ジルの嘘
御者のスティーブさんが最寄りの宿場で馬を借りてきてくれた。
人も連れてきてくれたので、倒れた馬車を直してもらえた。
幸い馬車は壊れていなかったので、予定どおり旅を続けられた。
その後は魔物に遭遇することもなく、ジルの実家に到着したのだった。
……いや、ちょっと待って。
ほんとにここが実家?
見えてきたのは切り立った崖の上に建つ砦。
どう見ても戦いの前線基地だ。
貴族の住まいといえば、街の中や農地の中にあるお屋敷なイメージだけど。
あるいはそれはエルテシア王国だけの話で、ロミア王国ではこういうのが普通なのだろうか?
馬車が砦の門をくぐって止まった。
スティーブさんが扉を開けてくれて、私たちは馬車から降りる。
三人で砦の建物に向かうのだけど、ジルがなんだか落ち着かない様子だ。
「ジル様、もういいかげん本当のことを話したらどうですか?」
「……っ!」
スティーブさんの言葉にビクッと身を震わせるジル。
え、なに? どういうこと?
「すまない、アリシア……一つ、お前を騙してたことがある」
「なに……?」
「実は俺、貴族じゃないんだ」
えっと。
それはつまり、私と同じ庶民ということだろうか?
「けど、ジルってドグナー男爵家だったよね?」
魔法学園でもそう名乗っていた。
男爵は貴族の中では最下級だけど、それでも貴族は貴族だ。
「ああー……ドグナー男爵には一時的に養子にしてもらっていたんだ。学園で騒がれないように」
なるほど?
貴族や大商人の子女ばかりの学園に庶民がいると悪目立ちしてしまうから、ということ?
なんか違和感があるな。
そんな理由で貴族が庶民を養子になんかしてくれるものだろうか。
「殿下!」
ふと、雷みたいな大きい声が響き渡った。
見ると、鎧を身につけた、びっくりするくらい大きい男の人が砦のほうから歩いてくる。
まるで巨大な岩が転がってくるみたいな迫力で、地響きまで聞こえてきそうだ。
「殿下、お待ちしておりました! 長らくの学園生活、お疲れ様でございました」
「あ、ああ、ガリアード、久しぶりだな」
「道中は何事もなく?」
「と言いたいところだが、途中で魔物が出現した」
「この辺りに魔物が……? 珍しいですな……」
と会話を続けるジルとガリアードという名前らしい男の人。
待って。
今この人、ジルのこと、殿下って呼んだよね?
それってつまり……。
「もしかしてジルは……いえ、ジル様は……」
ジルはすごーく気まずそうな顔をして言う。
「ああ……貴族じゃなくて王族……ロミア王国の第五王子だ」
「ひっ……」
ひええええええええ!!!!
おおおお王子!?
「な、なななななんで王族がわざわざ男爵家に養子に……!?」
「いろいろ事情があってな。エルテシア王国に、ロミア王国の王族が魔法学園に通っていることを知られたくなかった。幸い俺は王子っつっても妾腹の子で、王宮以外には存在を知られていなかったんだ」
だから王族って言っても大して偉くない。
なんてジルは言うけど。
庶民の私から見れば王族は王族だ。
私のこれまでのジルへの態度が脳裏を駆け巡る。
完全にアウトだ。
男爵家の子息相手なら、魔法学園という特殊な環境も考慮すればタメ口もギリギリ許されたかもしれないけど、王子相手はアウトだ。
私はその場にひざまづいて地面に額を擦り付けようとした。
「おい……アリシア。そういうのはやめてくれ。頼むからこれまでどおりで」
「いやいやいや! そういうわけにはいかないでしょ、あ、いや、いかないでございます、はい!」
焦って言葉がおかしくなる私に、ジルは盛大にため息をついた。
「……だったら命令だ。俺にはこれまでと同じように接しろ。敬語も使うな」
そんな御無体なっ!
次は午後七時ころ更新の予定です!




