そして聞く。
「城じゃなくても城下の治安維持も格好良いよな!!一緒の職場じゃないけど代わりに城下中の人守るんだろ?!俺が子どもだったら絶対パウエルに守られたら憧れるぞ!!パウエルは子どもに絶対好かれるし名前とかも覚えられたりして!」
城で働きたいというのが最大目標なのは変わらない。
だが、衛兵というのはそういう仕事だ。城ではなく各地の領主に雇われるも衛兵であれば、城下の見回りや治安維持を務める。
城という国家最大機関の衛兵ではなく、下積みのまま最高でもそういう地域の領主で終えるかもしれない。しかしそれでも、フィリップが語る未来はやっぱり幸せそうだと思った。衛兵姿の自分を見て、子どもが寄ってきてくれたり頼ってくれたら嬉しい。その制服があれば、特殊能力者の自分も化物ではなく「守ってくれる衛兵」として見て貰える。
「ほら奪還戦とか、俺らのとこにも衛兵とか来ただろ⁈あの後城下外まで避難誘導してくれたのも衛兵だったし、俺らがわけわかんねぇ間も城下には戻らないように指示出して、爺さん婆さんとか下級層の子どもとか背負って逃げてる人もいて」
ついこの前あった奪還戦。その時に避難誘導を受けたパウエル達だったが、突然の避難誘導に混乱する中衛兵の指示だけが頼りだったことを思い出す。城下の何処へ逃げれば良いのか、アムレットやフィリップともはぐれてリネットと二人だけだった時にはちゃんと守り切れるのかと目が回ったが、衛兵の指示通り逃げたら最後にはちゃんと全員に会えた。城下に戻った後、街の人全員が無事帰れていたことにほっとした。
衛兵になったら、今度は自分がその逃がす立場になるのかと思えば緊張感と共に身震いを薄く覚えた。
怖い。だが、それ以上に格好良い。下級層でも、特殊能力者かどうかも関係なく、女子どもも老人も全員守って、皆も彼らを頼っていた。あの時はリネットとはぐれないことばかりに精一杯で気付けなかったが、今思い返せば確かに格好良い。憧れて理由にするには充分なほどに。
「俺もアムレットも逃げる時は絶対パウエル探すぞ!!パウエルが衛兵だったら信用できるし、でかくなったパウエルに守って貰えるって良いよな~!!あ、だからもし城下なら俺らの街のある領地にしてくれ!ほら、今も見回りにくる衛兵みたいに」
『夫の遠縁が地方の衛兵でね』
ぴんっ、と。頭の中で閃光が弾けた。リネットの言葉が明確に蘇る。
見回りに来る衛兵。月に何回かの頻度で見回りに訪れる衛兵は、制服さえ着ていなければ街の住民と間違えるほど自然に街を闊歩している。そしてその衛兵とはまた別に、月に一回早朝に訪れる衛兵をパウエルは知っている。
早朝に、街の誰も起きてこないような時間に訪れてリネットへ一枚の手紙を届けてくれる人。遠縁からの手紙と仕送りを届けてくれる、彼もまた衛兵だ。
いつもいつもリネットが何度も頭を下げて大事そうにそれを受け取っているのを思い出せば、……もうとっくの昔から自分が目指しても良い理由はもう一つあったと気付く。
手紙のことはリネットからも口留めは受けているから口にはできないが、衛兵を格好良いと思う理由は街にもあった。
あの衛兵がどこの地域の衛兵かは知らないが、……もしかすると、なにか小さな奇跡と偶然で自分がリネットにあの手紙を渡す側になる機会もあるかもしれない。あの衛兵だって、リネットの遠縁から頼まれただけの赤の他人だ。
「……良いなぁ、そういうの」
最後はパウエルも自覚する途方もない夢絵図だったが、衛兵としての未来へ思いを馳せるには充分だった。
衛兵として高みを目指せば、城でもそして城下でもきっと今よりも更に良い未来だろうと思う。
こうしてパッと思いつくだけでもあったのだから、実際はもっと可能性は大きくて広い。そう考えれば、パウエルの空色の瞳が膜を張るように潤んでいった。
昔はあんな生き方しかできなかった、助けて貰うまで本当に人間以下みたいな存在だった自分がそんな風になれたらどれも当時からは想像できないくらい幸福だとわかる。
口元が笑み、遠い視線が膝に降ろした手に落ちるパウエルにフィリップも「なっ!!」と元気いっぱいに笑いかけた。
さっきまでの気疲れが嘘のように、今は自分で想像しただけでも格好良いパウエルの未来を早く見たいと思う。結局パウエルがどうして衛兵を目指したのかはわからなかったが、それでもやっぱりパウエルはそうなりたいんだとわかるだけで胸が弾んだ。
アムレットと同じく、パウエルが何処まで昇りつめていけるか兄ちゃんとしてそんな二人の前進を見守っていきたいと強く思う。
「よーし!!じゃあ俺も明日から頑張るぞ!!パウエルとアムレットに俺も負けていられねぇからな!!」
俺は兄ちゃんだから!!と、自身を鼓舞するべく声を上げその場で万歳するように両拳を力いっぱい天井へぐぐっと伸ばす。
今日はプライド達への顔合わせ後は、従者としての仕事内容の説明で一日終わった。既に王族の従者として宮殿に常駐している従者達から仕事内容について早朝から日が落ちるまでの説明をされながら、宮殿内の細かい案内を受ければ時間はあっという間だった。
しかも宮殿だけでなく従者として遣いに出る場合の王居内の案内説明も入った。噂にだけ聞いていた王居だけでこんなに広いのなら、使用人の出入り禁止区域全てを含めたら案内だけでも絶対一日じゃ足りないだろうとフィリップは確信した。
宮殿内にも使用人達が一時待機する為の裏部屋や通路も覚えなければならない為、単に城内を観光案内されるよりも複雑でややこしい。
城に住む側の王侯貴族のように目に見える範囲がそのまま行動範囲なのではなく、使用人側は細かく禁止区域や行動する為に使わなければならない範囲や通路、部屋も決まっている。
そして明日からは実際にステイルの従者達に指導を受けながら仕事の補助から行動を共にすることになる。
仕事を覚えたら最終的には専属従者として自分が最もステイルの近くで身の回りの細かい補助をしなければならないのだと言われた時は、わかっていたこととはいえ溜息が漏れそうになった。
王族になったステイルの身の回りのことに尽くすこと自体は抵抗など全くないが、この前まで下級貴族の従者だった自分がいきなり王族の従者かと思う所はある。
今日も最後に勇気を出して、指導してくれた従者の先輩に新入りの自分が従者となることに、しかもステイルにとって初めての〝専属〟になることに思うところはないのかと尋ねてみた。
主人に仕える使用人同士とはいえ、当然先輩後輩以上の上下関係は存在する。そんな中、自分は専属従者となったことで必然的に大勢の先輩の〝上司〟になるのだから。……しかし、従者達の答えはあまりにシンプルだった。
『あのジルベール宰相様の御紹介ですから……』
全員が、まるで台本でも用意されたのではないかと疑いたくなるほどに口を揃えての感想だった。
確かに城で王族の身の回りを世話することを許されていた立場の高い従者達の目から見れば、フィリップは城の使用人としては問題ないが王族の専属としては足りない部分もある。これから仕事を覚える、という面でも本音を言えば先ずは城内の貴族の館で従者としての下積みを摘んでから昇進でも良いじゃないかとも思う。
しかし、あの宰相であるジルベール直々の紹介となればそれなりの理由があることは誰もが想定できることだった。そして恐らくは何かしらの特殊能力者であろうことも。
城の中でも宰相として確固たる地位とそして今では使用人達からも絶大な信頼を得ているジルベールの紹介であれば、誰も文句のつけようがない。
更にはそのジルベールが、よりによって〝幼いの頃から慕っている第一王子〟への誕生日祝いに贈ったのだから。使用人である自分達が勘繰って良いような領域を超えた、何か深い考えと共に相応の凄まじい人材であると保証されたものだった。
ジルベールが紹介し、そしてステイルが正式に受け取った従者に文句をつけられるわけがない。もしフィリップの専属従者としての採用に苦言を口にすれば、それはそのまま自国の宰相と次期摂政に異議を唱えることと同義なのだから。
─やっぱあのジルベールさんが親友なんじゃねぇのかな……。
そう、思い返せばやはり同じ結論が浮かぶフィリップだが、その途端の『それは違う』と頑固として否定したステイルの声がそれを上塗った。
結局親友という人物を今日は紹介して貰えず、そのままステイルとも分かれて従者同士の講習だった。明日こそ会わせてくれねぇかなと、餌の前で「待て」をされた犬の気持ちを今だけ理解する。
教育してくれた従者達にも、ステイルの親友について何気なく尋ねてみたが全員が存在を知っていた。「ああ、あの」と言葉を紡ぎそこで止め「ステイル様が御紹介するなら私が言うわけにはいかない」と首を横に振られた。当然ながら城中の使用人がフィリップではなくステイルの味方である。
ただ、一体どんな人なのかと尋ねた自分に全員が何故か妙に温かい眼差しで「とても良い御方だから心配ない」と太鼓判を押してくれたことが気になる。使用人達にもこんなに信頼されるなんてどんな人だと謎は深まるばかりだった。
「あんま無理すんなよ。仕事増やさねぇのは良かったけど、うっかり城の偉い人に失言とか」
「大丈夫!!ちゃんと従者としては猫被ってるから!!」
今まで誰にも気付かれたことないんだぜ⁈と、自慢げに胸を張るフィリップにパウエルは眉を寄せたままだった。
従者としてのフィリップを仮の姿しか知らない分、本当にちゃんとやれているのか心配はある。以前など「この顔だったら大概許される」と美男子顔を指差して笑いながら話していたこともある。
訝しむパウエルを前に、フィリップは短く息を吸い上げるとニカニカとした顔を美男子の顔へと変えて見せた。
髪と瞳の色も変え、自信満々に張った胸へと自身の手を沿えるフィリップが「どうぞ何なりとお申し付けください」とトーンを一つ分下げた声で微笑んで見せれば、それに反比例するようにパウエルの顔が歪み肩が片側だけ引き上がった。「やめろって」と、相変わらずと思いながらもさっさと元の顔になれと促す。今までも見慣れたおふざけだが、顔が違っても声はそのままのフィリップがそんな気取っていると思うと変な気分になる。
パウエルの反応に素直に今回は姿を戻すフィリップは「完璧だろ?!」と歯を見せて笑って見せながら両手を背後付いて脱力した。足を組み、さっきよりは大人しい声で「頑張るぞー」と口にするフィリップに、パウエルも困り笑いを返した。なんだかんだ調子を取り戻してくれていることに安堵する。
背後に大きく背中を反らしたまま、首も背後へ大きく反らせば背後まで見えた。顎を天井へと向け、何気なく自分の背後へ目を凝らせばそこで唯一最初に服掛けに通した上着が見える。
「あーーーーー……」と、思い出したところで低い声まで漏れた。突然の一音にパウエルも「どうした??」と首から先が見えないほど背を反らした友人に問いかける。
また何か面倒なことを思い出したのか、洗濯でも忘れたのかとパウエルが頭を捻る中、フィリップは一度姿勢を戻すと四つ足で上着へと近付き手を伸ばした。掛けられた服をそのままに、懐の内ポケットへと探れば一枚の封筒が姿を表せた。
「アムレット宛の手紙、いつ渡そうかなーって……」
「?アムレットに⁇誰からか預かったのか?」
「いやジャンヌの親せ」
「ジャンヌ?!!!!!!??」
ガツン、と。拳で殴りつけるような声量が再びフィリップを襲った。




