そして結論づける。
「特殊能力についての研究書籍にもそういった事例はありました。実際、精神操作系統は操った人間の様子やその変化で自身の特殊能力の限界値や特性を測る手法が過去にも多かったそうです。だからこそ人に直接影響する特殊能力の中でも精神系統は自他ともにその発現に認知が遅れると」
「セ、……ダリオ、詳しいわね?」
「特殊能力関連は図書館の全書籍に目を通したからな。調べねばならんと思った」
じっ、とセドリックの眼差しが真っ直ぐに私に向けられる。
瞳の炎が意味深に揺らめいていて、本当にこの子は勉強したんだなぁと思う。特殊能力は我が国独自の存在として切っては離せない存在だし、我が国の民になる為に努力したのが窺える。
特殊能力関連の本なんて図書館に置いている数は百なんてものじゃないのに。教師に教わった私やステイルよりも専門的な内容まで深く理解しているということだ。今ではきっとこの場の誰よりも詳しいだろう。……そういう素敵なところをもっとティアラに知って貰えれば良いのに。
ステイルも関心したようにセドリックへ目を向けている。「流石だな」と切りながら、指先で眼鏡の黒縁の位置を直した。
特殊能力でも精神系統は目に見えないから、積極的に使わないと判明もそして詳細を知ることも難しい。彼女本人が「わからない」と言っても、何も試していないのならばこれから判明できる部分も多いだろう。
二人に負けじと、第一王女である私からも意見を重ねるべく口を動かす。
「恐らくアレスに特殊能力を使った影響で、ラルクも少し正気を取り戻したのでしょうね。アレスの様子から見ても、ラルクもあくまで人格は元と変わらないでしょうけれど……だからって正気であればできないこともあるもの」
オリウィエルの特殊能力はあくまで隷属と違って〝魅了〟で自分に恋をさせる能力だ。……いくら恋したからって、その為に自発的に人殺しまでしようとしたのは間違い無く洗脳が強かった証拠だ。
ステイル達から聞いた「泣いていた」という彼がどういう理由での涙かはわからないけれど、それだけの後悔か拒絶があったのだと考えれば納得できる。自分の犯したことの重さに気付いた瞬間は、それだけ苦しいし辛い。結果として、意図せず目的通りラルクの特殊能力を解くことに段階を踏めたということだ。……そうしないと、彼はきっと保てない。
「つまりは理論上でいえば、彼女が操る人数を増やせば増やすだけ一個人への洗脳も弱まるということになりますね。いや、人数に制限があれば途中でラルクから特殊能力が完全に解ける可能性もある」
「けど、ンなのどうやって増やすんだ?まさかこの中で操らせるわけにもいかねぇだろ」
当然団員や赤の他人を巻き込むわけにもいかない。ステイルの推測に問題点を挙げるアーサーに、私も頷いた。ステイルも少し苦そうに表情筋に力を込める。
事情を知っている私達の中でオリウィエルの特殊能力にわざと掛けられれば、最悪オリウィエルが途中でまた敵に回った時に大変なことになる。人質に取られても困るし、……正直たった一人でも強敵にしかならない。その場で大戦争だ。
だからといって何も知らない団員や他人を巻き込むわけにもいかない。いくらか特殊能力が薄まった状態なら実害も少ないとは思うけれど、まだ程度もわからない状態だ。どういう状態であろうとも、その人の本当の気持ちを勝手に曲げることには変わらない。
ステイルも、そして話を聞いていたマートとアーサーと同じく口を結び考え込む。私も打開策はと考えて眉間に力を込める。
テント越しのレオンやアラン隊長からも妙案は聞こえなかった。彼女の特殊能力の解き方がわからない分、無責任にこれ以上の被害を広げるわけにもいかない。
他にも意見を求めるべきかとオリウィエルを見張ってくれているエリック副隊長とカラム隊長へと視線を向ければ。
「?失礼。フィリップ殿、私の勉強不足であれば謝罪致します。が、……この地ならば試す相手には困らないのでは?」
えっ?!
まさかの挙手で尋ねたセドリックの言葉に思わず大きな声が出る。顔を上げてみれば、心からわからないと言わんばかりに小首を傾げていた。なんかとんでもないことサラッと言い出したこの子!!
さっきまでの思考班だった彼からの恐ろしい発言に耳を疑う。アーサーやステイルも目を丸くする中、入口からレオンもちらりと顔を覗かせてきた。……直後、うっかり目に入ったのだろうオリウィエルから悲鳴が上がる。
私が大声を上げたからちょうどオリウィエルもこっちを見ていたのだろう。レオン、本当なら中性的美男子なのに。
セドリックの言わんとしていることを想像しぞわぞわと背中が気持ち悪くなりながら「どういうこと?」と私から彼に確かめる。あまりにも「この地」という言い方が不穏過ぎる。
私のこわごわとした声に、セドリックはぱちりと瞬きをすると私達の顔色をざっと確認してから再び口を開いた。
「彼女の条件は恋愛感情の経験有無と性別だけなのだろう?症状から考えても充分に動物で事足りる」
……動物??
ほっ、と。不思議そうな顔で言うセドリックからの思ったより遙かに平和な単語に、理解するよりも前に安堵が零れた。
良かった、まさかセドリックに限って他国の人間や奴隷なら別に良いだろうみたいなこと言うわけないとは思ったけれど。それでも一瞬でも過ったらものすごく怖かった。セドリックはそういうことを考える子じゃないもの。
同じ事が過ったのは私だけではないらしく、ステイル達からもそれぞれ最初に息を吐く音が重なった。セドリックから「確かに罪もない動物に手を加えるのも躊躇うかもしれませんが……」と説得が入るけれど、間違い無く皆そこじゃない。
後を追って理解がくれば、胸をなで下ろしながら今度は私が首を捻る。
動物で試すのは確かに人に使うよりずっと健全だ。……ただ。
「動物にって……できるのかしら……?動物を操る特殊能力はまた別にあるくらいだし、その能力者が人を操るとは聞いたこともないわ」
「いや、可能性は高いと思う。精神操作系統の特殊能力については動物にも同様に作用したという事例と実験記録が十件中七件該当したとあった。人に使うよりも法を犯す恐れはないが、代わりに能力によっては効果があったかどうか判断しづらいという欠点はあったが」
近年のものだったから知らないのも無理はない、と。最後は私達へのフォローもさらりと入れてくれるセドリックに、口が変に笑ってしまう。
そりゃ勿論我が国の城内図書館には常に最新の本も取り寄せているけれども。本当に、この子の記憶能力と才能恐ろしい。
ステイルもこれにはぽかんと瞬きを忘れてセドリックを凝視している。王室教師にもそんな事例は聞いたことなかった。
まさかの我が国一番の天才とまで名高いステイルまで知らなかったらしいことをさらっと告げるセドリックに、アーサーも顎が外れていた。
私も「そう……」と枯れ気味の声で返しながら、フリージア王国王族としての矜持がチクチク刺されているのを感じる。いやセドリックは全く悪くないのだけれども!
王族として!!フリージア王国の王族として!なんか!!!
うん、ごめん悔しい。そう自己完結で素直に認めてこっそり落ち込みながら、ハナズオ連合王国王弟兼神子にがっくりと首を垂らす。「なにか間違っていたか?」と心配そうに尋ねられ、ゆっくりはっきり私は横へ首を振った。
「ありがとうダリオ……。動物で済むのならそれが良いわ。そうね、彼女の能力なら明らかに好意を示すかどうかでわかりやすそうだし……」
「ああ。馬車用の馬もいるし、外には野良犬も猫も横行している。効率を考えれば、店で子犬など繁殖前の雄を望めば探すのも難しくはないだろう。それに、このサーカスにいる猛獣は適合する可能性も高い」
頭が重くなりながら負けを認める私に、セドリックがすいすいと話を進めてくれる。もういっそ先生とお呼びしたい。本当に仰る通りだ。
動物の恋愛感情まではわからないけれど、結局は繁殖期を迎える前を狙えば難しくない。少なくとも人間よりは探しやすい。
精神操作系統の特殊能力がヴェスト叔父様みたいに記憶消去だったら動物相手の実験と確認は難しいけれど、オリウィエルなら尻尾を振るかどうかでもある程度判断がつくだろう。
動物実験、というと気分は良くないけれどあくまで実害はないオリウィエルに懐くか懐かないかだから許して欲しい。
そしてサーカス団所持の猛獣も確かに、可能性は高い。ライオン、虎、オオカミそして象。一体どの時期で購入したかはわからないけれど、サーカス団の猛獣は基本的に〝見世物用に育成された〟動物だ。
野生で確保という可能性もあるけれど、言うことを聞くように子どもの時に親と群れから離して人間の言うことを聞くように訓練された可能性の方が高い。番にされるまでもなく売買される可能性も高い。
あとは雄であればオリウィエルの特殊能力にかかる条件には当てはまる。……となると、また敵に回ったらを考えるけれど、少なくともこの中の事情を知った面々を敵にするよりは遙かに平和で怖くない。
「……取り敢えず、手近で間違い無いと思います……。ラルクという猛獣担当もいますし、もし適合しなくても彼女に危険が及ぶ心配はないでしょう……」
駄目だったら次はサーカス団の馬から試しましょう、と。覇気のない声で私に告げるステイルはまだ少し背中が丸い。
額から前髪を掻き上げたまま押さえるステイルの同意に、セドリックはほっと肩を下ろした。多分自分の案に問題があると心配させてしまったのだろう。むしろ反対なのだけれど、申し訳ない。
幸いにというべきか、ラルクは今彼女の味方だし協力もこの上なく仰ぎやすい。
「オリウィエル、ラルク。少々宜しいですか」
一旦方向性と見通しがついた私達はそこでとうとう彼女へと注意を向ける。
びくりと毛布ごと震えた彼女だけれど、それ以上怯える様子はなく顔を上げてくれた。さっき事情を話した時に小さじ一杯分は慣れてくれたのか、遠目でなら視線も合った。
話しやすいようにゆっくりと歩み寄れば、道を空けてくれるカラム隊長とエリック副隊長に反比例するようにアレスとラルクがオリウィエルに寄り添う。ラルクだけでなくアレスからも敵意と警戒の眼差しを受けるのが居たたまれない。
ただ、それでも今は彼らを取り戻す手立てがついた分向き合える。それに、二人が一緒にいるのは都合も良い。
「協力して欲しいことがあります」
最大の難題は、特殊能力を解くことではないのだから。
Ⅰ469
本日2話更新分、次の更新は木曜日になります。よろしくお願いします。




