―― 私。午後11時55分
真っ暗な闇に点々と拡がるレモンイエロー。不規則なうねりの白い曲線、オレンジ、ペパーミントグリーン、重なり、お互いを覆い尽くす。どの色が勝るということはない。近所のペンキ屋さんを思い出す。車庫の床にこんなパターンが残っていた。時おりそこを通りかかると、いつも模様は微妙に変わっていた、それでも、ずっとそこの『混沌』だけは変わりがなかった。目眩がした、いえ、目眩がしているのは今。私の眼の中に踊る無数の色と点と線。
急に、赤っぽい縁どりの中に白い光が満ちた。
ぼんやりとした逆光の顔がみっつ、覗きこんでいる。
「気がついた」
気遣わしげな夫の顔がすぐ近くにみえた。やや離れて子どもたち。
夫の眼が濡れていた。「よかった」声がしていない、でも口がかすかにそう動いた。
「どうしたの」
聞こうとして、白い天井がみえた。
「小絵」久しぶりに、夫が私の名を呼ぶ。
「ごめん、今まで、全然さ……気づいてやれなくて」
「かなり危なかったって、お医者さんが」
少し向うから息子の声。ぶっきらぼうさを装っている。
「ごめんよ、小絵、ほんとごめん。商店街で倒れたって時に、先に医者に連れてってやりゃ、よかったんだ、こんなことになるなんてさ……」
息子が一歩、前に出た。
「しばらくオレとミナミでご飯作るから、オレこう見えても料理得意だし」
目玉焼きばかりのくせに。心の中の声をしまって、私はありがとう、と口を動かした。
娘が背中を向けようとしたので、手を伸ばしてそっと招く。彼女は口をゆがませたまま脇に寄り添って、私の胸元に顔を埋めた。その重みで、ようやく声が出た。
「ミナミ、ごめんね」
娘の顔が近づく。
「お夕飯の前に、うるさい、なんて言って。それにお弁当」
「お弁当、おいしかったよ」消え入らんばかりの声。
「先生が言ったよ、お母さん、素敵なデザインのセンスねえ、って」
「デザインじゃないのよ」説明しようと口を開きかけ、やっぱり口をつぐんだ。代わりに娘の頭を、空いている左腕でぎゅうっと抱きしめる。
「お母さん、早くよくなってね、」
「うん」
「大好きだから」
「私も大好き」
日向に干したお洗濯もののにおいがした。私は目をつぶり、その重みを受け止める。
不規則な画面に乱れ飛ぶ点々がじんわりと滲んで大きなひとつの暗い赤に変わっていった。私は再び眠る。




