかった三人があの場にいたのは間違いない。ルートまでは思い出せないラルクも、もし隠しキャラなら恋愛が薄かったとかで情報量の少なさも納得できる。アレスとラルクを覗いたあと三人攻略対象者で全員と考えるのが自然だ。
アレスとラルクだってほぼ一度に見つけられたのだからと考えれば、やっぱり残りの攻略対象者も無理だと諦めたくは無い。
ここで団長が死んで、団員が急減したのならラスボスが奴隷を補給した可能性は高い。
救える人は、救いたい。
「もちろん、この地だけではなく他のサーカス興業を行う国にいる可能性もあります。明日、団長にも他の興業地について尋ねたいとも思っています」
一人は間違いなく、この地にいる。




