獣遣いの一族
助けられたーー。
ギルの背に乗り空を行きながら、ウィードは腕の中にある温もりに安堵の息を吐く。
あの後、極度の緊張と恐怖から解放された安堵から気絶したルリアをギルに任せ、盗賊達が所有していた馬で近くの村まで駆けた。
無事に村の騎士達に捕らわれていた女性達の保護と生き残った盗賊達の捕縛を頼んだ後、ギルとルリアと共にミーアの元へと向かい始めたのが数分前の事である。
「ギルもありがとう。助かった」
ポン、と背を軽く叩いて言えば上機嫌な声が上がる。
そんな彼の分かりやすい様子に自分がサラウィルの子供だった時もこんな風だったのかと思わず苦笑してしまう。
「……怖い思いをさせて悪かった、ルリア」
自分の腕の中に抱いているその存在が思ったよりも華奢な事にさっき初めて気がついた。
自分の胸で涙を流す彼女の体は震えていた。
常々人は嫌いだと言っていたルリアが、今回の件で益々人嫌いになっていたらどうしようと思う。
ここまで共に来た自分さえ嫌いだと拒否されてしまえば、きっと立ち直れない。
「ルリア」
応える声はない。
それでも頭を撫で、名を呼び続けた。
目覚めた彼女がせめて自分だけでも嫌わないでいてくれるようにと願いを込めて。
ーーー
ー
「おや、珍しい。"獣遣いの一族"じゃないか」
ウィード達を出迎えたミーアがルリアを見て言った言葉にウィードが首を傾げた。
「なんだ、"獣遣いの一族"って?」
「おや、知らないのかい? あー、そっか。この国の人は知らないのかもね。彼女、瞳の色は濃い紫じゃない?」
「ああ、そうだが、っ!?」
ミーアの質問に頷きながらギルから降りようとしたウィードは突然体の力が抜けてそのまま落下した。
ドサッという音と共に痛みに襲われ暫く息が詰まる。
しゃがんでいたと言ってもギルの背から地面まではなかなかの高さがあった。
痛みに悶絶しながらも、ルリアを降ろす前で良かったと思えるあたり、ウィードは紳士である。
「おや、時間切れか。まぁ、たった五時間でよく成し遂げたね。凄いよ」
パチパチと拍手をしたミーアが次いでパチン、と指を鳴らすとルリアとウィードの体が宙に浮いた。
「は!?」
突然の事に目を見開いて驚きの声をあげるウィードの姿に笑ったミーアが家の中へ向かって歩き始めれば、ウィードとルリアの体も勝手にそれに付いていく。
「これも魔法なのか……?」
「そうだよ。まぁ、これにも色々と制約みたいなものがあるから普段はあまり使わないけどね。今回は仕方ない。私じゃ貴方は運べないもの」
そのままベッドまで二人を運んだミーアがよし、と一つ頷きベッドサイドの椅子へと腰かけた。
「"獣遣いの一族"と言うのは、海を渡った向こう側にある国での呼び名だよ。魔獣を調教するのに長けた一族の総称で、彼等は総じて漆黒の髪と濃い紫の瞳を持っている。大きな町などには住み着かず、自然が豊かな場所に小さな村を作ってそこで騎獣を育てていた一族。彼女はその生き残りだ」
「……生き残り?」
「そう、生き残り。"獣遣いの一族"はもうほんの一握りしか存在しない。みんな、殺されてしまったのさ」
「なぜ?」
「人間を信じたからよ」
ウィードの問いに答えたのはミーアとは違う声だった。
「ルリア……」
「人間を信じて、その結果裏切られたの。みんなが一ヶ所に集められて、そうして殺された。根絶やしよ……私やアマト姉様、他の当時まだ子供だった者は生かされたけれど、そのまま奴隷として売りに出された。もう、生きているのかさえ分からない」
「……」
言葉が出なかった。
彼女の人間嫌いの裏に隠されたあまりに惨い事実。
慰めの言葉も、同情も、彼女は望んでいない。
ただ、その紫の瞳には隠しきれない悲しみと憎悪があった。
「なぜ……」
なんとか絞り出した一言。
その言葉にルリアは小さく笑った。悲しみを詰め込んだ様な、今にも泣き出してしまいそうな笑顔だった。




