おさめ、
「やあ皆起こしてすまなかったな!」
パッと拘束が解かれ自由になった団長が、一度羽交い絞めにしていたアランへ振り返ってからすぐ団員達大勢へと向き直る。明るい声で呼びかければ、それだけでラルクに向けられた注目の方向が変わった。
ちょっと新しい演目の打ち合わせをしていた、少し危な過ぎた、やはりこれは止めといた方が良さそうだ、と。出任せこの上ない言い訳で堂々と声を張る団長に、誰も追及はしない。全てまるごと信じたわけではなく、どうせラルクかライオンを庇っているのだろうと思った上で追及をしないだけでラルクへの疑念が変わったわけではない。
むしろ、今まで明るみになったことだけでも何故団長はまだラルクを庇うのかがわからない者もいる。
そんな団員達の不信感が高まっていく中、アレス一人は直接ラルクへと歩み寄る。
「お前が余計なことをしたからだ。あんなことされなくても僕はライオンを引かせるところだった」
「カラム襲わせてたのは事実だろ!!なんであんなことしやがったんだ!!」
「僕は彼女の為ならば手段は択ばない。そんなことよりも今はライオンの方を」
まるで子どもの喧嘩のようにお互い譲らず言い合う二人をよそに、カラムは仕方なく再びライオンの方へ歩み寄る。
変わらずアランが守る団長とそしてラルクに注意は向けながらも、大人しくなったライオンへ慎重に距離を詰めた。攻撃命令を受けていないライオンは、もうカラムにも興味を向けようとしない。それよりも牙に刺さり嵌った物体をなんとかしようと猫のような動作を繰り返す。
自分を助ける為に手を貸してくれたアレスには感謝するカラムだが、やはり無茶をしたものだと両方に対し思う。
そっと左手で害を与えるつもりはないと示すべき黄金の毛並みを撫でながら、右手でライオンの口からはみ出た部分から掴み握った。流石に自分の腕力ではどうしようもないが、〝怪力〟の特殊能力で握り砕くことはできる。
バリィンッ!と直接砕かれた部分から亀裂が広がり、右側の牙に嵌っていた部分もボロリとそのままライオンの口の中で大きな破片になった。途端に下を向き、ボロボロと破片を口から吐き出すライオンを今度は右手で撫でながら左手でまた同じようにはみ出た部分を砕く。バリンッ!と砕かれた破片を吐き出し、一度ブルブルと首を激しく振った。
破片や唾の混じった液体が飛び、カラムも一度手を引っ込めて顔を庇う。病んだ時にはもう口の不快がなくなったライオンは、大人しく地面にべたりとついた。もう疲れたといわんばかりに顎を前足に乗せるライオンは、カラムに頭を撫でられても目を細めるだけだった。
その反応に改めてよく調教されていると、カラムもこっそり感心する。
団長が自分なりに高らかな声でその場を収める中、ライオンは眠たそうに欠伸を溢した。
「というわけでだな、皆ももうゆっくり休んでくれ!さっきも話したが明日からは本当に忙しいぞ!!さあ!ゆっくりテントで英気を養ってくれ!」
「あの、団長~さん?貴方も今夜は大勢と寝た方が良いと思います。俺らと一緒のテントに移ってくれませんか?」
さぁさあ!と、強引に団員をテントに戻そうとする団長の肩へアランが手を置く。
苦笑気味になりながら、団長はアレスと二人きりよりも人の目が多い場所にいる方が安全であると判断した。下働き団員のテントならば全員が所狭しと雑魚寝だが、自分やカラムもいる。より近くで、間違いなく守ることもできる。
なによりこうして団員が集まったところでラルクが退散を決めたのが二度も続けば、やはり大勢の中が最も襲われにくいと考える。
そっと顔を近づけ、他の団員には聞こえないように声を抑えて頼むアランに団長もすぐに顔の向きで振り返った。
「おぉそうだな!」と顔色も団員達に気付かれないように明るい表情のまま、しかし自身の危機には気付いていたその顔は頬に冷や汗が流れていた。
自然に潜めた会話ができるように、そのままアランの肩へ腕を回す。「いやー君もご苦労だった!」と無駄に大きな声で言っては直後に「本当に助かった」と極限まで小さい声で感謝を重ねた。空いた手で団員達を促すように大きく手を振りながら、口を動かす。
「君達は命の恩人だ。流石はというべきか、まさか一夜で二度も助けられるとは思わなかった」
「それよりなんで一人で外に出たんですか?今後は単独行動はなるべく控えて頂きたいんですが……」
「すまないすまない、ははは……。てっきりラルクが私に話があると思ってな……、いや話があるとある意味そうだったのだろうが……」
「がっつり殺しにこられましたね」
はははは……、とアランからの悪意も遠慮もない断言に団長も枯れた笑いが零れる。こればかりは否定できない。
本当に彼らが護衛についてくれることになって良かったと思う。そしてフリージア王国の騎士は凄まじいものだとも。
自分でもあそこで一人だったら間違いなくライオンの餌だったという自覚はある。今もなんとか取り繕ってはいるが、背中から全身が冷たい汗でべったりと濡れていた。
ライオンで脅される程度は対峙した瞬間に覚悟したが、本当にけしかけられるとは思わなかった。しかもちらりと視線を向ければ、アレスに問い詰められているラルクは今も平然としている。自分をこれからライオンに食わせようとした人間とは思えないほど、普通にアレスと会話しているのが余計に異常に映り、恐ろしくも思う。いくら自分が邪魔であろうとも、長年連れ添い信頼関係も構築されていると自負があっただけに胸の水面下では悲しみよりも動揺が広がっていた。
何故彼がこんなにも変わってしまったのか、それを考えれば結論にはどうしてもたどり着けない。
取り敢えず今夜はアランに言われた通りにしようと、アレスのテントから自分の着替えと寝袋を回収しなければと個人テントへ目を向ける。
アレスにも一言断りをいれようと振り返れば、後頭部を向けるアレスよりも自分の方に向いていたラルクと一瞬目があった。
ぱちりと蒼の瞳と目が合った瞬間、ぐっと眉間を狭めたラルクは次の瞬間、何の前触れもなく鞭を地面へと振り下ろした。バシンッ!!と耳に痛い音に団員も振り返り、カラムも先にライオンから飛びのき距離を取った。
アレスも驚きライオンに身構える中、とうの命令を受けた大型猛獣は優雅な動きで身体を起こし立ち上がった。
「帰るぞ。今夜は寝る前に歯磨きをしてやる」
淡々とした声で告げるラルクの言葉に、まるで理解したかのようにライオンがガオンと丸い声で吠えた。
身体も温かくしよう、疲れたな、と。感情が乗っているとは思えない声色で続けながら、自分の傍らまで歩み寄り並んだ大きな頭を優しく撫でた。グルグルと喉を鳴らしながら嬉しそうにしっぽまで振るのが、後ろ姿を見届けるカラム達にもはっきり見えた。
まるで自分達などいないかのように殺人未遂犯が去っていくのを、今この場では見過ごすことしかできない。団長が最初に狙われたこともわかっていないアレス一人が「おい待てよ!」とラルクの名を呼び追いかけた。団長から「アレス!」と心配し声を掛けられたが、団長はアラン達といてくれと一声返しラルクを追いかける。
「アラン。任せて平気か?」
「わかった」
最低限の会話だけで意思疎通をし合う。前髪を軽く払いラルク達の後ろ姿へ正面を向けるカラムに、アランも短く手を振った。
ラルクの標的は団長としか聞いていないが、狂暴なライオンと共にいるラルクと二人きりになろうとする彼をそのまま見過ごすわけにもいかない。
せめてアレスの無事を確認するまではと、猛獣小屋へ向かう二人をそっと追跡することを決めるカラムをアランも見送った。
団員達も少しずつテントへ戻っていくのを確かめながら、肩に回された手をそのままに団長へアランからも軽く笑いかける。
「行きましょうか」と先ずは荷物を回収にとアレスのテントへと共に向かった。




