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比翼の鳥なんてお断り ~私の前世は小説に書いてある~  作者: 海土 龍
本編

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37.ドリームキラ―現る


「見せてみろ」


 こんな暗闇の中で見えるわけがないのに。

 そう思いながらも蒼潤は起き上がって峨鍈と向き合うと、躊躇無くはだぎの前を開き、肩から滑り落とした。


「いくつか掠り傷を負ったが、大きな怪我はしていない。手当ては済んでいる」

「そうか。――髪を洗ったのか」

「ああ」


 峨鍈の腕が伸びてきて、彼の手の甲が微かに蒼潤の頬に触れる。それから湿り気を帯びて青く染まった髪をひと房その手に取って、峨鍈は言った。


「俺が洗いたかったな」

「お前、好きだよな、俺の髪が」


 ははっと笑えば、首筋を撫でるように手が触れてくる。


「触れてもいいか?」

「嫌だ。疲れてる。もう寝たい」


 ぱしっと峨鍈の手を叩いて退けると、蒼潤は彼に背を向けて再び牀榻に横たわった。

 ため息が聞こえる。触るなと言ったのに腕が伸びてきて、蒼潤の頭を大きな手が撫でてくる。


「戦場に連れて行かなければ、安全だと思っていたのだがな。まさか連れて行かないことで、こんな想いをするとは……」

「お前が俺を置いていくからだ。お前が悪い」


 蒼潤は背を向けたまま、瞼を閉ざして言った。


「お前も柢恵も、よくやったと褒めてやりたいとは思うのだが……。だが、やはり、お前を連れて行けば良かったと後悔している」

「なら、二度と置いていくな。留守番は御免だ。――まあ、今回はちょっと楽しかったけどな!」


 くるっと体ごと峨鍈に振り向いて、にかっと笑うと、暗闇の中で峨鍈が息を呑んだ気配がした。

 ぎしりと牀榻が軋む音が聞こえて峨鍈が蒼潤の布団に潜り込んでくる。狭い、と文句を言って両手を突っぱねて、蒼潤は峨鍈の体を可能な限り遠ざけた。

 


△▼



 えっ、と亜希は短く声を上げて志保の顔を見た。すると、志保は亜希が聞き逃したのだと思って、先ほどの言葉を繰り返す。


「だから、高野先輩、陸上部やめたんだって」


 登校してきた亜希の顔を見るなり、志保は大事件だとばかりに亜希の腕を掴んで話し出したことは、高野俊弘たかのとしひろに関する話だった。


「なんで? どうして? それ、本当なの?」

「退部届を出したのは本当みたい。亜希、何か知らない? 亜希のお姉さん、高野先輩と付き合っているんでしょ? 亜希の方が詳しいかと思って聞いたのに」

「まったく知らない。今、初めて聞いた」


 亜希が自分の席に着くと、志保は前の席の椅子を引いて、そこに横向きに座る。


「――っていうか、最近、姉ちゃんとは、ほとんど顔を合わせていないんだ」

「そうなの? なんで?」

「姉ちゃんが塾に行き出したから。学校から帰ると、すぐに塾に行って、帰って来たら寝ちゃう感じ。食事の時間が合わないから、同じ家に住んでいるはずなのに、まったく会わない」

「受験生だもんね」

「受験生かぁ……」


 とすると、二年後には自分も今の姉のように塾に通って、勉強しなきゃならないのだろうか。実感が持てない。

 ただ、姉のように勉強漬けな生活を送るのは嫌だなぁと、漠然と思うのみだ。


「まあ、おかげで、姉ちゃんにあれこれうるさく言われなくなって助かってるんだよね」

「陸上部に入れって言われなくなった?」

「うん。結構しつこく言って来てたんだけど、今ではさっぱり。そもそも会わないからね」


 へぇ、と志保は軽く答えて、話題は再び高野のことに戻る。


「高野先輩ならスポーツ推薦が狙えたのに、なんで急にやめちゃったのか、うちの部でもあれこれ噂になっててさ。亜希のお姉さんに唆されたっていうのが、有力説だったよ」

「何それ?」

「放課後、遅くまで教室に残って、ふたりで勉強しているみたい。――で、高野先輩と仲良しの笠原先輩と嶋根先輩も陸上部やめちゃって、今、陸上部は大混乱してる」

「えー」

「高野先輩と同じ高校に行きたいからって、笠原先輩と嶋根先輩も勉強がんばっているらしいよ」


 そこまで聞いて、亜希は姉の優紀の顔を脳裏に思い浮かべて、もしかしたら、と思う。

 志保が彼女が所属する部活で仕入れてきた情報は正しいのかもしれない。あの姉ならば、こう言いそうだ。


 ――スポーツ推薦で高校に行けたとしても、怪我をしたらおしまいよ。都大会に出場したほどの実力? でも、優勝できなかったじゃないの。一生、陸上で食べていくの? 最終的にどうなりたいの? 箱根駅伝? オリンピック? それで? その後は?


 うわわわわ、と亜希は呻いて頭を抱える。


(ドリームキラー‼)


 もちろん、これはあくまでも亜希の想像で、事実、優紀がそのようなことを言ったのかどうかは分からない。

 ただ、姉ならば、自分が正しいと信じていることを、さもそれが現実だと言わんばかりに畳み掛けるように言いそうだと思った。

 不意に、呼ばれて亜希は顔を上げる。いつもの幻聴かと思ったが、声は実際に響いていて、志保にもその声が聞こえているようだった。

 亜希が振り向くと、教室の入口に市川が立っていた。


「市川? え、どうしたの?」


 志保と一緒に市川の方に歩いて行くと、市川は教室の入口から離れ、廊下に出る。追って、亜希と志保も廊下に出ると、3人で壁際に寄った。


「藤堂さんはまだ登校していないの?」

「もうすぐ来るんじゃないかな」


 ちらりと教室の時計を見上げると、8時15分だ。欠席でない限り、そろそろ早苗が登校してくる時間だ。


「本を遅くまで読んでいて、寝坊してなきゃね」


 志保が肩を竦めて言うと、市川は、はははっと笑った。


「早苗に用?」

「久坂でも構わないんだけど……」

「そうなの? なに?」


 即座に聞き返すと、市川は怯んだような顔をした。そして、言いづらそうに亜希から視線を逸らす。

 やはり早苗の方が話しやすいのだろうか。そう思った時、市川がぽつりと零すように言った。


「……夢を見たんだ」

「えっ」


 うっかり聞き逃してしまって聞き返すと、市川は、ぱっと顔を上げて亜希を見る。恥ずかしそうな表情で、両手を上下に慌しく動かしながら、ぺらぺらと話し出した。


「ほら、一昨日、司書室で話していただろ。夢を見るって話を。久坂たちって、『蒼天の果てで君を待つ』の夢を見るんだよな? 夢の中で、本の登場人物になり切ってるって言ってたよな?」

「ああ、うん。言ったけど、どうかしたの?」

「俺も見たんだ。そういう夢を」

「……え」


 市川の言葉を理解するのにしばし時間を要する。返す言葉が見付からない亜希に代わって、志保が口を開いた。


「それって、亜希たちの話に影響されて、それっぽい夢を見ちゃったんじゃないの?」

「俺もそうかもと思っていたんだけど、二日連続で見たんだよ。……それに、その夢が今まで見たことがないくらいにリアルな夢で、目覚めた後もしっかり覚えているんだ。ほら、夢って、だんだん薄れてくるだろ? 起きたとたんに忘れちゃったり。――ぜんぜん違うんだ。ものすごく鮮明で、現実に起きたことみたいに夢の内容を思い出せるんだ」

「えー、こわっ」


 志保が顔を引き攣らせて、後ろに一歩退く。

 亜希は市川が嘘を言っているようには見えず、とはいえ、本当に彼が見た夢が、自分と早苗の夢と同じものなのかどうか判断できなかった。


「もし……、もしさ、本当に市川が私や早苗と同じ夢を見ているのなら、私と早苗が夢の中で会えるように、市川とも夢の中で会えるってことだよね?」

「それって、ふたりで夢を共有したっていう話だよね? それさ、まったく信じられないんだけど」


 そう言って眉を顰めたのは、志保だ。

 だけど、市川は神妙な表情をつくって亜希を見つめた。


「――分かった。今晩、夢の中で会おう」

「は? 会おうって言って、会えるもんじゃないと思う。夢って、思い通りに見られないものじゃん」

「いや、いけると思う。久坂って、どのくらいの頻度で夢を見るの?」

「最近は、ほぼ毎日」

「毎日!? その夢って、いつも本の夢?」

「うん。……やばいよね?」


 やばい、やばい、と繰り返す志保に対して、市川は考え込むように腕を組んで、トントンと数回、指先で己の肘を突いた。


「好都合かも。――久坂、明晰夢って聞いたことある?」


 ない、と即答して亜希は頭を左右に振る。


「あの夢を見ている時、久坂たちって、自分が夢を見ていることを自覚しているんだよね? 明晰夢っていうのは、夢の中で『今、自分は夢を見ているんだ』って自覚して、コントロールできちゃう夢のことなんだ。久坂は2パターンの夢を見るって言っていたけど、今晩だけは夢を見始めた時に『今、自分は夢を見ているんだ』って強く意識してくれる? 『蒼潤ではなくて、自分は久坂亜希なんだ』って、強く自覚して欲しいんだ」

「えー、できるかなぁ」

「俺も夢を見るぞって、寝る前に念じてから寝るから、お互いうまくいったら会えるよ」



 △▼



 葵暦192年。峨鍈は壬州の乱を鎮定し、壬州を手中に収めた。

 その際に併州牧となっていたが、併州のすべてをその支配下に置いたわけではない。


(これ以後、併州攻めが始まる……とな)


 ウトウトとし始めたことを自覚して、亜希は読んでいた本を枕元に置いた。スタンド電気のスイッチを切って、瞼を閉じる。

 真っ暗だと感じたのは、その時だけで、どうしても瞼を開かなければ我慢できないという想いに駆られ、亜希は瞼をゆっくりと開いた。

 すると、すぐ目の前に男の寝顔が見えて、思わず叫ぶ。


「うわああああああああああああーっ‼」

「……なんだ。朝から喧しい」


 ――峨鍈だった。

 亜希は飛び起きて、バクバクと跳ねる心臓を両手で押さえつける。

 彼が蒼潤の私室の同じ牀榻ベッドで一緒に寝ているということは、本を読んで知っていたし、早苗からも聞いていた。

 知ってはいたが、それはそれ。実際、目にするのとは大いに違う。

 だって、目覚めたら、男の顔がドアップだったのだ。ここで叫ばない女子中学生はいないと思う。













【メモ】

こう じゃく

 字は仲草ちゅうそう。峨鍈の筆頭軍師。

 細身で、肌が白く、中性的な雰囲気を纏っている。峨鍈が三顧の礼を持って迎えた。

 内政は得意だが、戦は不得手なので、留守番が多い。


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