誕生日パーティー
5月5日は子供の日であると同時に、匠君のお父さんの誕生日だ。
私はこのあいだ隼斗さん達と共に買いに行ったネクタイのプレゼントを持ち、迎えに来てくれた匠君と共に車で五王家へ向かっている。
ふかふかの座席シートに座りながら、私は隣にいる匠君を見詰めた。
彼の背後にある窓からは、見慣れた風景が窺える。
数週間ぶりに会う匠君は、何か良いことがあったのか、嬉しそうに顔を緩めていた。
「朱音と会うのはかなり久しぶりだよな。スケジュール帳をずっと眺めて心待ちにしていたよ」
「うん、久しぶりだよね。電話では毎日おしゃべりしていたけど……」
匠君は毎日決まった時間に電話をしてくれるので、全く連絡を取り合っていないということはない。
でも、こうして顔を見合わせるのはかなり久しぶり。
なので、ちょっとドキドキして緊張してしまっている。
「俺だけじゃなく、美智もシロも……お祖父様達も朱音に会えるのを楽しみにしているよ」
「私も! 五王家のみんなが大好きだから嬉しい」
久しぶりに会うので、昨日はあまり良く眠れなかった。
遠足の前日のように、五王家のみんなに会えると思ったら楽しみ過ぎてしまったせいで。
車内で匠君と尽きることのない話をしていると、あっという間に見慣れた五王家に到着。
本当に匠君と一緒にいると時間が経つのが早い。
重厚な門を潜れば、剪定されて綺麗な形をしている大きな松などが植えられている先に立派な日本家屋があった。
私は飛び込んで来た光景を見て、視界が滲んでしまう。
「待ちきれなくて外で待っているみたいだな。まぁ、俺も気持ちはわかるが」
苦笑いを浮かべて匠君が見つめている先には、玄関前に立っている五王家の人達の姿が。
ミケちゃんを抱いた美智さん、匠君のご両親、お祖父さんが並んでいる。
それから蝶を追いかけてふらふらしているシロちゃんがいた。
久しぶりに見る五王家の人々に、私の表情筋がどんどん緩んでいく。
――私も待ちきれなかった。
やがて車が停車すれば、「ワン!」と吠えながらシロちゃんが私の元へ駆け寄ってきてくれた。
先に車から降りた匠君にエスコートされ外へ出れば、シロちゃんが飛び跳ねるようにじゃれてくれる。
「シロちゃん!」
「わふっ」
「シロちゃん、久しぶりだから抱きしめていい?」
と言えば、「え」と隣から匠君の声が漏れてきたのが聞こえてしまう。
「ワン!」
シロちゃんがいいよーと言ってくれているように吠えると、私はしゃがみ込む。
腕を伸ばしてシロちゃんの真っ白でふわふわの体に抱き付く。
柔らかな毛並を感じたのは、いつ以来だろうか。
――可愛いなぁ。新しい写真も撮りたいなぁ。
私のスマホの待ち受け画面は、美智さんと彼女に抱っこされているミケちゃん、匠君と彼の背中に乗っているシロちゃんだ。
「久しぶりだと朱音に抱きしめて貰えるかっ!?」
「もしかして、シロちゃんをぎゅっとして駄目だった……?」
「いや、全然。シロもすごく嬉しそうだし」
どういう意味だったのかな? と首を傾げながら匠君を見ると、彼は視線を彷徨わせたあと、私を真っ直ぐ見つめてきた。
「俺も朱音と久しぶりなんだ!」
「うん」
さっきそういう話を車でしたし、私も久しぶりだなぁと思っているから充分理解している。
「だから、その……」
「ワンっ」
突然、シロちゃんが私のスカートの裾を軽く噛むと引っ張って玄関の方へと体を向け始めてしまう。
「シロちゃん?」
どうやら中に入ろう! と誘ってくれているようだ。
もしかしたら、玩具で遊びたいのかもしれない。
「シロも待ちきれないみたいだね」
喉で笑っている匠君のお父さんの横で、お祖父さんや美智さんが残念そうな表情で匠君を見詰めている。
「中に入ろうか」
「はい!」
匠君のお父さんが促してくれたので、私は大きく頷いた。
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(匠視点)
久しぶりの朱音と会ってテンションが高まったシロは、ここぞとばかりに朱音に甘えて遊んで貰った。
俺も朱音とは久しぶりなのだが……と思いつつ、朱音もシロと遊びたいだろうということで見守りつつ朱音の許可を貰い、この日の為に購入したカメラで撮影しまくった。
シロの気が済んだ頃合いをみて、父の誕生日パーティーが開催することに。
今回は五王家にて朱音と家族だけで行われるホームパーティーのため、ゆっくりと過ごすことができる。
全員で食堂に向かえば、テーブルにはすでに料理や飲み物が準備されていた。
料理長達が丹精込めて作り上げた料理はどれも美味しそうだし、シロとミケの犬用猫用ケーキも用意されている。
シロがケーキをじっと凝視していたため、「待て」と一応制止。
すると、俺とケーキを交互に見ている。
どうやら食べたいけど食べるのを待てと言われているので、迷っているらしい。
「乾杯してからな」
俺はシロへと告げ、席へ。
朱音を挟むように俺と美智が座り、テーブル越しに祖父と両親が座った。
黒いワンピースにエプロン姿の使用人達の手により、大人のグラスにはワインが注がれ、俺達のグラスにはジュースが注がれていく。
「さっそく乾杯をするとしよう」
祖父の言葉に全員がグラスを持てば、後方から「わふっ」という声と共にカタカタと音が聞こえ出す。
シロのやつ、もう食べ始めちゃったな……と思って振りかえれば、案の定シロがケーキを貪るように食べていた。
ミケはまだ食べておらず、大人しく座っている。
さすがは先輩猫だ。
「あら、シロったらもう食べちゃったのね。ミケも食べても良いわよ」
美智の言葉に、ミケは「にゃ~」と絶対に俺に対しては鳴かない声を上げと、ケーキに口を付ける。
ゆっくりと食べているミケ。そして、がつがつと食べているシロ。
二匹は静と動という感じがした。
「では、もう一度。お誕生日おめでとう。お父様」
「誕生日おめでとう」
美智に続いてみんなでお祝いの言葉をかければ、父が楽しそうに笑っている。
「ありがとう」
父は仕事で忙しいけど、昔から俺達の事も考えて色々動いてくれている。
ちゃんと家族を大切にしてくれている所など尊敬する部分も多い。
……気恥ずかしくて言葉にしては言えないけど。
「お料理、とても美味しそうだわ。朱音ちゃん、遠慮しないで食べてね」
「はい、ありがとうございます」
隣に朱音がいることに対してたまらなく心が満たされていき、俺はちらりと彼女の様子を窺う。
――朱音だ。
受験生の彼女は、ほとんどの時間を勉強に費やしている。
学校でも特別補講に出席したり、塾にも通っているため時間が合わず。
そのため、以前のように気軽に会えることが出来なくなってしまった。
寂しいけど受験が終わるまでの我慢だ。
朱音の志望校が家から通える大学のため、合格後には一緒に会えるはずだし。
「嬉しいなぁ。こうして朱音ちゃんや匠達にお祝いして貰えるなんて。しかも、プレゼントまで!」
朱音と会えたのが嬉しいのは俺だけじゃない。
父も上機嫌で朱音から貰った誕生日プレゼントを手にしている。
朱音が渡してくれたのは、シックなダークブラウンの紙袋。
店名が入っていてネクタイ専門店のものだった。
専門店として有名なお店だが、見つけにくい場所にあるので偶然見つけたなどは考えにくい。
――ネットで探して見つけたのかな?
あの店を朱音が知っているのが意外だったので、俺はちょっと疑問に思ってしまう。
だが、俺以外は特に気にしている者がいないため、すぐに頭を切り替えた。
「さっそく開けてもいいかい?」
「勿論です」
父は朱音の言葉に目尻を下げ紙袋から中身を取り出せば、細長い箱が入っていた。
蓋をゆっくり開けば、父から歓喜の声が上がる。
「爽やかな色のネクタイだね。こういうネクタイを持っていないから嬉しいよ! 早速、仕事で使わせて貰うね。秘書に自慢しちゃうよー」
父は余程嬉しかったようで、ネクタイを体にあてながら母の方へと体を向けて見せている。
弾んだ声で話している父を母が穏やかな表情を浮かべて聞いていた。
なんとも羨ましい光景だ。
俺だって近い将来には、父達のような未来が訪れるはず!
明るい未来について考えていた俺は、このとき知る由もなかった。
まさか、ネクタイがちょっとした騒動を引き起こすことになるなんて――




