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第二十章 「狼狩り」


「――いた!」

 雲海を越えた先に広がっていた幾重もの軌条の交差の織り成す渦――

 ――その中でも際立った禍々しさを見せる三条の太い水蒸気を見出した瞬間、カズマはこれまで溜め込んでいたかのような勢いで上昇に転じる。あの軌条の主が、以前に彼を敗北の縁へと追い遣り、多くの仲間を死に至らしめた連中であることにカズマは気付く――だからこそおれは、その先へ向かう。


「――!!」

 カズマの研ぎ澄まされた視覚はその渦の中に囚われ、そして糸の切れた凧のように高度を下げていく友軍機の機影を感じ取る。

 機影に導かれるがまま、徐々に開くスロットル――

 驚愕すべき速さでカズマの思考は巡る――今なら未だ間に合う。全速で突っ込めば、あの機を救える! 


 敵味方入り乱れた乱戦模様の蒼穹、激突の瞬間々々にぽっかりと開いた僅かな空間を、カズマの戦闘機乗りとしての経験と直感は見逃さなかった。戦闘機乗りにとって重要なことは、決して敵を自らの背後に入れないこと。そして戦場の空の只中で、「狙撃」に必要な空間を見出し、確保すること――それを、カズマはかつて教えられ、実戦で叩き込まれていた。


 さらに巡る思考――

 それの導くがまま――

 カズマはフットバーを踏み――

 操縦桿を傾け――

 カズマのジーファイターは空を滑る。


「……!?」

 ついていけない!

 操縦席では同じ操作をしている筈なのに――懸命にカズマ機を追うバクルに募る驚愕。そのバクルの眼前でカズマのジーファイターは自在にラインを変え、そして空戦の渦へ向かい鬼気迫るまでの加速を続けている。

 こんなことが有り得るのか!?――速度を削がぬようカズマが機を滑らせているのはバクルにも判る。だがその上に彼の列機は、機体そのものの性能を超えたかのような加速を続け、前を行くカズマとつき従うバクルの距離は徐々に開き始めている。

 それだけでも信じられないというのに!――


 そこに加えてカズマは――

 恐れそのものを知らないかのように、空戦の中心を為す三条の渦へと向かい突進を続けている!――

「カズマ!」

 最初は呻くように言い、次には堪らず、バクルは叫んだ。


『――カズマ!』

 背後から飛び込んでくるバクルの声に、カズマはこれから銀翼を交える相手が只ならぬそれであることを知る。さらに距離を詰め、相手が以前に哨戒部隊を襲った三機であることをカズマがその眼で確かめたとき、イヤホンに響くバクルの声――

『――黒狼三人衆だ!』

「バクル、援護してくれ!」

『――了解!』

 速度を殺さぬよう機体を滑らせつつ、未だ距離のあるうちから渦へと迫り、その只中の、態勢を崩した友軍機の背後に迫る一機へ向け一連射を放つ。

「―――――!」

 弾幕の赤い(つぶで)は、滝のように撓りながら空へと解き放たれた。

 始めから中ることなど期待していない牽制の一撃――完全に渦の中に入ったとき、カズマは完全なる敵影を見出す。




 以前にも見た細長い胴体、おどろおどろしいほどに広く長い主翼を、見忘れよう筈が無い。

 その獰猛な機影の尖端で、鼻先を成す太いスピナーは、虻の羽のような轟きを以てプロペラを回転させている。そしてそいつらは外からの銃撃を察するや、喰らい損ねた獲物を放り出し三機一気にカズマを囲い込むようにして捻り込み、そして回り込んできた。


「巧い!」自らに向かった野獣の牙に、カズマは一瞬息を呑む。

 敵の連携は極めてよく、そしてその動きは巨体に似合わず速い。

 だが、怖いとは思わなかった。


 吶喊――

 銀翼の交差――

 一瞬にして、カズマは狼の成す空戦の渦の只中へと飲み込まれる。

 操縦桿を倒す。垂直旋回――

 スロットルを小刻みに開閉し、敵影を風防の枠内に捉える。

 フットバーを左右小刻みに踏み、位置エネルギーを殺さぬように旋回る。


 旋風の只中に身を置いたかのような旋回の応酬――

 背後に敵二機を従え、そして残る敵一機を追いながら――

 煉獄の絶え間ない流れに身を委ね――

 ツルギ‐カズマの闘志と集中力は研ぎ澄まされ、さらに高まっていく――



 二旋回――

 三旋回――

 四旋回――

 五旋回目――

「もらったぜ!」

 グルジが加速し、抜きん出たゼーベ‐イグル“3(ドライ)”は照準にカズマの機影を捉える――喩え助けを出した積りであろうと、当人が彼らの術中に嵌ってしまっては、全ては水の泡というものではないか?

 ゲルヴ‐118射撃照準機の只中に、完全に入りきった獲物の機影――


 反射的に握ったトリガー――

 白煙を曳き前方へ撓りを以て注がれる太い弾幕――


「チッ!」

 回避された!――グルジの眼前でそいつは余裕を見せ付けるかのように機体を滑らせ、一撃をかわした。

 完全に照準に入れたはずなのに?――


「どけグルジ! 俺が殺る!」

 ガバトの駆るゼーベ-イグル“2(ツヴァイ)”が前に出、距離を詰める。更なる必中を期した一撃――だがそいつは再び機体を滑らせ、それすらも優々と回避する。

「くそ!」

 あたかも、ナイフでケーキを縦一直線に切るかのような機動――


「気をつけろ。いい動きだ」

 カズマに追われつつ、後ろ目にカズマの動きを見遣り、ゼーベ‐イグル“1(アイン)” ベーアは言った。先程のやつとは、明らかに動きが違う――こいつは手強い! それを察した瞬間、追われる立場から抜けきっていないベーアはさらに指示を飛ばす。


「グルジ! ガバト! 第二段階だ」

『オウ!』

 三機一斉に、過給機の(レベル)を最大にまで上げる。

 操作に反応し、機首排気管から吐き出される太い白煙――加速し、後背のジーファイターを引き離しにかかる。そしてジーファイターを追うグルジ、ガバトの二機もまた加速し上昇に転じた。破壊的なエンジン馬力と低アスペクト比の分厚い主翼が生む上昇性能の余裕。死神の荷車はカズマを下方に置き、追い詰めるかのような優位を確保する――



 それでも――

「死ね!」

 降下加速を生かしカズマの後背より距離を詰め、必中を期し放った一撃――

 だがそれすらもジーファイターはあたかも空を斬るかのように銀翼を滑らせ、回避(かわ)す――

「どうなってやがる!?」


 カズマは知っていた――射撃の瞬間に身を滑らせれば、必ず回避(かわ)せる!

 そして――どんなに敵の機数が多かろうと――射撃の瞬間に自分を狙えるのは、一機でしかない。

「地上人の分際で生意気な!」

「いける!」


 三人衆に募る焦燥――

 カズマに募る勝算――

 そう――カズマには、確固たる勝算があった。

『三機編隊の弱点、それは――』

 勝算の根拠――それは、日本に在った頃の記憶。




「――詰まるところ、間隔だろう」

 かつて、カズマに編隊の重要性について問われたとき、空戦の師、星野分隊士が旧来の三機一組編隊の弱点に関して言った言葉が、それであった。

「間隔……ですか?」

「三機編隊は、戦闘機が未だ複葉だった頃の産物だ。具体的には長機を中心に、それにつき従うように列機が二機、その三機が密集隊形を組み、横転の姿勢から敵編隊に突進し突き崩すという発想がそこにある。その際敵機の捕捉と撃破は長機の役割、そして列機の役割は長機が補足した敵機が左右いずれかに旋回し回避を図った場合、それを迅速に補足することにある。これは明らかに、横方向の旋回性に優れ縦方向の旋回性に劣る複葉機の宿命から来る必然の隊形だ」


「……」

 未だ少年の面影を残すカズマの顔に、納得の色が浮かぶのを見て取り、星野分隊士は続けた。

「だが、現在の主流は貴様も知っての通り、単葉全金属製の高速戦闘機だ。複葉機より格段に加速と上昇力に優れたこの種の戦闘機にとって、常に各機の間隔に留意しなければならない三機編隊は、各個の連携を妨げることは勿論、むしろ単葉機の持ち味である速度と上昇力を殺す足枷となる――」




「――それだけじゃない。次の問題は役割だ」

 増援を送るべく発進準備に沸く空母「ダルファロス」艦内、黒狼三人衆の弱点に話が及んだとき、タイン‐ドレッドソンは言った。


「―――戦闘機ってやつは単独で戦っているようで実はそうじゃない。敵機を惹き付けるやつ、そして惹き付けられた敵機を追って叩くやつ、戦場にいる戦闘機の役割は、大別すればこの二つに分けられる。戦闘機の戦いを一対一の格闘戦闘と考えているやつは素人だ。そして何時の世も素人は戦場では長生きできない。長生きするにはどうすればいいか……答えは簡単だ。戦場に出る前に役割を決めておけばいい――つまりは、囮になるやつ……そして囮に食い付いたやつを撃墜すやつ。そしてここからが一番重要なことだが、空戦に余計なやつは要らない」


「余計な……やつ?」と、レラン‐グーナは怪訝な顔をする。

「言ったはずだ。こと空戦に限り、三人目は要らないってことだ。一小隊を三人にすればそれだけ作れる分隊が減ることは勿論、攻撃力も減殺される。編隊の最小単位は二機で十分なんだ。だが奴等は……お前も知っての通り三人いる。囮役が一機として、それを追うやつが二機になれば、何が起こると思う?」

「あ……!」




 ――星野分隊士の言葉は続く。

「――二機で一機を追尾する。大柄で鈍重な対爆撃機に関する限りではそれは正しい。だが、狙う相手がこちらと同じくらい高速で俊敏な戦闘機なら話は違う。戦闘機は確実に狙い、確実に射弾を集中させるには絶対に敵に軸線を合わせなければならない。だがその上で合わせるべき軸線はどう足掻いたところで一本しかない……つまりは、一本の軸線を二機で取り合わねばならないということだ。これが如何に非合理的で非生産的なことか、よく考えれば判るはずだ。いかなる状況でも、一機の戦闘機を攻撃するのに、一機以上の戦闘機は要らない。一機の戦闘機は、一機の戦闘機でしか撃墜(おと)せない――」




「――そして最後の問題、機体の性格だ」

 タインの述懐は、核心へと続く。

「――戦闘機が高速で、そして高出力であればあるほど、三機編隊は蟻地獄のように編隊を拘束する。高速の単葉機の場合、複葉機と違い編隊間の間隔を修正するタイミングは段違いに短く、そして修正の加減は難しい。機体性能が優秀なほど修正の蓄積は結果としてロスを生み、そして実戦の場でミスをも生む。それを防ぐために二機に気を配る位なら、ペアを一機に減らしてその他の余力を索敵に充てた方が遥かに合理的だ。だからこそ、二機編隊の方に理がある」

「……」

 言葉を失うグーナを前に、タインは言葉を紡ぐ。

「――やつらの駆るゼーベ-イグルは、三人で組んで扱うにはでか過ぎるし、パワーもあり、そして重過ぎる。重い機体は時が過ぎれば過ぎるほど、その重さ故に乗り手の精神と肉体に負担をかける。下がる高度への配慮。編隊の間隔維持。速度の調節――負担は集中力を奪い、しまいにはどんなにタフなやつでも戦闘すら覚束なくなるほど、編隊の連携は乱れ……(つい)には崩壊する。三機編隊の正体を知っているやつは、最後まで耐え続けて、そこを狙う――」


 ――そこまで言って、タインは目を瞑った。

「あいつらが二機で、そして相手がやつ(・・)じゃなかったなら、三人衆にも生き残る(みち)は見えただろうがな」

「やつ……?」

「そう、やつだ」


 不意に歪むタインの口元――

 やつ――ロイン、ヴィガズ、セギルタ、そしてエドゥアン-ソイリングを撃墜(おと)した「やつ」。

「やつ」よ――

 おれには判っているぞ――

 お前は、必ずその空に居る……!



 

 ――「死神の荷車」に飛び込んだ青年には、勝算があった。


 一旋回――

 二旋回――

 三旋回――その終盤に前方を行くジーファイターを照準に入れトリガーを握るたび、獲物は緩急自在な横滑りで投げ付けられる射弾を避け、その一発で敵機に致命傷を負わせられるほどの威力を持った弾幕は、虚しく空を掠めて前方へ流れていく。当初は狐を狩るのにも似た余裕ある追撃戦だったはずが、知らず、本気を出して敵を追っている自身をグルジとガバトが自覚するのに、その始まりから三分あまりの時間が必要だった――


 ――だが、空戦の緊張と重力の荷重の織りなす無形の桎梏の連続に身を置く者にとって、三分は永劫に続くかと思われる長い時間となる。

「どうなってやがる……!」

 獲物に合わせ自らも機体を滑らせ、追従を続けながら、“2(ツヴァイ)”ガバト-ニーブルは苦々しい表情を隠さなかった。死神の荷車の只中にあってもなお、その中に渦巻く圧倒的な鋼と焔の渦に翻弄されて然るべき敵の動きに、一切の疲労も、そして動揺の兆候すら見られないという事実が彼を混乱させていた。


 そして直面した混乱は、彼一人のものではなかった。

「ガバトどけ! こいつは俺が殺る!」

 それまでガバトに付き従っていた“3(ドライ)”グルジ-ノラドがガバト機に主翼を寄せ、押し退けるように前へ出ようとした。それを制する――否、予期せぬ邪魔者にあからさまな隔意を以て僚機の機動を妨害しようとする――ガバトが、猿のような金切り声を上げる。


「何を言っている。攻撃は交替でやる手筈だろ? 血迷ったかグルジ!」

「血迷っているのは、てめえだガバト!」

「……!」

 逸る心を抑えようともせずに、グルジが撃った。主翼から突き出した銃身の尖端が濃い白煙を吐き出し、吐き出された白煙は怒涛の如くに境界層を乗り越え後背へと流れゆく。先行するガバト機“2”の翼端スレスレを掠め、弾幕が数珠繋ぎに空へ躍り出る。それらはジーファイターの傍らを光陰の如くに追い抜き掻き消えるようにして飛んで行った。


「撃つな! 当たる!」とガバト。動揺したのか横転(バンク)が緩んだ。翼端から水蒸気が奔る。速度も落ちた。

「いい加減にしねえか! ガバト!」

 グルジが目を剥いて怒鳴り、機を増速させて前へ出た。ガバトが怒り、それまで距離を取るべく控えていたスロットルを押し開く――



 左旋回なら、誰にも負けない!――戦に臨んだカズマの自信は、今や敵の環の只中に飛び込んだことで完全な余裕となっていた。

 左へ左へ……また左へ――如何に小さく、そして如何に速く旋回るか……練習飛行隊において、そして後の星野分隊士との関わりとの中で、自分は海軍航空兵となって只それだけを叩き込まれてきたようにすら思う。追う敵の懐近くまで旋回半径を絞って旋回(まわ)り続ければ、いくら優位な位置に在ろうが敵は絶対に攻撃できないのだ。その敵が二機なら尚更――


『――くそっ!……あの野郎、さらに小旋回(まわ)りに転じやがった!』

『――どうなってやがる!……俺達はこれ以上はもう……!』

 グルジとガバト――カズマを追う二人には明らかな焦燥があった。眼前のジーファイターの旋回半径は驚くほど小さく、旋回に入るタイミングは、追手のリズムを狂わせようとするかのように自在かつ不可思議だった。全く想定外の相手の、想定外の機動を前に彼らの心身は疲弊し、蝕まれていく――


 そこに――

「……!」

 エンジン回転計と過給空気圧計に同時に点灯した赤い光は、グルジとガバトをほぼ同時に恐慌の崖に追いやった。回転数と過給機圧――気が付けばイグルの鋼の心臓を掌るいずれも、ともに限界値を振り切っている。スロットルと過給機操作レバーの両方を、安全圏まで引き戻せば叶う生還への途、それを択ぶ精神の余裕は、彼ら自身が作り上げた陥穽の中で虚しく削られていった。

 いま離脱(にげ)たら、落ちた速度を取り戻す間に、この一機の地上人に追い縋られ、彼ら二人のうち誰かが喰われるかもしれない。身を挺してその一人になるという勇気すら、荷車を掌る死神に虚しく握り潰されていく。恐慌が、恐怖へと装いを変える。


 そして二人は、今更ながらに思いを同じくする――

 ――ひょっとして、俺達が今戦っている相手は、本当は俺達三人の手には負えない位強く、段違いの手練なのではないか?



「――――?」

 その無謀な敵機の前方を、そいつを荷車の渦に引き込むべく旋回を続けていた“1(アイン)”ベーア-ガラが、事態の平穏ならざることに気付いたのは、一向に片の付かない部下の攻撃に、漸くで不信感を覚えた時のことだった。通例ならば在り得ない、失態とでも言うべき列機の行動、疑念と同時に怒りを覚え、ベーアは半身を乗り出すようにして背後を顧みた。


「グルジ! ガバト! 何をやっている!?」

 言い掛けたところで、ベーアは言葉を失った。敵が距離を詰めている?

 こちらのゼーベ-イグルよりも低速で、高空性能にも劣る筈のジーファイターが、もはや射撃すら可能な距離にまで近付き、そして列機の存在など意に介さないかのように加速し、すでに射撃すら可能な距離にまで接近している!


「ばかな!」

 背後で起こっている只ならぬ事態の存在に、カズマを吊り上げていたベーア-ガラが気付いたその時――


「……!」

 前方――自分を吊り上げているかのように飛んでいる機体が見せた挙動の乱れを、カズマはその眼差しの先に見出した。

 挙動の乱れ――それに、カズマは勝機が真に巡ってきたことを悟る。

『――――!!』

 煌く闘志――

 見開かれた瞳――

 咄嗟に踏み出したフットバー ――

 ぐんと傾ける操縦桿――

 その速さを保ったまま、ジーファイターは滑る――右へと。

 その動きは、後背を追うガバト、グルジの驚愕を誘った。


「外だと!?」

「外!!?」

 旋回の外へ滑り出た敵の姿は当然、ベーアの察知するところとなる。外回りの旋回――それは加速を可能にし、つまりは敵が距離を詰め、側面からの攻撃を指向していることを三人は同時に悟った。


「行かせるな! グルジ! ガバト! 外から行かせるな!!」

 “1(アイン)”ベーアは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。このままでは、わが身に迫る危機は完全に現実のものとなってしまう。ベーアと同様の危機を察知したガバト、グルジもまたカズマと追うべく同様の操作をした――だがそれは、ゼーベ-イリスという中高度での格闘戦に特化した機体の特性を無視した、破局すらもたらす操作だ。

 旋回を続けている間、徐々に下がり続けた速度、巨大な主翼が抵抗となって上がらない速度、高出力エンジンで無理やりに引っ張っていた速度が、不測の操作でさらに下がる。限界に達した過給機が稼働を停止する。安全装置が起動――それで更に機体の挙動が乱れ、目に見えて加速が落ちる。過給機の再起動は叶わない。


 結果として二機のゼーベ-イグルは、カズマの横滑りに追随できず、自らの作り出した空戦の渦の外――カズマの機体よりさらに右へと滑り出てしまう。そこに、長く旋回を続けていた結果に生まれた気流の渦が、振動となって二機の速度を僅かに削った――ジーファイターが更に遠ざかる。



「しまった! 肝心なところでアンダーをっ!!」

「そこっ!!」

 無理な操作の末、破綻する荷車――

 それを見出した瞬間、カズマは一気にスロットルを絞った――オーバーシュート!

 ガバト、グルジの眼前で急激に迫るジーファイターの機影――照準をつける暇すら与えずその姿は、二人の頭上を飛び越えるようにして彼らに前を譲り――彼らの後背に占位した。


「オレを踏み台にした!!?」

 驚愕するより早く、機体を襲う不気味な振動――それが獲物を追って旋回を続けるあまり、速度低下の限界に達しかけたゼーベ-イグルの発する失速寸前の予兆であることをガバト-ニーブルが察するのと、態勢を転じたカズマが彼に照準を合わせるのと同時――


「……!!」

 閃光にも似た短い一連射は鞭のように延び、ゼーベ-イグル“2(ツヴァイ)”の右主翼付根に集中する。エンジンにまで延びた弾幕が黒煙を生み、次にはエンジンを灼いた。

 穿たれた孔と亀裂、そして炎――恐怖に駆られるがままカズマから逃れようと、ガバトがフットバーを踏込むことで加重を掛けたゼーベ-イグルを、重力の剛腕を以て瞬時に引き裂いた。分厚く広い主翼、その主桁が折れ、外板が剥がれる。狼から均衡が失われ、上下左右が入れ替わる混沌の中で、胴体もまた折れた。


「ギャヒイィッ!!」

「ガバトッ!!」

 グルジの絶叫。だが彼にも遺された時間は少なかった。空中分解したガバト機を乗り越えるようにして迫って来たカズマの二連射目は、“3(ドライ)”のエンジンに集中し、被弾の破壊により狂わされた火と鋼の営みは、連鎖的に機体全体に更なる破壊を生む――


「ウガバァッ!!」

 一瞬にして焔に包まれ、分解すら始まった“3(ドライ)”。瀕死の操縦席でグルジの生もまた散った。ベーアは、二人の部下を一気に失った。


「――――!!」

 そして彼は気付く――先程の横滑りは、此方を狙うためのものではなく、背後に付くグルジ、ガバトの動揺を誘うためのものであったことを――


「……!!」

 なんという奴!

 地上人の中に、このような使い手がいたのか!?

 身を震わせる驚愕――

 脳裏を襲う空白――それはむしろ恐慌を生み、ベーアに自分でも意図もしない機動を取らせる――


「……!」カズマの絶句


 最後のゼーベ-イグルが上昇する――

 逃がさない――

 再び開くスロットル――

 過給機が鉄を斬る様に叫ぶ――

 前へ引く操縦桿――

 そのまま宙返りの頂点で、ゼーベ-イグル“1(アイン)”はカズマを引き離し、そして攻守は逆転する――


 照準器に、「悪魔」を捉える。

 そうだ……こいつは「悪魔」だ。

 一瞬にして戦友を奪った「悪魔」

 こいつが奪ったのは、戦友だけではない。

 偉大なるレムリア、精強なるレムリア空戦士軍団の将来を担うべき逸材を、次々と殺し続けている「悪魔」

 このまま放っておけば、偉大なるレムリアに甚大なる災厄をもたらし続けるであろう「悪魔」

 はじめは、虚報だと思っていた。

 だが今となっては――

 “雌虎”が言っていたことは、事実であった。

 地上人(ガリフ)に、そんな怪物なぞいない。

 こいつに遭遇(であ)うまでは、「悪魔」の存在など、絵空事でしかないように思えた。

 


 だがどうだ――

 恐怖と疲労が、喉奥から水分を奪う。

 照星に、前を飛ぶ「悪魔」が重なる。

「死ねバケモノめ!」


「――!」

 喝破――カズマは再び上昇した。やや左気味に――

 鬼気迫る表情もそのままに、ベーアもカズマを追う、むしろ連携の制約を解かれたことで、ゼーベ-イグルにはその持ち味たる加速力と上昇力を存分に振るう余地が生まれていた――だが、時はすでに遅かった。

 勝利と復仇への確信と共に達する宙返りの頂点――

 狙いを付けるべく握り直す操縦桿――

 そこで――ベーアの確信は新たなる――あるいは最期の――驚愕へと変わる。



 消えた――?

 直後に感じる悪寒――

 背後を凍らせるかのような悪寒――

 降下に転じたゼーベ-イグルの操縦席から、加速に耐えてベーアは背後を顧みた。

「悪魔め……!」

 いないはずの敵影を、その後背に見出した瞬間――背後に忍び寄った死神に自分の肩を叩かれたかのような衝撃が、ベーアを襲う。


「行けっ!!」

 右から合わせた照準――外すまでも無く、カズマは撃った。機体を滑らせて射弾を蒔く。

 長い一連射――それはミシンのようにゼーベ-イグルの巨体を穿ち、そして鮮血の噴出の如く漏れ出した燃料を発火させる。

 コントロールを失い、背面に転じたゼーベ-イグル――


『馬鹿な……!!』

 ――過回転するエンジンの爆音が、狼の断末魔に重なって聞こえた。

 ―――それはどす黒い曲線軌道を描きながら高度を下げるにつれて分解し、雲海に達したところでベーア-ガラ“1(アイン)”の生命と共に四散した。




「――――?」

 ……気付いた時には、眼は、黒煙を吐きつつ墜ちていく最後の敵機を、何時しか漫然と捉え続けていた。

 操縦桿を握る手が、何時しか震えていた。むしろ操縦桿に指が震えたまま張り付いている。

 感慨と脱力を振り払うかのように、周囲を見回す。

 縦横無尽に白い水蒸気の足跡の行き交う蒼穹のみが、そこに安寧の戻りつつあることを静寂と気流の音とともに主張していた。そして戦端を開いた際にはあれ程いた敵機は、駆けつけて来た基地からの増援を前に何時しか潮の退くように消え去り、辺り一帯は友軍機の自在に舞う安全な空へと戻っていた。

 安全圏に逃れ、空戦の一部始終を見ている内、一対三の空戦の一部始終を見守っていた際の不安はあっという間に消え去った。


 そして次に沸き起こってきたのは、自分の身代わりになる形で敵機の渦に飛び込んできたジーファイターの乗り手の、想像だにしない高い技量に直面した戦慄――


 一般の部隊に、あれ程の使い手がいるとは――一生分の驚愕を使い果たしたかのようにリン-レベックは肩を落して三機のレムリア機を倒したジーファイターの行く先を見送っていた。彼女の視線の先でジーファイターは高度を落し、鮮やかなまでの減速で待ち構えていた列機と銀翼を連ねる。平然と、あるいは悠然と――


 意を決し、リン-レベックは二機の後を追った。共通周波帯に切換えた無線機が、前方の二機の会話を彼女のイヤホンに送り込んで来た。

『――バクル、怪我は無いか?』

『――こっちは大丈夫、カズマは?』

『――そろそろ燃料が危ない。帰って給油したい』

『――ぼくもだ。さあ、早いところ帰るとしよう』

 ツルギ-カズマ?――聞覚えのある名前がリン-レベックを加速へと駆立て、そして彼女は忽ち前方を飛ぶジーファイターと並ぶ――



『――ツルギ少尉!』

「……?」

 俄仕込みの三機編隊は、それらしい間隔を維持しながら雲海の上空に差し掛かり、そしてその俊足を落しゆく――

『――……大したものね。今日だけで三機撃墜?』

『――いえ、少佐殿、自分は他にもツルギ空兵の四機撃墜を確認しております』

「三機だろ? バクル」

「いや、四機だ。七機撃墜おめでとう。またスコアを増やしたな」

「七機!」

 驚愕――否、むしろ唖然としてリン-レベックはすぐ隣を飛ぶカズマのジーファイターを見遣った。その彼女の鳶色の瞳の先で、今回の戦闘で七機ものレムリア機を撃墜した青年は前を見据え、彼の帰路を辿り続けていた。



 ――出撃し、生きて再び戻ることに成功した者を迎えた飛行場は、その大方に渡り静穏さを取り戻していた。

 ことあるに備え、対空砲の配備を重点的に実施していたのが、恐らくは損害の低減に繋がった。軍民の輸送船により持ち込まれた多数の対空砲と、その操作要員の貢献であった。

 滑走路そのものへの被害は最小限に留まり、銃爆撃により穿たれた破孔もまた仮設鋼板により迅速に塞がれ、損傷烈しく緊急用滑走路へと向かうことを余儀なくされた数機を除き、着陸を果たしたジーファイター群は思い思いに滑走し、その駐機場へと機体を滑らせていく。完全にエンジンを停止させた機には、その瞬間を待ち構えていた整備員や兵器員が駆け寄り、燃料や弾薬の補給を迅速に進めていく。そして機を降りたパイロットは愛機のことを彼らに託し、新たな指示を受けるべく指揮所へと足を運んでいく――



 ――そこでリン-レベックたちは、遅れて発進準備を整えたハワード中佐が、戦爆連合の航空部隊を直属し西方空域へ向け発進していったことを知らされた。



「出撃した?」

「空母部隊は敵艦隊の撃破に成功し、敵艦隊の残存戦力は目下逃走中。空母部隊は攻撃機の収容と戦力の再編に入っているそうです。司令部は追撃を命令したそうですが、『ハンティントン』艦長はこれを拒否し、今なお戦力の再編作業中であります。」

「……」

 絶句――それが、これまで死線を彷徨って来たリン-レベックに空母部隊の二人へと目を向けさせる。その彼女の眼差しの先で、カズマとバクルの二人は、簡易食として出されたコーヒーとドーナツを手に、無心なまでに話し込んでいる。

「――司令部はハワード中佐に追撃部隊の編成を命じ、中佐は攻撃部隊を率いて今より10分前に出撃して行きました。多分――そろそろ敵艦隊を攻撃圏内に入れているのではないかと……」

「聞くけれど、作戦参加はハワード中佐の意思なの?」

「……はい、むしろ中佐ご自身が追撃部隊の編成及び指揮を志願したが故の出撃です」

「そう……」


 事情を知るや、リン-レベックは操縦士に集合を命じた。任務がすでに終わったと考え、怪訝な顔を隠さずに集まった操縦士を前に、彼女は言った。

「これより部隊は追撃部隊を援護すべく出撃する。出撃は十分後、強制はしない。志願する者は五分後にブリーフィングルームへ」

 無理強いはしない。敵編隊の撃退に成功し部隊の士気は高い。だからこの場合は命令するよりも誘うといった形を取るのがいい。操縦士を解散させる一方で、リン-レベックはカズマとバクルを呼んだ。

「あなたたちは、私の列機になってくれる?」

「バクル、どうする?」

「カズマに任せるよ」

 カズマはリン-レベックに向き直った。

「では、お供します」

 リン-レベックは笑った。雨天の後の晴天のような微笑だった。戦闘機の列線を顧み、彼女の指示が飛ぶ。

「急いで燃料と弾薬の補給を! 中佐の後を追う」


 ――地上員に指示を飛ばすリン-レベックを遠目に、バクルは靴紐を締め直すカズマに言った。

「いいのか? 少しは休んだらどうだ?」

「乗りかかった舟さ。最後まで付き合うことにするよ」

「でもカズマ、浮かない顔してる」

「おれはいいけど、先行している部隊がね……嫌な予感がする。だから行く」

「そうか……」

 バクルは押し黙った。

 何故ならその予感は、バクル自身もまた持っていたものだから――




 遊撃戦隊の敗北――それに続く敗走をタイン-ドレッドソンはその撤退を援護すべく下された戦闘機部隊の出撃命令という形で知らされた。

「そうか……敗けたか」

 衝撃を覚える風でも無い、淡々とした言葉――タインは空戦士控室の椅子から立ち上がると、グーナに告げた。

「空戦士を集めろ。今すぐに」

 二分の後、飛行甲板傍の待機室に集まった部下たちを前に、タインは戦況要約を告げ、そして彼なりの指示を飛ばす。

「これより我々は、レンヴィル西方200空浬の空域まで進出する。我々の任務は、現在戦闘速度で空域を離脱中の友軍艦隊の撤退を援護することにある」


 友軍の敗北――これまでに無かった、衝撃的ともいえる戦況要約を前に表情を強張らせる男たちを前に、タインは不敵な笑みを浮かべた。

「恐らく地上人(ガリフ)の連中は、調子に乗って何時ものように、数に任せて力押しで友軍艦隊に迫って来るだろう。女を口説くときと株を売り買いするとき以外にその乏しい知性を発揮できない地上人(ガリフ)のことだ。碌な編隊も組まないまま、上なり下なり、肝心の部分をがら空きにして飛んでくる――そこを、俺たちが叩く。俺たち相手の戦いにハッピーエンドなど有得ないことを間抜けな地上人(ガリフ)どもに教えるのにいい機会だ。存分に暴れろ――以上」


 先に部下たちを飛行甲板に向かわせ、そしてタインは一番最後に愛機の元に歩み寄る。ジャグル‐ミトラの操縦席に取り付いていたレグエネン整備兵が腰を浮かし、機体の好調なることを告げた。彼と入れ替わるようにタインは操縦席に腰を下ろし、手袋を嵌める――


「撃退されたなんて……エライことになりましたね。旦那」

「お前と同じ台詞を、今度は地上人(ガリフ)の整備兵が言うことになるだろうさ」


『――戦闘機隊へ告ぐ、全機、機関発動――機関発動――』

 スピーカーが告げる空への誘い。その空へと思いを馳せるかのようにタインは操縦席から漆黒の天井を仰ぎ、やがて鷲の様な眼差しもそのままに前へ向き直り、そして呟いた――


「さてと……地上人(ガリフ)どもに戦争(バトル)のやり方を教えてやるとするか」




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― 新着の感想 ―
[一言]  更新おつかれさまです。  自分旧シリーズ読んでなかったので、まさかの黒狼三人衆を一撃で3人とも倒す展開に驚愕しています。  特装機3機を一度の空戦で撃墜、何気にラジアネス史上初なのでは…
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