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出あうことのない二人、出逢う  作者: 柿ノ木コジロー
第5章 真夜中 ― ジャクソン・ポロック
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―― 僕。ドアの前に佇む

 カラヴァッジョの画のうえに、降り出した雨のごとく、赤い飛沫が落ちる。どんどんとその数は増え、やがて、画面はびっしりと赤で覆われる。と、次に黒い飛沫、やや弧を描くようにとぎれとぎれの曲線を描く。それから鮮やかな緑、黄色、紫……

 そうか、これはジャクソン・ポロック。しかし、こんな感じのものはポロックの作品の中にも無かったはずだ。


 僕の頭の中だけで繰り広げられるアクション・ペインティング。言葉で語られ、意味づけされてきた抽象表現主義の一形態が今、頭の中で勝手に自らのアイデンティティを叫び始めている。我思う故に我在り。どうして論理武装なぞ必要とする? 感じた時に、そのまま受け入れればいい。ドットの重なりは止まることを知らない、次々とでたらめな綴りで僕に語りかけ、心の平面を埋め尽くしてゆく。



 彼女の病室前にたどり着いた。場所はすぐ判った。彼女がみている夢に、そこが映ったから。丘の上にそびえる、8階建ての大きな病院。そこの5階B病棟。看護師が叫ぶように連呼する。537、角の個室です、537、ゴーサン、ナナですからねイグチ先生呼んでください。


 その時間には、病棟の片隅、廊下はしんと静まり返っていた。


 僕は胸ポケットから小刀を取り出し、それから待った。





『ジャクソン・ポロック』を最初に見いだしたのは誰か。


 師となったトーマス・ハート・ベンソンは当時全盛だったアメリカン・シーン派の画家だった。ポロックの初期の作品にも大胆とは言え、かなり『写実的』ともいえるアメリカの田舎の風景を描いたものがある。


 やがて、主流となりつつある抽象絵画の洗礼を受け、また、メキシコの壁画運動にも係わることで己の可能性に目覚めた。そして、ドロッピングやボーリングといった、巨大な画面に直接絵具を垂らしたり落としたりする技法で一躍、注目されるようになった。


 有名な美術評論家も賛辞を惜しまず、一部の熱狂的な支持を受けることにより彼の絵は『名画』の仲間入りを果たした。画面全体に一見無秩序に散らばる色と形、しかし彼に言わせると『偶然は存在しない』。どこまでも意識下で統率されたとされる「秩序ある」無秩序。まず理論ありき、ことばありきの抽象表現主義は大戦を境に新しい脈動を始めたニューヨークの街を席巻した。


 もちろん当時から、イカサマだという批判もあった。しかも、評判の割に絵は売れなかった。そして、技法の開拓は次第に将来への見通しを失いつつあり、抽象表現主義自体も新しい波に流されつつあった ― ポップ・アートという『軽いノリの』波に。


 長くアルコール依存症に苦しめられた彼は、自らの抽象性の中にその飛沫を散らしながら、賛辞と批判、熱狂と揶揄の中についに居所を見失ったのだろうか。自殺とも言える事故で命を絶った、恋人とその友人を巻き添えにして。


 彼の全盛時、グリーンバーグはしかし『時に彼の絵にはぽっかりと空いた穴が……』と評したことがあった。

 そう、完全無欠であるべきオールオーヴァーの世界の中に意図せず空いてしまったその「虚無の穴」。まっ先に気づいていたのは彼自身だったのではないだろうか。虚無に気づいた時、彼は本当の自分を見出したのではないだろうか ―― 等身大の、傷ついて怒れるひとりの弱い男に。


 それならば、最後に彼は、自分自身を見いだすことができたと言えよう。そして絵具の飛沫を重ねた上でのその答えは


『無』であった。

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