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剣は投げてはいけません

 ギルによる破壊音が止めば、今度は人の怒鳴る声と荒い足音が聞こえてきた。きっとウィードがルリアを拐った男達と対峙しているのだろう。

 護衛隊の隊長になるのにどれ程の実力が必要なのかは知らない。けれど、そもそも騎士になるのがどれだけ大変かという事は噂程度ではあるが知っている。

 だから、ウィードはきっと強いのだろうとルリアは予測していた。

 まぁ、だからといって心配しない訳ではない。

 特に、ついさっき自分の気持ちに気付いたルリアからすれば、好きな相手が無事であってくれと祈るのも当然というものだ。


 そうして祈りながら待つこと数十分。

 ルリアが捕らわれている地下牢に忙しない足音を響かせて一人の男が降りてきた。


「おい女!!」


 ガシャン、とルリアの居る牢の扉を乱暴に開け放った男が怒りの形相で彼女へと詰め寄る。


「お前騎獣士って言ってたよな!? ならあのドラゴンを呼んだのはテメェか!?」


「っ、」


 容赦ない力で髪を引っ張られ無理やり顔を上げさせられる。

 血走った目をした男が手に持った剣の切っ先をルリアの首もとへと向けていた。


「おい、答えろ!!」


「っ、あの子を呼ぶ為の笛はあなた達が取り上げたでしょう。それなのに、どうやって私があの子を呼べると言うの?」


「このっ……来い!!」


 睨んで言えば髪を掴む手に更に力が込められ、そうしてそのまま引き摺る様に歩かされる。


「くそ、くそっ!! 何なんだよアイツ!! あのドラゴンも!! ふざけんなよ、殺してやる。お前もアイツ等もっ!!」


「っ、まぶしい……」


 地下牢から一階へ上がる階段を登りながら男が吐き捨てる言葉をただ黙って聞き流していたルリアは階段が終わった瞬間に目に入って来た日の光に思わず声をあげた。

 男達が隠れ家としていたのは随分昔に打ち捨てられた古城であり、一階部分は玄関ホールが広がっていた筈なのだが、それが綺麗さっぱり無くなって只の瓦礫の山と化している。

 その瓦礫の山に更に重なる様に倒れている複数の男達と、彼等と対峙したのであろう、抜き身の剣を構えたウィードと彼の後ろに鎮座するギル。

 勝者と敗者は誰の目から見ても明らかであった。


「おいお前!!」


 明らかであったにも関わらず、ルリアの首もとに剣を突き付け声を上げた男。

 そんな男とルリアの姿を認めた途端、その目をスッと細めたウィードと低い唸り声を発しながら牙を剥くギル。


「武器を捨てろ!! この女がどうなってもいいのか!?」


「……」


 なんとも悪役っぽい台詞を言った男をウィードは黙って睨み付けた。


「武器を捨てろって言ってんだよ!!」


「っ」


 首もとに刃が食い込み血が流れる。

 途端、その場の気温がグッと下がった気がした。


「……どうやら、死にたいらしい」


 届いた声は酷く低かった。その声音だけで彼が心底怒っているのが分かる。


「う、うるせぇ!! 武器をッ!?」


 男の声が中途半端に途切れたのと、ルリアの直ぐ横を目にも留まらぬ早さで"何か"が通りすぎたのは同時だった。

 ついでに、ルリアの横に居た筈の男がその姿を消したのも同時だった。

 後方から物凄い音が聞こえて来たのはそれから数秒後だ。


「え? ……え?」


 気が付いたら遥か後方の瓦礫の山に埋もれてしまっていた男と、"何か"を投げた格好のウィード。

 それを交互に見ながら戸惑った声を上げるルリアにウィードが素早く近づいて来る。


「無事かルリア!? 首の怪我を見せろ!」


「へ? うわ!?」


 グイッと顎を掴まれて顔を上に上げられたルリアは未だに現状が掴めていない。

 そんなルリアを置き去りに彼女の傷の具合を確かめたウィードが安心した様に息をついた。


「あぁ、良かった。大した事はないな。痛むか?」


「あ、いや、そんなに痛くはないけど……何をしたの?」


「別に難しい事は何もしていないさ。武器を捨てろと言われたからその通りにしただけだ」


 その言葉にルリアはウィードの手を見た。

 先程まで握られていた抜き身の剣が無くなっている。


「……もしかして、投げた?」


「あぁ、投げた」


 自身の手を指しながら聞いてきたルリアに事も無げに頷いたウィード。

 そんな彼にルリアも小さくそっかと頷き返すしかなかった。

 こういうのは深く考えるとダメなのだ、きっと。


「何はともあれ無事でよかった。地下の被害は?」


「大したことないわ。捕らわれてた人達も無事だと思う」


「分かった。見てくるからルリアはギルとそこに居てくれ」


 グリグリと嬉しそうに頭を押し付けてくるギルを撫でながら答えたルリアの言葉にウィードが頷き地下へと降りて行く。

 それを見送ったルリアはウィードの姿が見えなくなると大きく息を吐き出した。

 今さらながらに足が震えてきて、ルリアは自分がどれだけ怖かったのかをまるで他人事の様に理解した。


「ギル、あなたがウィードをここまで連れて来てくれたのね。ありがとう」


 地面にへたりこんでしまったルリアを心配そうに覗いていたギルがその言葉に嬉しそうに頷く。


「ふふ、見てギル。こんなに手が震えてる。私、安心してるんだ……」


 恐怖心を隠す術はずっと昔に身に付けた。

 怖くともそれを表に出さないようにして、強気で居る事。それが身を守る術でもあった。

 けれど今、ルリアは震えていた。

 震えて、立つ事もままならず、怖かったのだと理解して、そうして、それが出来るのが()()()()()()()()なのだ。


「あぁ、私は本当に彼が……」


 『好きなんだ』という言葉は飲み込んだ。

 ウィードが捕らわれていた三人の女性を引き連れて戻って来たからだ。


「ルリア! 全員無事だったぞ。あと君の荷物も……って、どうした!? 何かあったか? もしかしてどこか怪我を!?」


 地面にへたりこんでいるルリアを見た瞬間にウィードが素早く駆け寄って来てその身を案じる。


「なんでもないよ、大丈夫。荷物、ありがとう」


 ルリアがそう言って笑えばウィードもホッと息をつく。

 サラウィルの子供の姿の時も思った事があるが、彼はどうやらとても心配性の様だ。


「ウィード、助けに来てくれてありがとう」


「あぁ。ルリアが無事で良かった」


 朝焼け色の瞳を真っ直ぐに見つめてそう言えば、一瞬驚いた様に瞬いたウィードだったが、次の瞬間には優しい笑みを浮かべて頷く。

 その笑顔を見たルリアの視界があっという間にボヤけて歪んでしまう。


「あ、れ……なんで、だって、今まで我慢できたのに……」


「こら、擦るな。腫れてしまうだろう。いいんだルリア、泣いていい。よく我慢したな」


「っ……」


 ボロボロと泣き出したルリアを抱き締めてあやす様にその背を叩くウィードの笑みはどこまでも優しかった。

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