そして確認を終える。
「団長が、そろそろ彼女も団員として何かしら貢献すべきだと言って。当時の僕は、それが非人道的に思えた。あの女も嫌だと泣き喚いて、僕になんとかして欲しいと泣き縋った。あの時の僕には効果的だった」
通常の頭で考えれば、団長の言うことは当然だ。
あくまで団員として身を寄せたのだから働いて返さないといけない。しかも、……既に拾われてから一年経過。つまり一年も彼女は何もせずにただただ衣食住を与えられていたということになる。
しかも一年間ずっとこの地にいたわけじゃない。その間に、ラルクが思い出せるだけでも三箇所も興業地を変えている。その移動する間すら彼女は荷運びどころか絶対荷車からも姿を出したがらない。そりゃあ、あの団長だって流石に働いてと言うに決まっている。小さなユミルちゃんだって働いているのに!!
むしろ一年もよく何もさせなかったと思う。それだけラルクへの信頼が厚かったのか。それともラルクに課題として任せた以上、自分から横やりを入れたくなかったのか。
けれどオリウィエルの支配下にいた彼には、そんなこと通じるわけもない。
「団長が、サーカス団に永久に貢献できない人間をいつまでも置いておくわけにはいかないと。……本当に、あの人にしては至極全うなこと言ってくれたのに…………」
ハァァ……、と、そこで一度ラルクが深い溜息を吐いた。
膝に額を埋めて、表情が見えなくなる。続きは、もう言われなくてもわかる。今は当然の発言だとわかるラルクでも、当時のオリウィエル至上主義のラルクには非道な発言に聞こえたのだろう。そして腹立て、諍いが生まれた。
ここまで一つ一つ他人事のように答えてくれたラルクが、そこで十秒近く沈黙した。質問側のステイルもすぐに促そうとはせず、彼へ漆黒の眼差しを向け続け待った。今だってラルクはかなり話してくれている方だ。ここで無理に続きを強制することもない。
ほんの十秒で、二度目の溜息をまた吐いたラルクはさっきよりも低くなった声で続けてくれた。自分はそこで団長と一方的に口論となり、サーカス団まるごと寄越して出ていけと追い出したと。
「サーカス団がオリウィエルのものになれば堂々と奴にとって過ごしやすい世界が作れると思った。もともと僕も、団長にはなりたいというよりも─…………」
そこで、一度また言葉を切った。首を振り、その先は言うつもりはないと意思表示したラルクに、ステイルもまた質問を新たに投げる。
とうとう話が団長の追い出された時の真相だ。これにはアレスもまだ詳しく聞いていなかったのか、扉の位置から聞こえやすい場所にと私よりも一歩前の位置まで来た。
アレスも当事者ではあるけれど、ラルクと団長の言い合いの全てを知っているわけじゃない。
オリウィエルにサーカス団を譲れと言って、当然団長は断った。
後継者のラルクだってまだ修行中なのに、何もしていない彼女になんて譲るわけもない。そしてラルクは、嫌がるオリウィエルを外に出し働かせようとする団長が悪人に見えて、猛獣達を使って無理矢理テントから追い出した。団長のトランクへ更に必要なものを詰めて投げ渡し、もう戻ってくるなお前など必要ない戻ってきたら猛獣の餌にしてやると脅したと。
トランク、と聞いて私は一瞬思い出す。記憶のままに気付けばアラン隊長へ視線が行けば、彼も同じことを思ったらしくばっちり目が合った。アラン隊長も少し顔が引き攣っている。
団長のトランクに入っていた、あの高額のお金。……きっと、ラルク本人の残った団長への想いだったのだろう。
団長を追い出すと決めながら、恐らくはサーカス団にある分の大金を託した。オリウィエルの洗脳にありながら、彼の中の根本が全ては変わっていなかった証拠だ。
突然のラルクからの裏切りに団長も驚いたけど、…………そこでやられるだけの団長でもなかったらしい。
『面白い。ならばやってみろ』
「もう……最初から僕が敵う筈がなかったんだ…………」
そう言ってラルクは今度はぐしゃりと頭を抱えた。
団長を追い出したと思ったらまさかの逆に果たし状を突きつけられた。団長である自分無しにラルクが本当に大サーカス団をまとめ上げて動かせるのか、客を呼び、全員を満足させることができるのか。それができるのならば、自分も喜んで身を引こうと。本当にサーカス団を自分から奪うつもりならば、それくらいやってみろと言い張って団長は自ら投げ出された荷物も手に取った。
そして親子の決闘が決まったその時に、たまたま訪れたのかアレスだったらしい。
荷物を持つ団長と、そして猛獣達を率いて団長を突き放すラルク。アレスは「どういうことだ」「団長どこかに行くのか」と尋ねる中で、団長は自らアレスに口止めを頼んだらしい。
「ちょっとした親子喧嘩だ」「少しの間留守にする。団員達にわけは黙っていてくれ」「公演をする時は必ず客として観に行くから、戻るまで団員達を頼む」と。団長にとっては、あくまで自分を追い出したラルク、ではなくラルク個人の力量を見るための口止めだったのだろう。
アレスからすれば、とんでもない言い渡しだ。まさか公演を自分達だけでやれと?できるわけないだろと止めた彼に笑って托し、団長は自らサーカス団から姿を消した。
「……アレス。お前も、僕が団長を追い出したのはわかってたんだろ?」
「当たり前だろ。猛獣達グルグル言わせて団長は泥ついてた。けど団長が、…………ああ言ったから」
言われた通りにするしかなかった。
そう、アレスがラルクからの投げ掛けに険しい顔で少し影を落とした。
アレスにとっては、ラルクと同じくらい団長のことも大事な存在だ。その団長がそうして欲しい、そうなのだと言い張ったら彼が逆らうわけがない。彼にとっては、団長に買って貰った大恩がある。
だからアレスはずっと団長の望む通りにサーカス団の団員に事実は言わずに団長を待ち続けた。そして公演をしなかったのは、団長無しでできるわけがないと彼自身が思ったから。そして
「僕なんかが団員をまとめ上げるわけがない。……人前に立つことだってまともにできない僕に、団長の代理なんか無理なのはあの人が一番わかっていた筈だ……」
「?人前……??失礼ですが、舞台には普通に猛獣使いとして出ていましたよね」
「!そういえば、ラルクさんは昔から切り替えが苦手だとアンジェリカさんも仰っていましたね」
「あのお喋り女」
ラルクへの問うステイルに、カラム隊長が思い出したように補足してくれる。
アレスは呆れた声だ。舌打ちまじりの音に目を向ければ、目が全く別の方向へと睨んでいる。多分、アンジェリカさんのいるであろう大テントの方向だろう。アンジェリカさんは昔からのラルクのことも知っているとなると、やっぱり結構経歴の長い人なのかなと思う。お客さんも常連ファンいらっしゃったし。
カラム隊長からの言葉に、ラルクは今度は首をぐったりと右側に倒して脱力してしまう。膝は抱えたまま、さっきまでせっかく戻っていた血色が薄暗くなっている。目が遠い。壁があったら寄りかかっていただろう。
「僕は、…………大勢に見られるのが、苦手で。猛獣達が傍にいてくれないと何もできない。人前で猛獣芸はできても、愛想とか話すとか挨拶とか…………団長みたいにできない」
猛獣芸の時や終幕挨拶だけ姿を見せるのがやっとだと。
我が騎士団でいえば八番隊系統だろうか。そういえばゲームでも洗脳が解けたラルクとの会話って、すごくぽつぽつしてたような。こうやって私達とも会話できているし、今までだってけんか腰の会話は成立していたことを考えると、人と会話も接触も駄目まではないのだろうけれど。いや、単純に大勢の前で話すのが駄目ということか。
人前の発表が苦手となるとわかる。人と話したり関わるのと、大勢の前で話したり発表するのは全く違う種類だ。しかも団長の代理となると、…………と思いだせばあの人のある意味立派過ぎる開演口上挨拶を思い出す。あれはあまりにも高難易度過ぎる。
つまり、そんな状態で彼は自分とそして引き籠もり希望のオリウィエルと二人でサーカス団を指揮ろうとしたのか。洗脳で目が曇っていた所為とはいえ恐ろしい。
そう思って見つめると、ラルクが私達からの視線を痛そうに身を竦めてしまった。「そんな目で見ないでくれ。わかってる」と言われ、周囲を見ると私だけでなくステイルもアーサーもなかなかの困った人を見る眼差しだ。カラム隊長も前髪を指先で整えながら視線を外していたけれど、多分似たような眼差しだったのだろうなと思う。振りかえればアラン隊長だけは半分笑っている。
今思うと、開演の時に今日の一部も二部も団長が挨拶に出たのにラルクが文句を言わなかったのはそういう理由があったのかと理解する。いや、それどころかあそこで無理矢理にでも口上挨拶だけ代理に出たのは、……団長なりの親心だったのかもしれない。ラルクが苦手なことを誰よりも知っている筈だもの。
「僕も、それまでの一年でオリウィエル優先で振る舞っていたから団員にどう見られているかはわかっていた」
指示したところで従ってくれない。公演をするなんて、団長がいないのに認めてくれるわけもない。
案の定、団員は皆団長の帰還待ちで、ラルクがいくら団長はサーカスを捨てた、オリウィエルに托したと言っても信じるわけもなかった。そしてとうとう主力演者も含めて団員まで追うように居なくなってしまった。団長を追い出して無理矢理一番上に立っても、サーカスを一人で回せるわけがなかった。
団長の立場を彼女に与えたどころか、むしろ自分も彼女の立場も今まで以上に落としてしかもサーカスの資金も尽きていく。そんな中で、カラム隊長とアラン隊長の入団はチャンスだった。
特殊能力者の演目が好評なのはわかっていて、主力団員の穴も埋められると考えた。資金調達という理由であれば団員達も生きるために嫌でも動く。この時はまだ団員を動かすことだけに必死で、団長代理として口上や人前に立つことまで自分がやることは考えれていなかった。ただただこれで公演さえ成功させれば団長も見返せるとまで思って、そこでまさかの団長帰還だった。
「オリウィエルの立場も、……せっかくの舞い込んだ機会も団長に奪い返されると思って、…………あの夜ライオンで」
殺そうとした。そう、掠れた声が薄く紡がれた。
俯いた目を手の甲で擦り出すラルクに、彼も必要無く追い詰められていたことを知る。でも何より辛いのは、どんな理由であっても自分が団長を殺そうと考えてしまったことだろう。それくらい、特殊能力に抗うのは難しい。
鼻を啜り、彼が大きく肩が上下するほど呼吸を整えたところで、ステイルからの問いはとうとう私達が合流してからだ。
せっかく公演をできる流れがと思ったら全て団長にかっ攫われてしまった。しまいには私達三人まで団員に加わって、このまま成功されてしまったら完全に団長に自分は敗北してしまう。だから団長の無理矢理の短期間準備での公演を失敗させてしまいたかった。
団長をライオンに襲わせた時に邪魔したアラン隊長とカラム隊長、そして失敗してくれそうな新入りの私とステイル、アーサーを標的にして団長の天下を落としてもう一度追い出したかった。
団長がいくらめちゃくちゃ言っても結局成功させてしまうことは、団長とサーカス団を良く知るラルクはわかっていたことだった。
「そこで、フィリップ。君の術中に見事に嵌った。本当に効果的だった」
あの時の僕には、と。そう念押しするラルクに、ステイルも今は嫌味なく「恐縮です」と返した。続けて失言と挑発をまた謝ろうとしたステイルだけど、ラルクに止められた。あの時は本当にラルクにとって腹立たしい言葉のオンパレードだったのだろうけれど、オリウィエルへの恋心もない今の彼にはまったくの別人の話のような感覚なのだろう。
ステイルと同じくラルクもしみじみとした言い方に、本当に的確な挑発だったのだなと思う。……確実にジルベール宰相の話術を引き継いでいる。この場にジルベール宰相がいたら、きっとにこにこだろう。
「最後に、確認です。つまりオリウィエルの洗脳下にあった上で、団長や我々を襲ったのは全て当時の貴方の意思。彼女からはそれらしい指示はなかったということで宜しいでしょうか」
「そう、なる。奴の「誰にも会いたくない」「外に出たくない」の希望を叶えようとした僕の愚策だ。……あとは、逆撫でした君の誘導通りだった」
そして自分が受けてしまった以上、オリウィエルの為にも何をやっても賭けに負けるわけにいかなくなった。と、そこでラルクからの全貌と裏取りが終わった。
ステイルも静かに息を吐くのがわかる。ラルクに長い間意思があってないような状態だったことと同時に、彼女の言い分通り本当にラルクへ指示があったわけではないことも確認された。
彼女はただただ洗脳した上で引き篭もっていただけだ。勿論、それで彼女に罪が全くなくなったわけじゃないけれど、それでも彼女が意図的に害する意思はなかったことは証明された。被害者のラルクが言うのだから間違いない。
ステイルとも目を合わせ、一緒に頷き確認し合う。
「……今、あの女は」
「団長テントにまだいるかと。僕らの友人達が見張っているので、心配はありません」
「団長……団長は?」
「恐らくサーカス団の方々と一緒だと思います。団長にも僕らから事情は説明しています。貴方達が操られていたことも、今は理解しています」
今度はラルクからの問いにステイルが答える。
今までは自分のことでいっぱいだったのも無理もないラルクだけれど、私達に説明する中で自分でも整理がいくらかついたのだろう。次に気にする警戒対象オリウィエルと、そしてきっと一番気にかかるだろう団長の存在にラルクだけでなくアレスも少し身体が前のめっていた。
「なので、無理して急ぐ必要はありません。僕らはこれから団長に合流するので、貴方はまだ休んでいても」
「いや、……会いたい」
そう言ってラルクがとうとうベッドから降り出した。
抱えていた膝を下ろし、ゆっくりと床に足をついて立ち上がる。泣き過ぎたからか、今までが無理をし過ぎた生活だったのかそれだけでふらりと揺れた彼にアレスが駆け寄った。
自分の足で立てると断りながら、それでもアレスに肩を貸される。ふらふらした足取りに、少し頭が痛そうに片手で押さえて顔を顰めた。
「あの人を一番踏み躙ったのは僕だから」
わかりました、と。
ラルクからの強い意思に、ステイルも私も優先した。事情を聞き終えたラルクと、そしてアレスと共に団長の元へと向かう。
……まさか信じられない場所に合流していたとは思いもせずに。
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