Ⅲ59.配達人はカモられ、
「おいそこの兄さん!!同業者だろ!!ちょっとこっち来てくれよ!!」
突然、二人の立ち止まっての会話を盗み聞いていた男がヴァルへと手を振り呼びかけた。
「良い奴隷いるぜ?!同業者ならうちの品の良さわかるだろ?助けると思って頼むよ!」
あー?と、面倒そうに眉を寄せヴァルが振り返った時には、駆け寄った男がその肩を親し気に掴んだところだった。
投げかけようとしていた最中だったレオンも、これにはきょとんと口が止まってしまう。男の言い分から考えて、さっきまでの自分達の会話を聞かれたのかなと考える。ある程度重要な言葉は伏していたとはいえ、足を止めていた自分達の会話を立ち聞きしてヴァルを関係者と間違えたのだろうと察した。実際、前科は似たようなものである。
話を聞かれたことは少し残念だったが、それよりもうっかり盗み聞きをされていた分やはり言葉はある程度伏しておいて良かったとレオンは静かに胸を撫でおろした。
自分の中では会話が終わったも同然だったヴァルも、突然呼びかけられたことは気にしない。しかし、慣れ慣れしく肩を掴まれたことには言い分を頭に入れるよりも前に肩を回すようにして男の手を振り払った。
うぜぇ、と状況把握の前に吐き捨てながら男に振り返る。
こうやって強引な客寄せに捕まるのも今日で一度や二度じゃない。
奴隷市場とはいえ、この国ではフリージアの裏通りのように違法な場所ではない。堂々と商売し、競合相手も隣り合わせに並んでいる以上そこで自分の店の商品を買って貰おうと強引な客引きをするのも当然の手法である。特に、明らかに見慣れない顔のレオンとヴァルは標的にされやすい。
目立つ背の高さと、そしてレオンほどしっかりと護衛に付かれているわけでもない今のヴァルは格好のカモだった。
腕を振り払われたことも全く気にしない男は「まぁまぁ良いじゃねぇの」とそのまま自分の店へと指を差して示す。
「珍しいのも揃えているぜ。アンタならわかるだろ?こっちの大陸じゃなかなか見れない貴重品だ」
そう言って示された先に顔を顰めながらヴァルも目を向ければ、確かに珍しい風貌が多いと思う。
自分と同じ褐色肌の人間も初めに、見目だけでも異国の人間とわかりやすい人間がごろごろ並んでいる。容姿の良い男女を前に並べられ、確かに男の言う通り〝貴重品〟だろうと考える。上級品が多いなと以前の仕事の感覚で最初にそう思う。
しかし、当然買うつもりはない。ざっとこの場に出されている分にはフリージアもアネモネもいない。
レオンも同じように視線を向ければ、先ほど自分がヴァルに投げかけた奴隷と同じ褐色肌もいることに少しだけ気まずさを覚えた。今の彼の姿が他者には別で映っていることが頭ではわかっているが、客観的に見れば悪趣味な誘いに見える。
更には自分も似たような話題をさっき投げかけたと思うと、口の中を飲み込んだ。決して嫌味や揶揄いのつもりはなかったが、ああいう話題自体少し無神経なものだったかもしれないと考える。
「……でぇ?フリージア人は。特殊能力者はいんのか?」
「なんだ探し物でもいんのか?よくいんだよそういうの聞いてくる奴よぉ、半年前もひと月前も半月前も。まぁ流石に……特上品は、なあ?うちは異国の人間が主流でな、なかなか国内じゃ手に入らない貴重品だぜ」
「そういう奴ら取り扱ってる店に覚えはねぇのか。紹介すんならテメェのとこでも一匹二匹は考えてやるぜ」
しかしヴァル自身は全く気にしない。
軽く振り返り足を止めてやったが、一応念の為確認をするだけだ。他にも足を止めた店に尋ねた質問と同じものから一つだけ投げかける。フリージアや良くて特殊能力者が取り扱ってる店が見つかれば、それだけでもプライドの予知に繋がる手がかりになる可能性はある。
サーカスが現状ではプライドの予知通りになっていない以上、奴隷とされているフリージアの人間は今他の店の商品棚に並んでいることは充分にあり得る。
さっきまでも市場で目ぼしい店にはフリージアか特殊能力者の商品を扱っていないかと尋ね回っていたが、生憎今のところどこも引っ掛からない。
少し前ならばきっとここまでで二人三人は見つかったのだろうと、とヴァルは推察しながら口を閉じる。しかし現在、裏通りではないあくまで〝合法〟の店であれば結局その返答が正解でもある。
「アンタ知らねぇのか?今じゃラジヤでフリージアは大々的に売れねぇんだよ。つい最近戦で負けちまってなぁ、フリージア人の名札がついた商品はラジヤ国じゃ全部没収が進んじまっている。ま、表向きだろうがよ」
そう、男から今までと同じ答えを受けヴァルは低い息を溢した。
プライド達にとってはその事実は幸いに違いないが、現状ではその所為でフリージア人の商品が見つかり〝にくい〟のも考え物だった。
ラジヤとの戦争後の条約でフリージア王国の人間返還が決まったから、もう公的にフリージアの奴隷は売れなくなった。
売っている可能性があるのはそれこそこういう合法店ではない〝裏〟経由の店だ。こういう市場にも紛れ込んでいることも、隠して在庫に隠してる可能性はあるからこうやってめぐっていたが、なかなか見つからない。てっきり市場をここまで歩けば掴めると思ったが、見つからないことにラジヤの念入りさがヴァル自身も若干苛立たしい。
それが念入りに〝フリージアの人間を返却〟に徹底しているのではなく、念入りに〝水面下〟へ移っているに違いないのだから余計にだ。
それさえ緩ければ違法だろうとなんだろうと、市場で高額競りでもフリージアというだけの叩き売りでもあったのだろうと確信する。
「まぁでもうちも珍しさじゃ負けてねぇぜ?もうちょっと近くで見て行ってくれよ。異国っつっても別大陸の奴なら兄さんもなかなか見ねぇだろ?アンタも店やってるならそっちに卸してやってもいいんだぜ。荷車にも良い在庫はある」
「情報もねぇのに買わせる気かよ。大体、そんな顔だけの奴隷共どう使えってんだ。観賞用以外使い道ねぇじゃねぇか」
「お?やっぱアンタ同業者だな。まぁそこもバレちまってるとなぁ……いやでも金持ちや観光客には受けるんだぜ。観賞用も自慢用でも愛玩用でも、それに抱くだけなら別に大した問題でもねぇだろ?」
イイ女もいるぜ、特別に紹介してやると。そう囁くようにヴァルの耳へ踵を上げ顔を近づける。
その男の言い分に、やっぱり詐欺るつもりだったのかと自己完結するヴァルは再び足を進行方向へと進め出した。
ちょっと待ってくれよ!と数メートルはしつこく纏わりついた男だったが、最終的には悪態を吐きながらも去っていった。再びちょうど良さそうなカモを探すべくうろうろと市場の中を歩き出す。
ヴァルの後ろに続く青年と護衛には目も合わせない。あくまで自分がどうにかできそうな相手しか狙わないのは恨みを買いやすい業界で生き延びる鉄則だということはよくわかっている。今も、あくまで同業者でしかも〝関わりやすい〟相手を選んだだけだ。
「……さっきの、どういうことだい?」
「何がだ」
足並みを少し早め尋ねるレオンに、ヴァルは舌打ち混じりに返す。
今日だけで同じ質問を繰り返している筈なのに、今更どうして質問をされるのかもわからない。またくだらないことを聞きやがったらぶっ殺すぞと思いながらレオンの疑問を確認する。
今度こそ精通してるような店ねぇのかと鋭い眼光を動かし、市場の店を品定めする。
こういうさびれた街を敢えて隠れ蓑に違法奴隷をまぎれこませる場合もあることを知っている以上、むやみに安物店と見逃すこともできない。奴隷市場を任されたこと自体は不満もないが、市場の数も多い上にわりと目星に一つも当たらないのはうんざりしてきた。
テメェも会話よりさっさと探せと言うより前に、投げられた疑問を聞き返したヴァルにレオンは首を小さく傾けながら先ほどの会話を振り返る。
「別大陸の奴隷は使い道がないみたいなことを言っていたじゃないか。遠目で見ただけでも体格の良い男性もいたし、異国なら知らない技術や知識を有している場合もあるだろう?」
「あー?んなことか。どうせ海渡ったどっかの国の連中手あたり次第攫ってんだろ。違大陸ならこっちの言語なんじゃ喋れるわけあるかよ」
あぁ……、と。そこでレオンも気付き声を漏らした。
視線をヴァルから空へと移し、そういえばと納得する。ヴァルへ誘った男の言い分が真実であれば、全員が希少……つまり言葉の伝わないような異国から仕入れられた可能性が高い。
確かに珍しさや希少さから何も考えず買う人間はいるだろうが、その後に使い道に頭を抱えることは目に見えていた。床を拭けという命令すら、普通の安物奴隷の倍以上の手間暇工夫が必要になる。
つまりは今の男もまともな業者ではなかったんだなと結論づけながらレオンは少し肩を竦めた。
今はもう奴隷に興味の欠片もないが、もしアネモネ王国が奴隷産業に力を入れていたら今の男の口車に自分も騙されていたかもしれないと冷静に分析する。〝希少〟という言葉と事実はそれだけで買い手の視野と判断力も狭くする。異国同士でも同じ大陸内なら言語に難のない自分達は特に、国が違うだけで会話が通じないとは感覚的にすぐには結び付かない。
貿易国の王子であるレオンも、異国の言葉を貿易に困らない程度は身に着けているが、そんな言語で困る国自体貿易相手の中では一握りだ。




