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【アニメ2期決定!】悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。〜ラスボスチートと王女の権威で救える人は救いたい〜  作者: 天壱
越境侍女と属州

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1986/2243

そして確保する。


「何しに戻ってきた……?!」


低く、静けきった声が落とされた。

団長の明るくはつらつとした声とは対照的の夜そのもののような声に、湧き立ちかけていた団員も振り返る。

テントの入り口から見て、一番向こうとなる内側。帰って来たらしい団長を確認しようと敷き詰まっていた団員の最後尾。そこに立っていた青年にゆっくりと道が開かれる。団長へ開ける前に、彼の異様な空気に振り返った誰もが一歩二歩と下がっていった。

誰が見ても団長へ向けるものではない剣幕で青筋を立てている青年は、冷たい眼差しを向けていた。バシンッと聞くだけで痛いその音が響けば、一二歩引いただけの団員もさらに距離を開けていく。


当然だった。これだけサーカス全体が騒げば彼の耳にも当然届く。そうでなくとも団長自身が主張するような大声で帰って来たのだから。

ディルギアを始めとする幹部達も覇気に押されるように血色は悪くする中で、団長だけが変わらない。「おお!!」と嬉しそうに声を上げ、周囲が引き留めるのも構わず彼へと向けて歩を進めていった。


「ラルク!!会いたかったぞ!また少し痩せたんじゃないか?どうだ?お前も少しは頭も冷えただろう。団長という立場の苦労も少しは」

「黙れ!!苦労なんかあるものか!お前がいなくてもここは何事もなく回っていた!!」

親し気に肩へ置こうと伸ばされた手を途中でぱしりと平手で弾く。

団員達の目にもわかる、憎々しげな眼差しを隠すことなく正面から団長に向けた。何人かは団長に何をと声を上げる中、団長本人はあっけらかんとするだけだった。弾かれた自分の手を見つめ、それから首を傾げる。

「回っていたということはないだろう」と笑いながら、事実としてアンガス達団員が抜けていることをはっきり指摘した。体格はともかく成人である青年を相手に、小さな子どもでも見るような目を向ける。


「サーカス団員が五人も抜けて、しかも今日まで開演準備どころか予告も宣伝すらしていない。アレスも家出か??正直少しがっかりだ。お前は団員達のことを深く知る機会にも常に恵まれ育ったというのに」

「煩い黙れ!!せっかく生かしてやったのにこんな堂々と……!!」

クソッ、と思わず吐き出しながら青年は憎々しげな眼光を団長からそのまま周囲の団員へと向けた。

せめて人知れずこっそり現れてくれればやりようも色々あったにも関わらず、こんなに人目があってはどうしようもない。バシン!!と再び地面へ耳に痛い音を響かせながら歯を食い縛る。その間に、今度は〝団員達〟の視線が突き刺さった。


今まで言い張っていた団長の後継者についても、団長が消えた全貌についても全ての言い訳が剥がれていくのを全身の肌で感じ取る。

ラルクの並べ続けた嘘の真意など知らずとも、団長が我が物顔で帰ってきてしまっただけで全てが立証されたも同然だった。そしてまた、団長の方が団員達に支持が圧倒的であることも彼はよく知っている。


「ッサーカス団を一度抜けたお前はもう団長じゃない!!あの部屋だってもうお前のものじゃない!さっさと出てけ!!」

団員に全てがバレたという窮地と、そこに悠然と追いやって来た団長への怒りで顔を真っ赤に染め目を刃のように鋭く研ぎ澄ます。

ふるふると微弱に憤りのまま震える手を、握り拳に力を込めた。肩まで震え、今すぐ消えろと頭の中で百は繰り返し念じた。しかしそう念じれば念じるほどに、団長にではなく自分自身が今団員達にそう思われているのだと身に刺さる。

それでも退くわけにいかない、退けるわけがないと静かに荒くなっていく息を耳の奥で感じながら瞬きも忘れて団長を睨む。今も「どうした?」とへらへらとした顔でまるで何事もなかったように笑う団長だ。

ひと月前の事実を知りながら、白々しく親し気に振舞う男に自分は弱みを握られている。突如消えたアレスのことも今はどうでも良くなるほどに、ただ目の前の存在を消したくなった。この男さえ消せればそれだけで全てが昨日と同じ元通りになれるような錯覚まで覚える。

顔色だけに留まらず頭に血が上り、視界が狭く、そして真っ赤に染まり明滅する。利き手に握る唯一の武器を今度は地面ではなく真正面の団長へと大きく振り上



「あっ、やべ」



─バタン、と。

ほんの一瞬だった。団長に向けて腕を振り上げた筈の青年が、直後には空に浮かび背中を地面に打ち付けた。


様子を瞬きせずに見守っていた団員達もわけがわからなかった。

ずっと見ていた筈なのに、次の瞬間には状況が一変していた。さっきまで団長と青年が相対していた光景が、今は間にカラムが入るようにして団長の壁になりそしてアランがラルクを地面へと叩きつけていた。

両方さっきまでは団長の背後、それに続く幹部二名のさらに背後に立っていた筈の二人である。それがほんの一瞬、全員が青年の振り上げた手に目を剥いた瞬間には変わっていた。


あまりにもあっという間のことに、団長も背中から倒れた青年の名を呼んで心配した。

カラムが無言のまま腕と背中でそれ以上青年に近付かないようにと逆に押し返す中、アランは青年が握っていた武器を回収した手で頭を掻いた。あちゃー、と心の中で呟きながら茫然と目を丸くする青年から注意は離さない。多分あとでカラムに怒られるなーと今から覚悟する。

最小限の衝撃に済んだ背は痛みも殆どなく気は失っていない。だが、あまりにもあっという間のことに青年も頭が付いて行かず目が皿のまま動けなかった。


青年から攻撃の意思を汲み取った瞬間に合図もなく同時に飛び出したアランだが、今回はきちんと手加減もした。

武器を振り上げる手を捕まえ、腕ごと掴み上げるだけのつもりだった。しかし、……思った以上に青年の身体が〝軽すぎ〟た。腕に力を込めていたアランにとって、まるで紙切れでも相手にしていたような軽さのままに青年が足場ごと失い勢いの流れのまま吹き飛ぶように倒れてしまった。


団長の言った「痩せた」という言葉も本当かなと思いながら、アランは武器を取り上げた後もその細身の青年が武器を他に隠し持っていないか入念に目で確かめる。

それからやっと「すみません」と何でもない声で茫然とする彼に腰を落として呼びかける。


「ちょっとやり過ぎました。大丈夫ですか?」

「ッッ!!……っうるさい!!!黙れ僕に触れるなッ!!」

呼びかけられ、顔を上から覗き込まれたことで我に返る。

アランの顔を避けるようにして勢いよく身体を上体ごと起こし、突き飛ばそうと腕を振るう。アランを転ばせるには不十分過ぎる力だったが、それでもアラン自ら腰を伸ばし軽く背を反らす形で退いた。

これ以上無様な姿は見せられないと慌てて上体だけでなく両足をついて立ち上がる青年は、アランを睨んでから視線をまた団長に戻す。

彼へ手を貸そうとしてカラムに止められ距離を離された団長は、もう青年「」が衝動的に危害を加えられる距離にはいない。両手を短い爪が肉を刺さるほど強く腰を作り、奥歯をギリリと噛み締めた。


「あの部屋はもう僕達の物だ近付くな……!今夜中にここから出ていけ!!これが最後の警告だ!!」

良いな?!と、細い喉で声の限り叫び、そこで青年ラルクは初めて団長へ背中を向けた。

カッカッと地面へ跡がつくほど音を鳴らしながら足早に去っていくラルクを、誰も続こうともそして引き留めようともしなかった。


ざわりざわり少しずつ独り言程度の呟きから、騒めきが広がった。

どういうことだ、嘘だったんだ、ラルクの言っていたこと全部、なんで、じゃあ団長は今まで、と。疑いが確信へと色付き変わっていく。騙されていたというほどに誰もラルクの話を鵜呑みにしていたわけではない。しかし、彼が何故このような強行に及んだのかも、団長の立場を奪おうとしたのかも謎だった。

団員達の戸惑いに囲まれながら、団長一人はラルクの去っていった方向から目を離さない。フー……と薄く息を吐きながら、この先どうするかと考えあぐねる。

まだラルクは何も変わっていないのだと落胆にも近い感情を覚えつつ、帽子の影になった眼差しの中にも暗雲がかかった。こうなる筈ではなかった、と背中で指を組む。

少なくとも今夜は自室テントに戻るのは諦めようかと、空き部屋を確認しようと考えたその時。


「……クリストファー団長」

ぼそっと周囲にも聞こえない、小さく潜ませる声が耳元で掛けられた。

周囲が隠す必要もなく通常の声で眉を顰め合う中、直接息の感触までわかるほど近くで語られた言葉に団長は目を向けた。さっきまで自分を庇うように前に佇んでいた赤毛混じりの新入り男性が自分へ身体ごと振り返り正面を向けていた。

自己紹介し合った時の柔らかな雰囲気ではない真剣な表情に、それだけで息を飲む。なんだ、の言葉も出ないまま赤茶の瞳を見返した。


「大事なお話があります。少々お時間を宜しいでしょうか」

突然そんなことを新入りに言われ、即答もできない。

しかしその眼差しに押されるように数秒遅れてから頷きだけを返した。この場で話すかと思えば「ではこちらに」と手で再びテントの裏側へと促される。

虚をつかれ瞬きを繰り返す中、今度は青年の武器を取り上げた新入りまでも歩み寄ってきた。カラムから目を逸らせないまま視界に入る。近付いてくる男性に、そういえばどうやってラルクをひっくり返したのかと今更思い返すが。


「ケルメシアナサーカス団にも深く関わるお話です」

「アレスさんの為にも、今は従ってください」


救援か、脅迫か。

それもはっきりとは確信も持てないまま、赤茶の瞳とオレンジ色の真摯な瞳に、団長も今は黙して従った。


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