Ⅱ497.双子は歓迎され、
「ではヘレネお姉様はどんな御方ですかっ?とてもお優しくて綺麗なお姉様とプライドお姉様からお聞きしました!」
「自慢の姉さんです!料理も上手ですし手先も器用でこの髪留めも……」
素敵ですね!と、きらきらとティアラと花を咲かせるディオスの会話が一番広間で賑やかに広がった。
正体の種明かしも終えやっと本来のパーティーに戻れたが、プライド本人はディオス達から少し離れたテーブルでその様子を眺めていた。今は変わらず兄を安全壁にしつつも積極的に会話に加わろうとしたないクロイは、ティアラよりもその反対側に立つセドリックの方に身体を向けている。自分もティアラとディオスの会話には興味もあるが、自分からは入れない。
口を噤み、肩の幅を狭めるクロイにセドリックがその肩へ手を回していた。ティアラが楽し気にディオスと会話している以上、彼女に嫌われている自分がディオスとの間に入るのも躊躇われる。
「料理は口に合ったかクロイ。なるべくフリージア王国の民に舌が合うように作らせたが……」
「!美味しいです。ありがとうございます。さっきの雪玉みたいな菓子も美味しくて。それと見たこともない料理もありますけれどあの……こっちの皿はどういうお料理とか聞いても良いですか……?」
何よりクロイとの会話もセドリックにとっては楽しいものには変わらない。
始めてみる王族料理というだけでも緊張するクロイだが、プライド達と距離を空けセドリックの傍らで少し落ち着きを取り戻した今は広くなってきた視界の中でテーブルの内の一皿を指差した。
おおこれか、料理についても大方把握しているセドリックがそのまま説明をすればそれだけで気は紛れた。
「俺の気に入りの料理だ。今回はアネモネから良質の魚が手に入ってな」とセドリックに勧められるままその料理を一口頬張れば、それだけで美味しさのあまり目が大きく開いた。腫れていた瞼も上がり、今自分が食べたのが本当に魚なのかと大皿と自分の取り分けた皿を交互に二度見三度見してしまう。
「フリージアでは手に入らない魚だが口に合ったか?海の魚は初めてか」
料理のソースや彩る野菜に隠れていたが、よく見れば魚自体自分が見たことのない魚だ。
首をこくこくするだけで、舌はあまりの美味しさに痺れたような感覚までする。こんなに美味しい魚に食べ慣れていたら、学食の魚が口に合わなかった理由も頷けた。
「……セドリック様。本当に学食の料理って口に合ってましたか……?」
こんなに美味しいのばかり食べて………。と不安のままに本音がつい零れる。
勿論だ、と間髪入れずセドリックに返されても逆にクロイの方が首を捻ってしまう。社交辞令という言葉を知っている彼からすれば、今までも良い味だと言いながら無理して民に合わせて食べていたんじゃないかと考えてしまう。それとも魚料理だけがこんなに美味しいのかと、味が混ざってしまうことも気にせずに同じ取り皿にまた別の料理をペトリと乗せた。
クロイが自分から料理を取ったことに、遠目で様子を見守っていたプライド達がほっと息を吐く。それに気付かないクロイは、新しい味へ頬張ればまた目がチカリと輝いた。
今度はフリージア王国でも見慣れた料理を取った筈だが、自分が知っている料理とはやはり別物と思うほどに美味しかった。今度は脳の処理が追い付かずフォークを咥えたまま固まってしまうクロイに、セドリックも「口に合ったか?」と変わらない質問をまた投げながら笑いかける。
「そちらはフリージアとは少々味付けが違うかもしれんな。料理手段材料腕はそれぞれあれど、味など結局は千差万別だ。皿それぞれの味を楽しんでもらえれば嬉しい」
王族だからといって料理人の料理だけが美味しいと感じるわけではない。
もともと絶対的記憶力を持つセドリックは、王族として食してきた料理から庶民からの差し入れまで味への造詣も理解も幅広く残っている。
セドリックの懐が深いとも聞こえる発言に、こくりとゆっくり頷くクロイはその後もフォークの手が止まらなかった。
一口一口食べれば、忘れていた空腹感が思い出すようにやってくる。「美味しいです」と言いながらふと視線がそこでやっとちらりとディオスの方へと向いた。
未だティアラとの会話に夢中になっているディオスはきっと空腹もまだ麻痺したままなんだろうなと思う。相手は王女様なのに殆ど物怖じせず会話を弾ませる兄のことを改めて尊敬すると同時に、また食べ損ねて後でぎゃあぎゃあいうんだろうなとも今から予想する。
「あの、これ…………失礼じゃなかったらディオスの分もとっておいて良いですか。も、もし意地汚いとかだったら大丈夫です」
「!何を言う。むしろ姉君が家で待っておられるのだろう?いくらかは帰りに包ませよう。お前達の分も含めて三人分か?量の方も心配するな、なくなってもすぐに追加される」
パチンと言いながら指を鳴らす。
ただそれだけで控えていた給仕係の一人が、中身の入ったグラスをクロイに差し出した。喉が渇いていないか?とセドリックに言われ、自分への飲み物かと理解したクロイは慌ててフォークを皿の上に置いてから受け取った。
ありがとうございます、という言葉も使用人の先輩に言えば良のかセドリックに言えば良いのかもわからなくなる。水かと思ったそれを口に含めば、やはり自分達の普段飲む水より美味しいと気付いた。
セドリックを含めてもこの場で食事する人数はたったの六人。
護衛の近衛兵も近衛騎士も食事は控え手に取るのもグラスぐらいの現状で、絶対に自分達が食べきれる量を超過している。にも関わらずその皿もすぐ追加されるという環境と金ピカ装飾空間に、一瞬ここは天国かどこかかなと思ってしまう。うっかり口にしないようにこくりと含んだ水を飲み込んだ。
「あ、今は三人ですけど明日からは一人増え……、‼︎ちょっと待ってジャンヌまさかネル先生ってー…………っっ!!」
ハッ!と、大事な可能性の一つに気が付き血相を変えて振り返ったところで、直後にクロイの首がガチリと固まった。
うっかり〝ジャンヌ〟相手のつもりで首を回してしまった。その先に居るのが後頭部にお団子の同年齢少女ではないと遅れて思い出す。
ディオスの燥ぎ声よりも響いたそれにプライドどころかステイル達も視線を向ける中、せっかく落ち着き始めていた顔の熱がぶり返しかけた。
ネル先生?と、急にクロイが自分に話しかけてきてくれた嬉しさと同時に首を小さく傾けるプライドを直視してしまう。
口を閉じ息が止まるクロイは、話しかけてしまったことを後悔するままに何も言えなくなる。
しまった、と思った時にはもう遅い。ネル先生がどうかしたのかと興味深そうな眼差しをプライドだけでなく事情を知る近衛騎士まで向けては苦笑う。
セドリックが「確か選択科目の講師だったか」と最終日に挨拶をしてくれた一人を思い出しながら確認してきても、すぐには口を開けられなかった。すると
「そうだ!ネル先生もジャンヌ達の正体知ってるの⁈だって騎士の妹さんだもんね!?」
しかも副団長!と、クロイの発言で一度ティアラとの会話を切れたディオスがその場で声を張る。
兄からの補足と問いに、今は馴れ馴れしさへの腹立ちよりも「助かった」が強いクロイは一瞬よろけた。そのまま自分の過った問いを次いでくれた兄へ言葉にせず感謝しながら、自分へ視線を外したプライドに胸を撫でおろす。さっきよりは顔を見れるようになったが、未だに心臓には悪い。
ディオスの言葉に「いいえ」と止まることなく返すプライドはそこで肩を竦めて見せた。
「ネル先生も私の正体については何も知らないわ。副団長の妹さんって知ったのもずっと後で、……本当に。本当に、仲良くなれたのも偶然と言うしかなくて……」
ははは……と、枯れた笑いが続く。
自分の側で考えれば本当に偶然と幸いが重なっただけだったが、今自分達が王族だと知ったばかりの二人には信じられないめぐり合わせだろうと理解している。
事実だけを口にしながらも、ネルに一時滞在場所を提供どころか自分の直属刺繍職人契約をしたことも言うべきか悩む。
もう自分達の正体を知る彼らに隠すことではないが、今ここでさらなる事実の投下は二人を余計混乱させる気がしてならない。
自分だって初めて副団長の妹という事実を知った時はすぐには思考も纏まらなかったのだから。
すると傍らに立っていたステイルから「宜しければ僕から簡単に」と自分にしか聞こえない声で軽く呼びかけられた。
それがネルの説明だとすぐに察したプライドが一度頷き、任す意思を示すと一歩前に出たステイルから「これもここだけのお話でネル先生にも秘密でお願いします」と双子へ向けて声が伸びやかに放たれた。
ネルは学校で知り合ったことを通してプライドに刺繍の腕を見込まれたこと。
今後城でプライド王女の直属刺繍職人となりその栄転に伴い住む場所を探していたこと。それを一つ一つ流れを置いて説明すれば、ディオスもクロイも目を水晶にしたままに飲み込めた。
「うわーすごい!」と純粋にネルが副団長の妹以外にも凄い人間だったのだと言葉にして感動するディオスに反し、クロイの方は「やっぱりジャンヌの紹介する人みんな普通じゃない」と感想が浮かんだが、口には出さなかった。今ならばジャンヌの紹介する人間が全員とんでもなかったことも納得しかない。
ステイルの説明を聞いていたセドリックも、自分の知るその新事実には「ほう」と声を漏らした。
「あの刺繍か。確かに見事な美しさだったが、まさかクラーク副団長の妹君だったとは。兄妹揃って才能に溢れておられる。…………プライド。そういえば紹介して貰う件についてはどうだろうか」
「!ええ、今度デザイン画をいくつか見せに来てくれる予定だからその時に話すつもりよ。前向きに考えてくれるとは思うわ」
まさかハナズオ連合王国の王弟に打診なんて心臓が転がるかもしれないけれど、と言葉を飲み込みプライドは返す。
すごいすごいと純粋な感想を口にするディオスに、ティアラを口元を両手で隠しながらくすくすと微笑んだ。
姉兄達から聞いていた以上にディオスは純粋で可愛らしい子だなと思う。弟であるクロイとも話してみたくなったが、残念ながら今はセドリックが意図せず防波堤になって安易に近づけない。
セドリックもセドリックでクロイとの会話を楽しんでいるのがわかれば余計にそこで自分が取っちゃうのは悪い気もした。招いて貰った自分が、大事なお客様を奪うわけにもいかない。
「僕らって凄い人とたくさん仲良くなれたんだねクロイ!」
「いや僕らっていうか……。それに、ネル先生はともかくレイ達とは知り合いにすらなりたくなかったし」




