第二十五話
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「核爆弾とはどんなものだ? 」
統合作戦本部長が疑問の声をあげる。
この会議に参加している全員が、顔に疑問符をつけているように見える。
「核爆弾とは通常の火薬式爆弾……1トン爆弾の約2万倍以上の威力がありました」
「に、2万倍以上だと……」
「はい。一つの爆弾で一都市を壊滅できる威力です。さらに核爆弾はその威力だけでは無く、核爆弾に使われる材料も問題がありました」
俺は一同の顔を見渡し……
「放射能と呼ばれる物質です。自分は詳しくはありませんが、この放射能物質の影響を受けると人体は極めて悪い影響を受け、かなりの確立で命を失う事になります」
「そんな恐ろしい物が存在するのか……」
「残念ながら存在するのです、首相。その為、報告書に記載されている物理学者3名を是が非でも日本へ招くべきです」
「……日本で核爆弾の開発をさせると言う事かね」
「その通りです、武藤大将。しかし表向きは平和的原子力開発と言う事になります。原子力エネルギーはものすごく効率をいいエネルギーを供給してくれます。これは日本の産業にとってよい事となるでしょう」
「君の目を見ると、それだけが目的ではなさそうだね」
武藤大将にそう言われ、俺は肩を竦める。
これが人生経験ってやつなんでしょうかね。簡単に見破られるとはまだまだ修行が足らない証拠か。
「この3名は後にアメリカで原子力、核兵器開発に多大な貢献をしたと言う記録が残っておりました。つまりアメリカに渡さなければその分、核開発に時間がかかると言う事になります」
俺の説明に武藤大将が頷いている。
「その為、最善なのはこの3名を日本に招く事です。しかし、もしアメリカに渡ってしまう事があるでのあれば……抹殺してしまう事を考慮しておかなければいけません」
「止むを得ない……か」
「そうなった場合は最悪です。世界的にも原子力開発が滞ります。我が国は歴史的に非難される可能性がでてくると思われます」
「ふん……自国の利益の為に世界的な発明を殺したか」
そう吐き捨てるように呟いた武藤対象が印象的であった。
暫く全員が疲れた表情をしたままそれぞれの考えにふけっていたが、武藤大将は一人なにか決心したかのように頭一つを振り、切り出した。
「この件の調査については私が取り仕切ります。さて大尉、リストにあるハインケル博士とは何者かね?」
ん? 少し空気が軽くなったか。
「はっ、ハインケル博士とはドイツの航空機の設計者です。博士はハインケル航空機の会社を興し、ドイツの航空機産業を一角を支えました」
「そんな重要な人物が何故リストアップされているのだ? この人物はユダヤ人なのか? 」
「いえ、ドイツ人です。このハインケル博士はナチ党に批判的であったと記録されており、実際に批判的な言動が確認されております。この当たりを上手く利用できればいいかと思います」
「よかろう、そちらも調査しよう」
俺は一礼しながら俺はこう締めくくった。
「宜しくお願いいたします。この技術者達を日本に招聘する事ができたら、日本の技術は格段にあがる事となるでしょう」
~~~ 昭和5年 11月20日 統合作戦本部 執務室 ~~~
一昨日の18日、史実では濱口首相の暗殺未遂事件が発生し、その傷が元となり命を失っている。
しかし、俺は先月本部長にこの暗殺未遂事件の事を相談していたのだった。
これが効をそうしたのか、事前に不平派を調査。ギリギリになって暗殺事件を防ぐ事ができたのだった。
これでまた一つ歴史を変えることができたのだろうか。まだまだ先は見えない。
国内政策についてだが、11月の始めに国内列島改造案が国会にて可決した。
来年度に公共事業として進められる事となった。内容は次の通り。
・高速鉄道を東京~広島間に標準軌道にて施設する。尚、東京~広島間が完成する段階で、佐世保までの延伸を協議する。
・高速道路を東京~大阪間を建設。着工し、建設が半ばまできたら延伸の協議をする。
と言うものだ。
因みに高速鉄道は現在の新幹線、高速鉄道は現在の東名高速・名神高速の区間と似たような感じで路線図がひかれている。もちろんカーブは少なくしてある。
高速道路も2メートル幅の自動車が時速100キロで走行できる余裕ある幅で作る予定だ。
ひとまずはこれで雇用が生まれるだろう。
~~~ 昭和5年 11月26日 統合作戦本部 執務室 ~~~
この日は北伊豆地方で大地震が発生した。
そりゃー東京も揺れた。気象庁の発表では東京は震度5を計測したそうだ。
伊豆半島が震源地とあり、陛下はすぐさま軍に対し救助出動を命した。
空軍は羽田から観測機を飛ばし、情報の伝達を担う。
陸軍は数の少ないトラックで人員の輸送と物資を運ぶ。
海軍は横須賀・呉から軍艦を出し、伊豆半島へ向かい救助をおこなった。
ここで大事だったのは全ての情報が統合作戦本部に集約され、国防大臣から首相・陛下に正確な情報が渡った事だ。
これは後の有事の際にも言える事で、重要な体制が正常に取れた事が確認でき、陛下からもお褒めの言葉を頂いたのだった。
因みに俺はこの震災の事をすっかり忘れていた事は内緒にしていたのだった……
~~~ 昭和5年 12月10日 帝都大学 ~~~
統合作戦本部が発足してからようやく、軍事技術向上の為の初会合が帝都大学にて開催された。
約2ヶ月かかったのは、日本各地にいる技術者・科学者を一同に集めるのが目的もあった為だ。
各技術者・科学者達には、会合開催の通知と併せて『現在研究の概要の報告書を事前に送られたし』と言う内容も送っておいた。
統合作戦本部・商工省の承認が得られれば、国から研究費を支給すると言う案内をしていたところ、ほぼ100%の返信率となった。
会合の主催は商工省の官僚が主となり会合は3日にわたって開催た。もちろん統合作戦本部も会合の合間に、各科学者・技術者と個別に接触。
各分野の技術の情報の交換・提案をおこなうのだった。
もちろん海外への技術売却やめて欲しいと要請もしておいた。
~~~ 昭和5年 12月31日 鶴岡八幡宮 ~~~
昭和5年が後5分で終わる。
除夜の鐘が鳴り響く鶴岡八幡宮の境内を歩く俺。
今年? はとにかく事が多かった一年だった。
疑問符が付くのは、昭和5年をわずか4ヶ月しか過ごしていないからだ。
2030年10月末に突如の中華人民共和国が沖縄に侵攻を開始。
佐世保に配属されていた俺の乗艦は緊急出動をしたが、中国空軍・海軍の飽和攻撃を受け爆沈、死亡したはずだった。
だが、気がつけば俺は呉軍港沖に漂流しており、聞けば1930年。100年前にタイムスリップしていた。
そこからはあれよあれよと軍・政府上層部に認められ、大日本帝国の改革を推し進めている。
詣でが終わり、帰り道の空を見上げると漆黒の闇。その闇はどこまでも続いている。
戦争への道を転がりだしている日本の行く先を見ているようだ。
夜明けまで後数時間。俺はこの日本の夜明けを見る事ができるだろうか。
※ご意見・ご感想ありましたら、宜しくお願いします。
これで第1部が完了な感じですかね?
時間と意欲があれば、章設定をしようかね。




