そして想いを馳せる。
「おはよパウエル。あとアムレットも」
「おはようクロイ。二人も、パウエルと友達なの?」
ひらひらと胸の前で手を振りながら歩み寄ってきてくれるクロイも、やっぱりパウエルのことを知ってるみたい。
力いっぱいの声で肯定してくれるディオスは、そのまま「ねっ‼︎」とパウエルを見上げた。パウエルも「おお」と嬉しそう。まだパウエルからディオス達の話は聞いたことがなかった。
「最近は昼休みに学食一緒の人。まぁ、……ジャンヌ繋がり」
「あと姉さんとネイトって子も一緒だよ!一緒にお昼食べて、あと勉強したりすごく楽しいんだ‼︎」
ジャンヌがいないのがやっぱり寂しいのか、唇を少し尖らせるクロイに続いて、ディオスが元気いっぱいに答えてくれる。この前まではセドリック王弟のお付きをしていた二人は、今もにぎやかにお昼休みを過ごしているんだなと思う。
ネイト、という名前には私も覚えがある。この教室にもジャンヌに会いに来たことがある一年の男の子だ。パウエルも気付けばたくさん友達ができている。……あれ?お姉さん⁇
ふと、さらりと言われちゃったことが気になって瞬きを繰り返しながら三人を見返す。二人にお姉さんがいることは知っていたけれど……。
「ふ、二人のお姉さんもパウエルと仲良しなんだ……」
「ああ、ヘレネって言って同じ学級なんだ。すげぇ良い奴で、教室じゃ一番よく話す」
「パウエルが付き添ってくれるから大助かりしてるって姉さんも言ってたよ!」
いやそれほどのことしてねぇよと、パウエルがディオスに褒められたまま照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
同じ学級……一番よく……と聞いて、なんだか胸の中がもやもやする。嫌な気分というよりも、嫌な予感というか、てっきりパウエルのことだから教室は男の子友達が多いと思っていた。兄さんとかディオスみたいな、明るい男の子と仲良いのかなとか勝手に……。
クロイが横で「最初はあんなにパウエルに警戒してたくせに」ってディオスに冷たい目を向けたら「それはクロイもだろ!!」と言い返される。最初は、ってそんなに本当に仲良しだったんだと、また私の知らないパウエルを知る。
女子寮に移ったことに後悔はないけれど、なんだかパウエルと毎日会わなくなった所為かそういう話題も全然聞かなかった。……どうしよう、このままパウエルが遠くなっちゃったら寂し
「ふーーーーーーーーーーーーーん」
「……な、なにクロイ……?」
いきなり、クロイから良く通る声と一緒に見つめられて思わず肩が強張る。
いつの間に見ていたのか、さっきまでディオスと言い合いしていた筈のクロイが若葉色の瞳をまっすぐ私に向けていた。ディオスと違って落ち着きがあるクロイだけど、今はいつもよりずっと無表情だからちょっと怖い。しかも何か探っているような眼差しが恥ずかしくもなって、そのまま半歩クロイから下がっちゃう。
どん、と後ずさった先でパウエルに背中がぶつかって「大丈夫か?」と両肩に手を置かれたらうっかり心臓が飛び跳ねた。
大丈夫!!と無駄に大きい声になっちゃいながら胸の中心で両手を握って押さえる。
ディオスにまで「どうしたの?」って言われて、もうどこを見れば良いかわからなくなる。
最終的には今にも鼻歌を歌いそうなクロイが半歩以上距離を詰めてきて、「ねぇ」と笑いかけてきたから私も向き直った。ちょっと意地悪な顔がすごく今は嫌な予感がする。
クロイにしては珍しく、口元に片手をかざして私の耳元へ囁いてきた。ふっ、と息を吹きかけられる感覚に口の中を飲みこみながらそれでもちゃんと聞く。
「……僕らの姉さん、すごく美人で優しくて裁縫も料理も得意でモテるから」
?!?!!!!!??!?!
「なッ?!なん、の、コト?!」
ばくばくばくばくばく!!
煩い心臓の音で両手で押さえても押さえきれない。跳ね退いた反動でまたパウエルに後頭部が思いっきりぶつかって、また何か言ってくれたけど今はクロイにしか意識がいかない。
裏返っちゃった声もまま顔を上げた先のクロイは、今まで見たことがないくらいの笑顔だった。
ディオスみたいなにこにこじゃなくて、すごく意地悪で楽しそうな笑顔は本当に双子でも全然違う。今もニヤニヤと笑うクロイはまるで自分が勝ったように鼻を高くして私を見下ろした。えっ、どうしよう、まさか、もしかしなくても今のでバレた⁈
そんなに顔にわかりやすく出ちゃってたかなって、両手で顔を挟むように触ったらジュワッと熱かった。少なくとも今は顔色でバレちゃってる。
「??どうしたのアムレット。クロイ何言ったんだよ!」
「別に。今度うちにアムレットも遊びに来ればって言っただけ。姉さんもネル先生も会いたがっているし」
そんなこと一言も言ってない!!!
でも、本当のことなんて絶対言えなくて、唇を結んだままぷるぷる震わせるしかできない。ディオスが「クロイこれ以上人増えるの嫌って言ってなかった?」って聞くけれど、クロイは無視したまま私を見て意地悪く笑ってる。
確かに、確かにネル先生には会いたいしディオス達のお姉さんにも会ってみたい……けど、なんか今さっき言われたことの後だとちょっと会うのが色々勇気がいる。ジャンヌだけじゃなくて今度は本当に大人のお姉さんなんて!
「アムレット!おいでよ絶対!!アムレットも居てくれた方が僕も心強いし!!」
「う、うん……行く。……お姉さんと、ネル先生に会えるのも楽しみ……」
「じゃあ決まり。日付けはまた一限後で決めるとして、それよりアムレット顔色赤過ぎなんだけど」
「本当だ!大丈夫⁈熱でもある?!」
「風邪か??昨日の夜あいつもぐったりしてたし、もしかして俺が風邪運んじまったとか……」
クロイの所為のくせに!クロイの所為なのに!
そう思いながら、「ううん大丈夫」と手を振って笑うしかできない。白々しいクロイはまだ口元が笑ってる。勉強会する時よりもずっと楽しそう。
ディオスが心配しておでこ同士を合わせて測ってくれて、「やっぱり熱い!」って言われるから冷や汗まで滲んでくる。しかも続いてパウエルまで大きな手で私の額に当てるから、今はすっごい恥ずかしい。いつものことなのに、今は気付いているかもしれないクロイが見てるから。
「やっぱり熱いな……。すまねぇ、俺の所為で風邪とかだったら。俺は身体昔から丈夫だし、……!ならもしかしてアイツも今頃風邪を」
「だ、大丈夫!パウエル!本当に大丈夫だから。兄さんはもっと元気の固まりだから風邪なんか引かないよ」
「パウエルに医務室連れてってもらえば??その分授業一限遅れるけど?」
クロイ!!!!
心配してくれるパウエルを必死に宥める時に、クロイがまたすごくからかってくる。
パウエルに医務室……に、ちょっとだけゆらいじゃう気持ちと、これ以上心配かけたくない気持ちに続いて授業に遅れたくないと思う。
医務室になんて行ったらその分授業受けられないし、私の競争相手は目の前にいる主席のディオスと次席のクロイなんだから!
顔が熱いのが恥ずかしさなのかそれとも急に意地悪にからかってくるクロイになのかもわからない。ぎゅっと思い切り目を尖らせて睨むと、「じゃあ僕らは教室行くね」って手を振られた。
「あと、ついでにあのレイって俺様もどうせ来るから。それとすごく女好きの変態おじさんも来るから気を付けてね」
「?!レ……な、なあ、それ俺も一緒に行っても良いか……?予定が合えばだけど、やっぱアムレットが心配だし……」
「来れば?別に一人増えても変わんないし」
じゃっ、と。
そう言って離れちゃうクロイを追うように、続いてディオスも私とクロイを見比べてから「また後で!無理しないでね!」と私達に腕ごとつかって手を振って教室の方に去っていった。
またパウエルと私二人だけになって、なんだかさっきよりもずっと恥ずかしくなる。しかもジャンヌがいないとわかってもまだ教室から友達の視線がいくつも刺さってくる。
「本当に大丈夫か?すまねぇ、なんかせっかく約束なのに、ついまた俺まで一緒に……こういうのが駄目なんだよな」
「う、ううん!ううん良いの!パウエルとお出かけできるのすっごく嬉しいし、今のは心配してくれたんだよね?」
大きな身体を頭から低くして謝ってくれるパウエルに、私も必死に首を振る。
まさかパウエルまで一緒になったのはびっくりしたけど、昔から兄さんと一緒に心配してくれているのは嬉しい。最近は一緒にいられないからこそ、今日だけじゃなく今度のおでかけの予定ができたのも楽しみ。クロイがまたさっきみたいにならないかがちょっと心配だけど。
子どもの頃から私を本当の妹みたいに大事にしてくれるパウエルが、兄さんの代わりに私の付き添いをしてくれることは珍しくもない。……兄さんに、任されているってこともあると思うけど。
あのレイが来るっていうのは前に聞いたけど、もう一人の女好きの……っていうのはもしかしてあのライアーっていう人かなと思う。名前しか知らないけれど、レイも会えたって話してるのを聞いたし。
私からの言葉に「ああ……」と頬を指で掻くパウエルは、今から心配してくれたのか眉を垂らした。
「やっぱアムレット女の子……ていうかもう〝女の人〟だし、俺なんかと誰かに誤解されたら悪いけど……お前可愛いからいつ変な奴寄ってくるかもわかんねぇから」
「あっ……~~っ、…………うんっ」
……上手く言えなくなった唇をきゅっと結んで、思わず目を伏せる。今顔が熱いのは原因もたった一つだけ。
こういうところ、天然ですんなり言っちゃうのがパウエルはずるいなぁって思う。きっと褒めるのに歯に衣着せないのは兄さんに似ちゃったんだろう。
妹としか思われてないとわかっていても、そういう言葉がちょっとずつ変わってくれているだけで諦められなくなっちゃう。
「……ありがとう」
「おう、じゃあまた放課後。校門で待ってる」
本当に熱は大丈夫なんだな?って、言ってくれたのに一言返すのがいっぱいで手を振って見送った。
途中で鐘が鳴って、慌てて駆け足で高等部へ向かっていくパウエルを見てやっぱり好きだなと思う。
…………また、相談してみようかな。
良くも悪くも、今一番パウエルからも私からも遠くにいる女友達になら、また〝そういう〟相談をしても他の子にバレる心配はなくて良いかもれない。
そう思いながら、私は服の中に仕舞った手紙を布越しに手を当て押さえた。
ジャンヌなら、私よりもずっと大人な恋の助言もくれるだろうから。




