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意志疎通が可能となりました

 一先ず、とウィードは安堵の息を吐き出した。

 水面に映った人間の姿の自分を思い出す。

 サラウィルの子供(今の姿)にされる時に着ていた服装そのままの姿だった。

 という事は、元の姿に戻っていきなり全裸の露出犯になるという可能性は無くなったという事である。

 再び安堵の息を吐き出して、ウィードは少し離れた場所に座っているルリアへと目を向けた。


 水面に映った人間の姿のウィードを見てからあからさまに作られた距離。

 それまではいくらこちらが嫌がろうと自分から寄って来てはモフモフフニフニと触りたい放題だったのに、今は一歩近づけば二歩離れる始末。

 何だというのだ、いったい……


『ワフゥ……』


 思わず漏れてしまった溜め息にルリアが僅かに反応したのが目の端に映った。


『……』


「!!」


 チラリと視線をやればあからさまに顔を背けられる。


『……』


 これはいよいよもって、魔女に会って元の姿に戻った後にそのまま置いて行かれる可能性が高まって来てしまった。

 どうにかして意思の疎通を図り、彼女との距離を縮める必要がある。

 例え短い間であっても、"情"を抱かせてしまえば簡単には切り離せなくなるのが人間だ。

 少しばかり汚い手段だと思わなくもないが、背に腹は代えられない。

 ウィードは遣える主の為にも何としてでも三ヶ月以内に人間の姿で王都に戻らなければならないのだ。


 その為にはこのままではいけない。

 今まで、"人間"というよりは"魔獣"という認識でウィードに接していたルリアだったが、先程の件でウィードが正真正銘"人間"であると認識してしまったのだ。

 抱かせる"情"は()()()()()()()()()()()()()でないと意味がないという事である。

 そうなって来るとやはり意志疎通の方法は言葉が必要となってくるのだ。


『ワゥー』


 試しに「あー」と言ってみた。

 見事に可愛い子犬の鳴き声だった。

 若干泣きたくなったのはウィードだけの秘密だ。

 果たして今の姿で人間の言葉を話せるのかは疑問だが、元は人間なのだ。やれば案外出来るのではないかと思う事にする。


『ワウワ、ゥワウ』


 「信じろ、出来る」と、自分に言い聞かせる様に呟く。

 聞こえて来たのはやはり、何と言っているのか分からない魔獣の声だったけれど、それでもウィードは決意するように前を見据えた。

 自分から動き出さなければ何も始まらないのだ。


ーーー


『ワフゥ……』


 耳から入って来た音は、確かに魔獣の鳴き声だった。

 けれどルリアにはソレが「はぁ……」と聞こえたのだ。

 人間の男が重い重い溜め息を吐き出した様に聞こえたのだ。

 それに驚いて僅かに反応してしまえば、サラウィルの子供が自分に視線を向けたのが分かり慌てて顔を反らした。


「……」

 

 彼は、本当に人間だった。

 否、最初からそう言われていたのだから分かってはいたのだ。

 ただ、本当の意味で理解していなかっただけで。

 だって仕方ない。

 ルリアの前に初めて姿を見せた時、ウィードは既にサラウィルの子供(今の姿)だったのだ。

 だから、ルリアにしてみればいくら彼が本来は人間であると言われても、"ウィード=サラウィルの子供"という方程式が成り立ってしまっていたのだ。


 それが先程の出来事で一気に真実を突き付けられた。

 水面に映った精悍な顔立ちの男の人。

 銀の髪に朝焼け色の瞳を持ったその人が、自分が"隊長さん"と呼んでいる彼と同一人物であると理解するのにそう時間はかからなかった。

 それがルリアは不思議で堪らなかった。

 ただ、殆んど反射の様に"人間"である彼から距離を取ったのだ。


「……」


 チラリと視線を送った先ではウィードが何やら考え込んでいる。

 自ら開けてしまったこの距離を埋めるのはやはり自分からでないといけないと、ルリアは分かっていた。

 彼が決して悪い人でないという事くらいルリアにだって知っているのだ。

 だって彼は、ルリアが触るのを許してくれた。

 きっと迷惑でしかなかったであろう接触を、嫌々ながらでも許してくれたのだ。

 こんな小娘一人、いくら姿がサラウィルの子供であったとしても力で押さえ込んでしまうのなど簡単であっただろうに、それでも彼はただ黙って触らせてくれたのだ。

 そこに、"魔女からの呪いを解く為に必要な人間だから"という名目があったのだとしても、反抗して途中で置いて行かれるよりはマシだという魂胆があったのだとしても、それでも彼はルリアを許した。

 彼が真に"人間"であると目の当たりにしたルリアからすれば、それはとても凄い事に思えたのだ。

 

『ワゥー』


「え!?」


 考えている最中に聞こえた声。

 発したのはウィードである。

 そしてそれは間違いなく、魔獣の鳴き声だった。

 けれどまたも、ルリアには男の声に聞こえたのだ。

 「あー」と、まるで発声練習の様に出された声に聞こえたのだ。

 それに驚いて思わず声を上げてしまい慌ててウィードを窺うが、彼はルリアのそんな様子には気付いていない様だった。


「なんなのさ、いったい……」


 頭を抱えたルリアに再び声が届く。


『ワウワ、ゥワウ』


 「信じろ、出来る」と聞こえたソレにルリアは諦めた様に息をついた。

 どういう原理かは分からないが、ルリアはどうやら彼の言葉がきちんと人間の言葉として聞こえる様になってしまったようだ。

 耳から入って来るのは魔獣の鳴き声であるのに、ソレを認識した途端に人間の言葉として変換されてしまうので、果たして"聞こえる"で合っているのかは微妙なところであるが、何はともあれルリアはウィードの預かり知らぬ所で彼との意志疎通の方法を獲得したのであった。

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