じゃあ、なんで手繋いでいるの?
少し気恥ずかしさを残したまま私と匠君は、手を繋ぎながら順路を回った。
途中実際にヒトデなどの生き物に触れるコーナーがあって、まるで童心に返ったかのように楽しんだ。
「ヒトデって意外と柔らかかったね」
「そうだな。もっと硬いと思ってた」
そんな話をしながら次の展示スペースと移動すれば、やけに人々が群がっている水槽が目につき、つい足を止めてしまう。
皆、水槽に釘づけになっている様子から、もしかしたら何か人気の海洋動物がいるのかもしれない。
見学スペースも大きく取られ、十からに十五センチぐらいの段差と手すりが備え付けられている。そのため、後方の人にも見やすい配慮となっている。そのような造りから、水族館側でも目玉の一つとしているよと察する事が出来た。
「なんだ? あれ」
「なんだろうね……?」
首を傾げつつ、私達も早速その中に加わる事に。ちょうど後方の手すり付近に空いているスペースがあるのでそちらへ。
開け切った視界。そこに広がった水槽を眺めて私は納得。
――……ラッコだ!
「朱音、見えるか?」
「うん。段差だから大丈夫だよ」
「ラッコだな」
「うん。しかも、仲良く手を繋いでいるよ。可愛いね」
数匹いるのだが、ちょうど中央付近にてゆらゆらと水面に漂っている二匹のラッコ。
その二匹の小さくて愛らしい手はぎゅっと繋がれているのが凄く可愛い。
周りの人々も頬を緩め、それを眺めている。とても癒される光景だ。
「俺達と一緒だな」
「え?」
匠君の言葉に、私は弾かれたように彼の方を見上げた。
「手。繋いでいるから」
そう言ってはにかみながら匠君は、繋がれている手へと視線を向けたのでそれに私は微笑んだ。
「うん。一緒だね。でも、どうしてラッコは手を繋いでいるのかな……?」
「眠っているのかも。流されないように海藻を巻いたり、ああやって手を繋いで眠るらしいから」
「そうなの? 匠くんって物知りだね」
「前に……――」
照れ臭そうに笑った匠くんの顔が、急に強張った。そして、私達がいる場所の左斜め下へと視線を向けてしまう。そこはちょうど段差の下。人々で埋め尽くされている一角だ。もしかしたら、知り合いでもいるのかな? と、視線を追えば、彼の瞳はとある人々で固定。
それは、四・五人の可愛い女の子達に囲まれている一人の少年の姿。鮮やかな色に染められた髪を持つ彼は、後ろ姿や背格好から私達とあまり変わらない年齢のように感じた。
――友達かな?
「――あ~、無理無理。僕、ラッコでなくて良かったよ~。だって、手を繋ぐ可愛い女の子なんて選べないもんね」
「えー。健斗君、私と手を繋ごうよ」
「だめよ。私とよね?」
その少年は女の子に抱き付かれたり、腕にしがみ付かれたりしている。もしかして、みんなあの少年の事が好きなのだろうか? だとしたら、凄くモテる子なんだろう。
――……あれ? でも、健斗って名前最近聞いた事があるような……あぁ! 琴音が先週に言っていたっけ。たしか、健斗先輩にクマがどうのこうのって。もしかして、その人かな……?
「あっ」
私がじっと見すぎたのか、その健斗と呼ばれている少年がこちらを振り返ってしまう。
すると大きく目を見開くと、「匠じゃんっ!」と笑顔でこちらに手を上げてきた。
匠君の知り合いだからあんな反応したのかと思いながら、彼の方を窺えば空いている手で頭を抱えている。彼のそんなリアクションに、私は少し戸惑ってしまった。
「健斗、なんで水族館にいるんだ……」
「え? 決まっているじゃん。気分だよー! というかさ、その子見た事ないんだけど」
「違う学校だからな」
「……って、嘘!? 手繋いでいるじゃん。匠、付き合っている子いたの!? 去年竜崎家の令嬢と別れてから彼女居ないと思ったのにっ!」
「おいっ! お前はなんでそう余計な事を言うんだ!?」
「別にいいじゃん。元カノぐらい。ね~」
と言いながら、その少年は周りの女の子に微笑んだ。それに周りの子達も「ね~」って口々に言っている。
――そう言えば、匠君に彼女いるのか聞いてない。もしいたら、手なんて繋いじゃいけないよね……それに、私なんかが匠君の彼女と間違われちゃったら、迷惑極まりない。
そのため、私は否定の言葉を発した。
「私、匠くんの彼女ではないです」
「じゃあ、なんで手繋いでいるの?」
「それは……」
確かにそうだ。健斗と呼ばれた少年の言う通り。
私は匠君の彼女ではない。
匠君の言葉に甘えて手を繋いで貰っていたけど、そんな事をするべきではない。そう認識した私は、匠君の手をゆっくりと離す。
だが、すぐに彼の大きな手により、覆うように繋がれてしまう。
「いいんだ」
「でも……」
「俺はフリーだから、朱音と手を繋いでも問題ないんだ。それに、手を繋ごうと言ったのは俺の方だし」
匠君はそう告げた。
「……というわけだ、健斗」
「いいけどさぁ。僕も付き合ってないけど、可愛い女の子となら喜んで手繋ぐし。今はみんな可愛いから選べないだけ」
「本当にお前はブレないな。とにかく、もう俺の事はいいから。ほら、ラッコ見ろって。折角水族館に来ているんだ」
「……ねぇ。なんでそんなに俺の事邪険に扱うわけ? なんか、僕が邪魔者みたいじゃんかー。折角偶然会えたのにぃ。あっ! わかったーっ!!」
そう言って少年は、私の方へと視線を向けた。
「そうかぁ。だから、この間の告白断ったんだね。でも、あの断り方は良くないよー」
「告白……?」
そのフレーズに、私は匠君の様子を窺えば、「違うんだ! 朱音! 違うんだ!」と力を込めた台詞を幾度も言われてしまう。
「匠、なんかそれ浮気がバレた男みたい。必死じゃん」
「お前が余計な事を言ったせいだろ……今すぐ臣に来て欲しい……」
匠君は深く嘆息交じりでそう告げると、私の方を見た。
「もう行こう。俺、ペンギンの散歩が見たいんだ」
「え? ペンギン……?」
あぁ、そう言えばコンビニのおばちゃんが言っていたっけ。一日二回ペンギンの散歩があるって。
そろそろ時間なのかもしれない。人気であることが予想されるので、少し早めに行くに越したことはないだろう。
「じゃあな、健斗」
そう言いながら、匠君は足を踏み出した。
そのため、私も手を繋いでいる彼に続くために段下にいる少年へと会釈。そして足を進め歩き出した。「えー。もう行くの?」という声を背に聞きながら。
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ペンギンの散歩は水族館ではかなりの人気らしく、私達が向かった時にはもう場所取りがされていた。
外にあるペンギンやオットセイなどの水槽があるコースをぐるりと一周するらしく、すでに木製のエッジと熱くないように敷物が敷かれコースが準備されている。
そこをペンギンが通っていくようになっているらしい。そのため、みんな間近で見ようとコースに沿って人垣が。
「まだ少し早いのに、凄い人気だね」
「あぁ。この様子だと散歩は見られないかもしれないな」
私達は邪魔にならないように端によりながら、その光景を眺めていた。
「匠君は背が高いから、見えると思うよ?」
「俺はそうかもしれないけど、朱音が……」
「私は大丈夫だよ。ラッコとかも見られて楽しいかったから。今日は連れて来てくれてありがとう」
ペンギンの散歩は見られなくて残念だったけれども、久しぶりの水族館を堪能でき充実している。
白クマのヌイグルミを思い出すこの水族館も、今は塗り替えられ良い思い出に。だから私はもう十分だ。
「……いや。俺も一緒に回れたから楽しい。だから、その…また今度にしよう」
「また……?」
「あぁ。また今度ここに来よう。その時に少し余裕を持って、ペンギンの散歩見られるようにしてさ」
目を細めながら、匠君はそう言ってくれた。それに私は頷く。
「そうだね。また一緒に。あっ! その時は美智さんも」
「え、美智!? ……あ、うん。そうだな。あいつも都合が合えば」
そう言いながら、彼は何処か遠い目をした。
その後、ペンギンの散歩を諦めた私達は、イルカショーを見たりして楽しんだ後に出口付近にあるショップに立ち寄る事に。魚やイルカの模様が入った壁には、大きな棚が数か所設置され、そこには文房具からお菓子まで幅広いグッズが陳列されている。
ぱっと見れば入館者の割りには、あまり人がいないみたい。
レジには列が見られるが、それは3~4人のみ。もしかしたら、ペンギンの散歩の時間だからなのかも。
「ヌイグルミ……」
売り場の正面には大小様々な大きさの海洋動物のヌイグルミが並べられていた。けれども、そこには白くまは見当たらない。
――もう無いよね。やっぱり。
ちょっとだけ残念だったけれども、同じ商品がずっと置かれる可能性は少なかったので、なんとなくこの結末には納得出来ている。
この海洋動物のヌイグルミの中でも一番押しているのが、イルカとペンギン。それからラッコ。それらはイラスト付きのPOP広告などが手書きで書かれていたり、宣伝用の小さなタブレットのような端末が置かれている。
しかも、この三種類に関しては着せ替え用の衣装も用意されているらしく、ヌイグルミの隣には三種類ぐらい販売されていた。
「あっ、ラッコもあるよ。ヌイグルミには女の子と男の子タイプがあるみたい。ラッコにはマジックテープが付いているので、二体買って手を繋ぐ事も可能。……あれ? なんでラッコだけなんだろう?」
「手を繋いで寝るからだと思う。ほら、目を閉じているタイプもある。ラッコだけだけど」
「そっか」
匠くんが視線で指した先には、確かに目を閉じて手を繋いでいる物があった。
それは水槽で見たような、泳いでいるタイプだ。
「凄いな。服もあるぞ」
「うん。Mサイズのヌイグルミ用って書いているね。Webショップ限定でドレスもあるので、ウェルカムドールとしてもお使い出来ますって書いているよ」
ラッコのイラストが描かれたPOP広告には、そう書かれていた。
「なんだ? ウェルカムドールって」
「えっと……あっ、これじゃないかな?」
こんな使い方が出来ますという使用方法が書かれたボードには、数種類の写真が貼られている。その中に結婚式の受付に置かれているのがあった。
――そう言えば、従妹の結婚式で見た事があるかも。受付じゃなくて、ウェルカムボードの隣にあったけど。
「……結婚式」
匠君はそう呟きを零すと、ラッコのヌイグルミへと視線を向け凝視。
もしかして触りたいけれども、私が手を繋いでいるから触れないのかもしれない。そう思って、彼の手を離した。
「匠君。手、ありがとう。繋いでいると、買い物カゴ持てなくなっちゃうから……」
「え? あっ、そうだな。朱音もお土産みたいだろうし。買い物カゴは……」
匠君はきょろきょろと辺りを見回した。そしてとある箇所で、視線を留める。
それは左右にある店の出入り口付近。そこにカゴが置かれていた。
灰色でカゴにもイラストが描かれ、水族館っぽい。
「あった。あそこだな。なら、少し見て回って後で合流しようか」
「うん」
私は頷いた。
――そうだ! 美智さんにお土産買って行こう。いつもお世話になっているから。匠君のも。




