そして確認をとる。
「ところで、カラムさんとアランさんは、まだオリウィエルとの接触は?」
「していません。慎重に行動すべきと判断致しました。申し訳ありませんが、まだ私もアランも顔すら確認できていません」
カラム隊長の話を最後まで聞き終えてからのステイルからの問いに、カラム隊長だけでなくアラン隊長もはっきりと肯定の一言を重ねた。……それだけでステイルが明らかに肩から力を抜き、アーサーからも「ハァ~……」と安堵の息の音が私まで届いた。
気持ちはわかる。流石は騎士隊長お二人、慎重かつ賢明な判断と行動をしてくださる方々で良かった。結果論だけど、潜入がこのお二人で本当に大正解だったなとまた思う。
すると私達の会話に「オリウィエル??」と引っ掛かるように団長が声を溢した。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、釈然としない様子でステイル達を見つめた。
「何故オリウィエルを?あの子は何もしていない。確かに無関係とはいえないが、むしろ巻き込まれた立場だ。まさかサーカス団団長に祭り上げられているのは私も驚いたが……」
今日一番のきょとん顔だ。目の丸い気の抜けた顔に、ここまで事情を把握した上でその反応かと逆にびっくりさせられる。まさか団長まで……?!と新たな容疑が過れば、同時に足が半歩下がった。
アラン隊長が身構え、アーサーとハリソン副隊長がほぼ同時に私を庇うように前に立ってくれた。近衛騎士二人の隙間からのぞくように団長を確認すれば、私達の警戒に意味が分からないと言わんばかりにおろおろと視線を泳がせている。
ステイルも肩膝をついた状態からすぐに動けるように中腰まで身体を起こしながら、団長との対話を続ける。
「……失礼ですが、彼女とは実質どのようなご関係でしょうか?どう思われていますか。まさか、本当はサーカス団を出ていったのも彼女に望まれて……?」
「は?ハハッ!いやいやそんなわけがない!!私は今も昔も一筋だ。あの子はただの団員、いや家族だな。一年以上前に行き倒れになっていたところをうちで迎え入れた。基本的には物静かな子でね、ラルクも気にかけていた子だ」
懐かしいな、と独り言のように呟きながら指を組む。
どこか遠い目で視線をステイルからも逸らす団長は、誤魔化しているようには思えない。ステイルもそう思ったのか、風を切るような勢いで振り返ると今度は一直線にアーサーを凝視した。アーサーもステイルからの視線に今度は予想していたのか、すかさずコクコクと連続で頷いて返していた。
無言で会話する二人はそこで今度は同時に私へも視線を向けて来た。「どう思いますか?!」と言いたいのだろう視線に、私からも大丈夫だと思うという意思を告げるべく小さく頷きで返した。
取り敢えず、団長はあくまでこちら側の味方だと思って良いと思う。ラルクに襲われたのも証拠だ。
私達のやりとりにアラン隊長が不思議そうに顔を傾けていたけれど、後で説明させて貰おう。
私達のやり取りの意図も知らず、団長は「なにを誤解しているかは知らないが」と言葉を続けた。
「だからあの子のことは君達も責めないでやってくれ。誤解は多いが色々と苦労が多かった子なんだ。私も仕事を覚えるまで協力は惜しまないとは何度も言ったんだが……今回の団長も恐らくラルクの独断だろう。今回の諍い……喧嘩も、まぁ発端は私だ。今思えばあの子達の気持ちも考えず強く言い過ぎたところもある」
いやついさっき凄まじく殺伐としたラルクと相対した上でそこまで呑気に構えられるのも!!!
アラン隊長とカラム隊長がいなければどうなっていたことか、その言葉を飲み込みながらあまりにも呑気な団長に顔全体が引き攣る。すくなくともゲームの設定を知っている私には「なんだただの親子喧嘩だったのね!」とは冗談でも言えない。
自分を追い出してその上で乗っ取りといっても過言ではないテロを行った彼らを、むしろ擁護する団長にこれにはステイルもすぐには言葉が出ないようだった。
少なくとも、この場の話だけで状況を判断するアラン隊長も、振り返ればカラム隊長も二人も団長の言葉に呆気を取られているようだった。一番窮地に追いやられているのは自分なのに、まるで子どもが親戚のところに家出しちゃいましたくらいの軽さだ。
ラスボスオリウィエルに関しては、その認識でいいのかと心配すらしたくなる。ここまで来てもまだ彼女が無罪放免だと信じて疑わないなんて、むしろまだ会ってもいないラルクが不憫になってきた。
何があったかは私も知らないけれど「強く言い過ぎた」だけで自分の経営しているサーカスを追い出されて占拠されたならやっぱり怒って良いと思う。ゲームでも団長が追放されたということだけで細かい発端まではアレスルートでもラル…………あれ?
「団長ー---------!!!!団長ォ!!どぉこだ!!!おい!!!どこほっつき歩いてやがる無駄遣いジジイ!!金食い虫!!団長ー-----!!!」
……つんと、耳ごと串刺すような声が飛び込んだ。
声だけでわかる、アレスだ。どうやら買い物から無事帰ってきたらしい。
ここに入るまでも団長を探す声はいくつも聞こえていたけれど、それとは比べ物にならない声量とそして距離に彼がいると確信する。窓もない荷車の中でも通る声に、反射的に身体が一瞬強張った。
更にはアレスの声に引かれるように「おい!どこまでいってんだ!!」「そんなとこにいるわけねぇだろ!」「俺らもテントもう一回探すぞ」「怪我してんのに無理すんな」「怪我の説明しろ」と何人もの団員らしき声まで近付いてくる。人の気配に、全員が示し合わせるまでもなく押し黙り気配を消す中で、アレスの叫びがどんどん近づいてきた。
ガッチャン!!ガチャガチャ!!と音も断続的で、荷車全部確認しているのだろうな思う。開けれる荷車は全部確認する徹底ぶりだ。時々「鍵は誰持ってる?!」と確認し合ってるから、誘拐の可能性も鑑みて心配しているのかもしれない。……アレス、一難去った後に更なるご心配をかけてごめんなさい。
会う前からアレスに謝り胸の前で指を組む。とうとう私達の荷馬車の前で気配が止まったけれど、……開けられることはなかった。
「クソッ!ここもかよ!!誰だ鍵持ってんの!!」
外からアレスの怒鳴り声がする中、周囲の人達から俺は違う俺は持ってねぇぞと聞こえてくる。
そんな扉一枚向こうの騒ぎを聞きながら、……内側から扉を〝掴んで微動だにさせない〟カラム隊長が開いている片手でポケットから鍵を私達に掲げて見せてくれた。この荷車の鍵だろう。よくよく考えればこういう荷車が内側にまで鍵がついているわけがない。
扉の前からずっと離れなかったカラム隊長は、どうやら内側から鍵の代わりに〝怪力〟の特殊能力で物理的に閉じていてくれたらしい。
特殊能力を使われたら力勝負でカラム隊長に勝てる人はいない。しかも外付けの鍵も回収済なら、誰も鍵がかかっていないとは思いもしない。
その対応もさることながら、まだ潜入一日目で荷車の鍵の場所まで把握しているカラム隊長達には賞賛の拍手を送りたい。
この場ですぐに開けることは諦めたアレスが次の荷車へと移ったのか声が離れていく中、そこでやっと私達は声は最小限抑えて会話を再開させた。
「どうしましょうか?」
「……これ以上心配をかけるわけにもいきませんし、明日出直しましょう。僕らについては先ほどの提案通りクリストファー団長からご紹介を」
そう言いながら全員にの意思を確かめるように視線を配るステイルの照準が私に合ったところで、頷く。ここは早くアレス達を安心させてあげたい。ユミルちゃん達にも会わないと。
全員の確認が取れたところで、ステイルはゆっくり立ち上がる。未だ腰を下ろしたままの団長へそのまま握手を求めるように手を差し伸べた。
「最後に確認です。僕らにご協力頂けますか?」
「ようこそケルメシアナサーカスへ。輝く人材は大歓迎だ」
にこやかであろうステイルの声に、団長の返事も早かった。
ステイルの顔と伸ばされた手を交互に見つめてからパシリと掴み、握り返す。ちらりと明かりの下で見えた力強い笑みと共にそのままステイルに引っ張り上げられる形で立ち上がった。
すこしヨロヨロとした足並みは年齢相応に見えたけれど、その後はまるで社交界のように姿勢の伸びた佇まいは貴族と見間違えるシルエットだ。
「!あ、アランさんカラムさん。一つお伝えしたいことがっ……」
それではと、団長が立ち上がったところで私から大事なことを思い出す。扉を開ける前にこれだけは伝えないといけない。
私の呼びかけにすぐ早足で歩み寄ってくれるアラン隊長と違い、カラム隊長はまだ扉の側から動けない。これは順番にお伝えしようと、先ずはアラン隊長の耳へとひそひそと重要事項を伝える。団長には〝予知〟と言い訳が使えない分言えないけれど、ここに残る二人には絶対伝えないといけない。
自分から耳を近づけて腰を低めてくれたアラン隊長は、最初にぎょっと顔色を変えた後は完全に引き攣っていた。
もう黙して聞いてくれながらも顔が「うわぁ」と言っているのがわかる。けれど最後には、ふはっと笑って聞き終えてくれた。大丈夫です大丈夫ですと繰り返すアラン隊長は取り敢えずこのまま続投を望んでくれた。
カラム隊長にも自分が説明しときますよと言ってくれたけど、やっぱりこればかりは私の口で説明したい。
更には扉脇に立つカラム隊長へ私から駆け足で歩み寄る。扉を片手で硬く閉じ押さえたまま、私が自ら駆け寄らせたのを申し訳なさそうに頭を下げてくれたカラム隊長は、そのままいつもより腰を落として聞いてくれる。
説明するのはアラン隊長へと全く同じ、ラスボスオリウィエルの特殊能力だ。
話し始めた時点で流石のカラム隊長も緊張で肩が上がり強張るのが耳元で囁きながらわかった。更には詳細を続ければ、最後には前髪を指二本で押さえつけながら唇を硬く結んだ難しい表情だった。
顔色まで説明を聞く前とは全く違うカラム隊長に、話し終えた私も眉が垂れてしまいながらも顔を覗き込む。万が一のことがあるならば他の誰かを、と提案したら「いえ問題ありません」と声まで硬いまま断られた。
「潜入の編成には重々熟考を重ねるべきだと、フィリップ様それだけは何卒お願い致します……!」
サーカス団に残る自分はその話し合いに参加できないことが心苦しいのか、カラム隊長は声を低めながら最後に策の要であるステイルへ深々頭を下げた。その様子にアラン隊長もおかしそうに笑って見ていた。
取り敢えず二人とも続投と、そしてオリウィエルへの注意認識を改めてくれたらしいところで私達は荷車の外に出るべく動き始めた。




