Ⅲ179.侵攻侍女は着替え、
「はぁ……やっぱり服着ると違うわ……」
ポフッと、庶民向きの衣服へ袖を通しながらプライドは思わず独り言が零れた。
団長の猪突猛進に引き摺られるように着替えに移ることにしたプライド達は今、長らく続いていた衣装姿からやっと肌心地の良い布地に着替えていた。
サーカス団で過ごす用の衣服であることは変わらないが、衣装とは全く安心感が違う。まず、温かい。
あまりの寒さで先に上の方から優先して着替えたプライドはそこで一度自分の腕を交互に撫でさすって温める。着替えテントのお陰で風には吹かれないが、それでも気温の低下は否めない。ふーーーーっ……と静かに息を吐き出してから今度はテントの向こうにも目を向ける。
カーテンで半分に区切られたテントの片側に、今は自分一人だ。カーテンの向こう側も着替え中であることを考えると気軽に話しかける気にもならない。
むしろ無言のカーテンの向こうよりも、着替えテントの外の賑やかな会話の方が色々な意味で遙かに気になった。
「アラン!衣装を地面に落とすな。脱いだらさっさと着ろ」
「すぐやるすぐやる。いやー、衣装だと動きにくくってさあ」
「あ、でも俺らのはわりと動きやすい方だったんじゃないすかね。フィリップとかすっげぇ動きにくそうでしたし」
今、プライドのいる着替えテントの外では男性陣が着替えを進ませていた。
既に客が引き、後片付けも済んで団員の殆どが着替えも済ませてしまった後である今、着替えテントも一つしか残されていなかった。開演前には縁者全員が着替えを滞りなく進められるようにと、客の目も踏まえて男女別に衣装テントを複数設営されていた。しかし今は一つ残して全て撤去だ。
着替えたければ客のいなくなった大テントの中でも各自のテントでも足を伸ばして着替えろ方針のサーカスでは、元々団員の着替えにそこまでプライバシーの配慮は徹底されていない。
衣装テントの傍に残された小さな着替えテントは、真ん中がカーテンで仕切られてもたった二部屋分。入れ替わりで順番に着替えるのも護衛の面で非効率と判断した騎士達はテントを王族のステイルとプライドに使用させ、自分達は外でそのまま着替えを済ませることを決めた。プライドにも着替えが終わったら声を掛けてもらうことを頼めば、客のいなくなったサーカスの敷地内で着替えても団員以外に見られる心配もない。
もともと騎士団で団体生活に慣れているアラン達には外で着替えることも大して問題なかった。
プライドとステイルがそれぞれカーテンの仕切られた先に入り、入口を閉じたところで早々に自分達も着替えを開始した。衣装テントから引っ張り出したテーブルに着替えを置き、後はバッサバッサと脱いでいく。
寒空の下で更にはプライドとステイルより早く着替え終える為にも素早さが求められる中、衣装を脱いだままいつもの癖で地面にそのまま落とすアランは一度そのままぐぐっと上体を伸ばしストレッチをした。
寒さよりも動きにくさから解放された楽さの方が優先される。
衣装を無駄に汚せば困るのは洗濯係だとアランの落とした衣装を睨みながら丁寧に着替えを進めるカラムより、アランの方がその分脱ぐのは素早かった。最後にぐるりと首を大きく回しながら、任務中でなければこのまま鍛錬に入りたいとこっそり思う。
アーサーの言うとおり動きにくい衣装というわけでもなかったが、アランなりに衣装を破いてはいけないと考えて動きを制限している部分はあった。
同じく脱ぎ終えたアーサーも、衣装を一度テーブルに置くとそこでアランが拾うより前に彼の衣装を拾い、簡単に畳んでテーブルに置いた。「お、わりぃ!」と気付いたアランも謝りながら、そこでやっと着替えを手に取る。
「汚すのは勝手だけど破くなよ……っつーかカラム。お前も筋肉わりとついてたのか」
「アレス、カラムどころか三人全員に負けてる。あと君はもっと隠した方が良い」
騎士三人の傍には、呆れるように溜息を吐くアレスとラルクもまたテーブルを囲む形で着替えを進めていた。
プライド達の護衛をする必要はない二人だが、衣装テントが傍にある以上、脱いだ服もそこに置かれたかごに直接放り込むのが一番手っ取り早かった。
プライドとステイルに着替えテントを使われているところで、わざわざ順番を待つのも面倒である。二人もまたサーカス団に所属する前から別段肌を見られることの抵抗は欠如している。
しかし、脱いだまま先に衣装をテーブルに置くアレスにラルクは眉を寄せて上目に睨む。
ラルクの発言に、アラン達もどういう意味かと気になって目を向ければ理由はすぐに察した。今までシャツまでは脱ぐことがなかったアレスだが、今は全て脱ぎ晒した後だ。一度アーサー達に確保されてから道すがらで洗濯桶の水を被った為、衣装が生乾きのまま下までべったりと肌に張り付いていたアレスは全部脱ぐ以外の選択肢もなかった。
脱ぎ終えた猛獣使いの上着をバフッと隠すようにアレスの背中にかけるラルクだが、既にもうアーサー達も見てしまった後だった。衣装では隠されていた傷どころか、背中にはびっしりと消えない鞭の痕やあまりにも痛々しい火傷の痕も大きく確認できた。
しかし、アレスからすればもう今更の傷痕だ。観客にさえバレなければどうでも良い。「いらねぇよ」と掛けられたラルクの衣装を摘まみ取り、テーブルへまた戻した。
そう心配するラルクもまた、火傷の痕はなくとも白い肌にうっすらと同じような痣や鞭の痕があるのを薄いシャツの上から騎士達はめざとく気付いてしまう。
「……。あーまぁ俺らは元々鍛えてますから。カラムも無駄に筋肉つけないだけで鍛錬量はしっかり」
「アランさんは特にすっげぇ鍛えてますけど。俺もそれぐらいつけたいです」
「ラルクさんはもう少し鍛えられても良いかと思います。件の一年より前は何か鍛えられていたりは?」
敢えて触れずに会話を継続させるアランに、アーサーとカラムもまた自然に続いた。
本日二話更新分、次の更新は月曜日になります。
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