そして前を向く。
「ノーマンも元気になって戻ってきてくれると良いわね。ほら、ブラッドも家族水入らずで過ごせて気持ちが落ち着けば特殊能力も安定しやすいでしょうし。……はやく特殊能力が安定すれば、それだけ踏み出せることも増えるもの」
話を変えるべく明るい声で言いながら、途中からは私の方が自分で言っておいて弱い声で眉を垂らしてしまった。
ノーマンが休みを取ったと聞いた時は、正直私も安心した。騎士だから甘えや私情に振り回されてはいけないということはわかるけれど、それでも故郷や弟さんがあんなことになったのだから休養は必要だと思う。城下で宿を取っているということだけど、傍にいるだけでもノーマンもブラッドも落ち着くところはあるだろうと思う。
お母様も今はまだ保護所にいる筈だしライラちゃんも学校の寮だ。一緒にいる時間は彼らにとって一番必要な時間だと思う。
ゲーム通りであればあと三年後には特殊能力を制御できているブラッドだけれど、きっとそれまでは自分や環境に向き合う時間が一番必要だろう。あんなに周囲に被害を広げることに怯えていた子だもの。
私から告げられることはあの時に伝えたつもりだけれど、それで全てが足りているとも思えない。
それでも、あんなに心強い兄のノーマンや優しいライラちゃん、お母様も生きているのだから大丈夫だと思う。少なくともゲームの天涯孤独な未来よりはきっと良い未来が彼にも待っている。
「……そうっすね。元気……だと思います。その、ブラッドも今はできること増えてて、結構ちゃんと上手くやれて人気ー、……の筈です」
柔らかい表情で返してくれたアーサーは、途中から妙に歯切れが悪くなった。
頭を傾けながら視線を彼へと合わせると、カラム隊長も気になるように前髪を指先で整えながら見つめていた。「いえ、その」と私とカラム隊長二人の視線を受けてか力が籠ったらしい両肩が上がる中、視線がうろうろ泳ぎ出す。もしかしてノーマンがお休み中も会いに行ったりしたのだろうか。村襲撃後からブラッドに時々会うことになったって話していたもの。
だけどここでノーマンと同じ騎士のカラム隊長にも事情を話すのは少し気が引けるのか、じんわり汗を滲ませるアーサーは口籠ったままだった。多分私はブラッドを心配してると思って話せる部分だけでも言おうとしてくれたのだろう。
「あれからノーマンに会ったのか?」
そこまで考えたところでやはり察しの良いカラム隊長から直球で言い当てられてしまった。
私からのフォローも間に合わない早業の指摘に、アーサーの肩が上下に動いた。ええ、まぁ……とやはり言えないアーサーは無理もない。ブラッドと会うことになったと教えて貰った私とステイルだって、詳しくどんな会話をしているかまでは教えられていない。
ノーマンの立場を考えたら同じ騎士団の人達にも無許可には言いたくないのだろう。ただでさえあのノーマンだ。騎士の身内に会うことも、騎士団が関わった事件の関係者に会うことも別段禁じられてはいない。けれど、もともとノーマンのプライベートな内容だ。
苦しそうに顔の筋肉全てに力が入るアーサーに、カラム隊長から「別に言う必要はない」と先に断りが入る。もうアーサーからの反応で言えないことも察してくれた。
「元気そうならば良かった。ノーマンの弟に関しては私以外にも気になっている騎士は多いだろう。隊長としてノーマンのことは気にかけてやってくれ」
「!勿論です!!」
ポン、と背中を再び叩かれたアーサーの背筋が今度はぐんと伸びた。
気合の入った拳を握り声を張るアーサーは、今度は活舌も良かった。なんだか微笑ましい隊長同士の会話だなと思いながら私も口元を隠して笑ってしまう。
アーサーもノーマンのことは苦手ではあってもそれ以上にやっぱり関わりたい気持ちが強いのだろう。休みを取るように押し出したことから考えても、少しは打ち解けられたのかもしれない。
ノーマンのあのアーサー大好きを思い返せば、是非ともそのまま気にかけてあげて欲しいというのは私も同意見だ。
カラム隊長からの素晴らしい配慮を受け、持ち直したアーサーは伸びた姿勢に戻るとカラム隊長の次に私へ数秒間視線を合わせてくれた。「大丈夫です!!」と言葉にされなくても力強く開かれた蒼色の瞳が大声で言っている。
アーサーがここまで自信を持ってくれているというのなら、きっと本当にブラッドも大丈夫なのだろうなと思う。また会えないのは残念だけれど、元気でいてくれるならそれだけで嬉しい。
─ それに……。
ほっと小さく息を吐きながら、そこで思う。
本当に特殊能力さえ制御できればきっとブラッドはアーサーの言う通り、できることは多い子だと思う。
辛い過去を負ったゲームでも彼は物腰の柔らかい良い子だった。学校を何の波風なく過ごす為にラスボスにも上手く取り入っていて、唯一心を砕いた相手であるアムレット以外にも人間関係だけは良好だった。……まぁ、俺様性格悪キャラだったレイとはあまり相性が良くなかった印象だけれど。
レイはレイで媚びばっかり売ってくるブラッドを信用していなかったし、ブラッドもレイにはあまり関わりたがっていなかった。……ブラッドの方は確か「僕、アレ嫌いなんだよね」って、レイ個人が嫌いというよりもあの特殊能力が過去の凄惨な事件を思い出して嫌いというイメージだったけれど。…………いや、そうでなくても自分に逆らう生徒や教師を権力や黒炎の特殊能力で「お前らも〝こう〟なりたいか」と脅すレイには色々印象最悪か。その従者だったディオスにもクロイにも同様だろう。
でも、ネイトとは関わりは少ないけどわりと仲は悪くない印象だったし屋上に突然現れたアムレットにも友好的だった。
それ以外の女子生徒にも人気があって屋上で時々会えるって噂になっていたくらいで…………、…………うん。
ブラッドを思い出してから、頭に蘇った彼の設定にそこで思わず私は口の中を噛んで髪を耳にかける。
第一作目で言えばレオンポジション。つまり彼は、第二作目のお色気キャラだ。
社交性が高く、屋上に現れた女の子と仲良くなっては心を奪い、だけど誰にも踏み込ませない。
だからこそ自分に靡かないアムレットが彼にとって興味深かった。今思うと、アムレットのはっきりとした物言いや性格が、亡きお兄さんノーマンに似ていたのも気に入った理由かもしれないなと考える。
三年前から天涯孤独に生きて来ただろう彼が、それでも身に付いていた対人能力。会った時の彼を思い返しても、きっともともと得意だったのだろうなと思う。
第二作目では色々な女の子に人気で、アムレットが女の子達に嫉妬されちゃうくらいで、ブラッドは彼女のことが気に入ってから
「小鳥ちゃん」と呼ぶような子だったのから。
『不死鳥……!!!!』
こうして思い返せば、わりとノーマンも似ている部分もあったかもしれないなと思う。
それとも、兄であるノーマンを失ってから真似するようになったのか。それとも意外と似たもの兄弟なのか。現時点ではノーマンよりも妹のライラちゃんに似ている気がするブラッドだけど、たった一回しか会っていないし深いところはわからない。
きっと今は、私よりもアーサーの方がブラッドのことをよく理解しているだろう。
もう数度会っているだろうアーサーなら、きっとブラッドとも仲も良い。アムレットがルートに入れば将来は若くして騎士団に入団したほどの子だ。それを考えると、きっと第一作目で騎士団長だったアーサーと同じように彼にも騎士の才能がある。ただ、
『決めた。僕、騎士になる。……それが、僕にできる一番のことだから』
アムレットのお陰で前を見て、自分が忌み嫌っていた特殊能力へ向き合えるようになった彼の台詞だ。
彼が騎士を目指した理由は、過去の贖罪と〝それしか〟できることがないと思っていたから。ゲームのアーサーと違って、彼は子どもの頃から騎士になるのが嫌だったと語っていた。今思えば第一作目のアーサーと似て非なるキャラクター設定にしたのだろう。
そんな中、アムレットと出会ってから偶然ラスボスの悪事を知って、過去の復讐とも向き合うことができてやっと前に進める。
自分みたいな辛い目に遭う人間が現れないようにと、そしてエンディング後は立派な騎士となってアムレットと笑い合う彼があった。
騎士の才能があって、その為になら恵まれた特殊能力があって、ゲームの彼はそれで確かにアムレットと共に笑っていた。でも今の彼はアムレットと出会ってすらいないし、学校に通うつもりかもわからない。
私としては彼にも学校に入ってくれれば嬉しい。だけど、それはあくまで彼が自分の道を歩んで欲しいからだ。私が彼の生きる道を強制することはできない。何より
『でも僕はそんなことできないんだ』
ゲームより、あの時目の前にいた現実のブラッドの言葉を受け止めたい。
彼が心からその道を望まないなら、その通りに生きる必要はないと思う。特殊能力の制御さえできれば彼の世界はきっと一気に広がる。
ゲームでは叶わなかった、彼にとっての〝普通〟な生き方を選ぶのも間違いなく一つの幸福だ。
コンコンッ。
「プライド。俺です、ティアラも一緒です」
「お姉様っ。入っても宜しいですか?父上から確認して欲しい書類を兄様と預かりました!」
ノックの音の後、声を掛けてくれる二人に私も身体ごと振り返り言葉を返す。
学校の極秘視察が終わった今、私にとって一番大事なの〝日常の〟ひと時だ。
これから先、まだやるべきことも途方もなくあるけれど今は仕事でも休息時間でもわざわざ訪れてくれる二人を迎えることに気持ちを切り替える。
これから先、ブラッドもまたご家族と一緒に彼にとっての普通の生活を一日でも早く楽しめるようになれば良いなと願いながら。
Ⅱ246




