協力関係
「こんなに大きな魔獣は初めて見たわ。肉食の魔獣よね? どこの騎獣士から買ったの? 相当腕のいい騎獣士ね。……あら? もしかしてあの子?」
「……」
「あー、ルリア、彼女はシャラナス・ビィーズィアナ。シャラナス様、彼女がルリア・シーリン。魔獣の方がドラクラクのギルです」
「シャラナスよ、よろしくね」
「……ルリアです」
案の定、ウィードの隣に並ぶシャラナスを見た瞬間にギルの後ろに隠れたルリア。ルリアの警戒が伝わったギルも体勢を低くしてシャラナスを見ている。
そんな一人と一匹にシャラナスを紹介したウィードはしばらくシャラナスの手伝いをする為に街に留まる旨を説明した。
「分かったわ。なら、私はここで待ってるね」
「いや、」
「ダメよそんなの! 危ないわ!!」
ウィードの言葉を遮ってシャラナスが数歩、ルリアとの距離を詰めた。
「で、でも、ギルも居ますし……」
ギルの背から半分覗いていたルリアの体は、シャラナスの接近によりもはや顔が僅かばかり見えるだけとなっている。
「あぁ、ごめんなさい。怖がらせるつもりじゃなかったのよ。ただ、いくら肉食の魔獣と一緒とはいえ、女の子が一人でこんな所に居るものじゃないわ。部屋はこちらで用意するから街で寝泊まりしてちょうだい。ね?」
「……分かりました」
チラリと窺い見たウィードが自分の視線に頷いたのを確認したルリアは渋々頷いた。
「じゃあ、また明日詳しい話をするわ。宿の場所も教えるからルリアさんも連れて来てね」
「分かりました。戻るのなら、街まで送りますよ」
「あら、大丈夫よ。ルリアさん、また明日会いましょうね」
「あ、はい」
ウィードの申し出を断りルリアへと手を振ってシャラナスは帰って行った。
シャラナスの姿が見えなくなった直後、どちらからともなくため息が吐き出される。
「なんというか、すまない」
項垂れる様に謝ったウィードに苦笑をこぼしたルリアはギルの背から出て来て夕食の準備に取り掛かった。
「何か私に手伝える事があったら言ってね。まぁ、あまり役には立てないだろうけど」
「……いや、危険に巻き込むわけにはいかない。滞在中は好きに過ごしていてくれ」
しょげた大型犬みたいな様子のウィード。そんな彼の姿にルリアは思わず笑ってしまう。
「笑わないでくれ。どうにも彼女の頼まれ事に手を貸すと面倒な事ばかり起こるんだ。今回はレオルド様の為になると言われたから協力する事にしたが……出来るだけ早く終わる様にするから、少しの間だけ辛抱してくれ」
「大丈夫だよ。買い出しでもして時間潰しとくし、それ以外の時間はたぶん部屋に籠りっきりか、ギルの所に居るから」
それならまぁ安心かと息をついたウィードだったが、そんな安心などいとも容易く裏切ってくれるのがシャラナス・ビィーズィアナという人物だということをウィードはこの時完全に忘れていたのだった。
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「ルリアさん、あなた騎獣士なのね」
翌日、前日にウィードと会っていたカフェで再会したシャラナスが挨拶もそこそこにルリアへとそう言った。
「え……」
その言葉を聞いたルリアの顔が強ばる。
自分はその事を彼女に言っただろうか? ……いや、騎獣士はとても珍しい。そこにある"価値"は魔女の森での誘拐事件を鑑みても分かる通りだ。
だからルリアは人前で自分が騎獣士であることを話す事はしない。向こうが予め知っているのならば仕方ないが、そうでないのなら決して自分から言う事はない。
では、ウィードが? と、彼に目をやってルリアは思わずパチパチと瞬いてしまった。
とても険しい顔をしたウィードがそこには居た。
「調べたのですか?」
シャラナスに向けられたその言葉には責める色がはっきりと見て取れた。
「しょうがないでしょう。そういう立場なのだから」
鋭い視線を向けるウィードに悪びれる事なくそう言ったシャラナスは対面に座るルリアへと視線を向ける。
「ルリアさん、騎獣士のあなたに折り入ってお願いがあるのだけれど」
「お願いですか?」
「ええ。今私が調べている件の重要人物としてとある騎獣士が関係していると報告が上がって来たのよ。そこで、同じ騎獣士としてルリアさんにも少しお手伝いして欲しいの」
「シャラナス様!?」
シャラナスの言葉にウィードが声を上げた。
驚いている様にも、咎めている様にも聞こえるその声を綺麗に無視してシャラナスは話を続ける。
「ウィードは無理だけど、私についてる"影"を数人つけてあげるから危険はないわ。ちょっとその騎獣士と親しくなって、色々と話を聞いて欲しいだけよ」
どうかしら? と問われた言葉にルリアが答えるよりも早く、ウィードがシャラナスへ噛みついた。
「ルリアは一般人です。巻き込まないで下さい!!」
「あら、私よりも先に自分達の都合に巻き込んだ貴方に言われたくないわ」
「なにを……」
「私が何も知らないとでも? ビィーズィアナ家の情報網を舐めないで欲しいわね」
「……」
押し黙ったウィードにシャラナスが満足そうに笑ってルリアへ再び視線を向ける。
「騎獣士の名前はサンス・カーラン。二十代前半の男性よ」
「え!?」
騎獣士の名前を聞いた途端、ルリアの顔色が驚きに染まった。
「ルリア?」
「サンス……サンス・カーランって言いました?」
ウィードの呼び掛けにも応えずにルリアはシャラナスの方へと身を乗り出しながら問いかける。
「その人、茶髪に緑の瞳ですか?」
「えぇ、報告によるとそうね。知り合いかしら?」
「……たぶん、同郷の人です」
「は!?」
頷いたルリアの言葉に今度はウィードが驚きに声を上げる。
ルリアの同郷という事は、その騎獣士の男も獣遣いの一族の人間だという事だ。
しかも、ルリアが名前で反応したということは昔のルリアと同じ村の人間か、そうでなくとも近しい人間だということだ。
「そう、同郷の……知り合いなら、話を聞き出すのも楽かもしれないわね。けどまぁ、さっきウィードが言ったことも一理あるから無理強いはしないわ。あなたが決めてちょうだい」
「サンスは何か悪いことをしたんですか?」
「分からないわ。それを調べて欲しいの」
「……」
浮かしていた腰を椅子に下ろし、思案顔になったルリアがチラリとウィードへ視線を向ける。
ルリアの視線を受けたウィードは苦笑を溢してその頭を撫でた。
「ルリアの好きにしたらいい。その、サンスとかいう男に会いたいんだろう?」
本人がしたいというのなら、ウィードに止める理由はない。
他の男に会いたいという理由なのが気にくわないが、それでもルリアの気持ちが優先である。
別々にされ生死も分からない同郷の人間を彼女が探していた事は知っているのだ。同郷の人間との再会が彼女の過去の悲しみを少しでも和らげてくれればいい。
「分かりました。そのお話し、引き受けさせて貰います」
「ありがとう。詳しい話は宿に案内してからさせて貰うわね」
ルリアの回答に嬉しそうに笑ったシャラナスの案内で二人はこれから暫くを過ごす宿へと向かった。




