Ⅲ150.侵攻侍女は狼狽する。
嘘でしょアレスさん?!!!
アーサーに取り押さえられたアレスを前に言葉がなくなる。
ダンスの演目中、妨害自体は予期していた私とカラム隊長だったけれど、まさかの今までのラルクとは明らかに違う妨害の数々に戸惑わされた。それはそうだ、今回私達を妨害してきたのは猛獣ではなく魔術師……もとい氷の特殊能力者のアレスだったのだから。
もう氷が出た時点で犯人はわかったけれど、舞台の上だから流石に焦った。
最初の氷の天井だの氷柱なんて私だけでなくカラム隊長すら、いやそれどころかあの舞台にいた誰も気付かないほどの速さの氷精製だ。ダンスとダンスの間に確かにそれなりの時間はあったけれど、あの短時間で氷のトゲトゲ天井なんかあっという間に作るなんて、これも攻略対象者チートというところだろうか。
サーカスで広範囲に舞台凍らせるのを演目で毎回やっていた人だし、広範囲に氷を広げるのは慣れているのもあるかもしれない。気付いた時は頭上がトゲトゲで私の方はまさに突撃中だし、ほんとうにどこのダンジョンの罠かと思った。
カラム隊長が調節して投げてくれたお陰でなんとか串刺しの前に対処できたから良いけれども。……いや良くないか。結果としてカラム隊長達にも団員にもご心配をかけてしまった。きっとレオン達も客席で心配してくれただろう。
特にハリソン副隊長の迅速過ぎる対応には頭が上がらない。今までもお世話になっているけれど、本当つくづくアーサーが推薦してくれた元騎士隊長様だなと思う。一瞬、本気でラスボスチートが跳躍以外の脚力まで強化されるようになったのかと思った。そんなレベルアップシステム、ゲームのキミヒカにもなかったけれど。
ハリソン副隊長の迅速さと、カラム隊長の対応力……と進行役ジョン様のアドリブ力のお陰でなんとか乗り切れたけれど、舞台裏に戻ってからはもう本当大変だった。
裏方さんだけでなく演者も含めた団員さん達がものすごい血眼で「大丈夫か?!」という心配と「あの馬鹿どこいった?!」「魔術師見つけ出せ縛り上げろあのバッカ!!」となかなかのお怒りだった。……何故かラルクに対してよりもなかなか容赦ない言葉の山だった気がする。
カラム隊長に抱き抱えられながらの私は、下ろして貰う間もないくらい怒涛にされた問いは〝事故〟かそれとも〝アレスとの即興〟かだった。
まだアレスがどういうつもりで妨害してきたのかもわからず、私もカラム隊長も明確な答えはできずに抜け出すのが大変だった。……舞台裏に入った後もカラム隊長がなかなかのお怒りなのが団員さん達にも空気で伝わったのか、七割方アレス有罪の方向で判断されていたけれども。
パタパタ足を交差して降りようとする私にカラム隊長も抱き抱えたままなかなか下ろしてくれないし、表情は整えたままなのに全く笑ってもないまま赤茶の目の奥がうっすら灯っているから本当に焦った。「カラムさん?」と呼びかけてやっと気がついてくれた。
下ろしてくれた後も何か言いたげに眉が垂れていたし、きっとさっきの氷柱で責任を感じてくれていたのだろうと思う。ただ、アレスの有罪無罪も言えない状態でカラム隊長も私も謝罪どころかお互い話す暇もなかった。それよりもまずアレスを!と思えば、カラム隊長も同じ意見だったのか、さっきシュートを決めた猛獣用入口へと促してくれた。
そしてやっと回り込んでみれば、見事アーサーがアレスを現行犯で捕まえてくれていたのだけれど、……これは。
「アレス、貴方まさか……」
全身に鳥肌が立ちめぐる感覚が確認しなくてもわかる。
ラルクに会った時とは違う、明確に私達が今まで知っていたアレスがそのままに変わってしまった姿に、私も〝こう〟だったのかと思う。変わった上でそれ以外は平行線上のまま自覚すらできていない。
完全に操られているゾンビ状態ならはっきりわかって逆に良かった。でも目の前のアレスは、普段通りの話し方と態度で、変わらず今も自分の〝大事なもの〟の為に行動しただけだ。根幹は何も変わらない、ただ優先順位だけが綺麗に変わった状態が気味悪い。
アーサーと、そしてカラム隊長に目を向ければ二人もやはり気付いている。当然だ、二人もオリウィエルの特殊能力は私の〝予知〟として知っているのだから。
けれどアレスは知らない。私達も言っていない。あくまで〝商人〟だし、彼女も特殊能力を隠していれば今度はこちらがどうして知っているのかという話になる。もともと私達はあくまでオリウィエルに会う為としか明かしていないのだから。
まさか予知で彼女の特殊能力まで知って危険だから会いにきましたなんて言えない。……でも、こうなるとアレスや団長には話すべきだったとも思う。私達が出会うまでアレスも、他の団員も被害に遭っていないのだからとどこかで油断していた。ゲームでも彼女が支配下に置いていたのはラルクだけだったもの。ラルクの見張りにつくと言ってくれた彼に、安心感すら抱いてしまっていた。……私の責任だ。
まさか巻き込んでしまうだけでなく、彼女の支配下に落ちてしまうなんて。つまりはそれだけ本気で彼女が私達を排除しようと本腰をいれてきたということだろう。
「あの、……どうしますコイツ。もう今からオリウィエルんとこ行きますか……?」
冷たい汗を流しながら私達へ問いかけるアーサーに、いやそれだけはと首を横に振る。
賭けに勝ったことにはなるし、オリウィエルとの面会権は手に入れた。けれどまだ肝心の賭けの当事者二人がいない。
彼女の出方を伺う為にも、ラルクを通してあくまで慎重に相対しないといけない。これ以上の被害も出せない。今のアレスだけならラスボスの特殊能力が解けたところで大した問題はないけれど、ラルクが私達に向けて暴れ出したりゲームみたいに暴走したら最悪今以上に取り返しのつかないことになる。少なくとも殴り込みにいくならステイルとラルクに合流してからだ。
そこまで考えてから、ふと今度は現状のラルクを思い出す。
アレスがこうなったのもラルクの今の状態と関係があるのだとすれば、敵を知っておくという意味でも大きい。今もアーサーに向けて「ふざけんなアイツは関係ねぇだろ」とか言ってる人に、質問を捻出する。今の彼は自分の行動が正しいと思って疑わない。その上で質問になる質問だ。
「アレス貴方、彼女に今日会ったの?いつ?ラルクも傍にいた??」
「会った。すっげー久々にな。ラルクが着替えの前にもう一回オリエに会っておきたいとかいいやがるからテントまで着いてったら偶然……」
いやそれ本当に偶然???
私の問いにも平然と答えてくれるアレスは、こうやって会話するだけなら本当に今までと変わりない。それが余計に違和感が際立って怖い。
詳しく、とお願いする私に説明してくれたアレスの話によると、第二幕開演前から既にアレスは彼女の術中だったらしい。
ラルクが妨害工作をしないように張り付いて見張ってくれていたところで、彼女のいる団長室テントの前にまで来た。
いつもはそこから先はラルクが怒るから立入り禁止のまま、アレスも団員と同じように近づかないようにしていた。けれど今回は色々とラルクもやらかした後で、アレスも警戒してラルクへ念押しをしたらしい。テントに入ろうとする彼の前に立ち塞がって、また何かやらかす気じゃないだろうなと。……そこで、テントから彼女に背後を取られた。
アレス曰く、彼女はとても私達に怯えていて話を聞いたアレスも力になりたいと思ったと。彼女は別に私達に危害を加えたいとは思っていなくて、さっきの妨害もあくまでアレスが独断でやっただけで彼女は悪くないとまで言い張っている。……なんか、典型的な危険女に引っかかった純粋男性のような発言に頭が痛くなる。
アレスなのにアレスとは思えない発言だ。この人、乙女ゲームであるキミヒカでもそんな駄目男キャラなんかじゃなかったのに。というか開演前までそんな人じゃなかった。
「ラルクのやつに協力してやるっつったら、もう手段がないって泣き出すしよ……」
待ってそんな理由で泣いたの????
泣いて舞台裏に戻ってきたという話は聞いていたけれど、まさか過ぎる理由に耳を疑う。もうどこまでが事実なのか、アレスの主観だけでは判断しきれない。少なくとも今までも、そしてゲームのラルクさんもそんなキャラじゃなかった気がするのだけれども。
結果としてアレスというラスボス側の敵が増えたとはいえ、素直に話してくれるのはありがたい。心なしかラルクよりも話も通じている気がする。流石にここで「貴方は操られているだけよ」と言っても間違い無く通用しないけれど。私だからよくわかる。……嗚呼駄目だ。嫌なこと思い出す。
ぐっと気付けば眉間に力が入ってしまうのが自分でもわかる。思い出してしまうのも嫌であればこうして今自分の眉間に反映しているのも嫌で、両手首をぎゅっと握り締める。途端に隣に並ぶカラム隊長がそっと背に手を置いて心配そうにのぞき込んできてくれた。ああもうさっきからカラム隊長にご心労かけ過ぎている!!
大丈夫です、と笑みで返しながらもう一度頭を引き締める。今はアレスだ。
オリウィエルに彼まで狙われたのは間違い無く私達側に加担してくれていた巻き添えだし、絶対に彼はオリウィエルから解放しないといけない。勿論ラルクだってこのままにしておけない!!
ラルクが、もうお手上げ状態と判断したのはわかった。それで妨害工作やる気満々のアレスと一緒に泣いて舞台裏に戻ってきたということは、第二部では本当にラルクは何もやるつもりがなかったということか。
いやでも、見張りだったアレスも協力者になったなら、見張りなんてあってないようなものだし何かしらもっとできたはずなのに。
「……ちなみ、何故貴方は私達にだけ仕掛けたの?彼女の味方になりたいと思ったのは着替えを終える前よね?」
「もう仕込みできるようなもんは一部でラルクがやってたろ。流石に二度も同じ手が成功するわけねぇし、っつーかもうこれ以上大道具も器材も壊せねぇ。既にラルクのバカの所為で修繕費やべぇし、お前らの誰かを失敗させて客に払い戻しになったら余計売上げが落ちんのに……」
……つまり、これ以上出費を増やせないから小細工はしなかったと。
うん、まぁ確かにサーカスの事情を考えれば正しい。もともとジリ貧サーカスだったみたいだし、そこで今回の二部でマイナスが増えれば当然懐に残るお金も減る。だからなるべく物を壊さない方向で邪魔をしたかったということだ。なんともご迷惑を考えた暗殺計画だ。
更には、奴隷商から助け出した私達の強さをアレスは知っていたのも大きかったらしい。
透明化していたアレスがどこまで見ていたかはわからないけれど、あの場にアーサーやステイルもいたから少なくともその二人を相手に勝てるとは思わなかった。アラン隊長とカラム隊長もライオン相手に戦ったし、私の傍には絶対その三人の騎士の誰かが付いていたから誘拐とか怪我をさせるとかの妨害も難しかった。
アレスの氷の特殊能力はサーカス団に所属している私達全員が知っているから、どれか一つでもアレスが妨害に出ればすぐに犯人もわかってしまう。
だから最後の最後、一番大道具も壊さずに妨害できそうな私達を狙ったと。
「つってもまさかマジで気付かねぇとは思わなかった。投げ技中止とか、そこでダンス崩れりゃあ良かったんだが……結構ヤバいことになりかけたのは謝る」
「ンな高さで急に仕掛けられたらわかんねぇっすよ。カラムさんが直前に力緩めてくれてなかったら串刺しもありました」
意外にも謝ってまでくれたアレスに、今回はアーサーが厳しい。カラム隊長が言えない分、言ってくれているのだろう。
途端にカラム隊長も私に向き直って改まるように「先ほどは本当に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げるからすごい焦る。
いやむしろ途中で速度だけでも弱めて気付いてくれたからこっちも無事対応できたのだから!!私なんて気付くのに一番遅かったのだから文句も言えない。アーサーの言い分をそのまま言ってくれていいのに、こういう時に言い訳をしないのがカラム隊長らしい。でも今はお願いだから責任を感じないで欲しい!!
大丈夫です、むしろお陰でと。言葉を繰り返しても深々とつむじが見えるくらいに頭を下げたまま上げないカラム隊長に、私の方が心配かけてごめんなさいと謝りたくなる。私も早く気付けば自分から投げられる前にカラム隊長の手に掴まれたのに!
「あっアーサーの言う通り!カラムさんのお陰でなんとか凌げたところもありますから!むしろあんな一瞬でありがとうございました助かりました!」
「いえ、本当に私の判断不足でした。気が緩んでいたのでしょう。万が一にもお身体に傷でもつけば……」
「ッその時は別の形で責任取って頂ければ結構ですから!実際はこうして無傷ですし私もカラムさんとのダンスで舞い上がって気付けなかった部分もあります!」
今回のことはお互い不問に……!!と両手の平を横に振りながら断る。
まるで以前のように騎士の進退を考えてしまいそうなほど責任を重く受け止めるカラム隊長に、私からも早口で返した。カラム隊長だって容赦なく私をぶん投げたわけでもないし、その後はしっかりと受け止めてくれた。むしろこんなことでカラム隊長が近衛騎士から離れちゃう方が嫌だ!!
アレスもいる上にテント裏という位置でお互い騎士として王女として会話できないから余計にフォローの言葉を見つけにくい。今回はお互い怪我がなかったのだから、私が訴えないかぎりは不問で通したい。残すはカラム隊長のお気持ち次第だ。
とにかくせめてカラム隊長が頭を上げてくれるまでは説得を……!と考えた時、熱気を感じる。冷気ならアレスがまたと思えたけれど、まさかのカラム隊長本人だった。
つむじばかりを見せてくれているから気付かなかったけれど、髪の隙間から見えるうなじから首もとまで赤い。えっちょっ?!
「かかかかカラムさん?!あのっ、ですから私はもう無事なのでどうか本当にお気になさらないでくださいという意味で……」
「~~ッはい。……で、はなくっ……っ」
さっきも舞台裏に入ってもすごく気にしてくれていたのがわかったし、今になって色々思い返して頭に血が上ってしまったのか。それともどうしよう私が逆に責任を押しつけるように聞こえてしまったのだろうか。
慌てて言い直したけれど、カラム隊長からはうめくような音しか聞こえない。なんでこういう時に上手く言えないんだろう私は!!
真っ赤な首でつむじどころかこのまま二本に折れてしまいそうなほど頭を下げてしまうカラム隊長は頷いたと思えば今度は首を横に小刻みに振ってしまう。お願いだから騎士やめないで!
また思い詰めさせることになるなんてと、視線を今度が顔ごと動かしてしまうとアーサーとすぐに目が合った。変わらずアレスを確保しながら、困惑とも言える顔でカラム隊長を見つめている。心なしかこちらも顔がじんわり紅潮してみえる。カラム隊長のがうつったのだろうか。
アレスもわからないように難しい顔でアーサーの方を振りかえっていた。「いてぇんだが」と言っているからアーサーの手に力が入っているのかもしれない。
とにかく、お願いですから顔をっ……と、他の誰かに見られる前にとカラム隊長を今度は物理的に起こそうと肩に触れれば、途端に身体ごと上下し顔を上げてくれた。あまりの速さにむしろ今頭突きされそうになったけど、カラム隊長の方が半歩引く形で避けてくれた。首の赤が思った以上に顔にまで広がっていて真っ赤だ。
片手で口を覆うカラム隊長に、私から重ねてどうかもうこの話は終わりにと懇願する。目も合わせてくれないから余計に不安になる。
「今は、アレスとラルクのことです。ス、フィリップ達にもラルクのことをきいて、オリウィエルをはやく止めないと……」
「はい……。…………~っ……誠に申し訳ありません……」
なんとか了承をくれたカラム隊長に胸をなで下ろす。
彼のことだから一度言った限りはきっとその場しのぎではないと信じる。良かったと、一言返し改めてアレスに向き直る。
アレスの言い分の所為で話が脱線してしまったけれど、今はまず事情聴取と情報収集だ。変わらず捕まえてくれているアーサーと無抵抗のアレスに、私は次の問いを考える。
賭けに勝った以上、私達はオリウィエルに面会する権利は得られた。アレスの妨害も失敗した今、あとはラルクとそして目の前のアレスもそれを認めるか。そしてオリウィエルの支配下に入ってしまった彼がこれからこのサーカス団をどうしたいか。現時点でどう思っているのか。特に、ラルクが命まで狙った……
「ジャンヌ!!ご無事ですか!!!」
口を開こうとしたその時、先に遠くからの声に遮られた。
振りかえれば、ステイルとアラン隊長が血相を変えて駆けてきてくれている。ラルクがいないことが少し心配になったけれど、二人の合流に静かに息を吐く。カラム隊長の説得も、二人が来る前に終えられて良かった。
無事を示すべくステイルへと手を振りながら私達は彼らを迎えた。
第四作ラスボスまで、あと一歩だ。




