面倒事に出会いました
帰路は簡単な筈だった。
なんせ魔女を探す手間もなく、ウィードも元の姿に戻ったので、ルリアを危険に曝すこともない。
人間に戻ったウィードを気遣ってか、行きよりも多くの村や街に寄る事はしたものの、特に何もなく順調に進んでいた帰りの旅路。
後数日で王都というところまで来て最後の食糧調達の為にと寄った街で、ウィードは今現在頭を抱えていた。
原因は主に、というか、ほぼ全てが目の前に座る女性にある。
「なぁに、眉間に皺寄せて。怖い顔になってるわよ」
「……」
昼下がりのカフェテラス。優雅にお茶を飲む女性を恨めしげに見て、ウィードは何度目か分からない溜め息をついた。
空色の瞳に銀の髪。整った容貌と豊満な体。
人目を引くこの女性の名は"シャラナス・ビーズィアナ"。
旧姓は"コーエン"。第三護衛隊副隊長、"ササラ・コーエン"の姉である。
「観光……という訳でもないのでしょう? 何故、こんな所に居るのか聞いても?」
「ビーズィアナ家の用事よ」
「……」
シャラナスの言葉にウィードの顔が険しくなる。
シャラナスが嫁いだ『ビーズィアナ侯爵家』は、少々特殊な役割を担っている一族だ。
長い歴史を有するこの国で、近隣諸国との争いがあったのは遥か昔に数度と十数年前の一度きり。土地は豊かで交易もあり、富は多少の差があれど全国民に行き渡り、建国以来王家の家名が変わった事もなければ、未曾有の災害にも人災にも見舞われた事のない、平和で安穏としたこの国では大きな犯罪や企てなどはほとんど起きない。
それでも、ごく稀に発生するそういった問題を解決するのが『ビーズィアナ侯爵家』の役割だった。
治める領土を持たない代わりに国中を視察して回り、何かしらの"問題"を発見した場合は速やかにそれの解決に努める。問題解決に携わっている時のビーズィアナ侯爵家の権限は国王に次ぐとされている。
問題の解決にあたっている間は、国王に対する報告義務も予算提出も全て"事後報告"が罷り通るのだ。
そんな『ビーズィアナ侯爵家』に嫁いだシャラナスが"家の用事"でここに居ると言う。
つまりは今、ここで何かしらの国に関係する大きな問題が発生しており、それの解決に乗り出しているという事だ。
「……シャラナス様お一人ですか?」
「夫は王都に居るわ。それより貴方は何故こんな所に? もうすぐ交流試合でしょう?」
「こちらにも色々と事情がありまして。交流試合には間に合う様に帰りますので大丈夫です」
「そう。ねぇ、ウィード」
紅茶のカップをテーブルに戻したシャラナスが指を組んでにっこりと笑う。
その姿にウィードは自分の顔がひきつるのを感じた。
姉弟揃って笑顔になんという重圧を持たせるのか。しかも目が笑っていない。
「俺たちは先を急いでいまして……」
「あら、ほんの2、3日よ」
「いや、交流試合もあるので……」
「間に合う様に帰るって言ってたじゃない。そう言えるって事は、それなりの交通手段を持っているのでしょう?」
「一般人と行動を共にしておりますし……」
「大丈夫よ、巻き込まれるのは貴方だけだから」
「……連泊する様な金も持ち合わせておりません」
「あら、宿くらいこちらで用意するわよ」
「……」
「……」
「レオルド様の為にもなると思うのだけれど」
「……どういう事ですか?」
「手伝ってくれるのなら話すわよ」
「……」
ダメだ勝てる気がしない、とウィードは息を吐いた。
護衛騎士として、自分の主の為になると言われて背は向けられない。
幸い、時間には余裕がある。
「……連れに確認して来ますので、返事はまた明日にでも」
「そう、分かったわ。お昼頃にまたここで」
「はい」
溜め息を吐き出して席を立つ。ルリアは近くの森でギルと待っている。食糧の買い出しだけのつもりが予想外の事に巻き込まれた為、予定していた時間よりだいぶ経ってしまっていた。
早足で歩いていたウィードだったが、暫く歩いた所で足を止めて振り返った。
「……なんで着いて来るんですか?」
言葉の先にはにっこりと笑っているシャラナスの姿。
「貴方の連れの人に挨拶しておこうと思って」
「……いりません」
「あら、つれないわね。いいじゃない。貴方が一般人とこんな所に居るなんて興味があるもの。顔くらい見てもいいでしょう?」
「ダメです。彼女はただでさえ人見知りなんですから」
「あら、女性なのね? 益々興味が湧いたわ!」
「……」
ウィードは自身の失言に思わず天を仰ぐ。
ここでシャラナスを撒いたとしても、明日以降しつこく聞かれるのは目に見えている。それなら一度会わせてしまった方が興味は失せるかもしれない。
そう考えたウィードはもう数える事を止めた溜め息をもう一度吐き出して再び歩き出した。
「会わせますので、着いて来てください。ただし、何があっても騒がないで下さい。先ほどは"人見知り"と言いましたが、正しくは人が嫌いなんです。なので、大きな声で話したり、やたらと近い距離に寄ったり、質問責めにするのは止めて下さい。いいですね?」
「ええ、分かったわ。ふふ、それにしても、ウィードが女性と一緒なんて驚きね。貴方の彼女?」
「……いいえ」
「ふーん……なるほど、まだ違うのね」
ルンルンと歌い出しそうな程に上機嫌のシャラナスを連れて街を出て、ウィードは森の中へと足を踏み入れた。




