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露木さんっ!彼氏作ろう!

学校の近くにあるアーケード商店街の一角には、色々な高校の生徒があちらこちらで窺える。それはこの辺りにはカラオケやゲーセン、ファーストフード店など学生の好むようなスポットが多いためだ。

私もそんな高校生の日常的なありきたりな風景と化している。クラスメイトの豊島さんと秋野君と春里君と共に……


今日は大好きな作家さんの新刊発売日。

そのため、アーケード内にある本屋さんに向かっていると、偶然豊島さん達と遭遇。

どうやら三人でカラオケに行く途中だったらしい。私が向かおうとしていた本屋さんは、ちょうどカラオケ店を越えた先にある。そのため、「せっかくだから一緒に行こう!」とお誘いを受けたのだ。


「露木さん、本好きだもんね。ねぇ、なんの本を買うの?」

私の隣を歩く豊島さんがそんな事を尋ねてきた。

秋野君と春里君は私達の前方を歩きながら、時折こちらに顔を向け会話へと参加している。


「湊川尊先生の本だよ。新刊楽しみにしていたの」

湊川先生というのは、売れっ子のミステリー作家。

原作がドラマ化や映画化もされているけれども、雑誌やテレビなどそういったメディア系には全く出ず。そのため、男性なのか女性なのかすらわからないどころか年齢も出身地も全て非公開。


「え? 湊川尊先生?」

その名に、豊島さんの足がぴたりと止まってしまう。

「どうかしたの……?」

「んー―……やっぱり惜しいなぁって思ってさ……湊川先生か」

「惜しい?」

「そう」

彼女は頷くと、苦笑いを浮かべてまた足を進め始めた。その発言には、すかさず秋野君達の「何が惜しいんだよ?」という声が掛けられたのは言うまでもない。


「ちょっと前に、露木さんに紹介したい人がいてさー。佐伯を紹介したかったのよ。あいつの家になら湊川先生の書籍も全て揃っているし」

「あー、そう言えば、佐伯も本好きだったな」

「え? あいつって、読書すんの? サッカーやっていた事しか覚えてない。しかし懐かしいな。卒業してから全く会ってないや」

「もしかして、三人中学一緒だったの?」

「そうそう! 三人、幼稚園からずっと一緒。なぜか、クラスまで!」

「だから仲いいんだね」

私がそう告げれば、「腐れ縁だよ」という声が重なり合う。

その時だった。ちょうど前方から「あれぇ?」という、毎日聞き慣れた声がぶつかってきたのは――


「え?」

それに弾かれるように声のした方へ顔を向けると、そこには六条院の制服に身を包んだ妹・琴音の姿があった。相変わらず可愛らしいその姿。

きっとそう思うのは私だけじゃないはず。現に「うおっ、可愛い子!」「めっちゃ好み!」という、秋野君達の呟きが耳に届いているぐらいだ。


琴音の周りには人が見当たらず、どうやら一人でここを訪れたらしい。

入学以来このアーケードを時々通っているけれども、一度も琴音と遭遇した事はない。

それなのにどうして今日に限ってなのだろう……私一人の時であればよかったのに……


そのため、思わず上げてしまいそうになった声をかみ殺した。今は一人ではなく豊島さん達がいるので、琴音の機嫌を損ねてしまうと困るからだ。彼女達に迷惑をかける事になってしまったら申し訳ない……


「やっぱりお姉ちゃんじゃんっ!視界の端になんか見たことのある地味な人がいるなぁって思えば。やっぱりそうだった。たまには気分転換に野暮ったいアーケードでも通ってみるかと思えば、案の定ここにいる連中も似たようなものね」

「ちょっと待ちなさいよ。あんた。どこのどいつだかしらないけれども、どんだけ上から目線で……って、はぁ? お姉ちゃん?」

豊島さんは指をさしながら琴音に向かって怒鳴り声を上げかけたけれども、段々とその言葉を弱め私の方へと顔を向けた。彼女だけではなく秋野君達の視線も感じる。


降り注ぐ三人の視線。それについ俯き加減になってしまう。

それと同時に、知られてしまったという思いも湧いて出てきてしまった。妹を知られると、みんな私と琴音を比べてしまうから。それが嫌だし怖くて仕方がない。

先日の教室での出来事でもそうだったけれども、慣れていても不快に感じてしまうのだ。

それにやっと馴染んだクラスメイトだから余計……――


「誰? この人達」

琴音は訝しげに豊島さん達を見ている。

「……クラスメイトよ。本屋さんに行く途中で偶然会ったの」

「本屋? またぁ? お姉ちゃんって本当に地味だよね。まぁ、でもこの人達も同類か。やっぱりお姉ちゃんと同じクラスの人達だけあるわ。ぱっとしてないもんね。六条院とは違うわ。はながない。あぁ、でもそっちのポニーテールの人はまだ顔面偏差値マシかも。ただすごく性格キツそう。なんか滲み出てる」

そう言って琴音は豊島さんを見ると、鼻で笑った。


その不躾な態度に私は血の気が引いてきてしまったらしく、身体から力が抜け落ち、目の前が真っ黒に塗りつぶされてしまう。まるで鈍器で殴られたかのような衝撃。


――匠君達のお蔭で折角クラスメイトとお話をするようになったのに、こんな失礼な事を……っ!


なんとか琴音にちゃんと自分で言わなきゃ! そう思っているのに、言葉を忘れてしまったかのように上手に言葉が出ない。

ズキズキと痛む頭と心。そんな中、なんとか自分を奮い立たせるために、肩から下げている鞄に付けられたクマのヌイグルミへと手を伸ばし触れた。ここには居ない、匠君や美智さんに勇気を貰うために。


「……琴音…やめて……」

ふかふかの毛並を持つそのクマのお蔭か、やっと言葉が出た。震える声は酷くみっともないかもしれないけれども、音として空中に出ただけでもマシだと思いたい。


「何をやめるわけぇー?」

「みんなに失礼な事言わないで……」

「失礼なこと? ほんとのことじゃん。それとも私みたいに容姿が優れているの? 何か才能があるの? ないでしょ。どう見ても」

口角を上げ、琴音は私達を一瞥。その琴音が私達を映し出している瞳が強く、私は自身の弱さから視線をすぐに外してしまう。すると、ぽんと肩に何かが触れたので、反射的にそちらを見れば、豊島さんが私の肩を叩いて微笑んでいた。


「豊島さん……?」

「大丈夫だから。こんな性格最悪の妹ぐらいで、露木さんの事をどうこう悪い方向には思わないからさ。こんな事ぐらいで露木さんの良い所は全然霞まないよ! ……というわけで、妹。お前、その性格ブスを直せ」

「ブス? もしかして貴方自身の事かしら?」

「もういっぺん言ってみろ! ちょっと可愛いからって調子のんなよ!」

「怖い―。怒ると顔に皺出来るわよ? やっぱり六条院と違って品ないわね。怒る時も可愛くしたら? モテないわよ。それから、私はちょっと可愛いってレベルじゃないから」

「はぁ?」

「まぁ、いいわ。それよりも……」

と、琴音は秋野君と春里君の方へと顔を向けた。すると彼らは体を大きくビクっとさせ、少し後方に身を引いてしまう。


「で? 『匠』ってどっちかしら?」

「え……俺達どっちも違うけど……名前、ひですぐるだから…」

「なんだぁ。お姉ちゃんと一緒にいるから、匠って男だと思ったのに。どっちでもないのね。匠ってダサいお姉ちゃんの友達、一度見て見たいと思ったのに残念。まぁ、今度でいいか。どうせお姉ちゃんの交友関係なんて狭いだろうからすぐ会えるだろうし。それにピアノの練習に遅れちゃうわ」

「さっさと行け。私の前から今すぐ消えろ」

「やだ、野蛮な人―っ。言われなくても行くわ。貴方達のような暇人と違って忙しいの」

クスクスと笑うと、「じゃあね」と手を振り、琴音は私達をすり抜け去っていった。


恐らくほんの数分の出来事だったのだと思うけれども、物凄く長く感じてしまっている。どうしてこうもばったり会ってしまったのだろうか。その上みんなに嫌な気分にさせてしまい、なんて言っていいのかわからない……


「ごめんなさい……」

私はつい先ほどの琴音の件に関して頭を下げた。すると、「露木さんのせいじゃないよ!」という慌てた三つの声が重なりあったのが耳朶に触れた。


「露木さんは悪くない。気にしないでくれ」

「そうだよ。なんなの? あの女」

「ほんとになー。あんなに強烈な奴は久しぶりに見たぜ」

三人は口々に庇ってくれた。


「それより、大丈夫? なんかすごい言われようだったけど。本当に妹? 俺も妹いるけど、あんなに態度悪くないよ。口は悪いけどそれはまた別だし」

「大丈夫……本当にごめんね」

「いいって。気にするなよ。しかし、美人は性格良いって思っていたけど、性格凄まじく悪いな」

「それは個人差でしょ。美人だって性格いい奴いるわよ。あの女が最悪なだけ。大体、あぁいう奴に限って裏表激しいんだから」

「でも、モテるだろうな……」

「確かに。めっちゃ可愛い子だったもんな。あの子」

と、秋野君は春里くんに同意したが豊島さんに睨まれてしまう。


「あーっ! イライラする。なんでも持っていると思うなよ! 調子に乗っているのも今のうちだ!」

「いや、でも俺ら確かに平凡を絵に描いたような人間だし。きっとあんなに可愛いんだから彼氏もイケメン金持ちだぞ? あの子六条院だったから頭も良いだろうし」

「そんなに六条院が偉いのか? なんだよ、六条院ブランドって! 佐伯だって六条院だけれども……あっ!!」

豊島さんは突然声を上げると目を大きく見開き、さっと私へと視線を移す。

その急な反応に、私はびくりと肩が大きく動いてしまう。


「えっと……豊島さん……?」

「露木さん。彼氏を作ろう!」

「え?」

小首を傾げれば、がしっと両手を掴まれ握り締められた。

ちょっと痛いぐらいの圧と、豊島さんの燦々と輝いた瞳にどんどんと気持ちが押されていく。


――ど、どうしたのかな? なんで彼氏?


「あの女が歯ぎしりして悔しがるレベルの彼氏を作ろう! 金持ちでイケメンのさ。そしてラブラブの姿をあの女に自慢しようよ!」

「えっと……それは……」

無理だと思う。琴音ならば簡単だろうけれども、私では難問すぎる。

それに多分琴音は彼氏がいると思う。ずっと彼氏を切らせた事がないって言っていたから。


「おい、露木さんが思いっきり困っているだろ! お前、なんで急にそんな方向にいくんだよっ!?」

「そうだよ、やめろって。そういうの強制する事じゃないだろ。もう、忘れようぜ。さっさとカラオケ行こう。そして歌ってすっきりしようって」

「えー。でもさぁ~」

「いいから、行くぞ。そうだ! 露木さん、時間ある? よかったら一緒に行こうよ。あんな妹でストレス溜まるだろ? 一緒に騒ごう」

「おっ、いいな」

「うん。それいいね。行こうよ、露木さん」

三人の誘いに、私は目を大きく見開いてしまう。

さっきのような事があったのに、琴音と私を切り離してくれるなんて……

それに少しだけ固まっていた心が緩んでいく。


「……ありがとう」

私は頷くと、一緒に行く事を了承した。







当初の目的地である本屋さんの少し手前。そこに豊島さん達がよく訪れるカラオケ屋さんがあった。

店前には学割や会員割という旗が掲げられ、その付近には学校名のプレートが付けられた自転車が多く駐輪している。その様子から、多くの学生がここを利用しているのが見て取れる。


「豊島さん達。ここ、よく来るの?」

「うん。この辺りで学割が一番安いんだ。だから結構混むんだよね。ここが駄目なら、ドーナツ屋の近くにある方に行っているよ。今はどうだろう? まだ時間的に大丈夫だと思うんだけれども……」

と言いながら、豊島さんは自動ドアを潜った。それに続くように私達も入店。

すると、耳にいま流行しているアイドルの曲が流れてくる。


店内に入り、初めに目に飛び込んでくるのはすぐに正面にあるカウンター。白いテーブルのフロントで、紺色のベストとワイシャツ姿の店員さんが受付をしてくれている。どうやらそこには先客がいたらしく、他校生のグループがすでに手続きをしていた。

そんな何気ない風景だけれども、私はついそれを凝視。四人の男子学生がいたのだけれども、三人は制服が一緒。それは近くの男子校のものだ。

でも、一人だけ六条院の制服を纏った少年がいる。そのため、どうしても彼だけ違う制服のせいで目立ってしまうのだ。

後ろ姿しか見えないけれども、短めに切った髪が爽やかそうなイメージ。


「おい、あれ……」

「あぁ、それっぽいな」

春里君と秋野君は彼等を見ながら、ぽつりと零した。その隣で豊島さんが目を大きく見開き、その六条院生に視線を固定。そのいつもと違う様子に、私は首を傾げてしまう。


――もしかしたら、知り合いなのかな?


「……やばい。こういうの運命的って言うんじゃないの!? ねっ、露木さん!」

「え? あの……? ちょっと、状況がよく……」

「おい、待て。早まるなよ。豊島……」

「そうだよ、余計な事すんなって。俺達は俺達で遊ぶからな。絶対にやめろ。俺、お前の考えている事が手に取るようにわかってしまうのが嫌だ」

げんなりとしている春里君達は、豊島さんの腕をしがみ付くように押さえつけた。そのため、彼女はあの人達の傍に向かえず足だけを進めようとしたが動けず半拘束状態に。

けれども豊島さんはそんな状況に一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐにそれを消し去る。

かと思えば、口を開き声を発してしまう。


「――佐伯達!」


その言葉に、カウンター前にいた生徒達の意識がこちらに引き寄せられた。




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