Ⅲ94.侵攻侍女は用意し、
「でしたらアランさんとアーサーの後に続けてジャンヌさんの導入でいかがでしょうか。それならば客も高さを実感した後ですし、二種目続けている間に先の演目の片付けも行えますし……」
「なるほどなるほど……。フィリップ、本当にサーカス団は初めてか?よくわかっているじゃないか」
流石大手商人、と。口の中だけでその言葉を呟きながら、団長は腕を組み唸る。
カラムとアンジェリカの問題が済んだ後、改めてステイルと共に演目の追加導入と演目順の再構成を始めた団長だったが自分の方が専門である自負があった分、すんなりと最適な演目構成順を提案してきたステイルには驚いた。
単に演目追加といっても、適当な場所に付け足せばいいわけでも時間を延長すれば良いだけでもない。
演目に必要な機材の導入から片付けを円滑に、かつ客に時間を感じさせてはならない。全体の盛り上がりや流れと興奮度に落差もつけていかなければならない。
その全ての流れを熟知した団長自らが演目構成も考えるのがケルメシアナサーカスでは通例だった。特に今回は明日という無茶でしかない開演を前に、演目数も定番に絞り演目順もいつもの典型から可不可の演目を足し引きするだけで済ませる予定で組むはずだった。それだけであれば団長にとっても大した不可ではない。
今までも団員の体調不良や怪我、逃亡などにより演目から一個二個程度が外れ、その分を他の演目で保管したことは多い。しかし、今回はまさかの新たな試みの演目を三つも追加である。
ここまで来ると、やはりカラムをアンジェリカに任せたのは正解だったと団長は後から胸を撫で降ろした。
いきなり五つの演目追加と比べれば、アンジェリカとそしてアンガスの遺した演目は演目時間の調整をすれば良い。しかし新たな演目では用具の導入から前後にまで影響を出してしまう。流石に団員に無茶する団長も、明日だけは他の演目に共演する形にしてくれないかと交渉しようとも考えた。
だが、そこでのステイルの打ち合わせである。
最初こそ初心者がいくら頭が回ろうともと考えた団長だが、今は考えを改める。
予定演目一つひとつがどのような演出と器材の移動を行うかと詳細に説明する必要こそあったが、その後は歯車がかみ合うようにステイルの考えが導引されていく。城での王配、摂政の補佐作業と比べればサーカスの演目整備程度はなんら天才策士に難しいものではなかった。
プライドもアーサーと共に二人の打ち合わせを見守ったが、助言の必要なく黙し続けた。
自分の演目が仮決定したことは良いが、その上で演目時間もちゃっかりと短めに割り振ってくれたステイルに心の底で感謝する。目立つことは慣れているが、客に授業参観要素が入り込む恐れもある今は、なるべく短時間で風のように去りたい。
「いえそれほどでも」とにこやかに団長へ笑みで返すステイルもまた、それは同じ思いである。
「因みにフィリップ、君の〝人体消失〟というのは本当に必要器材はこれだけで良いのか?どちらも少し古いから、仕掛けが動くかどうか確認をしておくんだぞ」
「ええ大丈夫です。今までも失敗したことはありませんのでご安心を」
「時間も短すぎじゃねぇか?お前足にも自信あるんだろうな?箱から逃げて別の場所に移動するだけでも結構走んぞ」
「大丈夫です。短時間の方が客も盛り上がりますよ」
自分も、さっさと演目を成功させて必要最低限で終わりたい。
その思いのままに、必要最低限の時間まで自分の演目時間を削り他に割り当てた。団長に続けてアレスの一言にもステイルは円滑に流していく。
しかし、それですんなり納得できないのこそ今こうして演目打ち合わせを行っている団長とそしてアレスだ。
ステイルの演目に必要器材の貸し出しこそ既存の用具使用を認めた団長だったが、ステイルの演目が一番不安が強かった。
他の演目も失敗すれば大怪我で済まないものは勿論あるが、フィリップだけは本人の実力だけではどうにもならない。もし仕掛けに不備があれば、助手役が一歩間違えれば、夢を与えるサーカスがたった一つの誤りで惨劇現場になってしまう。
だからこそここ暫くはサーカス団でも仕掛けの知識はあってもその演目は行うことを控えていた。団長による無茶な予定管理が多い中、練習と打ち合わせを入念に行わなけれなならない演目ほど削られる。
「……なァ、なんで俺とアランさんの演目は長く取ってあんだ?」
「安心しろ、カラムさん達もだ。お前の場合は演者が増えるのだからその分配分として時間を伸ばすのは当然だろう」
そして、完全実力主義の演目ほど多様される。
打ち合わせがひと段落終えたところで、ぼそりとアーサーがステイルの耳元で投げかける。自分とアランが組むのが確定されたのは構わないが、最初に団長が提示した演目予定表よりも明らかに空中ブランコの時間が伸びている。
ステイルの言う通り自分だけではなくカラムも延びたことを確認したアーサーだが、それでもやはり自分とアランの時間帯が伸びているのは落ち着かない。元々アンガス一人だけの演目だったのが二人になった、長らくぶりの二人空中ブランコはきっと評判も高いぞと団長に重ねて持ち上げられるが、アーサー自身人気を取りたいわけではない。
成功し、客に帰られない完成度であれば満足である。どうせ自分とアランがサーカス団にいられるのもほんの数日だ。
空中ブランコにアーサーも参じると聞いた時は、初心者二人の演目というのに安全面での危機感も覚えた団長だが、よくよく考えればアーサーも騎士である。
既にサーカス団で噂になっているアランと同じ騎士ならば、きっと実力も同じだろうと安直に考える。
「因みにジャンヌは平気か?この後時間があったらお手並みを確認させて貰いたいな。もちろん君一人存在するだけでも客達は見惚れるだろうが」
「団長。そっちは平気だ。ジャンヌのやつ、結構バケモンだぜ」
〝バケモン〟という言葉にプライドは笑顔のままに唇を結んでしまう。
自分の技量を心配する団長に、お世辞も相まってもやはり不安が強いのも当然だと思う。しかも今の自分は本来の姿ではなく地味な女性に見せている筈なのに、それでも褒めてくれているところが優しさなのか薄っぺらいのかもまだわからない。
プライド自身自分の本来の容姿については好ましく思ってはいないが、しかしある意味サーカス向きのきっつい顔という自覚はある。その顔でもし言われていればまだお世辞ではないとも受け入れられた。
しかし、今はフィリップに協力を得た敢えての地味な顔だ。この状態でも褒められるところで、やはり団長は誰でも乗せるのが上手な人なのかしらと頭の中で分析してしまう。
姿を変え正体を変えている今も変わらずバケモン呼ばわりされてしまうところには、やはり本性は隠せないなと皮肉めいたものは感じるがそれも仕方がない。アレスには自分が戦闘に参加したところも見られている。
アレスの相槌に「ほぉ」と目を大きく開きプライドをまじまじ見つめる団長は、彼女を上から下まで見てから「アレスが言うのなら安心だ」と一息吐きながら頷いた。いま決定した当日の出演者を書き出した演目表を「張り出しといてくれ」とアレスに指先で挟み託す。
「そうだ、これから宣伝にも行くんだろう?ならばそこでジャンヌの実力も見せてもらおうか!アレス、確か小型の方もまだ使えたな?」
「一回テント内で見てからな。宣伝行くなら準備しねぇと。団長も手伝えよ」
「見せるのは彼女だけだ。ついでに衣装も着替えてきてくれ。私達は被り物で良い」
えっ、と。突然の予定追加にプライドが音を零す。
できる自信はあるが、まさか今から?!と心の中で叫ぶ。明日やるのだからここでできないとも言えないが、いきなり客前というのは流石に心臓も動悸を主張した。しかし自分の緊張など関係ないと言わんばかりにアレスと団長はすいすいと目の前で話を進めていく。
用具と、準備をと。打ち合わせを終えた今、余韻に浸る時間も充分には与えられない。サーカス経験者により速やかに次の動きへと促される中で、プライドとステイルそしてアレスが一時離脱する。
テント内に容易には入れない団長を護衛のアーサーに任せ、急ぎ荷運びへとアレスと向かう。
プライドと離れるのに少し躊躇ったアーサーだが、彼女の傍には姿が見えないだけで騎士二名が張っていると思い返せば踏みとどまった。
テント内に入ってすぐに近くの下働きに指示を出す。託した演目表の張り出しと、宣伝回り用の荷馬車に指定した用具を積み表に出すようにと伝え、アレス本人も衣裳部屋テントへと足を踏み入れた。
「先ず被り物と仮面仮面……フィリップ、ジャンヌ。お前らも今のうちに衣装選んでおけよ。フィリップは動かねぇしジャンヌもその体型なら採寸しねぇでも手前の列ならどれでも着れるだろ」
「あの、…………もう少し地味なものはありませんか」
馬鹿か。と、直後にはステイルの訴えがアレスに一蹴された。
衣裳部屋の棚から被り物や仮面が敷き詰められた箱を取り出すアレスは、侮蔑も含めた眼差しでステイルを見た。ここまで来てサーカス団に地味を求める彼の方に正気を疑う。
しかし隣に並んでステイルと眺めていたプライドも、彼の気持ちはよくわかった。
衣裳が目立たないといけないのはわかるが、それにしてもどの衣装もステイルの好みとは逸脱している。むしろ、この系統の衣装をステイルだけでなくアーサーやカラム、アランも着るのかと思えば想像力で賄うこともできなかった。あまりにも彼らのイメージから違う衣装ばかりである。
騎士や礼服の印象が強い彼らに、それ以外の衣装などどれが似合うかも想像できない。ステイルがぴらぴらと一枚一枚指で摘まんで覗いては次の一枚に希望を託すのを、口端が片方引き攣りそうになりながら見守る。
その様子に、棚から降ろした箱を一度下に置いたアレスは舌打ちを零しながら仕方なくステイルへと歩み寄った。着古されたとはいえしっかりの布を伸ばし吊るされた衣装からざっぱに纏めて複数をハンガーごと鷲掴み、自分の方へ正面を向けさせたステイルと照らし合わせていく。
「陰気な地味ヅラなんか気にしてる場合じゃねぇんだよ明日出張るってテメェで言ったくせに服なんかでうじうじうじうじ……」
「……………………。すみません」
苛々と感情が音になって伝わってきそうだと思いながら、ステイルは無表情に努め謝罪した。
確かに明日の演目構成には一役買ったとはいえ無理に出させてもらっているのは変わらない。しかしアレスから〝陰気な地味ヅラ〟と言われると少し反射的に肩に力が入る。今アレスの目に移っているのは本来の自分ではなく、むしろ自分が望んでそう見える顔にしてもらったのだと頭へ言い聞かせながらも、今までの人生で言われたことのない発言は少し引っ掛かった。
自分の顔を通して親の顔を否定された錯覚に飲まれないようにと意識的に深呼吸を繰り返す。
むしろ決めかねている自分の代わりに衣装を選んでくれているアレスは良い奴だと、冷静に理解しながらちらりと近くの全身鏡へ目を向けた。
いつもならば衣装がいくらあってもすぐに自分に相応しい衣装を選べたステイルだが、今他人に見えている顔に合わせた衣装だとすぐには掴めず決めかねた。今の自分の角度では服装と合わせた顔は見えないが、鏡越しに見える自分の顔はアレスの言った通りの不健康そうな素朴な顔である。この顔にサーカスの衣装はもっと似合わないだろうと、そう思えば今度は溜息が出そうになった。
最終的にアレスが「これ唾つけとけ」と強制的に選びステイルに押し付けた衣装は、やはりステイルの普段の趣味とは異なるデザインだった。
それを見守っていたプライドも、これをステイルが着るのかと思わず両手で口を覆ったが、同時にちょっと楽しみになる。
客には地味顔であるステイルだが、プライド達に見えている姿はむしろどんな服でも着こなせる美形である。
「ッでジャンヌ!!なにボサッとしてんだ決めたのか!!!お前は今必要なんだぞ!!」
「!?はいごめんなさい!!」
無事ステイルの衣装を選び終えたアレスがぐるりと首を回す。
男性用の衣装はそれなりに理解があるアレスだが、女性であるジャンヌになると自分でも的確なのはわからない。女なら喜んで選ぶことの方が多いのに、これだけの衣装量に棒立ちできるジャンヌの意味がわからない。貴族でもなければこんな衣装を着れる機会などあり得ないと知っているから余計にだ。
アレスに怒鳴られ、あたふたとプライドもそこで初めて女性の衣装列に目を向ける。男性衣装と比べれば女性衣装はまだ親しみのあるデザインもあると思う。
いつもの自分ならば選ぶのはこの辺かしらと、自分に似合う系統を理解したプライドが一枚二枚と手に取るがアレスから「は?」と正直な声を出され手が止まった。
やはり今の自分には派手過ぎるかしら……と、一度そのままぎゅっと指を結び引っ込める。途端に、アレスの長い腕が自分の顔横を通り過ぎた。
ガチャリ、と今度はステイルのように纏めてではなく一本二本と順々に衣装を手にとっては見比べる前に押し付けられる。
「なに出し惜しみしてんだ。顔はどうにでもなんだからその分諦めろ。サーカスに恥なんか通じねぇんだよ」
「へっ…………!??!!!!!あっ、あの、これちょっと、ろろろろ露出がっ…………」




