魔法が解けたのは……
ウィードはなんと言葉を返せばいいのかと、数度口を開きかけて結局閉ざした。
初めて知ったルリアの過去。彼女が人間を嫌う理由。
言葉を探すウィードにルリアは小さく微笑んだ。
「この国に来てから数人の騎獣士に会ったわ。けれどその中に獣遣いの一族は居なかった」
先祖にその血を持つ者も居たけれど、その特徴とも言える漆黒の髪と濃い紫の瞳は受け継がれる事なく、自分と同じ色を持つ者には結局出会えなかった。
「それが何だかとても悲しくて、だから更に人間を嫌いになってしまった」
だから本当に、心底、自分は人間が嫌いで恨んで憎んでいるのだと、そう続けようとしたルリアは、自分を心配そうに見つめる朝焼け色の瞳に苦笑を浮かべた。
嫌っていたのだ。恨んで、憎んでいたのだ。それなのに……
「ウィード」
「なんだ?」
呼び掛ければ応えてくれる。
助けを求めて伸ばした手を、強く、強く握ってくれた。
泣いてもいいと、言ってくれた。
憎しみも恨みも嫌悪も越えて抱く感情があるのだと、彼が教えてくれた。
「……なんでもない」
彼に抱く感情を言葉で伝える事はまだ出来ない。
誰かを好きになる事など本当に久しぶり過ぎて、まだ言葉にする事が出来ないのだ。
だから、誤魔化す様に笑って話題を変える事にした。
「人の姿に戻れたんだね、ウィード」
「あぁ」
急に変えられた話題に、それでもウィードは頷いた。
そんな彼に笑みを返してルリアの視線はミーアへと向く。
「あなたは、魔女さん?」
ルリアの問いに入り口付近で成り行きを静観していたミーアが頷いた。
「そうよ。ミーアって言うの。よろしくね」
「ルリア・シーリンです。ウィードを助けてくれてありがとうございました。後、私の事も」
「あなたを助けたのは彼よ。まぁ、森で満身創痍の彼を見つけた時は驚いたけど、私が呪いをかけちゃった相手だって直ぐに分かったし、動ける様にしたのはそのお詫び。人の姿に戻った時にサラウィルの時に負っていた傷は治ったし、私は特に何もしてないよ。二人共疲れてるだろうから、暫くゆっくりしとくといい。ドラクラクの子のお世話は私かするから」
「ありがとうございます、助かります」
礼を述べたルリアが布団に潜り込み、そして直ぐに寝息が聞こえ始めた。
その姿に小さく息を吐き出したのはウィードだ。
「深い、深い傷よ。簡単に触れていいものではない」
「……分かっている」
「話題を持ち出した私も悪かったけれど。まぁ、ゆっくり考える事ね」
「……」
「傷はいつかは癒える。けれど、一人で勝手に癒えてくれるものではない。"誰か"が必要なの。寄り添い、共に歩んでくれる"誰か"が。あなたは彼女の"誰か"になれる?」
「ルリアが許してくれるなら、俺はそれを望む」
「……そう。あなたももう休んだ方がいいよ。目が覚めたら二人でゆっくり話し合えばいい」
ミーアの言葉にウィードの意識も落ちていく。
「誰かを心の底から愛した時に元の姿に戻れる。貴方が受けた呪いはそういうモノだったのよ」
沈み行く意識の中、そう呟いたミーアの声がウィードに届いた。
「……」
恋多きレオルドが誰か一人を心の底から愛するには相当の時間を有するであろう。
レオルドの代わりに自分が魔法を受けて良かったと、心底思ったウィードはそのまま意識を手放した。
「まぁ、それも両思いじゃないと戻れないんだけどね」
だから、ついでの様に付け加えられたミーアの言葉を二人が知る事はなかったのだった。




