第12話『ダイレクトに宣伝しよう!&配信事故』
カレーちゃん@ Fランなろう作家 @currychang
ジャジャーン。
本日、儂の短編作品である『ゾンビランド・曾我兄弟』がKindleにて発売開始なのじゃ。
なろうに投稿していたやつを4倍ぐらい加筆してて本一冊分になっておる。
お値段なんと300円ちょっきり。バイナウなのじゃ!
……キャラ付けでXとかコメント欄ものじゃのじゃ語尾を付けろと言われたが、
冷静にこれをキーボードで打ってると思うとどうかと思うのじゃ。
関西弁の人でもネットの書き込みとかでは関西弁使わんじゃろ。使うの?
─────
カレーちゃん@ Fランなろう作家 @currychang
あと夜10時から動画生配信で本とドリルの宣伝をするのじゃ。
ドリル子ちゃんねるなのじゃ。
ドリル剣でドリルチャンバラやドリル巻き藁切りとかするらしいのじゃ。
あやつどうかしておる……
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カレーちゃんがXに書き込むと『買った』『買いました!』『どこ住み?』『野菜食べた方がいいですよ』などとコメントが書かれていく。基本的に、ここ一ヶ月ぐらいで増えたフォロワーからのコメントはスルーする。
その日、昼近くにドリル子の部屋で目覚めると部屋の惨状は酷いもの……というわけではなかった。
少なくともゴミはビニール袋に纏められており、食器は洗ってラックに置かれ、床で寝ていたカレーちゃんとドリル子の体にはタオルが掛けられていた。焼き肉で余ったお肉はラップして冷蔵庫に入れられ、テーブルには書き置きまであった。
カレーちゃんに昨晩の記憶は殆ど無いが、どうやらこの様子からすると宴会に付き合わされた槍鎮が片付けていったのである。
うえ、とカレーちゃんは口の中がイガイガする感触もある。もしかしたらゲロも吐いたのかもしれない。部屋に吐瀉物が残っていないのは、槍鎮が掃除をしたか、どうにか吸血鬼としての尊厳でトイレまで這いずってからそこで戻したか。後者であって欲しかった。
ともあれAmazonで確認すると、『ゾンビランド・曾我兄弟』は確かに販売中になっている。Kindle Unlimited読み放題でもある。数多くのKindle作品の中でいかにもペイントで作りました感が目立つ表紙ではあるが。
KDPのページから販売情報を探ってみるがまだ更新されていないのでどれほど売れているかはわからない。だが少なくともXで購入報告があるため、売れているのは間違いない。
「……待てよ? 宣伝がXだけというのも何じゃな……」
カレーちゃんはふと不安に感じた。
そもそも彼女はさほどSNSでの活動に熱心ではない。ホームページやブログなどはやっていないし、Xだって書籍化の際に宣伝用として作ったアカウントで、別段面白い書き込みをしているわけではなかった。
なろうでも活動報告はそこまで頻繁にやっているわけでもない。基本的に作品を投稿するだけだ。なのでカレーちゃんが作品をしばらく投稿していないと死亡説が流れるぐらいだった。
それはさておき、カレーちゃんの小説の読者はそこそこにいる。といっても、よく読む固定読者がある程度評価を付けてくれて、評価が多くなると初見の読者も増えてくるという形ではあるが、それでも一応は書籍化作家。多少は読者の数が多いのだ。
しかしながらカレーちゃんの作品が好きな読者でも、宣伝をしているXまで追いかけている人は更に限られているだろう。作品は好きでも作者の人となりは別に知りたくないという人も多い。好きな作品の作者が政治とか人権とか面倒な思想の書き込みをしているのはあまり見たくないものだ。
とにかく、潜在的な購入者となる読者の中にはまだカレーちゃんが自炊電子書籍を出したことを知らない者もいるだろう。
ひょっとしたらこのままだとずっと知らないかもしれない。
「よし、宣伝のために短編小説をチャチャッと書くかのう! 今なら頭の中が鎌倉モードになっておるから書ける気がする」
基本的にカレーちゃんはそこまで物知りというわけでもないので、小説を書くためだけに資料を調べる。
なので小説を書き終わったらその知識は徐々に抜けていって、暫く後にまた同じ舞台を書こうとしても知識不足状態になるのだ。
故に覚えている今のうちなら販促用短編が書けるかもしれない。知識を忘れる前に。
カレーちゃんが明治以前に怪しげな陰陽師から燃やされる前の記憶があれば多少は時代物も書きやすかったかもしれないが、覚えているのは断片的なことであまり役に立たない。
「まずは風呂に入って気分をスッキリしてからにしよう……」
カレーちゃんはドリル子の部屋の風呂場を借りた。
他人の風呂だというのにドバドバと湯船に湯を貯めて、桶で体にかけ流す。買い置きの入浴剤も入れて「お゛あ゛~」と気持ちよさそうな息を吐きながら風呂にどっぷりと浸かった。
風呂上がりに全裸で首からタオルを下げて扇風機でも浴びようかと部屋に出る。
そのとき、部屋のドアが開けられた。
「こんちーっす、スポドリとサンドイッチ買ってきま……………」
酔いつぶれた二人が翌朝も死んでいるだろうと思って、気を使った槍鎮が食事を持ってきたのだ。
当然ながら昨晩最終的に部屋を出ていったのは彼なので、部屋の鍵は開いている。実のところ女性二人が寝ている部屋を無施錠で放置するのは槍鎮としても非常に不安だったので、不審な物音などが無いか一晩中自室で警戒して眠っていないため目元にはやたら疲れが見えている。かといって同じ部屋で一晩過ごすというのは不道徳で出来なかった。そして寝ないまま今朝も新聞配達に出ていたのである。くたびれもする。
そんな彼が、部屋のドアを開けた瞬間に見たものが──カレーちゃんの風呂上がりである。
「南無三ッッッ!」
「うおっっとっと!? どうしたのじゃ!?」
手に持っていた買い物袋を放り投げて槍鎮は顔を押さえながら後ろを向いた。思わず飛び出た言葉は寺生まれめいていた。放り出されたビニール袋をカレーちゃんは空中でキャッチする。
一瞬だけ眼球が捉えた肌色の情報を即座に頭の中の仏に消し飛ばして貰おうと祈った。少なくともカレーちゃんの裸は美少女の裸と同じである。純情な男子高校生には刺激が強い。
「なんで裸なんすか!?」
「風呂上がりだからじゃが」
堂々とカレーちゃんは言う。彼女からしてみれば風呂上がりなんて見られてもどうってことはなかった。なにせ明治育ちの女だ。当時はオッペェを放り出して昼間から歩いている女性は幾らでもいた。昭和初期まで結構な割合の女性がノーパンノーブラだったぐらいだ。
まあ確かに年頃の男女が裸で向き合うなどスケベ前提の条件ではあるが、言ってみればおばあちゃんが行水していて子供に見られても何も感じないようなものである。カレーちゃんは見た目は美少女だが女として死んでいた。
「少しは隠すっすよ! あわわ、見てないっすからね! マジで! さぁせんっしたァ────ッ」
叫ぶように慌てて槍鎮はドアを閉めて走り去っていく。幾らカレーちゃんが十代半ばぐらいの女児体型だろうが、寺生まれの槍鎮には目に毒だった。なにせこれまでエロ本すら読んだことがないのだ。
だが彼の頭の中は「女の子の裸を見ちゃったムフフ」などより、「訴えられたら間違いなく親父に殺される」と「最低でもアパートを追い出されるかも」といった焦りが浮かび、まずは詫びの品で高級菓子でも買わねばならないと考えていた。
そんな彼の事情など露知らずのカレーちゃん。むしろ彼女は奇異な視線で見られることに慣れているので、ヤバいものを見たような彼の視線に首を傾げる。
「おかしなやつじゃのう。まあええか。サンドイッチはありがたく貰って話を書こう」
カレーちゃんはモンペの下とドリル子の部屋に吊るしてある『アイラブドリル』とプリントされたTシャツを着て、部屋に置いてあったノートパソコンを開く。
「えーとゾン曾我に絡めた短編で……『源範頼VS忍者ゾンビ』にしておくか。それにしても、鎌倉初期は暗殺話が多いのう……」
ゾンビランド・曾我兄弟も曾我兄弟の仇討ちが実は源頼朝暗殺計画だった、という小ネタを膨らませて書いているものなのだが、まあとにかく次々に鎌倉初期は重要人物が暗殺されまくる。
頼朝の弟で目立たない方の範頼も暗殺というか強殺というか、権力を奪われ毒まで盛られ屋敷には押し込まれ酷い末路であった。
カレーちゃんはツナサンドをスポーツドリンクで飲み込みながら、頭に思いつくままに文章を勢いでタイプし続ける。完成度よりも宣伝だ。多少ぶっ飛んだぐらいの内容でも見てくれてご祝儀としてゾン曾我を買ってくれればそれでいい。ついでに評価も5付けて欲しい。贅沢は言わないから。
調子よくカレーちゃんは短編を書き上げていく。昨晩は飲みすぎたが、昼風呂もあって気分がよかった。なにより、小説が販売されたことで自分は小説家なのだという自意識が生まれ、やる気を生み出している。
小説家である。
カレーちゃんはついこの前まで、打ち切られた『元小説家』みたいな気分で、実のところ沈んでいた。
しかしながら出版社には声を掛けられなかろうが、こうして小説を書いてそれを売り出す活動を継続している限り、彼女は限りなく無職に近いフリーであっても『小説家』と名乗っても良さそうだと、そう判断しているのだ。
「ふーんふーんふふーん……おや? Xにメッセージ……うわこわ。ゲリ太郎が一人で複垢使って10ダウンロードもしておる画像アップしておる。一回でいいのじゃ」
謎のファン活動である。態々お求めやすい価格の300円にしたというのに、10回複数購入で3000円も使っている。物理書籍と違って手元にも残らないというのに。
しかしながらそれだけでもカレーちゃんに印税が1910円入ってくる計算である。
「……リアルの知り合いなのじゃから一回買って2000円渡してくれれば……いや、ファンの行動に文句を言っちゃいかんな。ここは素直にお礼を言うことでファンたちにフレンドリーな感じを……」
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カレーちゃん@ Fランなろう作家 @currychang
みんな購入ありがとうなのじゃ~
発売祝いで昨晩は酔いつぶれたのじゃが
近所に住むファンの男子高校生が差し入れにサンドイッチをくれたのじゃ~
うまい
(サンドイッチを頬張るカレーちゃんの自撮り画像)
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『男子高校生俺と代われ』
『俺も買ったんだけど?』
『どこ住み?』
『もっと野菜食べた方がいいですよ』
『カレーはどうした』
『Fラン作家仕事しろ』
『もっと野菜食べた法が良いですよ』
『法の支配……!?』
「なんか知らんがやたらレス付くのう……いつもの小説更新報告とかじゃとそんなに付かんのに」
ぶつぶつと言いながら、コメントへの返信は放っておいて短編小説を書き続けた。
一日に1万字ぐらいが限界量と言っていたが、先が見えていて筆が乗ればそれ以上でも素早く書けることが稀にある。
「範頼相手に忍者軍団苦戦しておるのう……じゃが鎌倉武士であり大将軍代理であった範頼が弱いはずないのじゃ……そもそも義経が派手じゃから逆に範頼は雑魚キャラ扱いされておるが……そこで現れる曾我ゾンビの成れの果て……そう、範頼を哀れな被害者側に書いたと見せかけて、実は曾我兄弟の真の敵じゃった展開じゃ! うむ。いい感じに纏まってきた」
書きながら展開を考えるという無計画っぷりではあるが、なんとか短編が完成しそうになってきた。
それにしてもドリル子は起きないな、とカレーちゃんは寝ているアラサーの顔を見る。「うふふ世界の鋭角部分が全部ドリルになりましたわ~」と寝言で呟いていた。彼女は異世界の夢を見ているようだ。
今起きたところで彼女の分までサンドイッチは食べてしまったな、と思っていると玄関のチャイムがチュイイイインと鳴った。
「チャイムの音じゃないのう……はい、どちら様?」
カレーちゃんがドアを開けないまま誰何すると、
「どうもー! ゲルマン寿司の出前でーす」
「なぬ? 寿司?」
ゲルマン寿司とはカレーちゃんたちが住むこの田舎にある唯一の寿司屋である。本場ドイツでソーセージ作りとBMWで修行を積んだ板前が開いた寿司屋だ。
田舎の民からすると寿司というものは冠婚葬祭で食べるものであり店は全然普段客は来ていないのだが、イベントのときや盆と正月などで儲けを出している。
しかし当然ながら値段は嵩むものだ。特別な日のご馳走なのだから。寿司チェーンの出前やスーパーのパック寿司より当然高い。カレーちゃんはカレーの売ってる寿司屋しか食べたことないが。
「そ、そんなもの頼んでおらぬ……と、思うのじゃが」
弱気な声でカレーちゃんはそう伝える。
はっきりと言い切れないのは昨晩の記憶がないので、うっかり電子書籍発売での儲け算段に気分をよくしてゲルマン寿司に「明日予約で持ってきて」と電話した可能性がなくもない。
すると外にいる寿司屋の青年は流暢に言う。
「あー、これは阿井宮病院の……高校生の子かな? そっちから注文を受けてここに持っていってくれって……代金は阿井宮さん家に貰いに行きますんで、大丈夫ですよ」
近くにある小さいが入院設備もある病院、阿井宮病院はゲルマン寿司にとってもお得意様である。というか高雄の両親は夫婦揃って病院で忙しく、看護師たちと働いているので出前をよく利用している。気前よく看護師たちにも奢っているので、この田舎では出前を持っていく店にとって結構な利益を出す顧客であった。
なので必然、そこの子供たちも出前を持っていく店員からすればよく知っているので、特に問題なく注文を受けたのだ。
高雄はSNS上でサンドイッチを食べているカレーちゃんを見て、自分の後輩でしかも最近ファンになったニワカから祝いの先を越されたことを知って即座に寿司を注文したのである。
推しの家に勝手に寿司頼むファン。
微妙に怖いものを感じながらも、もはや持ってきてもらったものは仕方がない。断ると寿司屋にも悪い。
カレーちゃんはドアを開けて寿司桶を受け取った。
「食べ終わったら桶を外に出しておいてくださいねー」
「りょ、了解なのじゃ」
そう言って帰っていくカレーちゃんの手には、寿司。
押し付けられたような寿司だが、寿司は寿司だ。寿司なんて食べたのはいつぶりだろうか。大学の学祭で寿司屋台がブームとなり並んだときに食べた気がするから、数年以上前だ。なおその寿司屋台は集団食中毒が発生して以降大学の構内で寿司禁止令が出た。
カレーちゃんとてカレーのみが大好きというわけではない。特に他人から奢られた食べ物は好物なのだが、
「……高校生に奢られる大人ってなんじゃろうな」
「誰か来ましたのー?」
玄関でのやり取りで、眠そうな声を出しながらドリル子が目を覚ましたようだった。
カレーちゃんは寿司をテーブルの上に置いて告げる。
「寿司が届いたのじゃ。高雄が送ってきたらしいの」
「まあお寿司……寿司!? 寿司ですの!? ドリル寿司!?」
「いやそんな回転寿司みたいなノリでドリル寿司とか言われても」
「都会にはよくあったでしょう? ドリルコンベアーに乗って回転しているお寿司屋さん」
「あれ? おかしいのう。別の世界線が混ざっておらぬか?」
恐らく寝ぼけて夢の話をしているのだろう。
「せっかく視聴者の方から貰ったお寿司ですから夜にライブで食べませんこと? ドリルコンベアーで流して」
「夢を実現しようとしておる!? ……しかし、夜まで待つと鮮度が落ちるのではないかえ?」
「大丈夫ですわ。ドリルラミッド効果を利用します」
「どりりゅりゃりっど!?」
ドリル子は押入れから羽を取り除いた扇風機と三脚を合体させたような道具を取り出した。
それの台座に蓋を閉めた寿司桶を置いて、三脚で囲む。
「ピラミッドパワーはご存知ですわね」
「ピラミッドの形によって宇宙エネルギーを取り入れて内部のものを腐敗から守ったり、ヒーリング効果があったりするやつじゃろ」
「うちの大学の中庭でひたすらそれを毎日大声で説明してピラミッド型保管庫を作ってた学生がいましたものね」
「あのピラミッドが卒業制作として認められたときは驚いたのじゃ」
「変な学生が集まるから教授たちも変なのですわ……」
彼女らの通っていた大学は大体毎年卒業制作で異様なオブジェが増えていくのだが、一定期間保管後は破壊可という条件で放置されているので翌年あたりの学祭で破壊されて建材にされるか、篝火として燃やされるかで殆ど消える。
ピラミッドパワーのため建築されたピラミッドも石材を切り出されて翌年のイスラム風建築の卒業制作に使われてしまった。歴史の変遷を感じる末路である。なおそのイスラム建築も数年後爆破されて、その動画が撮影されて宗教問題になりかけた。
ともあれそういう事情もあって彼女らと同年代の学生は異様にピラミッドパワーに詳しくなっている。
「そこでピラミッドパワーを増幅、相乗させたのがドリルラミッド効果ですわ。具体的にはピラミッドで囲みつつ回転させることで内部は更に腐敗しにくくなりますの。えいポチっ」
ギュオオーン。風の唸る音を立てながら寿司桶を囲んだ三脚部分が高速回転を始めた。
「これで本当に腐敗せんのかのう」
「実証済みですわ。実際に例として、生魚をこのドリルラミッド内部に置いてスイッチを入れ放置したところ、なんと蝿の一匹もたからなかったですの」
「ほう。そりゃあ凄いのう」
「論文としていずれ発表しますわ!」
凄まじい速度で回転するドリルラミッドには蝿も近づけないだけかもしれないが。
学のないカレーちゃんは一応納得して再び小説に取り掛かる。その間にドリル子は部屋の掃除や洗濯をすることにした。ドリル式掃除機。ドリル洗濯機。ドリル除菌。今日のカレーちゃんは背後でけたたましい機械音が鳴っても気にならない。
なにせ頭にヘッドホンを付けているのだが、ドリルノイズキャンセラーが搭載されているのだ。つまり外部のドリル音を感知したら同じ周波数のドリル音で打ち消すことによってドリル音を聞こえなくする……普通のノイズキャンセラーと変わらない機能があるのだ!
最初はドリル以外の音を全てキャンセルするように作っていたのだが、カレーちゃんにドリル普及のためにはこっちの方がいいと適当な説得を受けて仕様変更された。
なんでもこれを全人類がつければ身の回りの道具が全ていつの間にかドリルに変わっていったとしても気づかずに受け入れるようになるのだとか。
とにかく、カレーちゃんは集中して短編を書き上げ──
「よし! 完成なのじゃ!」
「これに宣伝を書いて投稿ですわね」
「うむ! ……いやちょっと待て」
カレーちゃんは投稿ボタンを押しかけてから気になることがあって一旦止めた。
「……そんな露骨な宣伝目的の投稿をしてもいいのかのう? そもそも『ゾン曾我』はなろうに投稿していた作品を元にしておるものの、なろう運営を通して販売することを認可されておる作品ではない。そしてゾン曾我自体ではなく、そのスピンオフ的な作品で売り物の宣伝をすることはいいのじゃろうか……」
「細かいところが気になりますのね」
「言ってみればなろうに投稿しておるゾン曾我は3万字程度の短編で、Kindleのは13万字ぐらいの作品じゃろ? じゃが話の筋は変わっておらぬ。じゃから見る人によってはなろう版はダイジェスト的作品じゃと思われたりして色々面倒なことになるかも……」
不安になって利用規約を確認してみる。
今まで確認しなかったのかという話もあるが、なろう作者の9割以上は多分投稿する前に確認していない。大雑把な、盗作やなりすまし、歌詞の引用などは禁止されていることぐらいは知っているだろうが。
そこでよく読んでみると、
「禁止事項の12。『次に掲げる内容のテキスト等の情報を、本サイト内の投稿可能な箇所に投稿し、又は他のユーザにメッセージで送信する行為。
(ア)
商業用の広告、宣伝又は勧誘を目的とするテキスト等の情報。ただし、当グループが別に認めたものを除く。』……と、あるのう」
「……駄目っぽい、かしら」
「む、むう……しかしのう、例えば書籍化作品とかは『書籍化しました!』ってあらすじなどに書いてあるのじゃ。儂のも書いたし。これは商業用の宣伝にあたらんのか?」
「知りませんけれど……」
カレーちゃんもよくわからない。運営を通して出版社が話を持ちかけ書籍化したというプロセスによって、運営が認めたということに入っているのだろうか?
それだとするなら勝手に自費出版した作品は駄目かもしれない。
「せっかく短編書いたのに!」
「こうなればカレーちゃん、ステマですわ!」
「そうじゃ! えーと、『なんでも、この作者の作品がKindleで発売された……らしい』『大幅加筆修正』『Xを見てくれるとありがたい』『バイナウ』……こうじゃ!」
直接的な情報を書き込まないことにより宣伝ではないと言い張るつもりである。
もういっそ、怒られたら謝ればいいの精神で決断的にカレーちゃんは投稿をした。ついでにXでも新作投稿の宣伝をしておく。タグは#忍者 #ゾンビ #源範頼。二度と並びそうにない組み合わせである。
「よし……宣伝用作品も投稿したから、今日の予定は決まったようなものじゃな」
「どうしますの?」
「小説管理ページを延々更新してちまちま投稿した小説のポイントが増えるのを眺めておくのじゃ。ちょっとずつちょっとずつお気に入り登録者が増えてポイントがジリジリ伸びて感想が来て……この初期を見守るのが一番楽しいのう……」
「う、後ろ向きな趣味ですわね」
「何を言っておる。なろう作者なんてみんなこれやっておる」
「そんな暇人ばかりじゃありませんわよ……たぶん」
もちろんカレーちゃんは超人気作家というわけでもないので、増え方はランキングに入るような激しいものではない。
地道にお気に入り登録の2ptずつ増えていき、不意に10ptとか8ptとか入って嬉しくなる。そういう感じだ。ポチポチ更新ボタンを推してはニヤニヤするカレーちゃん。ポイントが嬉しくない作者はほぼ居ない。
「まあ、お仕事も宣伝も終えたのですから少しはのんびりするといいですわ」
「ふふん」
「今晩も明日も動画出演の仕事があるのですもの」
「予定立てられとる!?」
******
回転寿司の設備を室内に設置するのは器具さえあれば意外に簡単だ。仕組みは単純で一般家庭用ならば物々しいコンベアーのようではなく、タカラトミーの玩具でもご家庭用のミニ回転寿司セットは売られている。それを少々ドリルで改造して、ドリル動力にすれば完成だ。
夜の十時だというのに騒然たる音を立ててレールの上を皿が移動する。モンペ姿と作業着の二人はカメラに向かって手を振った。
「~~~~~~」
「~~~?」
「~~~~~~!」
「~~~~」
『なにこれ』『聞こえない』『マイク壊れてる?』『寿司』『思わずヘッドホン投げ捨てたわマジ……』『うるさい』
凄まじいドリルの音でまったく二人の会話が拾えていないのだ。
動画にコメントが次々に書き込まれていくのを、渋面でカレーちゃんがじっと見て叫ぶ。
「ほれ見ろ! あまりにうるさすぎるじゃろドリル!」
「そんな、カラオケ屋で『歌声がうるさい』みたいなことを言いましても」
「ええい、いいからどうにかするのじゃ! 寿司も落ち着いて食えん!」
幸い部屋の防音は利いているのだが、あまりにもやかましい。ドリル音に慣れ親しんでいるドリル子は平気だとしても。
やむを得ずドリル子は『ドリルサプレッサー』というドリルの音を小さくするアイテムをドリルコンベアーの動力部分に装着させて音を鎮めさせる。これもドリルノイズキャンセラーと同じ原理だが、逆位相の振動まで与えることで音だけでなく衝撃も吸収する。
「仕方ありませんわね……というわけでドリルチャンネル、初のライブ配信をはじめますわ~」
「はーじまーるのーじゃよー」
「今日は助手のカレーちゃんが本業である小説家として新刊を発売したのですわ。親友として誇らしいですわ! はいカレーちゃん宣伝」
「え、えーと」
カレーちゃんはタブレットでAmazonの販売画面を表示させてカメラの前に持っていく。
「儂の書いた歴史コメディ小説『ゾンビランド・曾我兄弟』じゃ。みなさんご存知曾我兄弟がゾンビとして大暴れ。Amazonの電子書籍にて300円で発売中なのじゃ! ばいなう!」
『かわいい』『曾我兄弟ってなに?』『なろう作品?』『ステータスオープン!』『\5000 買った~』
「「は?」」
宣伝をしたので反応コメントを見るため、顔を並べてPC画面を見ていた二人が声を出した。
並ぶコメントで色付きの目立つものがある。そこには\5000と表示されていて、チャットに1万円投げ銭で振り込んだことが示されていた。
「ご、5000円……わ、儂の小説300円じゃぞ!? 購入報告で5000円使ってどーするのじゃ!」
印税が1冊あたり約200円なので、一人のそれで25冊売れたようなものである。
狼狽したカレーちゃんの顔が大写しになり、コメントが加速していく。
『\5000 かわいいね』『\3000 Kindle使ってないからこっちで支援』『リアルVのリアルタイム配信始めて見た』『おい止めろなろう作家を甘やかすな』『\5000 いつも先生の作品に励まされています。お体に気をつけて野菜もっと食べた方がいいですよ』
次々に投げ銭が放り込まれてカレーちゃんは目を白黒させてカメラに向かって言う。
「待て待てお主らポンポン金を投げておるが、そんなに無駄遣いできるほど金持ちなのか!? 石油王か!? 儂やドリル子さんに金を渡したところで生活費の足しになるだけで渡し損じゃぞ! フィードバックゼロじゃ!」
「ま、まあまあカレーちゃん。いいではありませんこと」
「ううっ……南米で捕まったチュパカブラ仲間が見世物小屋で売られているのを見かけた気分じゃ……」
「見かけたんですの!? チュパカブラの見世物小屋を!」
「チリのロス・ラゴス州あたりでは時々やっておるようじゃ」
妙に詳しいカレーちゃんの言葉に、檻の中へチュパカブラと並んで入れられたカレーちゃんへ小銭が投げられている想像をドリル子はした。
なんとも物哀しい。ほろりと涙が溢れる。
「もしカレーちゃんが捕まったらドリルで助けに行きますわよ……!」
「それは助かるのじゃがドリルで?」
「そこで今回紹介する商品がこちら! 檻に閉じ込められても鉄柵を削りとって脱獄できる、手動式無音ドリル『マスターキー』ですわ! 鉄格子だけじゃなくて蝶番、鍵穴、ダイヤルロックも簡単に破壊して通れますの!」
「おいそれヤバいやつじゃろ! 売るな売るな!」
──そうやって素人二人の配信はドタバタと始まり、それでいてこれまでバズってきたこともあって視聴者数は次々に伸びていった。
見た目だけはまるでファンタジーな二人である。長くグダグダが続けばともかく、目新しい話題だとばかりにネット上で広まった美少女吸血鬼なろう作家(と、ついでにドリルお嬢様)は勢いもあって大勢に見守られながら、ドリルで巻き藁を切ったり野菜を切ったりする凡百な内容でも割とウケていた。
そして、配信の最中。
カレーちゃんはふと部屋の入り口のドアが開いたのを感じた。防音が利いている部屋なので、外気が入ってくればすぐにわかる。
「うん? 誰か来たのか?」
カレーちゃんは振り向く。ドリル子は手にドリルを持っていてその振動と音で気づいていない。コメントに『ん?』とか『どうしたの?』とか書き込まれた。
ガチャリ。鍵を締める音。そういえば、とカレーちゃんは思い出した。色んなドリル道具を部屋に搬入する作業をドリル子がしていたので、もう夜だというのに部屋の鍵は開けっ放しだった気がする。
カレーちゃんはなにか不安げにカメラの方へ後ずさった。
廊下を抜けて撮影している居間に──
口をマスクで隠し、深く帽子を被った男が入ってきた。くしゃくしゃの臭うシャツ。小汚いジャンパー。薄汚れたジーンズ。土の付いた靴を履いたまま、手には金属バットを持っている。
明らかな不審者だ。室内というだけでなく、外で日中に出会っても逃げたくなるような。
カレーちゃんの背筋に怖気が走った。口を半開きにして悲鳴にもならない呼吸が漏れる。
「え」
「どうしまし──」
ドリル子が振り向く言葉の途中。
ご、という骨と金属のぶつかる音に。
ぐちゃ、と皮膚が叩き潰される音が重なって聞こえた。
男はためらうことも脅すこともなく、ドリル子の頭に金属バットを叩きつけたのだ。
ドリル子は全身が脱力したように受け身も取れず倒れ、バットには血と抜けた髪の毛が付着している。
『え』『なにこれ』『こわ~』『ヤバくない』『通報しろ』『ヤバい』『カレーちゃん逃げて』
カメラでその映像をライブで見ている視聴者が混乱したようにコメントを流す。
あまりに唐突な男の登場と振るわれた暴力に、そういう演出かヤラセかと思う視聴者もいたが、当然ながらカレーちゃんにとっても想定の範囲外にある出来事であり、差し迫った危機であった。
男の荒い呼吸が聞こえる。深く被った帽子から見える血走った黄疸混じりの目は、明確な殺意をカレーちゃんに叩きつけていた。まるで今しがた殴りつけたドリル子など、邪魔だからどかしただけだといわんばかりに無関心だ。
ドリル子は頭を殴られて死んだかもしれないのに。カレーちゃんは恐ろしさのあまり、腰を抜かして座り込みながら後ろに下がった。
「ひ、ひいっ! 来るなっ! みっ見られておるぞ! 動画で! 人殺しめ! 警察がすぐ来るぞ!」
声が裏返りながら大声で叫ぶが、相手は怯まない。
そもそもこの部屋は防音が利いているので大声を出したところで近所には決して聞こえない。
カレーちゃんの持つ妖術である相手の体液をカレーに変換する技は年に一度しか使えず、もう今年は使ったので今は使えない。
『早く通報しろ!』『どこに!?』『誰かカレーちゃんの家特定班居ただろ!?』『逃げて逃げて』『うわドリル子さん血が……』
視聴者が通報しようにもまず現場が不明だ。カレーちゃんが悲鳴を上げながら足をばたつかせて逃げるのを、男はゆっくりと追いかける。
手から金属バットを放り投げて、逃げるカレーちゃんの足を空いた手で掴んだ。爪を噛みすぎてボロボロになった太い指が細い足首に食い込む。指の内側の皮膚までガサガサで、カレーちゃんはその感触だけで鳥肌が立った。
男がポケットに手を入れると──取り出したのは小ぶりのナイフだ。狩猟用に売っているもので、皮を剥ぎやすいようになだらかな曲線を刃が描いていて、持ち手の部分は血や脂で滑らないよう握りがついている。
カレーちゃんを無理やり引っ張り、仰向けにして首を締め床に押し付けた。そして、胃袋から込み上がってくる反吐のように苦々しい男の声が聞こえた。
「『皮』」
カワ。皮。言葉で相手が何をしようとしているのか想像したカレーちゃんはジタバタしながら悲鳴を上げる。コメント欄が困惑と制止と恐怖と興奮で荒れ狂った。
「嫌じゃっ!? だっ誰か助けっ」
ビッと音がまず鳴った。ナイフが上半身に着ていた和服の布地を、引っ掛けるようにして切り裂く。猪の毛皮も切り裂くよう研ぎ澄まされたナイフは衣服をたやすく縦に裁断し、カレーちゃんの白い腹部が露わになる。
カレーちゃんは両手の力を振り絞って自分の首を押さえている腕を振りほどこうと掴み、爪を立てるがびくともしない。足を動かして男の体を蹴ろうとしても、体勢が悪いせいで効果は無かった。
男がナイフを逆手に持って、カレーちゃんの腹部に押し付けた。
「止めっ───」
──ナイフは深々とカレーちゃんの腹部に突き刺さり、傷口から血が溢れ出ていった。




