Ⅱ472.双子は合流し、
「ハァ……………」
「ディオス、今ので12回目。いい加減隣で溜息吐くの止めて」
昼休みになり、教室を出た二人はいつもよりのんびりとした足取りで食堂へと向かっていた。
いつもならば速足で向かっていたが、今日からはその必要もない。同クラスの友人からも食事には誘われたが、先約がある彼らはそれも断った。いつもならば愛想よく上手く断れるディオスが今日は朝から肩が落ち続けている為、弟であるクロイが断らざるを得なかった。
歩きながらもいつもならばすれ違う友人に声を掛けられる度元気よく返事するディオスが、今は眉が垂れた状態の笑みだ。
既に家を出る前から飽きるほどディオスの溜息と嘆きを聞いているクロイは、最初こそ受け流したが今は眉間に皺を寄っている。席も隣の所為で授業中すらもディオスの溜息が気になって教師の話に集中できなかった。
「だって、今日からセドリック様もジャンヌも居ないし……ジャックもフィリップも」
「それ二限前も同じ台詞聞いたから。お陰で勉強会も全然捗らなかったし」
あーあ、と今度はクロイからわざと聞こえるように声を上げる。
一限後、授業を終えてからいつものようにアムレットの待つ教室へ訪れた二人だがやはり最初は少しだけぎこちなかった。既に互い同士も打ち解けた三人だったが、穴が開いた感覚に触れるかどうかで行き詰まった。
なんでもないように笑い、敢えてジャンヌに触れず勉強会を始めようとするアムレットにクロイは合わせた。しかし何度も肩を落とし寂しげに溜息を吐くディオスが、最終的に先程と同じ台詞を言えばそこで互いに仮面が外れた。
寂しいね、でも手紙できるかもしれないでしょ、いつ返事くれるかなぁと言い合っていればあっという間に時間が過ぎてしまった。
ただただジャンヌ不在を寂しがるディオスと違い、ジャンヌ不在でも全然平気だと思われたかった且つ思いたかったクロイにとっては良い迷惑だった。お陰で大丈夫だと思ったのに無性に胸に隙間風が吹くようだった。
とぼとぼ廊下を歩くディオスに、歩幅を合わせながら冷ややかな眼差しで報復する。
むぎゅう、と口を固く閉じたまま言い返すのも押さえる姿に、一個分の息を吐く。
「……だけどセドリック様にはまた会えるでしょ」
「そりゃそうだけど……‼︎」
ぼそりと周囲に聞こえないように小声で告げる弟に、ディオスは拳を握ってぐるりと首ごと動かした。
ジャンヌ達は山に帰ってしまったが、セドリックは違う。週末にもなれば、早速セドリックの従者として働く予定も入っている。
全員と一気に会えなくなったわけじゃないと慰める意味合いも込めたが、それでもディオスの気持ちは持ち上がらない。セドリックに会えることは自分だってわかっている。その上で今、会えないことが寂しいのがジャンヌ達なのだから。
城へ行けることもそこでセドリックに会えるのも嬉しい。だがそこにジャンヌ達はいないと思えばやはり気持ちは浮上しない。
そうディオスが考えているのだろうことも理解しながら、クロイが今度は自分が目を逸らした。
真っ直ぐ向けられる自分と同じ若葉色の瞳に今は返せない。自分だって同じだと思っても言葉にしたくない。喉がつかえるように苦しくて胸がぎゅっとする。アムレットへ会いに行った時、頭ではわかっていた筈なのにジャンヌがその教室のどこにもいないことに言いようもなく絞られた。
言葉の詰まったディオスが「クロイのばか」といじけたように呟いたが言い返さない。
互いに歩く方向は同じまま別方向を見た。口を結んでいても、お互いきっとこう言いたいのだろうと浮かべばまるで同調しているかのように表情筋だけが微弱に動き続けた。
階段を降り、一階の廊下から抜けて食堂へ辿り着くまで無言で会話し合う。食堂の扉前まで着けば中には入らず、その場で待ち続けた。
「!ディオスちゃん、クロイちゃん」
姉である、ヘレネ・ファーナムを。
いつもセドリックが訪れる時間よりも大幅に下回ったが、それでも二人には姉との合流は予想より少し早いくらいだった。
姉さん、と騒めきの中でも細い女性の声に二人は同時に振り返る。かき消えかけた声量だったが、聞き慣れた姉の声はすぐに耳にも引っ掛かった。眉を上げ、柔らかな表情へと筋肉を伸ばした直後、……再び揃いの顔が険しくなった。
姉一人だと思っていたその隣に、見覚えのある青年が並んでいる。金色の短髪に空色の瞳を持つ青年は、同年齢の姉と並ぶと余計に鍛えられた身体が逞しく見えた。自分達と比べてもその差は歴然だ。
軽い動作で手を上げて笑い掛けてくる青年に眉間の皺を深くする。じぃぃ……と睨む中で、先に口を開いたのはディオスだった。
「なんで姉さんと一緒にパウエルもいるの……」
「まさか僕らが知らないだけで今までも二人で食べてたとかじゃないよね?」
兄の言葉に続きクロイも低い声が出る。
肩が丸く、姿勢が悪くなるディオスと違い背が伸びたままのクロイも目がしぼめられている。まるで当然のごとく姉の隣に並ぶ好青年に、不満しか浮かばない。
ぼそぼそとお互いだけで二人ごとにしかならない声は、姉達には届かなかったが、不満の色ははっきりとパウエルにも伝わった。明らかに歓迎しない顔色二つに、そういえば以前にも妙な誤解をされていたなと思い出す。
お互いでしか呟かなかった言葉をそのままもう一度眼前まで来た姉達に投げつけようかと考えた双子だったが、パウエルから「いきなりすまねぇ」と断られるのが先だった。
「昨日までジャンヌ達と食ってたんだけど、今日から一人だろ?だからファーナム……お前らの姉ちゃんに俺らも飯混ぜて貰えれることになって」
だから良いか?と、そのまま流れるようにヘレネの弟達にも許可を尋ねる。
昨日までは姉と食べていたわけじゃなかったことと、そして〝ジャンヌ〟という理由に二人も唇を閉じてしまう。ついさっきまでジャンヌのことでお互いに言葉を止め合っていたかから尚更だ。
それにパウエルのことは今は嫌いじゃない。姉によくしてくれる人なのも、狙っているわけじゃないことも知っている。
「良いけど……」と抑えるような声でディオスが返せば、にかっとパウエルの笑顔と姉の嬉しそうな微笑みが重なった。
良かった、良かったわと言いながら、そこで食堂には入らず二人揃って首をぐるりと回し出す。
食堂に早速入ろうと背中を向けたクロイだが、姉達の様子に気付いたディオスに服の背中部分を掴まれ止められた。
なに?と、つんのめった怒りから眉の僅かに釣り上がった目でクロイが睨むが、何故かパウエルとヘレネが周囲を見回すだけでまだ一歩も動いていない。
行かないのかと尋ねるべくクロイがそこで口を開けた時。
「なぁ、いつまで突っ立ってんだよ」
わああ⁈
直後には声を上げたディオスだけでなくクロイも思わず振り返り背中を反らした。
見れば、さっきまで気にしなかったところに自分達よりも背の低い少年が立っている。身の丈に合ったリュックを背負い、掛けていたゴーグルを額へと上げる金髪の少年は、まるで当然のようにそこに立っていた。
偶然居合わせたと思えない、ヘレネの隣だ。ぴたりとくっつくように並んでいる彼に、むしろさっきまでどうして疑問に思わなかったのだろうと二人は思う。
誰か隣に人がいるなとは視界に入ってわかっていたが、全く気にならなかった。それだけパウエルのことが気になって仕方がなかったのか、それとも単純に少年の背の低さ故かと二人は考える。
ネイト君!と口を両手で覆いながらヘレネ自身も気付かなかったと言わんばかりに目を丸くした。
隣でパウエルも「おぉ」と声を漏らす中、フンと鼻息を立てて胸を突き出すネイトは一度口をきつく結んで見せた。
一番大きな反応をしたディソウへは目も向けず、もう一度ヘレネへと視線を上げる。




