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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして始まった。


「じゃあ食べ物以外でも苦手なものや嫌いな物。そして、君が絶対に〝して欲しくない〟ことを教えて欲しい。いくつでも構わない」

「ジジイ。あと焼き印と口に突っ込まれるのと寒いのと暑いのと、………………箱」


言いながら気付けば団長を見ていたのに焦点が浮いたのに気付く。

あんな、六年もいたのにもう大昔のような、今が夢の中のような違和感に思考が止まりそうになる。半開きの口から唾液が漏れそうで、意識的に閉じた。

多分、大丈夫、ラルクだって箱の中じゃねぇんだからと思いながら、ちょっと考えそうになるともう胃がぐらぐらする。頭が鉛でも詰まったみたいに重くなって、ぐらりと首ごと前に垂れた。団長に買われたのは夢だったでも良いとして、せめてあの変態ジジイに手放せられたのだけは現実であってくれ。

そう思えば、一回閉じた口が中を飲み込んでからまた開いた。


「箱。……箱の、中は……。……閉じ込めるのだけは……やめて欲しい……です……」

まるで寝ぼけてるような輪郭のない声になった。

思考があの時の視界を思い出したまま戻ってくれない。ここがどこかも、目の焦点が合ってないのも頭ではわかるのに、そこで止まる。

目の奥ではまた箱の中に自分がいる感覚で、気が遠くなる。まるで見えない糸で引き抜かれてるように自分の身体が自分のものじゃないみたいだった。……むしろ、今までが全部自分の身体が別物だったような。


視線も合わせずぼけたことを言う俺に、団長が質問を重ねる。

それはどれくらいの大きさの箱か、大きさ関わらず箱という物体を見るのも駄目か、檻を見るのは、つまりは閉所が苦手なのか。ならば暗所はどうだと。一個一個確認されて、答えながら俺のことなのに何を聞かれているのかわからなくなる。

別に箱自体が怖いわけでもねぇし、暗いとこも狭いとこも閉じ込められるのも今更で慣れてる。ただあの箱に入れられたくねぇだけだ。そう思って「檻があるなら檻が良い」と言ったら、初めて団長が唸った。

猛獣芸もあるっていってたし、檻があると思ったけど余ってねぇのか。貧乏なら足りて無くてもおかしくない。


「ならば、特殊能力は?あまり人に見せたくないか??さっきはつい言ってしまったが、人の前で見せた時少し嫌そうだっただろう。大勢の前に立つのは平気か?」

「別に……俺の特殊能力は、俺ごと団長のもんだから好きに使ってくれ。人の前……大勢の前は、平気っつーか、………まぁ、別に……できる…………」

あの目で見られるのが嫌なだけだと。

その言葉を飲み込んだ。言われるまま口を動かしたけど、奴隷なのに何贅沢言ってんだと思い出す。

檻か箱かどころか、嵐の中でも外に放り出される奴隷もいる。鎖も首輪も枷も解かれたのに、調子に乗るなとキレられたら終わりだ。逆に嫌がらせでわざと俺が嫌がることをするかもしれない。買われたラルクは人間だけど、俺は奴隷だ。扱いが一緒になるわけもない。


ぼけぼけとそんなこと考えて、吐きたくなって胸を服超しに掴む。

本当にあの飼い主は外れだった。それだけは間違いない。他の奴隷がまともな扱いなわけねぇってわかってても、せめて奴隷らしくさせてもらってたら受け答えも昔みたいに奴隷らしくできた。今はあの喋り方を意識してやろうとすると、変態ジイイの気持ち悪い笑い顔が頭に浮かぶ。

「わかった約束しよう」と言われて半分信じる。息がほっと出て、もう後はなんでもいいやと思えてきた。「最後に」と質問がもう終わることにわりと長引かなかったと思う。けどなんかもう安心したら考えるのも疲れ



「ラルクはどうだった?」



ラルク??

顔が、上がる。視線も俯いていた先の机から団長の顔へと開く。いつの間にか眉の寄った真面目そうな顔で俺を見てた。

ラルク。意味はわかる。あいつだ。四十四番のことだ。サーカスに着くまでにしつこいくらいラルクって呼べと念を押された。

どうだった、と言われても六年ぶりだしどう言えば良いかわかんねぇ。背は伸びた、と思う。


「あれから六年だがね」と苦しそうな声を絞り出すように話し出す団長の話を、今度は俺が聞く番になる。

俺があいつを思い出したのはここに来る前に確認されたから、話の先頭はあいつを買い取った日からになった。団長は俺の頼み通りにラルクを買って、このサーカス団に連れ帰ったらしい。

最初は大変だったが、大事に育てたつもりだと。もともとサーカスの跡継ぎにする為に自分の子どもが欲しかった団長は、ラルクを自分の後継者にする為に買った。サーカス団には奴隷だったことも血が繋がってないことも隠しているらしい。上手くそこは誤魔化した、と笑いながら今はさっきまでの明るい笑いじゃない苦笑がまじっていた。


「君は私に出会う前からラルクを知っていたね。……あの子は、どういう子だった?今より明るい子だったかね」

「いや……、明るくはねぇ……と思う」

むしろネズミしか相手にしない根暗だった。

一回だけぎゃあぎゃあ泣き騒いだこともあったけど、明るいとは思わない。俺なんかより今じゃ団長の方がラルクを知ってる筈なのになんでそんなことを聞くのかもわかんねぇ。

視線を俺から逸らす団長が今度は遠い目をしだす。笑顔が今は不出来に歪んでた。


俺を買った団長は、もしかしたらラルクからは俺のことは話されたことがねぇのか。あいつとは奴隷商にいた頃からまともに会話できたことなんざ一度もない。ラルクがそれを言ってればこんな質問してくるわけもねぇ。それとも今のはひっかけようとしたのか。

嗄れ声を細めてまた話し出す団長は、俺から視線を逸らしたまま遠いどこかを見つめたままだ。さっきまで背もたれによりかけて伸びていた身体が、肩から前のめりに丸くなる。長距離をずっと元気に歩いてきたとは別人だ。

それまではずっとジジイとはいっても若々しさというか覇気があったけど、今は奴隷にもいたようなじいさんだった。


「半年前、あの子は急に変わってしまってね……。以前はあそこまで冷たくはなかったんだが、とある女性に心奪われてから彼女以外に心を傾けなくなってしまった」

重々しくいう口調での「女」に、ここにくるまでも何度も唱えていた女のことかとすぐにわかった。

彼女彼女と呼びながら、早く帰りたいと言っていたから多分そいつで間違いない。急に変わったと言われても俺からすれば、どう変わったのかもわかんねぇ。四十四番だったラルクとも全部別人だし、それからどういう奴になってたのかも知らない。


ラルクは買い取られた後も、サーカスの動物には興味は向けても団員と仲良くなるのは時間がかかったらしい。それでも少しずつ団員に自分から関わることも増えて、猛獣使いとしても成長して、今じゃ団員を纏めるに相応しい幹部にも成り上がっていた。

団員とも仲良くってほどじゃなくても普通に話せることも増えて、地の頭も悪くないから幹部として頼られて、たまに笑顔をみせることもあったんだと。団長が必死な顔で俺に訴えかける。

間違い無く自分の後継者に相応しい子に育ったと、まるで言い訳でもしてるみたいに苦しそうな顔で俺に言う。


なのにその女に惚れ込んでから、誰にも話しかけなくなった。

時間があれば女の部屋に入り浸って、大事にしてた猛獣の世話も殆どは下働きに任せて、幹部として指示を任されても放り投げて女の部屋に行く。

喧嘩を売られると最悪の時は猛獣に襲わせようかと脅して、自分の女には近づくなと団員全員を嫌厭しだした。団長にも、その女の話題以外じゃ会話をするどころか滅多に目も合わせなくなった。笑うこともなくなって、その女の傍にいない間はずっと心ここにあらずのままで口を開けば女のことしか話さない。

あの四十四番が、と。あとちょっと喉の手前まで零れ掛けた。少なくとも変わる前も後も俺が知るラルクじゃない。奴隷の俺に、どっちが良いことかもはっきりはわかんねぇ。

気付けば首が片方二傾いたまま固まっていた。あんぐり口を開けて瞬きを繰り返す俺に、団長はおもむろにテーブルについた手を両手で掴んでくる。

抵抗も拒絶も許されない俺は、触られるとわかりながらただ眺めるだけだった。俺より皺だらけで……熱のこもった、ラルクの手の温度に似た両手で奴隷の俺の手を握る。




「君は希望だアレス」




アレス……?

訳の分からない言葉に、聞き返すのもできなかった。ふざけているとは思えないくらい、険しくて真剣そのものの顔で言われた。はっきりと訴えるその強い声が鼓膜に響く。

瞼のない目で見返せば「今日からの君の名だ」と言い聞かすようにぎゅっと手を握られた。前の呼び名と違って、随分人間らしい響きだ。

前と違う呼び名なだけでも充分なのに、変に気持ち悪いくらい心臓の音が遅くなる。団長の強い眼差しから目が離せずに、舌も動かない。


何を、何が、どうして、どういう意味で。そのどれも言葉が言えない。

俺の所有者である団長が決めたから疑問を持つなんて許されない。口答えなんてあり得ない。そんな常識を踏み躙っても言いたくなった。

握られた手から腕を伝って全身にその名が巡るようだった。まるで、本当にずっと俺は〝アレス〟だったんだと錯覚しそうなほど浸透した。枷と鎖がなくなった所為だって今はわかるのに、急に身体が全部作り替えられるように別物に感じ出す。

どくんどくんと血の巡りの音は、心臓じゃなく身体中の血管が波打った音だ。


「今日、あの時。本当に偶然なんだ。ラルクの誕生日でね、一縷の希望に縋って、多少強引にでもラルクを連れて親子として出かけただけだった。だが競売に掛けられた君を目にしてから、ラルクは変わってしまって以来初めて私に()()()()()()()()望んだんだ」

あの衝撃は今も残っている。そう続けながら苦しげに団長の顔が歪み、目が細まる。俺の手を握りる力が強まった。

「久々に会えた気さえした」と独り言のような声で呟く団長は、声が僅かに震えていた。まだ頭が追いつかない。でも、俺が団長に買われたのが特殊能力目当てじゃなかったんだと今知った。


まるで伝染するように団長の手の震えが俺の足先まで繋がった。寒さを感じなかった部屋の中で今だけは身震いする。

全身の毛が逆立った感覚に、あらがえずに歯を食いしばる。過去に聞いたこの人の語り口調に重なり、まるで団長の目を通して俺までその時の団長の視界を見ているような気になる。

一体ラルクがどんな顔をして、具体的に何を言って、どういう流れで俺が団長に買われることになったのかはわからない。奴隷の俺にそんなことを聞く権利はない。


「アレス。この名に相応しい、君は強い子だ。こんなことを私が言うのは酷く利己的で押しつけがましいことだとわかっている。あの日君をラルクと共に救えなかった私に頼む資格などないだろう。それでも、…………お願いだ」

握られる手が熱い。焼き印を押しつけられた時より熱を感じて堪らない。

現実の熱さと強さが、現実を思えないくらい暖かい。この人がなんで俺に頭を深く垂らし出すのかもわからない。止める方法も礼儀も忘れた。

身震いが骨の奥まで伝わって痺れにも近かった。まるで国を救えと言われるような感覚に喉が干上がる。視界が狭まって、団長の苦しそうな顔だけしか見えない。この、苦しそうな顔を今すぐやめてほしい。

さっきまでどうでも良かったジジイの顔に、急に俺まで胸が苦しくなった。俺じゃない、〝アレス〟が嫌だと言っている。

前の飼い主に戒められた名と違う、あんなクソな呼び名の名残も感覚も跡形もなく壊された。

俺なんか奴隷に頭の先まで見えるほど首を垂らして、手を握って、泣きそうな声で懇願する。六年前の奴隷がこの人にできなかった礼儀を、団長がアレスにする。

視界が二個の目玉とは違う場所から見てるような感覚がする。俺は多分もう、この人の手を振り払えない。

たった一日でこの人を相手にもう裏切りたくないと思えちまってどうしようもない。逃げられない。




「どうかもう一度あの子を救ってやってくれ」




意味もわからねぇ、ただ震える手で俺の手に懇願し続ける団長に、俺はもうそうしないといけないんだと漠然と思った。

口を閉じて、喉が鳴った。奴隷に主人へ返す言葉は殆ど無い。今俺が知る言葉で返せるものは一つだけ。買いかぶり過ぎだと理解はしても、俺にできるどころかアイツとは四十六番としての関係以外何もないことをわかっても「ごめんなさい」も「すみません」も「申し訳ございません」も言えない。互いに震えで古びたテーブルがカタカタ鳴った。

お願いだお願いだ、ラルクの心を取り戻したい、もとの優しいあの子に戻って欲しい、私にできることならなんでもしようと、六年もラルクを育ててきた筈の団長が奴隷の俺を頼るのがまるで道化のようだった。

でも演じてるわけでもふざけてるわけでも、……格好付けてるわけでもねぇとわかる。

さっきまで笑って見せた白い歯を耳に痛い音を漏らすほど食いしばった団長は、俺も知らないラルクを取り戻したがっている。俺みたいな汚い役立たずの代替えがいくらでもあるような外部の奴隷に縋るほど、ラルクを取り戻そうとしている。

気取った言葉も、大仰な言い方も、抽象的な表現も、全部


「私の何が悪かったのかもわからない。親など私には不相応だったのかもしれない。あの日の君への贖罪と感謝よりも、あの子の為に君を買ったことは認めよう私はそういう人間だ。ふがいない老人の遺言であり戯言だ。…………もう一度、あの子の笑顔を私に見せてくれ……!!」


その最後の言葉が本心だと、理由も要らずに確信できた。

水の流れみたいに雄大で、自然と気付けば耳から頭に入ってくる。雨音が耳を塞いだ頃にも似た感覚だった。音が、そのまま自分の頭を飲み込んで包んで、頭の中そのものになっていく感覚だ。


俺も見たことがねぇラルクの笑い顔なんか想像しようもない。ただ団長の必死な声がそのまま俺のものになった。

事情も、ラルクに何があったかも、その女の所為なのかも、その女に慰められてるだけなのかもわからない。今だってラルクに何があったのかも、どうすれば救ったことになるのかもわからねぇ。


歪ませた顔に強く願うように絞った目尻が滲んでいる団長に、苦しそうな声の団長に、ただ具体的に課せられたのはアレスとして生きることだけだった。

話を聞けば良いのか?今だってサーカスに着いたらどうでも良いように消えちまった奴を相手に。

俺よりも前から俺を思い出していたラルクに、俺が何を言える?

昔から、会話を望まなかったのは俺の方だ。


老人の手で握る潰される手を、俺からも力を込める。握り返しながら「はい」の言葉だけじゃ足りるような気もしない。

「ラルク」と最初に声が出た。サーカス団の、テントの中を潜ってからもうあいつのことは一生四十四番と呼ぶことはねぇだろう。そして俺も二度とあいつに四十六番と呼ばれることもない。

あの時とは違う世界にもう俺たちは立っている。一度切って止まった言葉を、今度こそ舌の上でねじり乗せるように紡ぐ。


「ラルク。……背が、伸びてた。あの頃は、骨が浮き出たガキで、ガイコツで……、……」

今じゃもうそんな面影はない。

団長がいくらラルクが変わっちまったと言ってても、俺からすればもう充分に良い方向にラルクは変わってる。あの頃よりずっと人間らしくなっていて、……ちゃんと生きてる。見かけだけでもあんなに変わって肉付きも良くなって、笑ってはないけどあんな風に泣いてもいない。

あんな死に体だったラルクが、俺を引っ張って偉そうに歩いてた。団長の話すラルクを知らなくても、団長の話は信じられる。間違い無くちゃんとあいつはこの人に生かされていた。

あの日俺に団長が言って聞かせたことはもう覚えてない。ただ、夢見話のように良い待遇を約束してくれていたことは覚えてる。

それをまるごとラルクに譲ってくれと頼んだのは俺だ。


「アンタは望みを叶えてくれた」

はっきり言葉にする。

さっきまでまるで言い訳するみてぇに語ってた団長に、それは違うと否定し損ねた分今言った。頼みはちゃんと守られた。

今は笑ってないラルクも、きっとそれまでは笑うことができたくらいに良い生活を貰ってた。俺の手を二人で掴んで歩く団長は楽しそうだった。


握り合う両手を固めながら、心臓が一際高く鳴った。奴隷の心臓じゃない、アレスの心臓が高ぶった。

あの日のことは断片的にしか覚えてない。でも買われたラルクと団長の背中を見て泣いたのは目の熱と塩の味まで覚えてる。

限界まで見開いた目で見返してくる団長に、俺も逸らさない。奴隷は嘘は言わない。そして俺もこの人に嘘は言わない。

この身に焼き印も望まなかった。枷も鎖も解いてくれた。

もう一度ラルクに会いたいなんて思ったことはない。だけど願いを間違い無く叶え続けてくれた団長を、今のラルクを知れて良かった。

ラルクの為に買われたのなら、奴隷の俺はその役目を死んでも全うする。

それが団長に与えられた〝アレス〟の価値だ。


「死んでも文句はねぇ。だから今度はアンタが笑ってくれ」

気付けば自分でも力が入った顔で団長を見返していた。

瞳を微弱に揺らした団長が息を引いた直後、椅子を倒して立ち上がり離した手で俺を抱き締めた。肩まで震えた団長に首も絞められながら、抱き締め返し方を考えて両手が浮いた。こんな風に抱き締められるのも多分生まれて初めてだ。

ありがとうありがとうと言葉を繰り返されながら、また俺は返す言葉を失った。ドウイタシマシテという言葉を教えられたのはその後だ。



─ この日、奴隷の俺はケルメシアナサーカスの〝アレス〟になった。



「やってられるかこんなサーカス団!!来週と言わねぇでこのまま潰れちまえ!!」

「待ちなよ!!オルディーニさあ幹部のくせに逃げるとかどういうこと?!団長に拾われてタダ飯食らって逃げるとかクズじゃん!!」

「うるせぇアンジェリカ!!!こんなサーカス団クズ団長の浪費で潰れたって笑い草になりゃあ良い!!」

俺を買ったサーカス団はもともとジリ貧だったところで完全に資金の底が尽きた。団長の予想通り、団員も下働きどころか主力の演目演者が複数抜けて、演じる奴のいねぇ大道具ばっかが残った。


─ それでも団長も、それにラルクも。残った団員の誰も俺を売り直そうとは言わなかった。


「おいアレス……お前本気か……?もう一度だけ言うけどなぁ、どうせ隠さなくても皆気付いてるぞ?衣装だって決まったんだから別にあれで隠せば」

「うるせぇ俺が嫌なんだ。……やらねぇなら自分でやる。貸せ」

あんだけ死ぬほど嫌だった焼き印も鉄板で焼き潰した。

消えればなんでも良かった。布噛んで無理矢理最初自分でやったら位置が半分ずれて、結局ディルギアに頼んでもう一回鉄板で焼き付けることになった。

焼き印は消せたけど、やっぱ駄目できつ過ぎて昔が頭に回ってそのままぶっ倒れた。先生のお陰で一晩寝込むだけで済んだ。


─ サーカスと団長に迷惑かけねぇ為ならなんでもやったしなんでもできた。


「団長ぉ!!!アレスのやつ経理できるって聞いてねぇぞ!!そういう大事なこともっと早く言えお前ら!!」

「?!なんだとアレス!君は天才か!?!」

「できるってほどじゃねぇっつーの。数字っつーか経理だけは教え込まれたから……もう大分抜けちまったから保証はしねぇぞ」

「団長ッ経理の本買ってやれ!!アレスなら読んでも無駄にならねぇ!いい加減頼むよ経理いなくなってから何年だ?!」

まさかアレスになってから、数字が役立つとは思わなかった。

俺が買われるよりずっと前から、経理ができる奴がいなくなってサーカスの経済は破綻してた。演者として舞台に立つ前に、経理で立場を確保することになった。

今まで使われず埃を被った脳の半分がやっと整頓された感覚だった。


─ 俺を買った団長の選択と


「ほんとにアレスできんのぉ?化粧ってすぅご〜く繊細なんだからぁ!」

「うっせぇ団長もできんだから男でもできんだろ。良いから教えろ人足りねぇんだろ」

できることならなんでも覚えた。

男でも女でも教えてもらえることなら下働きの仕事でも女の仕事でも首突っ込んだ。サーカス団に役に立てるならなんでも良かった。


─ それだけの価値を、約束した。


「さぁアレス、震える必要なんかはない。今の君は兜を被った別人だ。ただ舞台を沸かし一目もくれず戻ってくれば良い。彼らが見るのは君ではない、氷の魔術師だ」

演者になった幹部もなったサーカス団も持ち直した。けど、……本来の役目はそのどれでもない。


「ていうかぁ、なんで私のことアンジェって呼ぶのぉ?その呼び方やめろっつってんじゃん」

「うるせぇ、呼びやすけりゃどっちでも良いだろ」

「昨日までアンジェリカって呼んでたじゃん!」

ラルクがこれ以上一人孤立しねぇように浮かねぇように、できることはなんでもした。サーカスの役に立てる上でなら俺は煙たがられ続けて良い。


─〝ラルクを取り戻す〟……団長が願ったそれだけは、いくら呼び掛けても叶うもんじゃなかった。


「おいラルク!おい!!」

むしろサーカス団で認められれば認められるほど、ラルクとの距離は開いていった。

今度は俺が、あいつに追い縋る番になっただけだった。


Ⅲ118


明日も更新致します。その分、月曜日は更新お休み致します。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
うー。アレスを救ったんじゃなくてラルクの為…アレスはある意味役名…いやアレスも救われたには違いないけどさぁ、ラルクは人間で自分は買われた奴隷っていうのがアレスの疑わない現実で、元々そういう考えだけど、…
目指すはラルクの奪還! がんばれアレス!!
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