更に居た堪れず、
「そうだ兄ちゃん。今日ねぇ僕さ、初めて珈琲お客さんに淹れたんだ。ミルクでハート型作ったらすごい喜んで貰っちゃった」
「本当にブラッド君はお客さんと仲良くなるのも早くて。私の珈琲だと飾り気ないから可愛くしてくれて嬉しいわ」
「えー、でも味はクラリッサさんの方が美味しいからまだまだって言われちゃいましたよぉ」
あははと明るい笑い声が自然と誰からともなく溢れる。目の前のご馳走を一つ一つ皿に取りながら、話題が尽きない。
ライラが早速珈琲を飲みたいと言ったが、まだ珈琲は飲めないライラには早いと僕が却下する。それでもブラッドが「じゃあ兄ちゃんに」と言うから、最終的に僕が淹れてもらうことになった。
珈琲はミルク無しが好きなんだが、今回は諦める。ライラも家ではよく見てた筈なのに、久々に見るからか前のめりで食い入るように見つめていた。
アーサー隊長は初めて見るのか、感嘆の声が薄く漏れるのが聞こえた。ブラッドは昔から器用だと改めて思う。家に籠るようになってからは特に、家の中でできる趣味を家事を基盤にどこまでも極めていた。
ライラだけでなくアーサー隊長も興味深そうにしているのが嬉しかったらしく、ブラッドは「いかがです?」と自分から勧めだした。……不死鳥さんは、と。頭に入れて呼ぶからうっかり淹れたての珈琲を吹き出しかけた。
アーサー隊長のカップにも珈琲をいれたブラッドは、なにを考えてかライラの希望と同じハートにしている。葉や花も作れるくせになんでよりにもよってアーサー隊長に最も似つかわしくない模様を選ぶんだとあと一歩で舌が走った。
しかもそこで「上手いですね」と全く気にしないアーサー隊長もアーサー隊長だ。兄である僕は慣れてるが、アーサー隊長はもう少し疑問くらいは覚えて欲しい。
「味も美味いと思いますよ。自分、珈琲の味とかわかるわけじゃないですけど……」
やったーと、アーサー隊長からの賞賛にブラッドが両手を上げて喜んだ。
一口珈琲を飲んで笑うアーサー隊長を見て、……そういえば僕はまだ持て成しらしい持て成しをしていないと今気づく。ブラッドはなんだかんだとアーサー隊長に珈琲を淹れているのに僕は全くだ。この後のことも考えれば今から情けない気分になる。むしろ僕の方が家族を持て成して貰っているばかりだ。
「ノーマンさん飯食えてます?何か好きなもんとかあったら」
「のん兄はねー、ハムと卵のサンドイッチとシュークリームが好きなのぉ」
「あと焼き菓子も好きだよねぇ。クッキーとか焼き菓子、機嫌が良いとよく買ってきてくれるし」
「ッそれはお前達が好きだからだろう!!!」
ガタッ!!
思わずテーブルに手をついて立ち上がってしまう。
アーサー隊長が僕に肉料理の盛られた皿を差し出してくれる中、それを取るよりもブラッドとライラの暴走を止めることを優先する。別に甘い物は好きでも、好んでなんでも買うというわけでもない。好物はさておき焼き菓子はブラッドとライラが喜ぶから手土産代わりに買うことが多かっただけなのに!まるで僕が甘党みたいな言い方をアーサー隊長の前でしないで欲しい。
そう思っている間にも「俺も甘いもん好きですよ?」とアーサー隊長に変な助け船を投げられ「違います!」と今度こそ尖った声が出る。
母さんもクラリッサさんもいる上にアーサー隊長の誕生日祝いの席なんだと自分で自分に言い聞かせるが、口が止まらない。
「甘いものも確かに好みますが、だからといって甘党というわけではありません。紅茶も珈琲も基本砂糖もミルクも入れませんし焼き菓子については弟妹達が喜ぶから買っているだけです。そこの王都の店の菓子は美味しいと評判だと小耳にしただけですし、それからはなるべく手土産に買うことにしたら習慣化しただけです。ブラッドの軽口にもそろそろアーサー隊長も気付いてくださりませんか。そもそも僕はきちんと先ほどから美味しく食事は順調に頂いています。アーサー隊長ほどたくさんは食べられませんが、もうテーブルの大皿料理を全て一口以上は頂いています。今回はアーサー隊長の御誕生日祝いと、一応はブラッドの歓迎会も含まれているとしても僕は関係ないので僕の好みを気にされる必要はありません。別にサンドイッチとシュークリーム以外も美味しく食べることができます。特にラタトゥユが絶品でした」
また言った。
一度ならず二度までもまた自重できない自分に耳が熱くなるし気が遠くなる。今日は!今日くらいは自重しようともう何度も考えたのに!!!
もう帰りたい。思わず言い終えた後に膝から力が抜けて席に座り直せば、その途端アーサー隊長にまた謝られた。……ラタトゥユの盛られた皿を差し出し直されながら。だからちゃんと僕は食べていると言っているのに。
クラリッサさんも気を悪くされていないかと、頭を下げる姿勢になりながら振り返れば口元を隠してクスクスと笑われていた。僕のことを騎士と知っているクラリッサさんからすれば、こんな大人げない人間も騎士なんだなと思われたのかもしれない。
今更ながらアーサー隊長のことをはやくも「アーサーさん」と呼び忘れていたことにも今気づく。ライラよりも僕の方が先に客前でいつか粗を見せてしまうんじゃないだろうか。
「えっと……、ンじゃあこの菓子もノーマンさんの行きつけの店ですか?」
すげぇ美味そうですね。と、僕がラタトゥユを受け取ったところでアーサー隊長がダックワーズが並べられた皿を目で差した。今日僕が手土産に持ってきた菓子だ。…………しまった。
半分忘れかけてくれていた筈のアーサー隊長の注意がその菓子にいったと思った瞬間、心臓が低く唸った。まずい、その菓子が〝ジャンヌ〟達への差し入れだとどこから気付かれるかもわからない。せっかく話が紛れた筈だったのに、なんでこういうことになるんだ。
そうです、とカラついた喉で言いながら眼鏡の丸縁を中指で押さえつける。気付くな気付くなと十回は繰り返したが、アーサー隊長の蒼い目は丸くそこに向いたままだ。更には「どうぞー」とブラッドがその皿をアーサー隊長の鼻先へと差し出す。
「そうなんですよー。兄ちゃんいっつも僕らに美味しいお菓子買ってきてくれて、自分の好きなお菓子じゃなくて僕らの好きなのばっかり選ぶんです。この前だってライラの誕生日に果物いっぱい乗ったケーキをわざわざ」
「ブラッド!!ブラッド!!!もうその話は良いからお前も食べろ!!」
話が逸れたようでまた変なところに飛び火した。
ブラッドの話を聞きながら早速菓子を一つ取り食べるアーサー隊長は「美味いっす」というだけで気付いた様子はない。でも、また僕の恥ずかしい話をされそうでブラッドに手を伸ばす。ライラまで「のん兄優しいんだよ」と言ってくるから余計に恥ずかしい。
アーサー隊長が食べ始めたことで、クラリッサさんやブラッド達も手に取って食べ始めたが、こっちは生きた心地がしない。別に手製でもない手土産の菓子でなんでこんな恥ずかしい気持ちにならないといけないんだ。
「良いお兄さんなんすね、やっぱ」
だから今日は僕を褒める日じゃないだろう!!!!!
たった二口で菓子を食べきり、またミートパイを頬張るアーサー隊長に、そう叫びたくて仕方がない。
大体たかが菓子を買って帰っているだけで「良い兄」の定義はおかしいだろう。父さんだって確か僕らに土産の菓子とかを買ってきてくれることはあったし、大体家族だったらそういうことをするのは当然だ。自分が美味しいと思う食べ物を家族にも食べさせたいと思うのも、わざわざ城下に騎士として訪れている僕がそこでしか買えない貴重な菓子を家族に買ってくるのも当然の流れだった。
今でこそ城下にこうして住み始めただけであの村にずっといるライラや母さんやブラッドに少しでも美味しいものを食べさせてやりたいというのは普通だ。むしろ本当ならもっと城下の色々な店を回って選んで毎回違うものを手土産にしても良いくらいなのにそういう情報を人から聞く機会もない僕は馬鹿の一つ覚えみたいに毎回その店で買うしかなかったくらいだ。
言いたい。けど、さっき反省したのにまた言うのはと奥歯を意識的に噛み締める。テーブルの下で下ろした拳をぷるぷる震えているのが嫌でもわかった。
続いてライラとブラッドで「でしょ~」「そうなんでーす」と声を揃えて言うからもう顔を覆うしかなくなる。僕が今まで誰かに客として呼ばれたこともないからって遊び過ぎだろ!!特にブラッド!!!
眼鏡の隙間に指が伸び、そのまま頬に手も当たれば冷め始めたスープよりは温かった。




