旅は折り返しです
朝霧がたちこめる森の中、ウィードが奮う剣が風を切る音が響いていた。
ウィードが人間の姿に戻って今日で5日目だ。
「まったく驚かされるね。貴方、本当は人間の皮を被った魔獣なんじゃないの?」
5日前までは自力で立つこともままならなかったウィードの驚く程の回復力に目を丸くして言ったのはミーアだ。
「幼い頃から鍛えていたからな。体力と筋力の回復力には自信がある」
「いや、そうは言ってもねぇ……」
ウィードに以前言った通り、彼が自力でちゃんと歩ける様になるには10日以上かかるとミーアは思っていた。
彼が騎士であることを考慮しても7日はかかるだろうと。
だがしかし、そんなミーアの予測を遥かに上回る早さで回復したウィードは、目覚めた次の日には杖をついてなら歩ける様になり、その次の日にはゆっくりとなら自力で歩ける様になり、とうとう昨日で歩行には何の問題もなくなった。
5日目の今日に至っては朝から見事な素振りをする回復っぷりである。
「だが、やはり足の筋力は以前に比べて落ちているな。踏み込みにいまいち力が入らない」
「……そう」
不満そうにそうぼやくウィードに、魔女ではあるものの、体力、筋力共に普通の人間並のミーアは曖昧に頷く。
そんな二人を見て笑ったのは近くでギルの世話をしていたルリアだ。
「魔女であるミーアさんをそこまで困惑させるのはあなたくらいじゃない、ウィード?」
「何か困惑させるような事を言ったか?」
キョトンと言うウィードにルリアが益々笑い、ミーアも苦笑を滲ませた。
自身の過去を話した翌日、少し身構えていた二人の前で、しかし当のルリアは普通だった。
と言うよりも、自分の過去を話した事で二人に対して……特にウィードに対しての遠慮やら警戒やらが無くなったのか、それまで以上によく話し、よく笑う様になった。
それまでの彼女を知っていたウィードは驚きを顕にしたが、そんなルリアに喜び勇んでなつくギルの様子から、もしかしたらそれが本来のルリアなのかもしれないと、ウィードは思ったのだ。
それから更に2日間、ウィード達はミーアの元に滞在した。
そうして出立の日の朝。
「これをあのバカ王子に渡して貰えるかな?」
そう言って一通の手紙をウィードに渡したミーア。
その手紙を受け取ったウィードがニヤリと笑う。
「恋文か?」
「いやいや、呪いの手紙さ」
「……」
「冗談だよ。今回の事の顛末とか、その他諸々を書いてるからさ、渡して貰えるかい?」
「ああ、承知した。渡す前に一度、中を改めさせて貰うと思うが構わないか?」
「うーん、私は別にいいけど……うん、いや、いいよ。大丈夫」
『君的にはあまりよろしくないかもしれないよ』、という言葉を飲み込んで許可を出したミーアは、それでも一応と言葉を付け加える。
「だけど、読む時は一人で読む事をお勧めするよ」
「何故だ?」
「君の為さ」
「……分かった」
ミーアの答えに首を傾げながらも了承を示して手紙をしまったウィードは、ミーアのファミリに抱きつき別れを惜しんでいるルリアへと声をかけた。
「ルリア、そろそろ行こう」
「うー……希少なファミリ。もっと観察して、モフモフしたかった! アマト姉様が居たら絵を描いて貰ったのに……」
心底悔しそうに言うルリアにウィードとミーアは顔を見合わせ肩を竦める。
「また来ればいいさ。そのアマト姉様も一緒にね」
「……うん」
ミーアの言葉に漸くファミリから離れたルリアが彼女に向き直り深く頭を下げた。
「お世話になりました」
「いや、なに。原因はあのバカ王子にあったとしても、私の呪いが事の発端だ。二人には迷惑をかけたね。君たちの行く末に多くの幸福があることを祈っているよ」
「ありがとう」
そうして彼等は魔女の住む森を後にした。
交流試合まで一月以上を残しての復路開始であった。




