そして確信する。
「今日はセフェクとケメトのお祝いもあるけれど、協力してくれた貴方達への感謝もあるから。本当に助かりました」
「どれが一番助かったか具体的に言えねぇのか?なあ主」
にやにやと笑いながら含むようなその発言が、表面上の意味で終わらないとすぐにわかった。
静かに息を飲み、最初にプライドの頭に浮かんでしまったのは自分の逃走事件だ。そう思い返した瞬間、耳がじゅわっと熱くなった。
決して、それが一番助かった事案というわけではない。しかし目の前でニヤ笑いを浮かべる男の顔を見ると、嫌でも当時のことを思い出してしまった。
すぐに返答できず、唇が笑った口のまま固まり強張る中、ティアラのきょとんとした丸い視線が痛い。思わず膝の上に乗せた手をぎゅっと握ってしまう。
わかってて弄ってくるヴァルに、一度意識的に唇を絞ってから平静を装うべく声を低める。
「……勿論、ネイトの件で家まで運んで下さったことです……それと、レイの暴走を防ぐべく裏稼業生徒の悪事を」
「へぇ??」
むぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!!!と、わざとらしい被せる声にプライドの顔が羞恥と怒りで真っ赤になる。
口を塞がれたかのように途中で結び、吊り上がった目をさらに尖らせ鼻の穴を膨らませる。しかし自分が怒れば怒るほどヴァルの方はこの上なく愉快な笑みを広げていくだけだ。
命令で自分の逃走事件について秘匿が決まっているヴァルだが、だからこそ遠回しでも揶揄ってくるのだということが腹立たしい。せっかく自分がしらばっくれているのに、それすらも見透かして尋ねてくる彼は間違いなく遊んでいると確信する。
突然怒りをあらわにしたプライドに、ティアラもおろおろと目が泳いだ。
自分の発言を被せられた程度で姉が怒るような人間ではないことはわかっている。ならば今のヴァルの何に怒っているのかと考えるが、全く想像がつかない。
こうなると、プライドからしても自分とヴァル二人だけよりもティアラが隣にいることがこの上なく都合が悪い。まさか被服の授業が嫌で逃亡したなんて恥ずかしい話を言えるわけがない。しかも被服の講師はあのネルだ。
この場にヴァルと二人だけだったら「わかってて言ってるでしょう?!」の一言ぐらい言ってやりたかったが、今はそれも叶わない。
「ッとにかく!!」と無理矢理言葉を切り、グラスを揺らしながらニヤニヤ笑いの男を真正面から遺憾たっぷりの顔で睨み付ける。
「今回の関わってくれた全ての件で貴方には心から感謝しています!!」
やけ気味に声を荒げ、早口で感謝をぶつけるプライドの声はなるべく抑えたつもりでもそれなりに大きくなった。
心からの言葉ではあったが、そこに感謝の気持ちを込めるよりも今は怒りをぶつけることも優先させてしまう。ちゃんと全部感謝してるわよ!と喧嘩腰の口調にならないのがせめてもの頑張りだった。
怒鳴っていると間違えるほどのプライドの声に、それでもヴァルの笑みは崩れない。むしろ楽しそうに笑いながら、グラスを持たない方の手で頬杖をついて眺める。
その反応も今は腹立たしいと、プライドは更に感謝の言葉の続きを息継ぎも惜しんで投げつける。
「配達人の仕事と併行して生徒に身に扮してまでのご協力と護衛ありがとうございましたッ!!ご迷惑をお掛けいたしま」
「でぇ?主」
微妙に重なりそうな間でヴァルの声がまた被せられる。
せっかく言い切ったのに、また反撃をしてくるのかとプライドも吐き切った息を吸い上げながら頭の中で身構える。むぎゅっと下唇を噛みながら見返せば、ヴァルはプライドをからかった時と同じ笑みのままだった。
まだ感謝の言葉が足りないのか、それともまだ黒歴史逃亡についてからかってくるのかとプライドも半ば本気でこれ以上からかうことができない命令方法はないか優秀な頭が考えようとした時。
「次はどこを引っ掻き回す?」
ぴたりと。そこでプライドの頭が冷える。
さっきまで尖っていた目が丸くなり、水晶のような紫の瞳でヴァルを映す。
愉快さを隠さない笑みのまま、焦げ茶色の眼光は真っすぐと惑いなく自分に向けられていた。そこには全く迷惑そうな欠片もない、寧ろニヤリとした強い笑みだった。
まだ、ヴァルはティアラのように自分の次の〝予知〟についてもジルベールに頼んだ案件についても何も知らない。
しかしまるで見通しているかのような口調はカマかけでもなく、きっと彼自身の今回の協力についての〝答え〟なのだろうとプライドは理解した。
そして同時に冗談でもなく。本気で彼はまた自分が何かするつもりならどこまでも付き合ってくれるつもりなのだろうとも。
一度表情が止まり間の抜けた顔になったプライドは、そこで一度顔を俯け笑った。
フフッ、と音が零れてしまえば、ヴァルも頬杖をついた首のままプライドの次を笑みのまま待つ。別に勘でも読んだわけでもない、しかし目の前の主がそういう人間なのだろいうことはよく知っている。いつかプライドに〝次〟があろうと二度となかろうと、自分の答えはそれだから言っただけのことだ。
プライドとヴァルのその無言に近いやり取りに、ティアラも勘づく。もしかしてと、終わってないものを感じ取る。「お姉様?」と投げかければプライドからは笑い混じりに「大丈夫よ」と言葉が返された。そっとティアラの髪を優しく撫で、そして顔を上げる。
次に自分が投じようとしている世界は、今回のプラデストとは比べ物にならない厄介で殺伐とした世界であることは間違いない。
しかし、第二作目の彼らを救えたお陰か当初ほどの恐怖はない。だからこそ、今は勝気な笑みで彼へも臨む。
「次もまた引っ掻き回してくれるという意味で良いかしら?」
「そりゃあ俺はアンタの奴隷だからな」
ニヤリ、と少しだけはしたない笑みがプライドにも伝染った。
膝に頬杖を突きヴァルを見返せば、自分よりももっと悪い笑みが返って来た。今も昔も変わらない彼の言い分が、今は頼もしいと思う。
まるで悪人同士の会話のような錯覚を覚えれば、それだけでもプライドはまた少し笑いたくなってしまった。たとえどんな無茶ぶりでもなんだかんだ彼は付き合ってくれるのだろうと少し期待してしまう。
言葉も少なく笑い合う二人の様子に、ティアラも我慢できず「私もいますからねっ!」とプライドへと横からぎゅっと抱き着いた。
頬をぷくっと小さく膨らませる妹を、プライドも倒れないように足を少し崩し両手で受け止める。
ええもちろん。そう言いながら心強い妹の存在を自分からも腕に力を込めて確かめた。………きっと頼ることも、彼女には心配をかけることも増えるのだろうと覚悟しながら。
目の前でくっつきだした姉妹に、ヴァルは深く息を吐く。
「茶番はよそでやってくれ」と相変わらずの甘ったるい姉妹を視線から外し、視線ごと顔を背ける。
もう用はねぇだろと言わんばかりにヒラヒラと手で払ってもみせたが、その間もヴァルのやり取りが聞こえてないように「お姉様っなにか悩みあったらお話してくださいね?」「ちゃんと話せるようになったら相談するわ」「約束ですよっ」と往来ばかり耳に刺さる。
その会話を嫌でも聞きながら、もうプライドは次の面倒ごとを見つけたらしいと適当に検討づける。それに自分が関わることはもう諦めている。
片手に揺らし続けたグラスを一気に傾け飲み干せば、今度は二杯目は求めず床に置く。無言のまま手を伸ばしプライドの前に置かれていた飲みかけの酒を今度は自分で手に持ち直接飲んだ。
ヴァルにとっては、今回の学校潜入もその暗躍も面倒でしかなかった。
ケメトとセフェクの周りにいる裏稼業生徒を掃除できたことは幸いだったが、自分にとって無駄な時間が多過ぎたと思う。しかし、結果として自分が必要になった時もあれば、〝それなりに愉快なこと〟があったことも事実。
プラデストの安全も保証されセフェクとケメトも落ち着いた今は、それなりに自分も無茶してやれると考える。少なくともまた無茶や無駄な厄介ごとに首を突っ込むプライドのやらかしを後から聞かされるよりはずっと良い。
「ちょっと!ヴァルと主にティアラまでなんの話してるの?!」
「ヴァル!ヴァル!!こっちのケーキも美味しいですよ!セフェクの為に用意してくれたらしくて」
あとこっちの雪玉みたいなのも見て下さい!と、そこで別方向から二人の声が放たれる。
目を向ければ、新たに菓子のおかわりを乗せた皿をそれぞれ両手に持ちながらセフェクとケメトが駆けてきていた。ヴァルとプライド、しかもティアラまで楽しそうに話している様子に黙って眺めているほどはまだ二人も大人ではない。むしろプライドとティアラを少し羨ましく思いながら駈け出した。
もう一人子どもがいないことに、プライドとティアラはちらりと視線を遠くへ向ける。するとステラもちょうど母親の傍でお菓子を食べているところだった。
あれを見てセフェクとケメトも家族で食べたくなったのかしらと考えながら、プライドもティアラも二人へと少し間を作るようにして道を空ける。途端に、二人揃って一直線の開けられた間を通りヴァルへと突入した。
お芋のやつヴァルばっか独り占めしてずるい!僕も一個食べて良いですか⁈と声を上げる二人に、ヴァルも煩わしそうに顔を顰めながら首まで逸らす。テメェらは菓子があんだろうが、と言ったところでセフェクが最初に彼の口へケーキを刺したフォークを突き付けた。
あっという間にいつものように二人に挟まれるヴァルを目の前に、プライドもティアラもお互い目を合わせ小さく笑った。一人で心行くまで寛ぐ彼もこの上なく彼らしく思えたが、自分達にはもうこっちの方が〝彼ら〟らしいと思う。
「私も一個ちょうだい」
「私もっ!勝手に頂いちゃいますねっ」
セフェクとケメトに大皿から掻っ攫われるヴァルへ一声掛け、王女二人も便乗する。
今度はプライドとティアラが直接それを手に取り頬張った。
学校視察を終えた自分達と違い、今後も寮に住むセフェクとケメトだが、きっと彼らは今後も変わらないのだろうと。
そう形もなく目の前の光景だけで確信できた。




