裏切られた一族
感謝を口にした人達は、次の瞬間には抜き身の刃を突き付けて来た。
隣国との戦争が勝利で幕を閉じた三月後の出来事だ。
ルリアの一族は"獣遣いの一族"と呼ばれていた。
魔獣が多く生息する森や草原の近くに小さな村を作り、騎獣を育てながら暮らしていた。
緑豊かなその国が主な居住区域ではあったけれど、獣遣いの一族に国籍は無く、国境も、国同士の争い事も関係なかった。
決して閉鎖的な一族ではなかったが、魔獣を調教できる才能を持つのは決まって純血の獣遣いの一族の者であり、その特徴として漆黒の髪に濃い紫の瞳が上げられた。
「だから、アマト姉様は純血の獣遣いの一族ではないの。だからといって差別があるわけでもなかったわ。一族の数はとても少なくて、だからこそ、結束も強かった。一つの村にだいたい三十人くらいがすんでいて、それぞれが色んな国や人へ騎獣を売っていた」
住んでいる場所は一つの国に収まっていたが、騎獣は多くの人達から必要とされており、そうして国籍を持たない獣遣いの一族はあらゆる国や人へ騎獣を渡していたのだ。
「あの国の王様達も、私達は"そういう一族"だと納得した上で村を起こし、そこに住む事を許してくれていたのよ」
その代わりに他国よりも多くの騎獣を売っていた。
それで成り立っていた関係だった。
「平和な内はそれで良かった。けれど隣国との戦争が始まってから状況は変わってしまった」
戦争の理由など知らない。どうでもいいことだ。
国籍を持たない獣遣いの一族にとって、自分達の住む土地を治める国が変わろうが、大した問題ではなかったから。
けれど、周りはそうではなかった。
「ある時、国王の使者だという人が来て言ったの。『他国へ騎獣を売る事を禁止する』と」
勿論皆反対した。何故、国籍を持たない自分達が国の命令に従わなければならないのか、と。
すると使者は条件を提示してきた。
「戦争が終わるまでの間でいいと。そしてその間、一族全員の食糧は国から支給される、と」
戦争が始まって物価は上がっていた。食べ物は手に入りにくく、皆、飢えていた。
各村にはそこを治める長が居る。国からの命令が伝えられた数日後、各村の長が集まり話し合いが行われた。
そうして、獣遣いの一族は国からの命令に従う事にしたのだ。
「国はその返答を受けた後、"隠れ村"の場所を聞いてきたわ」
獣遣いの一族の村は全部で十程あったが、村の場所が一般的に知られているのは半分だった。
残りの半分は普通の人なら決して足を踏み入れない場所に村を起こし、肉食の騎獣を中心に調教していた。彼等は人前に滅多に姿を見せず、彼等の育てた騎獣は一般的に知られている村の人達が代わりに売っていた。
一族の者達だけしか場所を知らない隠れた村の存在は"隠れ村"と呼ばれていた。
「長達はそれを断固として拒否した。肉食の魔獣は草食の魔獣より気性が荒くて繊細で育てるのが難しいの。村の場所を教えて国の人達が無遠慮に踏み込んでくれば、折角調教した子達に悪影響が出るのは明白。隠れ村の人達が調教した騎獣を売るのも、国からの食糧を届けるのも、近くにある一族の村を仲介に入れるのを絶対条件としたわ」
それは、正しい判断だった。
そうして、獣遣いの一族は国同士の戦争に巻き込まれていった。
「戦争は三年続いたわ。その間、一族が育てた騎獣は多くの戦場で活躍したそうよ」
人を乗せて駆けるだけが騎獣ではない。
その体に宿した魔力を使って騎獣達は敵を薙ぎ払った。
「戦争に勝利した後直ぐ、国は獣遣いの一族に恩賞を与えると言ったわ。それぞれの村に国王自ら出向いて、望みを聞くと。だから、隠れ村の場所を教えて欲しいと」
三年前断ったその申し出を、長達は今度は二つ返事で了承した。
国が獣遣いの一族に対して三年間積み上げてきた"信頼"がそこにはあった。
「それが、間違いだった……国なんて、人なんて、信じるべきじゃなかったのよ……」
二ヶ月かけて各村を回った王は、それぞれの村の長に一ヶ月後に王都に来る様にと言付けた。
一ヶ月後、子供や年寄りを中心に数人だけを残して一族の大人達と一部の子供達は王都へと向かった。
「そうして、大人は全員殺された。私とアマト姉様と数人の子供達も荷物持ちとして一緒に行っていたわ。子供は後ろに並ばされて大人達と少し距離がある場所に集められていた。そんな私達の目の前で、私達の一族の働きに感謝を述べた人達は、次の瞬間には笑って刃を突き付けたのよ。私達の一族は危険だからと、そう言って」
村に残して来た者達も、年若い女と子供以外は殺されたと聞いた。
隠れ村の場所を知りたがったのはこの為だったのだと、地下牢に入れられる時に兵士達が笑って教えてくれた。
バカな一族だと、嘲る様に言われた言葉。
「『人知を越えた力を宿す魔獣を手懐けられる唯一の一族。やっと平和を取り戻した国にとって、無国籍の存在であるその一族は危険である。だから、牙を向けられる前に滅ぼしてしまおう』。何故と聞いた言葉に返って来たのは、そんな、何とも身勝手な理由よ。バカなのはいったいどっちなんだって言いたいわ」
その後、生かされた者達は奴隷として各国へ売られていった。
「アマト姉様と再会したのはそれから三年くらい後の事よ。私も姉様も運が良かった。姉様は、自分を買った人が屋敷に帰っている途中で盗賊に襲われて、その隙に逃げ出したと言っていたわ。私は二人目の買い手の時に屋敷が全焼して、その混乱に乗じて逃げ出した。あの頃の事は思い出しただけで吐き気がする」
殴られても、鞭で打たれても、罵声を浴びせられても耐えた。
耐えて、耐えて、耐えて、芽生えたのが人間に対する憎しみと嫌悪であったのは当然だろう。
人を信じたから理不尽に殺された一族。
それをバカだと嗤った人達。
同じ人間なのにまるで自分達を道具の様に扱う者達。
「殺された人達の顔を、悲鳴を、悲しみを、恐怖を、目の前で見せつけられた惨劇を、私は忘れた事はないわ」
父が、母が、見知った人達が、血に濡れ倒れて行くその光景を"絶望"と呼ばずして何と呼ぶのか。
焼かれ、跡形もなくなった故郷を見て抱いた思いを"絶望"と言わずして何と言うのか。
その"絶望"をもたらした人間を恨んで、嫌って、憎んで、何が悪いと言うのか。
「私の髪と瞳の色は獣遣いの一族の色。海向こうの国々では知れ渡っている事だったから、獣遣いの一族についてほぼ何も情報がないこの国に移り住んだの。この国では獣遣いの一族以外でも騎獣を調教出来る様だったし、然程詮索されずに騎獣士になれると思って」
そうして、消えない人間への嫌悪と憎しみを抱いて、それでも何とか生きてきた。
それが、ルリア・シーリンのこれまでの人生だった。




