Ⅱ470.騎士は集われる。
高台の下でステイルと合流した彼女がロデリック達に見送られながら馬車へと戻る。
そんな中当然大勢の騎士達も共に見送ろう、一目間近でと集まったがそれでも二年前ほどの数と熱量を今回はぶつけられなかった。
単にプライドの支持が下がったわけではない、むしろ過去より上がる一方である彼女よりも今は別の人物へ騎士達が集い演習までの僅かな空白を有効利用しようと飛び交っていた。
「カラム‼︎ちょっと詳しく話聞かせてくれ‼︎」
「カラム隊長!講師と兼任されていたということで是非詳しくプライド様のお話を聞かせて頂きたいのですが……」
「アーサー‼︎やっぱりお前あの生徒だったんだな?!?!」
「なんでアラン隊長の親戚ってことになったんだ⁈アラン隊長のご実家行ったのか?!!」
「アーサー隊長!エリック副隊長は家に親戚を預かっていると聞いていたのですが、エリック副隊長の家にまさかプライド様も⁈」
近衛騎士へと。
エリックと、そして話し好きなアランがプライドに付いている為その分のしわ寄せが全てカラムとアーサーの二人に集中した。もう一人の近衛騎士であるハリソンへは言うまでもなく誰も集わないから余計にだ。
たとえ集おうとしてもロデリックの解散が放たれてからすぐに高速の足で次の演習所へ向かった彼を追おうとする者など一人もいない。ハリソン一人を追うよりも、カラムかアーサーを問い詰めた方がずっと教えてくれるのはだれでもわかることだった。
ロデリックとプライドの説明で、事情自体は全て把握できた騎士達だがそれでも全て気になる部分が解消されたわけでもない。
アランとハリソンのセドリック護衛も、エリックの〝アランの親戚〟送迎による中座も、カラムの講師も、アーサーとプライドが十四歳の姿で村襲撃に現れたことも全ての謎は解けた。しかし今度はアランの親戚且つ一般生徒の一人がプライドだったのかという衝撃に周囲が揺れる。
エリックがアランの親戚を家で預かっている、そして送迎を任されてると聞いていたから余計にだった。守衛に任じられていない殆どの騎士達からすれば学校でプライドがどのように過ごしていたかも含めてが知りたい情報だった。
落ち着け、と自分へ詰め寄る騎士達に半歩下がりながらも先ずは沈着を図るカラムと、完全に囲まれ騎士の波に溺れかけるアーサーとで波が見事に二分した。
メシバ村の一件から既にプライドが生徒として潜入視察をしているのではと読んでいた騎士も、村で彼女の姿を目撃した騎士も、等しく情報を解禁されるまで詳しく当時の事情を聞けなかった。そのためどこから聞けば良いかも決めかねるほどに質問が次々と湧いてくる。
アランの家に行ったのかと尋ね、まさか本当にエリックの実家に泊まっていたのではないかと勘繰り、学内でのプライドがどのように過ごしていたか、あんなに目立つ容姿で大丈夫だったのか、そして村襲撃でのプライドの活躍についても詳しくと情報を求める騎士にアーサーもどこから答えれば良いかわからない。
「アラン隊長の家にはお邪魔していません!エリック副隊長の家も基本的には玄関先だけで……」と言えば「基本的はってなんだ⁈」と詰め寄られる。まさか一度は寝室までプライドが奇襲をしたとは流石に言えず唇を絞れば、更に質問が倍になって増えていくだけだった。
比較アーサーよりも上手くあしらい「詳細については演習を終えてから聞こう」「それは私よりもアランに聞いてくれ」「家についてはエリックについても個人的なことだからあまり詮索しないように」とカラムも言葉を交わしながら、演習へ向かう前にアーサー救出へと足を動かす。
集まる騎士をかき分け、アーサーにも演習へ向かうように助言すべく接近した。自分の三番隊と違い、アーサーの八番隊であれば彼らにまで強く言及されることはないだろうと考える。八番隊は隊長であるアーサーとも任務や指示以外では殆ど会話自体をしないのだから。
声の届く距離まで近付き「お前達も演習に遅れるぞ」と声を掛けようと口を開いたその時、また「カラム隊長お話があるのですが……!」と騎士に声を掛けられた。他の詰め寄る騎士達と同じようにカラムは言葉を返
「!!……待て、すまないがその件については私からもまだ詳しくは話」
せ、ない。
先ほどまで騎士達をかき分けるべく広げた腕ごと手を胸の前に上げて見せる。両手のひらを見せる動作で制止を訴えるが、近づいてきた騎士は全く止まらない。
ヅカヅカといつもよりも早く珍しい大股気味でカラムに迫る騎士は険しい表情でカラムに迫る。眉間に険しく寄せられた眼差しは、不満よりも一言で言えば「説明を」が滲み出ていた。
決して仲が悪いわけでもなければむしろ良好な方である騎士の接近に、カラムの方が顔をこわばらせた。頬まで汗が伝うのを自覚しながら「この場ではまだまずい」とだけもう一度断る。
しかし接近してくる騎士は止まらない。更には同じような表情をしている先輩騎士がアーサーにも「エリックから何か聞いてるだろ⁈なぁおい聖騎士様‼︎」と詰め寄り始めているところだった。彼らに関してはまだカラムも事情が話しにくい。
浮き立ち盛り上がる自分達と違い、明らかに覇気からして違う騎士二人の言及に周囲の騎士も血気が削がれだす。
カラムの眼前で足を止めた騎士は、そこで手の平を見せて構えるカラムの腕をがしりと掴んだ。
「カラム隊長。私がどれだけ今日まで聞きたかったかわかりますか?〝あの〟謎の指令から本当に何日頭を抱えたか……。なのに騎士団長には極秘視察を終えるまでは口を閉ざすように命じられ」
「勿論わかる。ちゃんと私もわかっている。しかし私もまさかああなるとは予想もしなかったんだ。今もそれについては詳しく言えないが、その内わかる日が必ず来る。だから今は抑えてくれ」
「取り合えずカラム隊長はどうして」
「だからそれについて言えないんだ。お前に急に負わせて本当にすまなかったと思っている。他に私が話せることであればなんでも質問に答えよう」
「……わかりました。ついでの私の話も聞いて頂けますか…………」
「勿論だ。今は場所も悪い、今夜私の部屋に招くのはどうだ?酒も準備しよう」
ローランド、と。カラムがそう呼んだ騎士は、掴んだままの手でぐったりと首を垂らし項垂れた。
本当は今からでも色々詰め寄りたかったが、そこまで言うカラムにしつこく迫る気にもなれない。ハァ~~~、と長い溜息を吐いてからゆっくりと両手を降ろした。薄金色の髪を垂れ流しながら、最後は軽く自分で頬をパシリと叩いて引き締めた。三日は寝ていないような顔をしていた顔がいつもの整えた表情へと戻る。
本音を言えば「どうして」「どうなって」を十回はカラムに迫りたいが、今まで耐えてきた分今も延長し飲み込んだ。
本当にすまない、と話せないことを謝罪しながらカラムに肩を叩かれれば仕方なくも脱力する。立場上説得されれば叶わない。
なんとか話が通じてくれた騎士に胸を撫でおろしながらカラムは改めてアーサーへと歩み寄る。ローランドと同じような要件でアーサーに詰め寄る騎士の名を呼びながら、人だかりの間へ滑り込む。
「アーサーに聞いても無駄だ。まだ私達も事情は話せない。エリックに用があるのだろう?ならば明日まで待て。エリックもアーサーも今までの極秘潜入の振り替えで今日は午後から休みを頂いている」
気持ちはわかるがエリックとアーサーの休息の邪魔まではしないように。と少し強い口調で止めるカラムに、今度は騎士もすぐに気が止んだ。
そりゃ確かに、と口を堅く閉じてからアーサーに軽く謝罪をしその場を後にした。
一人を皮切りにカラムから「お前達も演習に戻るように」と命じれば、残り時間を思い出した騎士達も急ぎ演習へと駈け出していく。さっきまでの津波が嘘のように引いたことに助け船を出してくれたカラムへ目を輝かせながらアーサーが「ありがとうございます!」と頭を下げた。
自分一人ではこのまま演習にも間に合わなかったのではないかと本気で思う。
申し訳ありませんでしたと謝罪を続けようとするアーサーに言葉の途中で肩へポンと手を置いたカラムは、そのまま「午後はゆっくり休むように」とだけ言葉を掛けた。押しの弱いアーサーが尊敬する騎士達に強く出れないことも、安易にあしらえないこともよくわかっている。
カラムの手の重さを感じながら再び「本当に……」と途中で唇を結ぶアーサーはそのまま固まった。本当にこの人には叶わない、と心の中で呟きながら呼吸を整える。
「お前も演習に向かえ。今夜の飲みに誘われても断って良い。お前はしっかりとプライド様の護衛を果たしたのだから堂々としていれば良い」
はいっ……‼︎と、カラムからの言葉に返しながら、大きく頭を下げて挨拶し駆け出した。
八番隊の騎士が向かう演習所へ向かうアーサーに、ほかの騎士も目で追いながらも引き留めない。カラムの読み通り今晩にでもアーサーを飲みに呼んで話を聞きたいと考えた騎士は多いが、休息を得ているのならば仕方がない。彼が騎士館にいるならば引っ張り呼ぼうかとも考えながら、やはり一番問い詰めるならアランかと当たりをつけて彼らも各演習へ
「すみませんノーマンさん‼︎‼︎今日またお邪魔しても良いっすか⁈」
父親譲りの響く大声は、別の演習所へ向かい始めたカラムの耳にまで届いた。
ノーマンに⁈と、彼を知る誰もが耳を疑い顔ごと向けて振り返る中、カラムもまたその発言に目を丸くした。前髪を指先で整えながら声のする方向を見るが、他の騎士達の後頭部だけでアーサーの姿は見えない。
続けてノーマンから返答があったかどうかもその距離では聞こえなかった。代わりにアーサーの「ありがとうござッ、……」までが聞こえれば返答は予想できた。……ただし。
「弟も望んでいますし喜ぶと思います。が、それとは別にお尋ねしたいのですが何故こんな公衆の面前で大声で仰られるのですか?アーサー隊長もこちらの都合はご存知の筈です。何よりアーサー隊長は今や騎士隊長で且つ聖騎士で自分とは立場が違います。ただでさえアーサー隊長は今注目を浴びておられるというのに何故自分のところにいらっしゃると必要以上の大声で宣言されるのですか。せめて演習の前にひっそり尋ねて下さればこんなに注目を自分まで無駄に浴びずに済んだのですが。勿論どうせ一騎士である自分にアーサー隊長にそこまで配慮をと望むのも分不相応とは存じております。立場とは別に仮にも僕らの借宿に訪問する立場として最低限の配慮はお願いしたいのですが……ですからそう何度も安易に頭を下げないで下さいと何度も」
途中からノーマンへ繰り返す「すみません‼︎」は大声にならず消え入り、カラムにも騎士達にも届かなかった。
明日も更新致します。
その分、明日の後は次の更新は9日からに致します。
よろしくお願いします。




