Ⅲ134.侵攻侍女は跳ね、
うざってぇ……。
チッ、と舌打ちを鳴らしながらヴァルはぐらりぐらりと上体を左右に揺らし椅子の上でのけぞる。
目の前ではプライドが必死に進行役と共に取り直し、去って行った猛獣へ手を振り出したところだった。既にいなくなったライオンへ手を振る様子は笑顔で上手く誤魔化しているが、彼女達の背景事情と賭けを知るヴァル達には今が予定調和ではないことは明らかだった。いっそライオンが乗り込んできた時が一番面白かったとヴァルは頭の隅で思う。
トランポリンの序盤で男客がジャンヌへ口笛を鳴らし囃し立てた時は、不快を露わにしたレオンとセドリックだけでなくヴァルもまた目を据わらされた。
裏家業にもそういった界隈にも一番浸り慣れていたが、プライドが舞台の真ん中で男達にあざ笑われている姿は面白くない。これが他の女演者であれば別段気にもならなかった。もともと裏家業や下級層時代にもそういった女性への色の囃し立てや〝愉しみ〟には付き合い以外乗る気にならかった性分である。女が辱めを受けていようと助ける気も情もわかなければ、逆に本気で愉しめたこともない。……どこかの王女以外は。
女でも男でも拷問めいた方法で苦しめる方がずっと愉しめた。
そして今、自分が嗤ってやるのは良いが、その他大勢の男達にやられっぱなしのプライドには腹立たしさすら覚えた。
胸の揺れで悦ばせているのは客の誰もが察していることなのに、とうの本人が気付いていない。宣伝周りでもあれだけ注目を集めていてまだ自覚ねぇのかと呆れた。自分が指摘した時は胸を隠して目を釣り上げてムキになってきたというのに、全くこの舞台ではそれに気付いた様子もなくヘラヘラしている。
舞台上で嫌な顔ができない状況なのはまだわかるが、せめて気付けと本気で思う。まだそれだったら自分も鼻で笑ってザマァ見ろと馬鹿にして眺めてやれた。本人が無自覚に色気を振り撒きしかも気付いていないまま雑踏に嘲笑され、性の消費に加担していることが一番気分が悪い。
せめて気付け、もしくはあの野郎共に騎士でもけしかけろと思いつつ、耳に引っかかる口笛音に時折眉を顰めもした。隷属の契約で自分はあの程度の行為相手に危害を加えることはできない。せめてこの場で暴れ出すなり人殺すなり強盗なりをしてくれれば自己防衛として締められたのに、相手はただ女演者にはしゃぐ馬鹿である。
ライオンが乱入してきた時には、そこで「主か馬鹿共へ食いにいけ」と思った。その方がずっと面白い。ライオン程度に負けるプライドでもなければ、男達が襲われれば自分にとって良い余興になる。
しかし結果はトランポリンの紐を切るだけという地味作業で終わった。ナイフが降ってきた時は笑えたが、やはり牽制と逃亡で終わりなんとも肩透かしである。
「ねぇリオ、あの状態じゃトランポリンって使えないの?」
「うん、無理だね。しっかりと張られて機能するものだから。二本も緩んだままじゃ乗っていることはできても、まともに跳ねるのは不可能だ」
ライオンがいなくなっても何故かトランポリンの再会をしないプライドと、進行役が「これではトランポリンが使えないぞー?」とわざとらしく声を上げたしているのを目にセフェクが問えばすぐにレオンも頷いた。
ケメトからも「見えるだけなら全然変わらないのに違うんですね」と首を傾けながら合いの手が入る。二本の紐が切れたトランポリンは、客の視線からは張られた面自体に大した変化は見られない。プライドも平然とその上に乗ったままで、その場で跳ねれば普通に跳べそうに見えてしまう。しかし実際は二本の支えを失ったトランポリンは著しく跳躍力を失っていた。
レオンとセフェク達のやりとりを横で聞きながら、プライドなら大道具などなくても一人でいくらでも跳ねれるだろと頭の中だけで悪態ついた。彼女の化け物じみた跳躍力もヴァルはよく知っている。そこで馬鹿正直にトランポリンで跳ねれないのなら無理だと諦めているのが、良くも悪くも彼女らしいとも思う。
舞台へと視線を戻せばとうとう彼女自身の意思でトランポリンを降りてしまった。進行役の男に促されるまま紐の切られた様子を見に歩き、切れ口の鋭さや紐がどれだけ固いものなのかの説明へこくこく頷いて愛想で誤魔化している。
トランポリンが使えないとなると、プライドは演目を続行できない。つまりはステイルが話していたラルクの賭けに勝つことはなくなった。あのライオンがラルクからの刺客であることは間違いないが、それでもプライドの演目成功条件を満たしていないことも事実である。
作戦の失敗、つまりはこの後にオリウィエルとの接触も不可能ということになる。
もともとサーカス団のこともオリウィエルのこともどうでも良いヴァルだが、つまりはまた振り出しに戻るということになるのかと思えばうんざりと息が出た。
どうせステイルならばまた新たな策でも、もしくは今回の猛獣乱入の責任追及でもして上手くラルクを言い負かすかするだろうとは思う。しかし、直線距離での解決策がなくなり、遠退いた。
残り数日しか残されていないにも関わらず何故ここまで遠回りを続けなければならないのかと。しかもこれで目的も達成できず時間切れになってしまえば一番気に負うことになるのは他でもないプライドだ。
今も舞台の中でヘラヘラ笑いながらも見苦しく時間稼ぎに縋り付く彼女に、ヴァルは舌打ちを繰り返しそして。
「めんどくせぇ」
ダン、と。地団駄のように強く足を踏み鳴らした直後、呼応するようにプライドの足下もまた持ち上がった。
突然地面が浮かんだ感覚に、遠目でもプライドが気付き足下へ視線を向けたのがわかった。彼女の身長が伸びたかのように上がり、特殊能力で彼女の足下を更に上へと上へと持ち上げる。椅子の上程度の高さからトランポリンよりも更に高い位置まで持ち上げれば、観客も新たな演目と勘違いし声を上げ拍手を鳴らした。
「わぁ」とすぐ隣からレオンのぼやきが聞こえた気がしたが無視をする。今はそれよりも彼女の芸の代わりで忙しい。もともと自分の特殊能力は大道芸の為のものではない。
しかし他国の人間にとっては特殊能力だけで芸になることは先のアレスの演目でも立証された。とりあえずトランポリン代わりの何かを出せば良いんだろと適当に考え、膝の上で上向きに手を開く。あくまで自分は手を貸すだけで、客やサーカスの人間に自分の能力だとバレるわけにはいかない。ただでさえ今の自分は肌の色もフリージアの人間と変わらず見えている為、疑われやすくなっている。
少なくとも斜め背後で今も「おお!!!」「なんだこれは!!?ジャンヌが?!」とライオン乱入前から始終五月蠅かった団長には絶対気付かれるわけにはいかない。自分まであのふざけた名前付けで舞台の見世物になどされたくない。自分は檻の中の見世物でもなければ、主はプライドだけなのだから。
ダン、と再び地を踏み鳴らす。苛立ちをぶつけているようにも見える動作だが、ヴァルがまた何かをするのだということはセフェクとケメトもすぐわかった。
騎士達もその正体は理解しつつも、敢えて目は向けないように舞台へ集中する。すぐ傍にいる団長や周囲の観客に気取られるような真似をする間抜けはいない。レオンもヴァルの足下に直視はしないようにしつつ、視界の隅だけで彼の膝の上を薄く捉えた。
改めて彼の特殊能力に感心しつつ、上向きに手を開いた彼が小指から順々に五指を畳み拳を作っていくのを見た。同時に、凄まじい地鳴らしが舞台を包む。
ガガガガガガガガガガガガガガガガッと、あまりの振動と音に客もざわめいた。
なんだこれは、敵襲か、建物の倒壊かと騒ぎ立ち見でない客まで腰を上げだした。しかし、同時に舞台に起きる異変に気付けば開けた口がそのままぽかんと残る。
トランポリン以外何もなかった筈の舞台に、柱がいくつも形成されている。何の変哲もない地面から、まるで朝日を浴びた植物でも見ているかのように柱が生えてきているように客には見えた。その分柱の周囲は地面が陥没するが、ジャンヌの立つ柱以外にもいくつも聳え出す柱の存在感に客もすぐには気付かない。
直接破壊こそされなかったが、張り巡らされたトランポリンも今は二本の紐がちぎれたことなどどうでもどうでもいいほどに、傾き姿を変えていた。客は首の角度が変わるほど見上げながら、一体何が起こっているんだと思う。
あっという間に舞台を埋め尽くすほどの柱がいくつも立ち並んだ。一定以上は高低の差も不揃いのまま、五番目に低い柱にいるのがジャンヌである。
今まで何が起こるかハラハラと笑顔だけを保ち平静を維持してきたプライドも、その高低差の柱を前にやっと自分がすべきことを理解した。右手で胸を押さえつつ、口の中を飲み込む。信じられるのは自分のラスボスチートと、身構えそして飛びだした。
足下を蹴る軽やかな音を残し、一番近くにある別の柱へと跳び移る。ほんの三十センチ程度差の柱にだったが、地面からは遠く離れた位置から軽やかに飛び移り出した彼女に、観客もわっと声を漏らした。
更に次々と彼女が目につく柱へと高低差関係なく飛び移っていけば、自然と腰をあげかけた客も再び椅子へと降りていく。
「!ぇ~。……っご、ご覧ください!!トランポリンを失った今新たな演目として柱の出現!!ジャネットはどのようにしてこの試練を乗り越えるのか!!」




