そして踏まえる。
「今、オリウィエルと一緒にいるテントだと……ケメトが心配ですかね」
「ヴァルとセフェクがいるから大丈夫だろう。ケメトに触れようとすれば間違い無く二人は容赦しない」
アーサーが思い出すように視線を浮かべてから首を捻れば、ステイルははっきりとした口調で断言した。
あの三人は敵襲にも慣れていると、そう続けられればアーサーも納得したように言葉を返した。さっきはオリウィエルに協力的に補助してくれたケメトだけど、配達人業務で野盗とかにも奇襲されるのは慣れているだろう三人が簡単に警戒を解くとも思えない。さっきだって特にヴァルは大分オリウィエルに警戒……というか威嚇していたもの。
私達からも彼女の特殊能力は伝えている以上、うっかり洗脳下になるとは思えない。
万が一彼女が三人誰か触れて引き込んだとしてもあそこには騎士が三人に、ヴァルとレオン、セドリックにセフェクとケメトもいるし、あの大人数でどの三人を味方にしても形勢逆転にされることはないだろう。……少なくとも、そんなことになればここまで戦闘音が聞こえるくらいには大変なことになる。いや、それどころか余波まで来るだろう。
お願いだからオリウィエルには大人しくしていて欲しい。
オリウィエル。彼女が特殊能力を制御する方法と……そして今後道を踏み外すきっかけや快楽を覚えなければ第四作目開始時のような大きな悲劇は起こらない。少なくともアレスと、そして恐らくは攻略対象者らしいラルクもこれ以上の悲劇は起こらない筈だ。
ゲーム開始時では確か冒頭の共通イベントでアレスは古株の扱いだった。
オリウィエルにラルクを人質に都合良く使われていた彼は彼女から逃げようとも逆らおうともせずに、サーカスに残り続けていた。だからそんなアレスの協力と情報を、他の攻略対象者達も欲しがった。
自分達が無事に逃げ、そして必ず自分達を取り戻しに来るだろうラスボスを倒す為に。
『知ってるんだろ女王の弱点も。お前なら』
……共通イベントでそんな台詞を言ったキャラがいた。あれは、誰だっただろうか。
ゲームの共通イベントは繰り返し見たから覚えているけれど、大事な登場人物が未だに殆ど思い出せない。第三作目のレナード関係の子が一人はいる筈だしその子だろうか。
サーカス団に潜り込んで団員と顔を合わせれば何人かピンとくると思ったけれど、今のところアレスとラルク、そして団長とオリウィエルだけだ。もうサーカス団も案内してもらったし、サーカスの舞台も見たし、食事会でも顔を合わせた筈なのにそれでも誰も記憶に引っかかる人がいなかった。
せめて主人公……と思ったけれど、当然ながら数少ない女団員さんすら主人公らしい人はいなかった。個人的にはアンジェリカさんが主人公だったら第四作目いろいろ面白そうだけど。
でもまぁ、仕方ないだろう。他の攻略対象者も揃っていないということは、きっとまだ入団していない。
ゲームであれば団長が殺される前後だし、団長を慕っていた団員がいなくなって再募集から編成されたと考えるのが自然だ。
そして主人公が彼らと出会うのはゲーム開始からだ。ティアラが生誕祭で、そしてアムレットが入学するのと同じ、主人公が現れたことをきっかけに彼らの世界は動き始める。サーカス団員でもない主人公に今から出会うのは困難だ。
これからの団員かもしれない攻略対象者達も主人公も、これでゲームよりは平和な人生を送ってくれると思いたい。
アレスやラルクにとっての奴隷だった時のような悲劇はまだ残されているかもしれないけれど、……そこからさらなる奈落に落とされることはない筈だ。今後オリウィエルが自分の意志で間違った方向にいかなければ。
やはり一番大事なのはオリウィエルに戻ってくる。残された日も少ない。
彼女の処遇を、最終手段としては母上に相談だ。元奴隷被害者ではあるし、我が国に連れ帰れば法で裁きを受けた後にそれなりの保護も受けることはできる。
「能力の暴走……だけなら罪に問われねぇだろ?あ、でも国外だと違うのか?」
「フリージア以外での国では大概は有罪が多い。国の価値観や宗教観によっては死刑もある。奴隷生産国であれば軽罪でも奴隷に落とされて売り飛ばされるとも聞く。罪に問うならば捕らえフリージアに連行することも、この国の衛兵に引き渡すことも難しくは無い。ただし彼女の場合は裁くならば最終的には奴隷被害者として連れ帰った上で我が国で裁きだな。ここはラジヤだ」
もちろんそれもラルク達から確認を取ってからだが、と。アーサーの疑問にステイルが返しながら眼鏡の黒縁に触れた。
彼女に悪意があっての行為であれば、私達も結論は早く済む。けれど、彼女は明らかに特殊能力の制御は不慣れどころか自身の能力を理解しきれてもいない。そんな状態で首謀犯として捕らえるのは流石に酷だ。我が国であれば特殊能力の暴走として処理されるだろう。……彼女の場合、現時点で性格もちょっと不安だけれど。
「たんなる能力の暴走だとしても、彼女がどれほど周囲に害を及ぼすことを良しとして黙認していたかにもよりますね」
「あーー。〝そう言ってないけどそうしろと言ってるように仄めかしていた〟って、違法取引とかでも良く使われるやり口だもんなぁ」
あるある。と、カラム隊長の言葉にアラン隊長も苦笑いする。どの世界でも忖度の悪用はある。
ラスボスプライドや、現実のグレシルほどねじ曲がりきってはいないけれど、少なからずの屈折は見られた。私達を人攫いか何かと勘違いした時はあっさり身代わりを用意したくらいだ。……ただ、彼女もまた今日までの人生を考えるとひねくれるなと言う方が難しい。
ゲームでは全くそういう過去は語られてなかったのに、まさかの元奴隷だ。
しかも特殊能力が使えるということはアレスと同じでもともとフリージア王国で生まれたのに、なんらかの形で異国に売られたということになる。
ジルベール宰相も母上達も人身売買の殲滅や掃討をずっとがんばっているのに!!!これもゲームの強制力だろうかと頭を抱えたくなる。
もちろんどんな凄絶な過去があってもそれが罪を犯したり関係ない他者も害することに繋がって良い言い訳じゃない。だから法も裁きもあるのだから。
「……ジャンヌ。俺の方から一つ提案があるのですが」
ふと、私に向けて掛けられた言葉に視線を向ければステイルが顔ごと真剣な眼差しをこちらに向けていた。日が陰りだしたと思えば一気に気温が下がり始めてたのか、ステイルも鼻の頭が少し赤い。
提案?と聞き返せば、私だけで無く聞いていた騎士達も少しこちらに姿勢を落とす。ステイル自身が隣にいる私に向けて声を抑えているからそうじゃないと上手く拾えないのだろう。
ステイルも騎士達に聞かれるのは問題ないらしく、彼らに一人一人視線を送ってから改めて私をみた。
「今後が俺の想定通りであれば、ですが。もしジャンヌが頷いてくれるのであれば、団長に話してみようと思います」
そう前置きして話し始めてくれたステイルの推測と提案に、…………なんだかジルベール宰相を思い出した。
間違い無いと、彼の提案にこの場で首を縦に振らない人は私を含めて誰もいなかった。




