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サンスの牧場調査

「ねぇサンス、牧場見てきてもいいかな?」


 新しいお茶を持って来たサンスへそう切り出す。


「別にいいけど……最近調教済みのを出したばかりだから数はそんなに居ないぞ」


「それでもいいよ。サンスの牧場を見てみたい。あ、その間にサンスはギルを見て来たら? 顎の下の逆鱗にさえ触らなければ大人しくしてくれると思うから」


 その言葉にサンスの瞳が輝いた。


「そうか? じゃあそうしようかな」


 好奇心を顕に外へと向かうサンスにルリアも笑いながら続く。

 外に出て真っ直ぐにギルの方へ向かう彼を見届けて、ルリアは先ず飼育されている魔獣が居る飼育小屋へと向かった。


「ディカーナが……五頭。若い雄だね」


 レンガ造りの立派な獣舎には馬に似た姿形の魔獣が五頭。

 馬に似た、とは言ってもその体躯は通常の馬の軽く倍以上はあり、目が左右二つずつ計四つある。

 草食系の魔獣の中でも大人しく、手懐けるのも比較的簡単であるので騎獣士になりたての者が扱うのに向いており、騎獣として飼育されている頭数も一番多い。


「出荷したって言ってたのもディカーナかな? うーん、だけどこの飼料は……それにこの獣舎もなぁ……」


 一頻り獣舎の中を見て回り、保管されていた飼料も確認したルリアは次いで牧場の隣にある牧草地へと向かった。

 青々とした牧草が風に揺れるている。


「ティナシーにアーカグラス……そしてファルファか……」


 栽培されている牧草の種類を確認して土を手に取る。

 触感を確かめ匂いを嗅いで少しだけ口に含み、という動作を栽培されている牧草の種類別に行ったルリアは最期の土を確認してとうとう重い溜め息を吐き出した。


「ファルファを強い酸性の土で栽培してる……それに、」


 顔を上げたルリアは牧草地の端に数本植えられている低木へと目をやった。


「コアスターだよね、あれ」


 近づいて確認すれば、小さな赤い実が深緑の葉の間から覗いている。

 それを数個摘み取ってルリアは持参した採集用の小さな袋に入れた。


「サンス、あなたいったい何をしようとしているの?」


 漏れ出た疑問に応える声はない。

 来た道を戻りながら、ルリアはもう一度重い溜め息を吐き出した。


ーーー

「サンス」


 牧場から戻りギルと戯れているサンスへと声をかけた。


「ルリア。牧場見学はもういいのか?」


「うん、十分に見させてもらったよ。いい牧場だね。育てているのはディカーナだけなの?」


 珍しいドラクラクを触れた嬉しさからか、少し興奮気味のサンスがルリアのところへとやって来る。


「今のところはな。まだまだ駆け出しだからな」


「そっか。まぁ、ディカーナは貴族の人にも騎士団にも需要あるしね。仲介業者はどこ? もしまだ得意先が決まってないなら私がお世話になってるところ紹介しようか?」


「ああ、いや、今はちょっと専属でやってて……」


「へぇ、そうなんだ。騎獣士を専属で雇えるなんてお金持ちじゃないと出来ない事だけど、もしかしてどっかの貴族?」


「あぁ、まぁ……そうだな。詳しくは言えないけど」


「そっか。まぁ雇い主の事なんてホイホイ話せないよね、ごめんね。だけど驚いたよ。けっこう広く牧草地に割り当ててるんだね。あの牧草はどこかに卸してるの?」


 雇い主の話題から話を逸らせばサンスは明らかにホッとした様子で息を吐いた。


「あぁ。さすがにまだ騎獣の収入だけじゃやっていけなくてな。買い取って貰ってるんだ」


「そっか。あ、卸し先教えてよ。私も今度からそこで買う様にすればサンスが育てた牧草が使えるって事でしょ?」


「あー、いや、俺が卸してる卸し先は王家御用達のところだから一般の販売はしてないんだよ」


「そうなんだ、残念……けど、王家御用達のところに卸してるなんてすごいね!」


「ああ、まぁな」


 笑ったサンスの瞳がそっと自分から逸らされた事をルリアは見逃さなかった。

 幼い頃から変わらない、何か後ろめたい事がある時のサンスの癖だ。

 

「サンス」


「なんだ?」


「……ううん。なんでもない。私そろそろ帰るね」


「え、もうか? せっかく再会出来たんだからもっとゆっくりしていけばいいのに。なんなら泊まってもいいんだぞ?」


「ううん、帰るよ。連れが居るし、帰りが遅くなると心配するから」


「連れが居るのか、なら仕方ないな。街にはどれくらい居るんだ?」


「はっきりとは決まってないけど、数日くらいかな」


「数日……なぁ、あのドラクラクはどうするんだ? 街には入れないだろ?」


「近くの森に居てもらうつもりだけど」


「それならさ、ここ使っていいぞ」


「え?」


「今は魔獣の数も少ないから場所は余ってるし。まぁ、肉食系の魔獣の餌は流石に無いから自分で獲ってきてもらわないとだけど、水と寝床くらいは提供できるし」


「……そうだね。うん、そうしよっかな。ちょっと待ってて、ギルに言ってくる」


 サンスにそう言ってギルの傍へと寄ったルリアはその背に着けている鞍を外しながら声を潜めてギルへと話しかけた。


「ギル、暫くここで寝泊まりしてね。ご飯は自分で獲ってくること。いい、サンスが出したお水は絶対に口にしたらダメだよ。直ぐに迎えに来るからいい子で待ってて」


 自分の言葉に頷いたギルのひんやりとした鱗を撫でてルリアは鞍を片手にサンスの元へと戻る。


「それじゃあギルの事よろしくね。またすぐ会いに来るから」


「ああ、待ってるよ。気をつけて」


 サンスへ鞍を渡して帰路につく。

 開いていく距離が二人の間に出来てしまった深い深い溝の様で、ルリアは泣き出したくなった。

 こんな再会は望んでいなかった。

 心から笑って、ただ無事を喜び合えたならどれだけ良かっただろう。

 調べてみても何も出ず、彼にも怪しいところが無ければどれだけ良かっただろう。

 けれど……

 ルリアは採集したコアスターの実が入った鞄へ視線をやって顔をしかめた。

 彼は、サンス・カーランは騎獣士としてやってはいけない事をやってしまったのだ。

 出来上がってしまった溝は、もうきっと埋まる事はない。

 ルリアは振り返る事はしなかった。

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