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聖女の位を奪われたけど、精霊の加護は私に与えられたようです  作者: 三門鉄狼


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エピローグ

「……っ!」


 クリスティナは飛び起きた。


 ひどい悪夢を見ていた気がする。

 どんな夢だったのかは思い出せないが、寝間着が汗でぐっしょりと濡れていた。


 不愉快すぎて着替えようと人を呼ぶ。

 扉から顔を出した侍女は悲鳴のような声を上げながら廊下を走り去っていった。


 なんと無礼な態度だろう。

 あの女はクビにしなければ。


 そんなことを思いながら、奇妙な異物感を覚えてクリスティナは自分のみぞおちに手を持っていく。


「っ!?」


 そしてすべてを思い出した。

 使用人から受け取った魔道具。魔物を倒す自分。痛みに倒れる自分。そして――。


「クリスティナ」


 声にクリスティナは扉のほうに目を向けた。

 そこにはセウェルスが立っていた。


 扉の近くに立つ彼は、それ以上はクリスティナが寝るベッドに近づこうとせずに言葉を続けてくる。


「王都の魔物騒ぎは沈静化した。あれから三日経ったが原因は不明だ。だが民はみな私と君の活躍を目にしていたので、君を聖女と崇める声が高まっている。聖女庁もこれに乗る流れだ」


「それでは……!」


「ああ……現状に変化はない。君はこれからも聖女であり、近いうちに私と結婚し王女となる」


 その言葉にクリスティナの心は喜びで満たされる。


 これが正しい世界の姿だ。

 高貴な家柄の自分が聖女となり、王子であるセウェルスと結ばれ、国の全ての女性の頂点に立つ。

 アリシアなどという下賎な女になどまったくもって不相応。


 しかし……その喜びは一瞬にして打ち砕かれることになる。


「だが、悪いが私は今後君と顔を合わせることはほとんどないだろう」


「は……?」


「世継ぎはべつの女に産ませる。聖女が関わる式典の際にはしかたないが、それ以外の公式の場には私一人で立つ。君は引き続きこの屋敷にいたまえ」


「ど、どうしてですの? なぜそのような……」


「なぜ? 自分のその身に聞いてみるがいい」


「……っ!」


 クリスティナは思わず、セウェルスの目も気にせずに寝間着を捲り上げてみぞおちをさらす。


「な、なによ……これ……」


 そこに埋め込まれた石はまるで地面に根を張る巨木のようにクリスティナの身体に侵食していた。


「いや……なんで……これ、すぐに外せるって言ってたのに……あの使用人! あいつはどこに……!」


「君がいろいろと頼み事をしていた使用人ならどこかへ姿をくらませた。探させてはいるが、見つかることはないだろう」


「そんな……」


「では私は忙しいのでもう行く。できればその醜いものを二度と見せないでくれると助かる」


「待って、セウェルス様! お待ちください!」


 クリスティナは彼を追いかけようとしてそのままベッドから転がり落ちる。

 しかしセウェルスは彼女に手を貸そうともせず部屋を出ていく。


「ああ、また魔物が出現したときは頼むよ」


 バタリと扉が閉じられた。


 クリスティナは頭を抱える。


 違う。

 こんなことを望んでいたんじゃない。

 自分が求めていた聖女は。

 高貴な私がなるべき聖女は。

 こんなものでは。


「いやああああああああああああっ!」


 その悲痛な叫びを耳にする者は本人以外に誰もいなかった。




 クリスティナとの面会を終えたセウェルスはエシャート公爵の屋敷を出て王宮へ戻った。


 私室に入ったとたん脳裏に数日前の光景が蘇ってくる。


 クリスティナが倒れたあと彼は魔物の群れに囲まれた。

 魔法を放っても倒し切ることができず危うく命を落とすところを、通りかかった巨大なドラゴンに助けられた。


 と言っても相手はセウェルスを助けたつもりはなく、たまたま魔物を踏み潰したにすぎない。

 それが証拠に、ドラゴンはセウェルスに向かって炎魔法を放とうとした。


 だが直後にドラゴンは王都に迫っていた巨大な魔物――魔獣に向かって飛んでいった。

 セウェルスは助かった。


 しかしセウェルスの記憶にはあのときの恐怖が刻み込まれてしまった。

 一人になったとき、ふと気を緩めるとすぐに自分に迫る巨大な炎が目の前に現れる。


「ひぃ! やめろ……やめてくれ!」


 セウェルスは悲鳴をあげて部屋の隅へ逃げ込む。

 そしてガタガタと震えながら炎の幻が消え去るのを待つしかない。


 ここ数日、夜もこの幻が何度も現れ、セウェルスはまともに眠れていなかった。

 それでも王子としての業務は舞い込んでくる。

 セウェルスは炎から逃げるように業務に没頭するしかなかった。


 この幻は生涯自分を苛むだろう。

 そんな予感がした。


 しかしセウェルスにはこの恐怖を癒してくれる相手がいない。

 周りの人間を自分のための駒としてしか見てこなかった彼には自分の弱みを見せられる相手は存在しない。


 彼は死ぬまで炎の幻の恐怖にたった一人で苛まれ続けることになる。



◇◆◇◆◇



 私とジルはシャンド村の外れにある墓地に立っていた。


 ロミア王国と竜人族の土地の境界になっている川の上流。

 山と山のはざまにあって、街道からも少し離れているので、ほとんど人の訪れない静かな村だった。


 小さな村なので墓地も小さい。

 並ぶ墓石は十に満たない。


 その中の一つに私たちは花を供え、手を合わせた。


 シーナと名が刻まれている。


 ジルの母親の名前だ。


 村の人によればもう三年ほど前に亡くなっていたという。

 生まれつき身体が弱く、いつまで生きられるかわからなかったそうだ。


「手紙とか残っていないんですか?」


 問う私に村人は首を横に振った。


「その人は、この村ではどんな様子だった?」


 ジルの問いにはどの村人も同じように答えた。


 明るかった。

 楽しそうだった。

 彼女を見れば、周りの者まで元気になった。


 ある日、ある村人が訊いたそうだ。

 彼女がここに来る前、どんな人生を送ってきたかを。


 彼女は笑って答えた。


「言っちゃいけないんだ。そういう約束。けど――私も人に話したくないくらい大切な思い出」


 そしてこんなふうにも。


「どこかにその証が残っている。どんなふうに生きていくのかはわからないけど、それでもこの世界のどこかで生き続ける。私はそれが嬉しい」


 それが本心かはわからない。

 彼女が胸に秘めていた本当の思いはわからない。


 けどそれを聞いたジルは満足そうに笑っていた。


 私にはそれで充分だ。


「そろそろ行こうか、アリシア」


 ジルが手を伸ばしてきた。


 あれ?

 待って、手を繋いだことって今まであったっけ?

 もしかしてこれが初めて?


 私は動揺してしまうけどジルはなんでもない様子で不思議そうな顔をしている。

 なんだか悔しくて私は平生を装ってその手を取った。


 風が墓地を吹き抜ける。

 それは思いのほか冷たくて、冬の訪れを感じさせた。


 けれど握った手のひらはすごく温かかった。

いったん一区切りとさせていただきます。

ここまでお読みくださってありがとうございました!!!

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